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No.9681
災害列島、なんて言いたくなるこ…
2018/07/06 08:20
>>No. 9680
災害列島、なんて言いたくなるこの国ですが、皆さん頑張って下さい。
沖縄の今帰仁城も崩れたとの報で家内と共にガッカリしています。お城の好きな家内は沖縄旅行の殆どをグス見学に使いました。今帰仁城(ナキジングス)は特に思い出がありました。大きなお城でその頃も手入れをして居たのを見て歩き回りました。城壁の壁を伝って階段が設けられていてお城歩きの実感が忘れられません。沖縄のお城は海に面したものが多く、石垣の石は本土に比べて小さかったのが印象的です。そこが又愛着を呼びます。また、十一月にもかかわらず蝉の声も懐かしいですね。
神様仏様、もうこの位で災害は勘弁して下さい。 -
No.9678
テレビ東京の旅番組で「ひるめし…
2018/07/05 05:57
テレビ東京の旅番組で「ひるめし旅」というのが面白くて毎日見ています。昨日は福井県の東尋坊でした。日本海の断崖絶壁の景勝地で観光スポットです。昔行った覚えがありました。絶壁の上からと船に乗って海から見上げるのと両方がありました。今回は上からでしたが、町並みの賑わいに吃驚。凄いなあ。
海老を捕る漁師さんの船のお値段。一艘六億円。これで海底を耕すのだそうです。耕して栄養価が高まると良い海老が沢山獲れると言います。天晴れ。
ここで獲れた海老は金沢にも出荷されます、うーん、北陸は繫がっていました。
本日は家内が体操に行く日です。NHKの体操は毎日やっています。若い頃から身体のケアはよくやっています。私は運転手。送迎付きの体操教室は只一人。迎えは時間前に行かないと・・
お天気が心配。雨が降ると涼しくなるけれど、降られると困ることもあります。家の周りの力仕事が残っています。頑張れ爺さん。頑張れ、頑張れ。 -
No.9677
今朝は少し涼しくなりました。二…
2018/07/04 07:18
>>No. 9676
今朝は少し涼しくなりました。二十八度でした。因みに「涼し」というのは夏の季語だとか。秋の季語だと思っていたので吃驚したことがあります。
ほっこりと 涼しさ喜ぶ 今朝の窓
昨日は大発見。大学の取得学科を俳句にしようとしています。その一つ。
根源を 繙く拳 大欅
大学へ入って良かったなあと思えた学科の一つが哲学です。もともと人生論が好きだった地盤がありました。哲学もそう言うものだとの先入観を真っ向みじんに打ち砕かれたのが橘高倫一先生でした。一年間ズーとそればかり。それで印象に残っていました。理論的にも正しいと思っていましたから。拳を握り締め、テーブルを叩いての力説です。窓の外には大きな欅の木がありました。先生の熱意の象徴でもあります。テキストはご自身の著書です。薄いピンク色で、A5版でとても小ぶりです。本棚を探しましたが見つかりません。アマゾンでありました。買って見ようと思います。懐かしい。この先生をインターネットで検索すると・・・・。出るわ出るわ。凄い先生なので吃驚しています。高い入学金やら授業料やら、今では想像も付かないお金を掛けましたが、本当にそんなお金が吹っ飛ぶくらいの価値のある先生のお話・・・。
読書はいいなあ。お勉強は何よりも大切だ。 -
No.9675
うん うん。 ぴょんさんの …
2018/07/03 08:18
>>No. 9673
うん うん。
ぴょんさんの ご登場喜ぶ 温度計。 ぴょん ぴょん。
タイのサッカーチームの遭難から九日目。無事救出されました。なんとも嬉しい。よかった よかった。
目出度いなあ ああ目出度いなあ タイの鯛。 -
No.9674
うーん熱い。寝苦しい。何度クー…
2018/07/03 08:13
うーん熱い。寝苦しい。何度クーラーを入れ直したか・・・。
ぴょんさん頑張れ。頑張れよ。でも無理は禁物です。辛かったら会社を休んで下さい。会社は大丈夫。貴女を待っている。
見るまいと思えど今朝の温度計。あるある、言いたくない。
ボコボコ俳句は出来て居ます。順調です。
福井県は眼鏡の産地でも有名だったと思います。今は百円ショップがあるからどうなんだろう。家内は倅のプレゼントで二万円もする眼鏡を掛けている。疲れないそうです。勿体ない。
