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投稿コメント一覧 (13コメント)

  • 般若心経を自分なりに読んでみたよ。
    そういう話は駄目かな。
    半分くらい日本語で出てきているという結論なんですが、
    理由は、長くなるので、なろうに書いておきました。
    宣伝かと言われれば、そうかもしれないけれど、
    黙っていていいものかどうかもちょっと悩んでいました。
    知りたかった人にこれを届けられればまあいいのかも。
    https://ncode.syosetu.com/n4541ew/

  • 日本語の起源でも書いたけれど、
    そもそも原シュメール語だと思います。
    この原シュメール語とヨーロッパ祖語のハイブリッドがサンスクリット語だと思います。

    理由をなろうで書いているので、暇なら読んでみてください。
    https://ncode.syosetu.com/n4541ew/

  • 日本語の起源を考えてみました。
    原シュメール語でしょう。

    理由は、
    ちょっと長いし、なろうで書いたから、興味があればどうぞ。
    https://ncode.syosetu.com/n4541ew/

  • >>No. 342

    人工の山を作る風習があるという意味です。すいません、古墳という話ではありませんでした。

  • 出雲と前方後円墳にはつながりがあると思います。この風習ですが出雲の古いところで確認できますし。
    中国由来でも、縄文由来でもありません。
    そして前方後円墳が出現する時期が国譲りと被ります。
    出雲が由来になる風習であれば、それは山でなければいけません。神社も山を中心に南に作られます。
    人工の山を作る風習がたびたび出てきます。その山というのは、常に神聖なひとつの山です。
    出雲ならば、大山です。出雲は大山の麓から黄泉、安来郷、出雲と横に伸びる大都市でした。
    前方後円墳は、見え方が大山と同じなのです。
    出雲からは富士山のように見えますが、他の方向からは壁のようにしか見えないのです。
    たぶんあれは大山だろうと、個人的には思います。当時の首都である大山の麓から人がいなくなるのも同じ時期なのです。妻木晩田遺跡ですね。あそこから拡散した人は、行った先で大山と同じ山を作ったはずだと推測します。
    信仰の対象ですし。

  • 弥生系は出雲が中心です。この出雲と東北地方の方言が似るのは、どこかの時期で弥生系が拡散したとみるべきです。
    しかも弥生時代は民族共生の時代です。東征などを始めたのは弥生時代が終わってからです。
    その弥生時代においても、出雲以外の国は縄文の色が出ます。
    縄文の人には、弥生に取り込まれた人と取り残された人がいます。
    それに弥生時代は神道の時代です。神道では差別する意識は生まれません。人の上に人を立てずが原則で、神はいても王はいません。これらがひっくり返るのも弥生時代が終わった時です。
    差別を好むのが誰かというのはおいといて、それは弥生系ではないと思います。

  • >>No. 37431

    ふもとは最初から麓であり、日本語だと思います。
    ちなみに阜下であっても、ロシア語に似ることはあります。
    火山や坊は、中国語からです。その中国語というのは、ヨーロッパ方面からの発音を結構引き継いでいます。
    ちなみにカタナやタチは結構面白くて、
    それは技術用語になります。物や技術の伝播がない限り伝わらない言葉なのです。
    タミル語も面白いと思います。タミル語はハングルと同じで、日本語の由来を求めるのはきびしいです。ですが、古い日本語を知る手がかりになる可能性はあります。
    サンスクリットも、体の部位などの単語を並べると、確実に印欧語と日本語的なものに分けられますが、7〜8割は欧語です。それ故に印欧語に分類されます。全ての日本語を当てはめた場合、7〜8割は嘘ということになると思います。

