ここから本文です

投稿コメント一覧 (869コメント)

  • 前略

    またまた米国で、爆弾事件が発生した様である。

    未だ原因発生が判明していない様であるが、誠に遺憾な事件である。

    今のところ原因は定かではないが、テロの可能性も高い。

    幸いにも、この辺りの投稿欄では宗派は違えど、其処までの事はない。

    今のところ、馬鹿、アホ、幼稚辺りで終わっている。

    日本とて、歴史を振り返れば政治と宗教が絡む血の流れた戦いの歴史はある。

    其れだけ、深い遺恨が生じるものなので有ろう。

    昨日は、知人の葬儀で一日終わったが、本日は予定なし。

    お天気も雨とあって、日中は食事とうたた寝で終わった。

    夕刻は、妻と買い物にスーパーに出かける。

    結構な混雑である。

    4日分の食料品と雑貨を購入し、帰宅となった。

    今宵のメニーは、牛レバーの竜田揚げ、ニンニクの芽のバター炒め、きゅうりのサラダ、冬瓜とミョウガの味噌汁、ご飯、デザートはマンゴーシャーベットであった。

    勿論、休日は趣味の夕食作りである。

    此れもまた楽しい時間である。

    この雨に、秋の訪れを感じる一日であった。

    2016年3月13日撮影:NY貿易センタービル跡地。

    世界


    つづく。

  • 前略


    今宵は、モンテヴェルディの*聖母マリアの夕べの祈り*など聴いている。

    この曲は、モンテヴェルディが法王パウロ5世に献呈したものであるが、本道をゆく宗教曲である。

    90分近い大曲であるが、聴いてその深さを感じる。

    もっとも、趣味と興味のない方には、只のBGMにもなる事も有るまい。


    何事も、自分が本道であり他は外道と思われがちであるが、すべてが自分が感じる事であり、誤っても其れが総てではない。

    あんなつまらぬ事といっても、その本人にとっては極めて重要な事もある。

    まあ、価値観の相違と言うところで有ろうか。

    急に外の雨音が大きくなっている。

    雨音に、古典的な宗教曲も良いもので、この二つの音が妙に自然に溶け込んでいる。

    雨音に宗教曲、そしてワインが今宵の喜びである。


    世界

    (9月28日撮影:)