夏の風邪 何やらおかし 鼻眼鏡 水無瀬 -
No.9672
お勤めご苦労様です。それにして…
2018/07/02 18:03
お勤めご苦労様です。それにしても暑さが凄い。勘弁してよ。
福井県の若狭市で工場火災発生。犠牲者も出ました。私なりに一生懸命読経をします。慎みてご冥福をお祈り申し上げます。
7月2日は「へその日」とある。一年の真っ只中。半夏生とも言うらしい。
水脈の果て 炎天の墓碑 置きて去る 金子兜太
生き残り兵士の悲しい懺悔の句。
昨日から新しい御経。科学俳句を詠み始めました。一日四句、一ヶ月で百二十句が目標です。 -
No.9670
今朝は三十分で数独が出来た。気…
2018/07/01 09:36
今朝は三十分で数独が出来た。気持ちがよい。
白川静の世界は中川照子さんの世界でもある。彼女の目から見た世界が面白かった。とは言えじっくりとは読めない。何しろ重たい本でサイズも大きいから持つのに草臥れました。
静先生は福井のご出身で京都で研究を成功された。北陸は関西圏に入り西へ行く方が多い。私も最初は神戸へ出ました。色々苦労して東京に鞍替え、何とかここまでやってこれたのは親譲りの体力、母方の祖父と祖母の御蔭と思う。感謝感謝、毎日読経をするのもそう言う気持ちもあります。一番の狙いは肺活量の維持ですが・・・。
福井県では芦原温泉が思い出にあります。仕事先の慰安旅行で出かけました。昔は未成年でもお酒はOKでした。大して飲みませんがまあそれなりにお付き合いは出来たと思います。親父の代理で行ったのですが、送り出す親父の気持ちはどうだったのか。聞いておきたかったなあ。
芦原温泉も大火がありました。温泉街は必ずと言ってよい程大火の歴史があり、その都度立ち直って来ました。あわらも立派に立ち直って今日も栄えて居るようです。頑張れ芦原。
今日も暑いぞ熊谷。熱いぞ熊谷。何とか生き抜こうではないか。 -
No.9669
ようやくクリックポストで「別冊…
2018/06/30 18:50
ようやくクリックポストで「別冊・太陽」が届きました。今晩は読みまくります。明日は数独だ、楽しみの連続です。それにしても暑い。横浜より四度も高い。やれやれ。
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No.9668
昨日梅雨明け。もの凄い暑さで一…
2018/06/30 09:56
昨日梅雨明け。もの凄い暑さで一日ダウン。ひたすら寝ていました。
埼玉県寄居町で37.5度。群馬県伊勢崎市で37.4度。その中間の我が市では大変でした。
北陸本線の始まり米原市朝日町で竜巻発生。多雨巻は怖いよーーー。昔千葉県市原市の竜巻現場を見ました。言葉にならない惨劇です。被災者さんの健闘をお祈り致します。 -
No.9667
今朝もお元気で何よりです。おは…
2018/06/29 08:38
>>No. 9666
今朝もお元気で何よりです。おはよう御座います。
日曜日に出来なかった数独が火曜日に出来ました。単純人間です、バンザーイ。
このところ、数学の本を読んでいます。夕べは指数と対数でした。必要は発明の母だとか。
必要を感じなくなったこの頭は・・・。認知症の始まりかな。
六時間くらいしか寝ていないので、再びおやすみします。 -
No.9665
私の記憶の中には、織田信長の家…
2018/06/29 06:41
私の記憶の中には、織田信長の家系の源は越前にある。と言うのがあります。どういう本だったかは覚えていませんが、強く印象に残っているのです。信長のご先祖様となれば大変古いですね。でも鎌倉時代には関東の武士は鎌倉に沢山集まりました。鎌倉街道など昔のままの道もあります。細い路地みたいな道ですがお稲荷さんの角があったりすると、武具をならして武者が走った物音が聞こえてくるようです。この後室町時代ですか。北陸街道が京の都から注目されても不思議ではありません。等々勝手な推測を重ねて、織田家の出自が浮かんできました。
そう言う前提で丸岡城を見ますと、このお城単なる地方のお城ではなさそうです。江戸幕府もここには力を入れ、加賀の前田家を見張っていたのではないでしょうか。かと言ってあまり表沙汰にはしたくありません。睨んでいますよと前田家に伝われば宜しいので、芭蕉の奥の細道が出来ました。
