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投稿コメント一覧 (2465コメント)

  • ・・・扉は必ず開くように創られている・・・

    しかし、あの手この手を総動員しても開かない扉。
    必ず開く扉が何故に開かないのか?簡単だ!其処に在る鍵に気付けないからだ。
    ピッタリ当て填まる鍵は其処に有る。”私心”に振り回されているから気付けない。

  • ・・・慌てず騒がず無我無心にコツコツと求め続ける・・・

    必ずや扉が開く(期は熟す)時は来る。そして遂には完全無欠の本質に至るであろう。

  • ・・・覚めてみれば・・・

    自我の完全滅却に由り、真我【神聖】が姿を現す。その神聖こそが真のアナタ(ワタシ)である。全ての全てを慈しむ唯吾が、一元の吾である。完全無我の吾=神であり、個的人間の成す際立った成果は無我の境にして成るのであり、粗末な思い上がりと共に消滅する。我れ一人の能力などは存在せず、無差別・無区別の無限の愛=神=アナタなのだ。

  • ・・・心の財産は永遠に積み立て続けられる・・・

    今世で得ることのできる、今世限りの物質財産を追い求めると、永遠の命である心の財産はドンドン貧相になり、今世限りで失ってしまうが、今世で得られた心の財産の積み立てはそっくりそのまま次世に持ち越すことができる。

  • ・・・しっかり反省し、次世に備える・・・

    永遠の命である実相を知るなら、この一巻を憂えることは全く不要である。
    ほんの刹那に過ぎないこの一巻を顧みて次世に生かせればOK!である。

    この世が全てだなどと、幼い認識に縛られて魂を苦しめてはならない。
    我々神の子は常に自由闊達であり、嬉し楽し幸せの常を選択できるのだ。

  • ・・・惨憺たる世界情勢に思う・・・

    破壊、殺戮、身勝手な権力者達のオラが都合の強奪が今も続く世界情勢に、思わず神も仏もあるもんか!と思ってしまう。創造主は自由意志を持たせた子達(我々)に、この完全な地上を与えたもうた。ゆえに現在の惨憺たる世情は我々神の子たちが自由意志をもって創造したものである。平和な世界秩序の構築に努める善玉魂に、あくまでも個人(同類)の利益を追求し続ける悪玉魂、そして場当たり的に損得を選択する股グラ膏薬(アッチに付きコッチに付く)的日和見魂の合作であり決して創造主の責任ではない。

  • ・・・肉体というパワースーツ・・・

    肉体は祖神が与えた神の子達を躾するスーツであり、祖神の意に反すればそのレベルに応じたお仕置き(不都合)が生じ、意に則しているなら快適に過ごせる、有り難い神の子達の霊魂育成の為の最高のシステムである。

  • ・・・捨我・・・

    吾があり彼があるという人間意識。それらの一切は存在しない夢幻の人間劇場。
    捨我、我を捨てろという。そして我を捨てるべく悪戯に静坐瞑想に耽る行者達。

    無いモノを捨てろという。元々無いモノは捨てられようもない。
    執着を完全に捨て切るなら生老病死の人間劇場の舞台を降りられる。

    つまり人の死である。簡単には降りたくない夢幻の素敵な舞台。
    今世への執着は今後も続きそうだ。

  • ・・・動画のご案内・・・

    【般若心経 現代語訳 ユーチューブ】でご検索ください。
    何度聞いても難解だった般若心経の意味が実に解り易く説かれています。

    それから【甘露の法雨 ユーチューブ】を読めば、より理解が深まるでしょう。
    数多くの著名な先賢方の書をこのトピックでご案内させて頂きましたが、
    それらを総合した結果、今世の概要が理解でき、安堵の日々を過ごす昨今です。

  • ・・・実相・・・

    神は一元世界における唯、吾れである。ゆえに我が心を自らで正すなら全ては正される。死後世界に在るとされる地獄・極楽は唯、我が意思の内にのみ存在するが為、自らで自らを裁くのである。

    故にその実相(実態)を知り、理想(御祖神の思い)を己が内に構築しつづけねば永遠に問題は解決せず、霊・心・体の不調和により、大切な全てである今は徒労(生・老・病・死)を延々に繰り返す。

  • ・・・【肚】に神のお社が存在する・・・

    かの二木謙三医博は初マラソンで断トツの一位でゴールした時、終始【肚】に力を入れ続けたという。イメージ的には【氣】を込め続けたと推測する。武士道でいう肚(臍下丹田)になる。「臍下の一点に心を鎮め統一する」と心身統一合気道の四大法則の一にあるそれだ。清らか且つ穏やかな心で、常に丹田に氣を込め続ける。それで一切の不都合は生じないばかりか疲れもしない。差別の思いも敵対心をも持たぬ、安らいだ心に本質である内在神が現わる。

  • ・・・神性の表面を覆っていた自我という鱗が一枚一枚はがれ落ちる・・・

    神聖である、内なる光がウッスラと見え出すに従って気付きが起こり始める。
    Dパック・チョプラ博士が我々に伝えたかった実相の概要が解り始める。
    C・G・ユング博士も二木謙三博士もその域に達せられたのだろう。