  • >>No. 237083

    その視点は重要だと思います。
    私は出雲の足取りを追いかけてここに来ましたから、そういう視点でお話ししますが、
    地図を見ても、当時の倭人は九州中程から畿内までにしか国を造っていないのです。東にも集落はたくさんあるのですが、都市と呼べる状態ではなかったと思います。これを出雲文明圏として考えなければいけないと思います。
    国というのはそこに主体があれば、その影響力や文明は放射線状に広がります。山や海、異民族居住などの障害がないかぎり。九州邪馬台国は、どうやってもそれ以上南には行っていないし、
    畿内邪馬台国も同様で、なぜか東には行かない。遺跡をみても、DNAが交流した痕跡だってその地域に限られます。
    九州も畿内もあるいは四国もその端に位置して大きな都市を造ります。でもそこを中心とする国の主体的活動が認められないのです。
    出雲からの文明影響範囲、距離限界がその辺だろうと思います。
    弥生時代から大和朝廷に至るまで、倭人の地域の主体は出雲だったと思います。
    卑弥呼は鬼道にあると言いますが、鬼道とは出雲が出雲であったころの神道です。八百万の神がいるのが神道ですが、誰が生み出したかといえば、それは出雲なのです。鬼道ではたくさんの国が存在し、そこにそれぞれの神が祀られ、神を中心にして都市が営まれます。国が増えれば神が増えます。そうやって神を増やして管理したのが出雲なのです。
    鬼道または出雲神道による倭人のまとまりは、当時の中国には理解できないシステムです。
    倭人伝の記述を見ても、卑弥呼の国は出雲の文明圏の中にあります。旧唐書を見ても、ふたつのヤマト国が主張するのは自分が本物であるかどうかという点です。そこに民族や文化の相違は認められません。同じ出雲文明圏の国です。
    出雲から眼を離してこの時代を語るのは、多くを間違うと思います。

  • 目からウロコ見ました。最近の主流は旧唐書から解釈される、どっちもあった説なのですね。
    否定したい人は根拠を示しながら否定してくれるとわかりやすいです。
    ここまでで推理できることを少し書きたいのです。これは最後にして、もう書かないつもりです、すいません。
    卑弥呼が居たのは九州です。中国の使者は九州から入っていますが、自動的に九州のヤマト国に案内されます。
    旧唐書で二つのヤマト国の使者が中国で出会って正当性を主張して喧嘩するのですが、
    このふたつのヤマト国は中国でしか喧嘩していないと思います。どちらの国もその時点で中国から金印を贈られる文明国であること、実際支配地域の面積を把握していたり中国に使者を送っています。これらが、お互いに存在を知らないはずがないのです。お互いが正当性を主張するという大きな都市です。なのに卑弥呼の時代までにヤマト国がらみでトラブルがあった気配がありません。むしろ仲が良かったと思います。
    では中国で使者がなぜ喧嘩を始めるのか。これは中国に対する外交窓口の取り合いではないかと思います。中国は日本をひとつの国として認識していたと思います。その外交代表の座を争ったのではないかと思います。
    実際の日本はどちらのヤマト国も地方自治体であり、中央政権はなかったと思います。
    出雲を中心とした宗教基盤の中にありました。
    卑弥呼がどこから来たのか、(卑弥呼の一族が来たときだけ小さな国々が争いをやめるのです。これは地元の人間ではありません)
    倭人伝に記されるところの、人が死ねば、一〇日肉を食べずに弔うなどは、あれは出雲由来のしきたりです。三種の神器や神有月の習慣などもセットになっていますので、その当時彼らがどこに集まっていたかを探れば、国々をとりまとめる心臓が取り出せます。出雲しか見当たらないのです。
    中国で使者が争います。こっちはヤマト国だとか、ならばこっちは日出ずる国だとか。これは出雲文明圏の醜態です。外交窓口の集約などは、中国という大国が出現するまでは起きなかった問題なのです。
    そしてふたつのヤマト国は併合され、日本国になります。おそらくヤマト朝廷が誕生したのはこれだと思います。旧唐書には完全にそう書いてあります。
    個人的に思うところでは、
    九州の邪馬台国は卑弥呼が巨大な権力を持ちますから、卑弥呼となるものが、もう一つのヤマト国に入れば、簡単に併合がおわるはずです。卑弥呼と天照大神は出雲を境にして名前が変わります。もしかしたら、出雲を境にして違う人間かもしれません。
    ヤマト朝廷がその時に出雲に杵築の大社を建てているのは事実です。宗教的な意味がそこにあるのは間違いないと思います。