そう言う目で考えると、書き付け消さむ・・・。は別の意味になってきます。本来は昔旅籠など自分の宿泊先を知らせるためには笠を宿泊先の軒下に下げていました。芭蕉もそのように曽良と別れて泊まる際には、軒先に芭蕉と書いた笠を下げていたのだけれど、曽良は別に一人旅になったのだから、笠の書き込みは止めましょうと言うものです。しかし、考えるとよく調べましたが怪しい所はありませんから、もう書くことはありませんよ、が裏筋かな。何しろ奥の細道は旅から帰って三年の月日を経ています。色々考えて作られた作品でした。謎が多い作品です。 -
No.9664
今日は丸岡城について。福井県坂…
2018/06/28 06:07
今日は丸岡城について。福井県坂井郡丸岡町にあります。
ここには中学生の時遠足で行った覚えがありましたので、昔の同級生に電話をしました。彼は元県会議員で話し上手、いつも長電話になります。結果的にはよく覚えては居ませんでした。何故ならその峠は地図上から消えているからです。立派な国道が走り峠道は何年も前から、スイスイ道路になっていたからです。私も同窓会で帰った折りには知っていたはずでしたが、その頃は俳句を始めたばかりでばかりで、芭蕉さんについては深く研究をしていませんでした。
さて、丸岡城と芭蕉さんの関係について・・・。
奥の細道で芭蕉は河合曽良を同行しています。この河合曽良というのが謎の人物です。私も色々調べたのですが今以てよく分かりません。何処の出自か、何故この名前か、芭蕉さん亡き後どの様な生涯を送ったのか、長崎へ行って幕府の侍即ち何千石かの大身で重要な仕事をしていたらしい。それより気になるのは、この地に曽良さん・空さんの名前が多いことです。私の同級生にも空さんがいました。電話帳で調べたら、石川県・福井県・岐阜県などで軽く二万件は越えました。役所や公民館などでもお尋ねしたのですが分かりませんでした。
曽良が忍者だったのは先ず間違いありません。本当のヒュードロドロです。山伏という範疇ですが一日に険しい山道を百キロも進む力を持っていたようです。この曽良が山中温泉で芭蕉と別れます。江戸から出てきてズーと一緒だったのに。奥の細道にはこう書いてあります。「曽良は体調を崩したので分かれた」と。体調を崩した男が芭蕉よりも先に山中温泉をでて岐阜大垣にひたすら走ります。芭蕉が山中温泉に滞在中も普段は同席する句会・当時は連句の座に出ていません。私の推測では丸岡城探索です。彼の足をもってすれば二時間くらいで簡単に峠越えをできたでしょう。
問題は何故丸岡城探索かです。それは又日を改めて・・・・。と。
「今日よりや 書き付け消さむ 笠の露 芭蕉」「行きゆきて たふれふすとも 萩ノ原 曽良」この句は芭蕉の作とも言われています。
今日も暑くなりそうです。十一時から句会です。追悼句集も立派に仕上がり、後は美味しいお昼を食べるだけ。 -
No.9662
掲示板がなくなってさあ困った。…
2018/06/27 11:36
掲示板がなくなってさあ困った。考えた末、textstreamとかをクリックしたら、掲示板になっていました。年寄りにはきついよ・・・・。
昨日は富山県で悲しい事件が発生しました。北陸を傷つけるなよ・・・。犯人は元自衛官。二十一歳だとか。現役の軍人と同じではないか、国を守るべき人がなんだ。口惜しいなあ。
亡くなられた警部補さん。ご家族を残されて・・・。心から哀悼の意を捧げます。 -
No.9660
おはよう御座います。今日も一日…
2018/06/26 06:47
>>No. 9659
おはよう御座います。今日も一日頑張るぞー。
本の購入の手続き。現在メンテナンス中とか。なんだよ。
追悼句集の印刷と製本。やっとここまできました。
薬局で処方箋のお薬の購入。色々考えて、飲む薬を大幅に減らす。来月はカテーテルでの診断を希望しましたが、まあ大丈夫だよ。レントゲンくらいにしときましょう。と言われました。そこでお薬も減らします。先生の考えはこうです。身体の調子のよいのはお薬がよかったからです。だから、続けて飲みましょう。私の考えはこうです。調子がよくなったから飲むのは控えましょう。お薬は患者の勝手で決めるな。と言うのが通説ですが・・・。自分の体は自分で守る。