    つづく。

  • 前略

    3連休の最終日であったが、冷たい雨の降る1日で終わった。

    夏の日の暑さが嘘の様に、消えて行く。

    一生に、誰でも熱い時もある。

    思えば、何故あんなに燃え、熱かったので有ろうか。

    振り返ればそんな時もあった訳で、思わず笑って仕舞う。

    まあ、その出来事に大いに入れ込んでいたので有ろう。

    何事にも、結構燃える方なので、お陰様で良き思い出も沢山ある。

    何に一番燃えたので有ろうかと、思え起こせば、やはり答えは一つで有ろう。

    その数々の出来事が走馬灯の様に、脳裏を過って行く。

    人生、思い出づくりであるが、今世誠にラッキーであった。

    つまらぬ事に意地を張らず、気楽に生きるが良い。

    自分の方が、優れているからと思うから弊害が出る。

    優れているから、優れていないかは、その答えは今日の生活を見ればわかる。

    其れでも、明日以降の保証は無い訳で、何時逆転するかはわからない。

    自分の一番得意とするところと、相手の不得意なところ比べで、私が優れているでは、どこかの政党や新聞・放送局となる。

    其れでも、その支持者を集めて答えの信頼性を高める。

    答えは、簡単である。


    本人が幸福で、家族が幸福で、出来るなら関わる人が幸福である事である。

    住む街が幸福か、日本国が幸福か、世界が幸福かはその道の専門家にお任せすれば良い。

    今日の軽井沢は、冷たい雨が降り、良き秋の始まりである。


    世界


    つづく。

  • 前略

    稀にまともな投稿かと思えば、其れなりの信者のコピペである。


    本人はコピペ・イコール賛同では有ろうが、リアルな世界ではその世界には達していないので有ろう。


    そんな方々の多くは、単純であり自分本位である。

    その時は確かにそうであるが、継続性に問題があり結局はコロコロ変わる訳である。

    何事も、物事乗り降りは大切であるが、ポリシーの無い乗り降りの結果は芳しいものでは無い。

    例え自己の心の叫びと選択した事も、その自己の心が曲がっていたならば、只の愚行選択となる。


    追い込めば、イチがゼロの二進法の集合であるが、そのイチ・ゼロが今日の世界(己)を決めている訳である。

    まあ、その最後の評価は死を迎えた時で有ろうが、自分の心の叫びもともかく、根本を正すが良い。

    振り返るに、今日までは出来過ぎであった。

    運良く先祖様のお徳や家族のお徳で、生きて来たので有ろう。


    此れからは、次のお徳づくりに生きて行きたい。


    明日も、良き日を迎えたいものである。


    希望も欲も紙一重である。

    世界


    つづく。

  • 前略

    台風の過ぎ去り、天候回復かと思いきや、小雨降る一日である。

    今日は、特に予定も無し。

    朝茶など頂きながら、くつろんでいる。

    観れば投稿欄も、珍しく経済論が語られている。

    あれから40年ではないが、数々の企業経営関係者と交わって来たが、実態経済と論理経済では違いが有る訳で、国家政策や大手企業の経済誘導はともかく、其処にはリアル経済がある。

    実際に経営している方々は、論理はともかく長年にわたり経営をしている訳であり、其処には生の深さがある。

    たまに経済系の大学教授や金融機関の経済研究室の方々との会議もあるが、論理は正しいのであるが、真の実態が理解出来ていない。

    まあ、彼らには明日はともかく、今日の責任がないのである。

    経営者は、今月の支払いと給料の調達をしなければならない。

    この辺りか大きな違い なのである。

    振り返るに、関係会社も数社倒産に関わってきた。

    ある時は、会社代表で債権者や特殊団体の皆様と交渉にもあたった。

    振り返るに、今日まで、よく無事で生きてきたものである。

    そう言う意味では、既に第一線は離れているが、未だ未だリアルな経済を生きている。

    概ね、経営者の共通した末期の言動がある。

    出来もしない新事業計画話、如何わしい儲け話、危ない不動産金融投資話など、こんなお話が出て来れば極めて危険である。

    其処に、金を貸してくれである。

    世界

    つづく。

  • >>No. 724

    前略

    大概は、中小零細企業の経営者は個人補償している。

    特に零細企業は、個人補償は当たり前のお話である。

    故に、倒産イコール逃亡・失踪となる。

    稀に、債務交渉を上手にこなし、再起している経営者もいる。

    そんな方の共通点は、やはり経営者の人柄とお徳なのである。

    慕われる経営者は、其れなりの支持者もあり、お助けが出るのである。

    かつて年商10億ぐらいの建設業経営者であったが、倒産後今は従業員10人ぐらいの経営者として、再起している。

    人生大きな失敗をすると、なかなか再起は難しいものであるが、真に地道な努力と感謝の心を持つならば、そして維持出来るならば、必ずや再起出来るかと思われる。

    七転び八起きであるが、追い込まれて諦めるか、再起の道を選ぶかは、本人の選択で有ろう。

    其れでも、通常な生活が出来れば良い訳で、多くを望まねば良い。

    幸いにも、社会的な大きな失敗はないが、日々人知を尽くし天命を待つのであるが、本当に人知を尽くしているので有ろうか。

    最近は、手抜きがたまに有る。

    結果は直ぐに出るもの。

    即、改善しなければならないところである。

    (8月31日撮影:)

    世界


    つづく。

  • 前略

    投稿も、自信を持って投稿している様であるが、往々にして、認識経験浅き投稿では、専門筋から観れば浅はかな投稿となる。

    まして、コピペ投稿程度では情報の掲示程度となる。

    知識人とでも主張しているので有ろうか。

    稀に、事に詰まると、捨台詞で逃避の様な方もいる。

    もっとも、その程度の知識や経験では、世の中の第一線では通用仕舞い。

    通用するならば、その道の成功者として活躍しているで有ろう。

    退職者の動向を観れば、概ね社会との隔離に、地位も高収入も失われ、一時はかなり落ち込む様である。

    周りを観でも、退職後一年以内での死亡率も高いかと思われる。

    その空虚感に、余裕のある方々は趣味の世界となる。

    就業中からの趣味の延長であれば、より良き趣味となるが、往々にしてにわか雨の場合は、2〜3年で終わる訳である。

    地元に居ればその地域の役職かある訳で、安協、公民館、区役員、宮総代、寺総代などが控えている。

    そんな役職など、こなしながら地味な生活をして居れば、其れも良かろう。

    午後は、温泉でも行こうかと考えていたが、2時頃から6時頃まで、うたた寝爆睡であった。

    暇な日の老人には、投稿欄は誠に楽しい世界である。


    何を書こうと自由ではあるが、向上性を望むならば、つじつまの合わない投稿やオトンチン投稿、只のアラシ投稿は感心出来ない。

    もっとも、そんな方々には、そんな意識も無かろう。

    有れば、愉快犯的投稿者となる。

    メインではお利巧でも、NHでは只の愚行。

    業者なのかは知らねど、個人ならば最後は綺麗にその日を迎えるが良かろう。

    (8月30日撮影)