    しかし期が熟さねばチンプンカンプンで外国語を聞いているに似ている。
    ゆえにいくら説明しても理解は得られないので断念されたものと思う。
    我々が在ると信じて疑わないこの現象世界の自分の肉体を含む全ては
    存在しなかった。まさに夢幻の我欲がぶつかり合う世界だったようだ。

  • ・・・俺はバカだ!大馬鹿者だー!・・・

    こんなセリフは絶対に辞めるべし!その言霊は現在の自分を馬鹿者だと断定し、潜在意識に刻印することであり、馬鹿を続ける原動力になる。「俺は今の今まで馬鹿者だった。しかしやっと目が覚めた!」過去完了形。「これで忌まわしい過去を清算し、新たな一歩を踏み出せる!ありがとうございます。」が正しい過去完了形での言霊の活用である。

    全てはアナタの内にのみ存在し、それ以外には存在し得ないのだから。人目を気にする必要はサラサラなく新生の自分を堂々と生き続けるなら取り巻く環境は時間差をもって変化する。もし指摘でもされるなら「毛虫はいつまでも毛虫で居続けることは無い!必ず蝶になるものだ」と。面倒ならついでに環境も変えてしまえばさらに良いだろう。

  • ・・・無益な抵抗は辞めるべし・・・

    我々は神の子であり如何に抵抗しようとも最終的には神にならざるを得ないのであり、神の学びを拒否し悪魔の所業「弱い者いじめ、弱者の土地を奪い土着民を奴隷にし、もっともっとと神の与えたる自然の宝物を収奪し続ける」そんなケシカラン事を未だに続け、原住民の土地から生ずる天然資源を奪うため争わせ人殺しの為の武器を売り付ける。
    それらの所業を続けるならその先どうなるかは子供にでも解る。いい加減に悪夢から目覚めよ!出来損ない達!。

    という事でそろそろ健康維持のためのトレーニングを始めるか・・・。

  • ・・・人間は光源である祖神から出でたる一筋の光である・・・

    我々はあくまでも神の分光(分け御霊)であり、それ以外のナニモノでもない。
    故に完全無欠の存在であり、祖神の意に則しておればなんら不都合は生じ得ない。
    不健康や不都合が生ずるのは祖神の意に反している証拠であり、
    顧みてその原因を正すなら、必ずや健康に立ち帰る。
    実に単純明快な摂理法則があるにも関わらず信じようとしない。
    実に不自由な現状だが、それは身勝手な頭に支配されているからに他ならない。

  • ・・・涅槃(ニルバーナ)は此処にある・・・

    ココだ!ココだ!と👉指したいが、教えて終えばみもふたもない。
    その為に自由意志が与えられているのじゃな。
    そして美味しい物質の多くが神の子達の悟りを妨げ誘惑し続ける。

  • ・・・究極のゲームを自在に楽しめる人間界・・・

    西暦2018年、皇紀2678年最後の朝、学んできた色んなジャンルが結び付き、今世(人間界)ほど素晴らしい自由意志が与えられた世界は神霊界にも存在しない事が分かった!地獄も極楽も自在に選べ、苦も楽も好きなだけ体験できる素晴らしい環境、創造主に感謝!!。

  • ・・・多分最後の動画の案内・・・

    【政木和三先生のお話『欲望を捨てれば不可能はない』<1>】

    です。先生の動画を数多く見てきましたが、これが最高の動画案内でしょう。
    善良なる皆様方のご健勝をお祈りいたしますと共にこのご縁に深謝申しあげます。

    多分この書き込みが最後になるだろうと思います。
    ヤフーさんや、関係者諸氏方々に「ありがとうございました!」。

    <(_ _)>。

  • ・・・心豊かな人、貧しい人・・・

    心の貧しい人は外見にのみ心囚われ、日々変化し劣化していく器を大切にする。
    心豊かな人は永遠の命である魂性を大切にし、己が心の内に自己満足を堪能する。

  • ・・・残す処あと3日と半日・・・

    そしてこの晦日で断酒百日目となる。アルコールがドラッグワースト3にランクインされる訳が体験を通してやっとのこと理解でき。遂に断酒に踏み切った。身体に関してはかなり回復して来てはいるものの脳の機能の回復にはまだ時間を要するように思う。そして真理探究意欲は益々活発活性化してきている。

    永年各宗教教典を読んできて、違和感のなかったものは2つ。一つは今から半世紀前に出会った「万人幸福の栞」その著者は丸山敏雄さんであり、その後に出会った「甘露の法雨」の著者は谷口雅春さんだった。前者は誰にでもすぐに理解できる実に解りよい解説だったが、後者は当に百読の時を経てやっと理解に至った。

    がれ鬼のほとんど一人の書き込み回数も六千数百回に及び、我れ今ココが連続すればいつの間にかこんな回数になるんだと驚いている。人生はその時々を楽しく快適に「できれば思うがままに」生きられるならばおそらく老いる事はないだろうと思う。心の曇りが命の栄養剤である光を遮断しその心に影を落とすと老いるように思う。

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