昨日は一日御経の本と問答をしていました。だから結構病院で時間が過ごせました。御経を書かれたのは鎌倉時代。凡そ千年も前です。当時としては仕方がないけれど、今は科学が桁違いに進んでいます。共通点と訂正点を考えました。一番は光りです。光りは大事な考えで何回も言葉を換えて登場します。光りは宇宙の始まりであるのは科学的です。それも電磁波の一種として。無碍光。遮る物はない。と言われても・・・・。
病院の待合室と言ってもテーブルを挟んで肘掛けの付いた椅子が四脚。前に中年のご婦人が。私は買ってきたコーヒー飲料がプラスチックの蓋がしてあり、なかなか外せません。それを彼女がすぐに手を伸ばし外して下さいました。彼女は母親の付き添いで、多分運転手で来てたのかな。やがて母親が来ました。奥さんは旦那様以外とはお話をしたことがないでしょう、と大胆なことを言いました。嬉しそうにそうです。と言います。そこで私の俳句活動についてお話をしました。三人でわいわいガヤガヤ・・・。
色々おたずねしました。そうですか、メーカーさんですか。昔会社の人事をやっておりまして、もう三十年くらいも前の話です。東京農工大を卒業されて富士通に進まれた女性がセールスに来たので採用を私の方から仕掛けました。不人気のサービス業に国立大出ですから社長は大喜び、研究所に配属となり、本人もやる気満々。上手くいったと思ったのに・・。結婚されて遠くに行っちゃった・・・。遠い昔のほろ苦い思い出。 -
No.9658
大変な週が始まりました。今朝は…
2018/06/25 18:56
>>No. 9657
大変な週が始まりました。今朝は月一の通院の日で八時に家を出て病院に入りました。片道十三キロ、いそいそと血液検査を済ませ受付に行きますと、先生は本日午後からと言われました。家へ電話をすると予定表には午後と書いてあるそうです。一度帰れば良いものを病院の待合の椅子で四時間の苦行に入りました。筆舌に尽くせない悪い一日です。帰りの外気温は三十四度、室温は車に乗った時には四十三度・・・・。帰ってから頂いたサクランボをむぼるように食べ、六時まで寝ていました。やれやれ・・・・。
ぴょんさんは全国いろんな所に住んだり旅されていますね・・・。どういう職業かと色々考えてみました。雑誌の記者というのが結論です。なんだかなあ・・・。
昨夜も「私の白川静」を読み返し、今日別冊太陽・白川静偏を発注しました。著者の吉川さんだったかな、一年の膨大な時間を掛けて先生の生涯作品を纏めた力作だそうです。ご本人は勿論大学の教え子だったそうです。彼女と先生は大変馬が合っていて、普段着の先生がご紹介されるそうです。梅原猛先生の秘書をやっていたのをお断りして、白川静先生にどっぷり、全力を挙げました。人間って素晴らしいなあ。早く本が来ないかなあ。 -
No.9656
日曜日は数独で始まるのだが、今…
2018/06/24 07:11
日曜日は数独で始まるのだが、今週のは難しくて手に負えない。いやな予感がする。
毎朝新聞は隈無く読みます。広告欄まで目を通す。「編集手帖」にセネガルのバオバオが面白いと目を付けた福井県の経営者を誉めていた。福井県は石川県に比べて経営の才能は豊かだと思う。昔からそうなのだ。これからもそうだろう。バオバオを日本でどう売りさばくのか。どういう商品が紹介されるのかも分からないが、分かったら買ってみたい。そう高いものではなさそうだ。二三千円で買えると思う。期待したい。 -
No.9655
戦時中福井県出身で中島さんとい…
2018/06/23 09:12
戦時中福井県出身で中島さんという見習いパイロットがいました。あの神風特攻隊の要員です。
彼は千葉県の館山で訓練を受けていましたが、千葉県鴨川の旅館の女将さんと不義に陥ります。
この女将さんの波乱の生涯がその後話題になり、一躍俳句界のトップスターに登りました。中島さんはまあ刺身のつまみたいなものですが、俳人は鈴木真砂女ですから、彼も有名でしょう。生涯不義の中でした。彼女の夫が亡くなった後も、彼には奥さんが居ました。今度は彼が不義ですね。話せば長い長い物語。何冊も本が書かれています。沢山の雑誌に書かれていました。私達よりも何代か前のお話しです。