    世界


    つづく。

  • 前略

    暇に任せてもう一投稿。

    夕食の後は、10時過ぎより何時もの音楽鑑賞となった。

    今宵は、秋らしくシャンソンなど聴いている。

    只今、金子由香利である。

    何度聴いても良いもので、この季節は此れが良い。

    個人的には、*再会や*アデューなどが好みの曲である。

    本日も、皆様暇に任せて楽しい投稿欄であった。

    ゴルフコンペも、ブビーもあればベスグロもある。

    参加者が、楽しめれば良いだけの事。

    所詮、投稿欄もこのアマチュアの世界。

    プロの競技会ではないが、当然プロ様の投稿欄でもない訳で、所詮趣味の世界である。

    そう思えば、楽しい投稿欄で良かろう。

    アマチュアとプロの入り乱れるこの投稿欄。

    今日は、あらためてその領域の差を感じた投稿欄であった。

    5日間連続の雨模様。

    明日は、良きお天気を期待したい。

    *アデューを聴きながら、今日を終わりとしたい。

    ラストは、*愛の讃歌であった。

    誠に、良き一日であった。


    世界

    つづく。

  • 前略

    相変わらず小さな脳で一生懸命生きている方である。

    小さな脳と言うよりは、回路が繋がっていない脳で有ろうが、その誤りに気付かないのが、話題を盛り上げに良い。

    ここ一年ぐらいの研究材料であるが、その結論に誤りはない様である。

    嫌味では有ろうが、◆病院へ行けの意味が判らないのである。

    学業の成績とは余り関係ないが、むしろ成績は良かった方々が多い。

    公務員(学校関係)や、わりとお堅い職業につくのであるが、こんな性格故に職場では余り歓迎されな方々である。

    故に、転職の繰り返しとはなる方々も多く見かける。

    当然、家庭もギクシャクしている訳で、パートナーが我慢出来れば良いが、なかなか難しい。

    問題は、子供達である。

    母親のエゴが子供達の心の歪みとなって蓄積する。

    幼少の頃は我慢しているのだが、歳とともに反発。

    そして、爆発となる。

    終末期は、パートナーを無くし、子供から見放され、一生懸命生きた人生であったが、孤独の老人となる。

    頑張って無理した身体故、大病となり終了となる。

    問題解決は、素直にその誤りを認め、その曲がった心を正す事であるが、なかなかその意地っ張りでは当面難しいで有ろう。

    小さな親切大きなお世話でも無かろうが、何れ理解する日も来よう。

    地獄の石積み。

    此れまた、人の姿を見て、我が身を正す材料である。


    世界


    つづく。

  • >>No. 728

    前略

    そう言えば、そんな環境で育ったかと思われる投稿者がいる。

    幸いにも、脳機能には問題は無い様である。

    寧ろ、かなり明解であり、機能は良好なので有ろうが、心の歪みは継承している様である。

    各所二戦級の方々を、簡単に撃沈している。

    しかし、心の歪みもともかく、大きな問題はその環境にある。

    人も羨む生活レベルでは無い事である。

    出来るなら、時よりニースやモナコ辺りから投稿して欲しいものである。

    どんな境遇なのかは定かではないが、高い目線で語れる環境にはない。

    せめて、継続されたDNAの記憶だけである。

    姫も背景あっての姫。

    その背景では、マッチ箱の不遇な淋しい姫となる。

    人其々、与えられた境遇も有ろう。

    其れに甘んじて生きるも良かろう。

    もしも、そのステージを変えたいならば、相当な尽力か必要と成ろう。

    疲れたら、休むが良い。

    休むには誠に良い、投稿欄である。

    (8月30日撮影)


