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No.13
なんとも言えないですね、井上さ…
2018/04/05 17:13
なんとも言えないですね、井上さん。彼は正気なのか狂人なのか、会ったことがないからよく分からない。
ただ、墨象作家と呼ばれているが、顔真卿の臨書はよくやっていたという。顔真卿といえば多宝塔碑に代表されるように、オーソドックスの楷書なのであるが、それの臨書をよくやった井上さんが、ひとたび作品製作に取り掛かるとまったく人が変わったようになり、製作風景を動画で観てもなにかに取り付かれたような形相で、迫ってくるものがある。それで出来上がった書が一連の書である。
一般的に書家は形の良い字を書こうとする人が多いもので、井上さんのようにデフォルメもせず、上手く見せようともせず、思いの丈をそのまま紙面にぶつけ、それでいて多くの人に支持される書家は稀な存在といわなければならない。
煩悩を捨てなければ書けませんね、こういうのは。 -
No.15
『孔子廟堂碑』 (唐)629年…
2018/04/06 11:24
『孔子廟堂碑』 (唐)629年頃 虞世南
欧陽詢、褚遂良、と並ぶ唐楷書の三大家の一人。特に楷書の極則と呼ばれる欧陽詢とは好対照で、背勢の欧陽詢、 向勢の虞世南と呼ばれ、人気を二分する。私個人は、実際に書いてみて欧書のほうが難しく感じられる。しかし孔子廟の持つゆったりとした佇まいを表現するのも、心が平安でなければ出来ないもので、やってみるとどちらもあのレベルに書くのは至難の業である。あれらが世に出て千年以上経つが、爾来あの二碑を含め唐三大家を凌駕した楷書には、未だお目にかかれていないという現実があるのである。
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No.17
『九成宮醴泉銘』(唐)632年…
2018/04/06 17:18
『九成宮醴泉銘』(唐)632年 欧陽詢
これは今更説明を要しない、楷書の極則として古来より名高い。全24行、一行50文字。一文字20mm強。欧陽詢76歳の書といわれている。
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No.18
『張芝』(後漢)生年不明192…
2018/04/07 17:38
『張芝』(後漢)生年不明192年没
王羲之以前の草書名人。草書といえば孫過庭が名高いが、もっとも基本的な草書の筆法からいけば、孫過庭よりも張芝が上に位置すると筆者は思う。当の孫過庭も楷書の鍾繇、草書の張芝と認めている。孫過庭曰く、鍾繇は王羲之より楷書が上手く、張芝も王羲之より草書が上手い。ところが王羲之はそのどちらもかなりの使い手で、総合的には王羲之がいちばんであると書いている。
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No.23
六朝楷書 中国の南北朝時代…
2018/04/08 21:41
六朝楷書
中国の南北朝時代、北朝で発達した独自の楷書体の総称である。日本にも飛鳥時代から奈良時代の初期、一部で書蹟をともなわない間接的な形で使われていたと考えられているが、遣唐使の持ち帰る唐代の書風と併用されていくうち、日本文化が唐風に傾いてゆき、次第に唐風書道が優勢となり六朝書風は自然消滅をする形となってしまった。
これで我が国における六朝書道の系譜は一旦途絶えたが、1000年以上の時を経て1880年(明治13年)清の学者、楊守敬によって北魏の拓本が日本に持ち込まれた。
これら六朝楷書を初めて観る機会に恵まれた日下部鳴鶴、中林梧竹、巌谷一六らはカルチャーショックを受け、ことに鳴鶴はいままでの自身の書風を捨て、以後物故するまで生涯を六朝楷書で通した。
現在は、政府からの揮毫依頼も多い謙慎書道会がこの書風を用いるせいか、国会議事堂内の看板とか、全国戦没者追悼式の大看板などに多用され、広く大衆の目に止まる機会も多い。 -
No.27
『文字に美はありや』伊集院静著…
2018/04/09 19:19
『文字に美はありや』伊集院静著を読んだ。
この人、字の話しがかなりお好きとみえる。そうでなければ、ここまで書の古典やいろんな歴史上の人物の書いた字を調べはしないし、エッセイに書いたりもしない。しかしよく勉強されているなと感じた。
本職の書家でも作品製作には精をだすが、大学で書道史を教えている人でない限り、古典を研究する人というのはあまり居ないと思う。ほとんどの書家が、古典は臨書を一生懸命やるだけである。
本人も自身の書く字には矜持のようなものをお持ちのようだ。以前からいろんなものに書かれた氏の字を私は観る機会があって、ふといつもそう思ったものである。伊集院氏の字はひと言で言って味のある字だ。所謂書道の基本をしっかりやったタイプの字ではない。習字をあまりにやりすぎると、個性的な字が書けなくなるきらいがある。書家でも作品ばかり作る人と、習字を教えるのが専門の人があり、侘び寂びのきいた字が書けるのは前者の方である。もっと言えば、書はその人そのものが表現されるもので、習字を何年やろうが大家に習おうが、出来上がった作品との因果関係は無いと言っても過言ではない。ゆえに立派な書を作るには人間そのものを磨き、書だけやるのではなくあらゆる芸術に触れ、達観した境地にいれば古典をどれだけやったかに拘わらず、おのずと善い書が生まれるものであろう。
しかしながら、そういう人物は歴史上にもそうは居ない。まず根底には深い教養があり、物欲があまり無く、清貧に甘んじる人。過去の能書家でこれを全部充たしている人など果たして居るか?近い人なら良寛か?!三輪田米山にも邪念が感じられない。書壇のなかには、そういう人がまったくといってよいほど見当たらないが、しいてあげれば桑原翠邦か。
話しがだいぶ横道に逸れたが、この『文字に美はありや』は既成の書家あるいは評論家の手になるものではなく、伊集院静という文字(書)の好きな好事家の著す、字の味わい方を教えてくれる本として、もっと広く読まれることを願っておく。 -
No.132
ありがとうございました。 あ…
2018/04/09 19:25












井上有一
2018/04/05 15:46
井上有一