それにしてもあの大戦は何だったのでしょうか。中島さんはその犠牲者の代表みたいなもの。とにかく日本軍はメチャクチャ。中島さんはろくすっぽ訓練も受けられずに沖縄の戦いで敵船に突っ込む予定でした。突っ込むというのは軍隊の勝手な言い草で、当時の日本軍にはもうそのような力はありませんでした。飛行機はない・燃料はない・パイロットは養成している時間も訓練する飛行機もない。その上食べる物もない。ないないづくしでした。
「児玉飛行場哀史」という本には詳しいです。日本中の飛行隊を埼玉県の北端児玉の地に集めました。総員約三千名。彼らに残された飛行機というのは約二十機。これが沖縄への戦いに出向くというので児玉から九州へ飛び立ちました。何機到達できたでしょうか。たった一機です。飛行場は敵戦闘機の最大の的です。敵戦闘機が攻めてきた時、味方の飛行機は逃げようとしましたが燃料がないから動かせないのです。手で押して何キロも離れた山陰に隠したという実話が残されています。本当に全員無駄死にになりました。可愛そうでなりません。
南洋諸島では飢餓に泣き仲間の屍を食べて帰って来た人には思い出を語る勇気はありません。北のシベリヤではソビエトに捕らえられ極寒の地で重労働で次々亡くなりました。戦闘要員も一般人も。哀れな自分たちを人に話せるものですか。そう言う痛切な声を直接聞いたことがあります。そのうつろな眼差し・・・。
アメリカの考え方はこうでした。日本は木造建築だから全土消滅、焼き尽くせという具体的な計画を進めていました。それが焼夷爆弾です。資源と人材の豊富なアメリカではいくらでも作れます。原爆なんて全く必要はありませんでした。もう日本全滅は目前でした。原爆は当に実験だったのです。焦土作戦といい、原爆といい、戦後のアメリカの勝手な言い草はもう結構です。 -
No.9653
福井県を語る時。福井大震災が忘…
2018/06/22 11:17
>>No. 9652
福井県を語る時。福井大震災が忘れられません。子供の頃だったとは覚えていてもネットで確かめると昭和23年6月28日とありました。
お隣石川県でももの凄い地震でした。福井へ仕事で行ってた方が語っていたのを傍で聞きました。地震だというので駅舎から飛び出し振り返ったら駅舎がペチャンコだった。とか。
私はその時、友達三人と川で雑魚釣りをしていました。川を挟んで大きなホテルがありました。河鹿荘ロイヤルホテルと言います。このホテルが今にもこちら側に倒れてきそうに揺れました。
見上げるホテルに物干し竿があり、これがバタンバタンと千切れるように揺れていました。その頃は浴衣やシーツは皆ホテルで洗濯をしていたのです。
三人で岩にしがみつき揺れがやむのを待ちました。揺れがやんで一目散に釣り道具を下げて逃げました。川を渡る橋の上で余震がきました。橋にしがみついて泣きました。三人して泣きながら家に帰ったようです。もうあの時の二人はこの世に居ません。
明日は上野ですか。井沢八郎さんの歌声が聞こえてきそうです。作詞が素晴らしいです。たしか高野公男さんかな・・。上野駅でとっさに生まれた詩だと言います。集団就職の映像を見ると本当にそうなんだなあ、と思います。私は単身上京だったから別の感慨があります。
上野では、動物公園・美術館・記念館など・・・。暑いからソフトクリームが食べたいな。 -
No.9650
おはよう御座います。 福井県…
2018/06/21 04:41
おはよう御座います。
福井県と言えば永平寺があります。昔、見学を二度程しました。山肌に階段状になっていてとにかく広かった。あれから随分時間が経っているので建物や模様も手入れされているようだ。寅さんの柴又帝釈天さまと思い出がダブります。今回インターネットで永平寺をお勉強してよかった。曹洞宗だそうで年代は親鸞様とダブル。考えもダブル。阿弥陀如来様をご本尊にされているのもダブル。今日も南無阿弥陀仏を読経しよう。発声練習です。
座禅の経験もあります。東京の会社に勤めていた頃、社長が好きで幹部社員は時々座禅を組みに行きました。もうお寺の名前も思いさせませんが、確か雲の字があったような。

お母様の無事は確認できましたか…
2018/07/08 19:42
お母様の無事は確認できましたか。電話は携帯だけでしょうか。電源が心配です。心からご無事を祈っております。
私は昨日から体調を崩し、今日はバナナ一本食べただけ。これからもう少し何かを食べます。