  • >>No. 236961

    アドレスがついているようだけど、コントール画面にとばされてしまってね……。
    申し訳ない、気になるけど読めない。

  • いまさらだけど、邪馬台国は九州であってると思う。
    以下は推測なんですが、
    邪馬台国とヤマト王朝は同時に存在していない可能性が高いです。ヤマト王朝がなければ、国譲りが起きていないはずです。出雲に軍事拠点と参拝のルールがあります。
    卑弥呼は集落の争いがあったため担ぎ上げられ、争いをしずめてしまいます。誰なら争いをとめられるでしょう。大国主命しかいないのです。卑弥呼は出雲から派遣されたと思います。
    卑弥呼が統治した都市は、中国と交易します。これは中国に一番近い都市だったからです。ゆえに九州なのです。
    しかしそこで邪馬台国の人は中国という王朝を知ってしまいました。こちらも王朝を造らなければやばいぞという危機感を持ったと思います。そこで本州に移転しこれをヤマト王朝とします。中国から贈られたものも王朝に移されていると思います。
    ヤマト王朝になるためには、出雲の都市管理システムを廃止しなければいけません。そこで出雲の軍事拠点が転移され、参拝ルール、神様が一年に一度出雲の集まるルールが廃止されます。国譲りです。
    あとは神話を書き換えて、卑弥呼を天照大神にするだけです。系統的には問題ないし、イザナミの時代からすでにこの時点で1200年経っています。高天原もとりあえず神様が住んでいたところという意味で使われます。
    んー、なんかすっきりするんだよね。

  • 心の話があったので、昔から気になっていたことをひとつ。
    サンスクリット語には印欧語の響きがあり、その響きは日本語にはありません。逆に日本語のヘブルアラムの音は、サンスクリットにはまったくありません。この二つの言語は混じり合ったことがないのです。
    それでもサンスクリット語の古い音は、日本語の古い音と似ています。似ているというか、同じなのですけれど。
    サンスクリット語の文献といえば、古くは般若心経になるでしょうか。すでに正常に読むことはできなくなっています。玄奘三蔵が翻訳した時点で違うのです。
    というのは、彼は翻訳できないところを音写に変えて残しています。原音の響きが大切だという美談になっていますが、残したところは二カ所あって不自然なのです。そのどちらにもボーディという単語が含まれます。
    ボーディ サトヴァ で菩薩という慣用句を造ります。その慣用句でないところのボーディが出てきたところ、当時にして読めませんという答えが出ているのです。これはボーディの本来の意味が失われているということだと思います。現代においては、当時書かれた般若心経の文法がおかしいということになっていますが、書かれた内容からしても、おかしいのは書いた人間ではなく読むほうの人間です。
    おかしいと言えば、もう一つ、あの短い般若心経において心という文字が3つも使われていることです。
    フリダヤ、マナ、チッタ が全て心なのです。フリダヤはむしろ心臓の意味だろうとは思うのですが、心という意味で3つも言葉を使うのは異常なことです。この3つのうち一つはもともと心という意味で使われていないものと推測します。
    怪しいのはチッタという言葉だと思うのです。
    これはチッタ アバラナという慣用句で使われているようです。現代サンスクリットで翻訳すれば。心を覆うものはないとなります。使い方は慣用句っぽいのですが、慣用句として認識できません。アバラナとは。アでバラという言葉を否定して「覆うことがない」という意味になります。バラとは一つに覆うことを意味します。日本語でバラバラといえば、塊が別れることを意味しますので、バラという単語はもともと一つに覆い集めるという意味だと推測できます。それを二つ集めて慣用句をつくのは日本語でもサンスクリットでも得意技なのです。
    ここでチッタを日本語で読むと、散るという音を思わせます。散ると読めば、覆い集めると対義語を形成します。これもまた慣用句になるのです。
    個人的にはすごく怪しいと思うのですが、どうなんでしょう。
    玄奘三蔵さんの時代には失われていることなので、もうどうにも確認できないのだから、ファンタジーなのですが。

  • 埴輪を壊す呪術的な信仰をもち、入れ墨をして、狩猟生活をしていた。それが縄文人。
    弥生時代に劇的な変化が起きて、稲作、大きな街や集団を維持するシステム、製鉄、古代神道、それらの全てが入ってくるわけですが。
    何も知らない縄文人が弥生人になるためには、文明を理解し伝える言葉が必要不可欠です。
    それらはもともと縄文人が持っていた……。わけないのです。
    中国から伝えられたのなら、すべてが中国の言葉をコピーするものになっているか、そもそも日本人が中国人になっていなければおかしいのです。
    実際には、そこから先、日本人は日本語だけを使っています。全てが日本語に置き換えられたという言い方もできます。
    弥生時代は、日本語とともに始まっているのだと思います。
    さらには王朝のシステムや考え方は当時の弥生時代にはありません。騎馬民族がそれらを持ってやってきたことを意味します。ですがこの騎馬民族、日本に着いたと同時にいきなり母国語を捨てて日本語を話し始めます。東征を始めたときにはもう日本人です。もともとは王朝をおこすためにやってきたのではなく、そこにある文明を学ぶために来ていたのでしょう。
    人種から日本語を考えるのはむずかしいと思います。

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