    世界


    つづく。

  • 前略

    先週は、台風もあり毎日雨の日であったが、ようやくお天道様が現れ、久しぶりに庭の樹々が輝いている。

    見れば、庭にキノコがゾクゾクとその姿を見せているではないか。

    何年か前、もしやと思い山のキノコを庭に蒔いておいた。

    其れから2〜3年してからで有ろうか、庭にキノコか出始めたのである、


    今年も、そろそろと思っていたが、予想通りである。

    早速、摘み取り今宵の夕食のすき焼きとなった。

    秋のキノコと言えば松茸ではあるが、俗称リコウボウは香りでは劣るが、味は負けず劣さずである。

    何事も、有名ブランドも有れば、そうでない物もあるが、有名ブランドは概ね良好で大きな間違えはないが、そうでない物にも、唸らせる世界の物もある。

    此れも、やはり知識と経験と財力などからの選択出来る世界と成ろう。

    まあ、松茸とリコウボウとの比較では問題かも知れないが、キノコの有名ブランドは松茸で有ろう。

    ランクはともかく、どの同じランクの中でも、良い物と悪い物がある。

    たとえ、松茸とて虫食いや腐った松茸では、雑キノコに劣るで有ろう。

    何が良い物と言っても、選択者に都合が良い物が良いのか、高レベルから観た良い物かは選択が違う。

    勿論、低レベルからでもその答えは違う。

    其れでも、概ねその選択者の都合の良い物が良い物で有ろう。

    まあ、此れが日本の政治経済から日常生活までの動向を決めているので有ろう。

    日本は誠に、平和である。

    世界

    つづく。

  • 前略

    昨日は、午後から山の温泉でゆっくりしたせいか、今日は誠に身体が軽い。

    今日は、夕刻より政治団体の会合であったが、特に問題なく閉会、宴会を簡単に済ませ早々の帰宅となった。

    主宰の先生が、国体の役員と言う事で、岩手国体の事が話題であった。

    何でも、かつては陸上競技で国体4位になったとの自慢話。

    まあ、世界レベルは世界選手権からオリンピックまであるが、其れでも国体4位は大したものである。

    日本では、4位なのである。

    振り返るに、個人的には最高位は団体戦で県大会で準優勝の経験はある。

    まあ、あのまま進んでいたならば、国体には出場出来ていたで有ろうが、到達せずであった。

    其れでも、人間一つや二つ取り柄はある訳で、何とか今日を暮らさせて頂いている。

    誠に、有難い事である。

    今月初旬までは、チェコ、オーストリアの旅と大変に忙しい日程であったが、此処に来てかなり暇になって来た。

    今週は、毎月末週の定例会議とゴルフぐらいである。

    秋の夜長は、良き音楽など聴いて瞑想にふけるが良い。

    今宵は、ヴィヴァルディの*3つのチェロ協奏曲など聴いている。

    只今、ハ短調RV402あたりであるが、こんな夜には良く似合う曲である。

    チェロの響きが部屋を震わせ、心に潤いを与えている。

    此れもまた、歴史の名曲である。

    音楽の真髄はバッハで有ろうが、ヴィヴァルディはまた別の世界。

    音楽で、人を楽しませる天才で有ろう。

    人生、真髄を語るも良し、人を楽しませるも良し。

    今日も、誠に楽しい1日であった。


    (9月3日撮影:ウィーン国立歌劇場前)


    世界


    つづく。

  • 前略

    50代に入り、突然の大病に襲われ、否が応でも人間の生死を考える時間を与えられた。

    目が醒めれば、今日も生かされてい実感を得る日々であった。

    馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、流石にお馬鹿な人生も、死を前に少しは考えたので有ろう。


    集中治療室で迎えた2日目の夜であったか、あの世の入り口までは辿り着いたのであるが、入場拒否され目が醒めた訳である。

    そして、7日目の夜であったか、新しき魂を授かった。

    此れは、かなりの自覚があり、此れが復活なのかと感じた。

    お陰様で、臨死体験とやらも経験させて頂いた。

    奇跡と、人の命の儚さを知る事となった。


    流石にそこまで行くと、生への執着心も6分ぐらいになるもので、物事に一応にもがいてみても、諦めも早い。

    物事の執着心を、多少捨てたのであるが、捨てたから結果が悪い訳ではない。


    寧ろ、良い結果となる。

    あれからワンラウンド、楽しき日々が続いている。

    元々、極楽トンボなどと身内からも言われていたが、多少悟りの極楽トンボなのであるが、そろそろその極楽トンボも、次なるステップを感じるところである。

    自分だけが、幸福ならば良い訳でない。

    勿論、其れなりに人に施しもしてきたが、未だ未だ足りないので有ろう。

    やはり、次なる自己の意識改革が必達。

    漸く、その光が見えてきた。

    次なる道を、真っ当に生きて行きたいものである。

    良き70代を迎えたたいものである。

    世界


    つづく。

  • 前略

    人類の歴史を振り返るに、その起源は定かではないが、現代人の先祖は10万年前後に遡ると言われている。

    アウストラルピテクスとて、500万年前あたり。

    地球の歴史の推定46億年からみれば、直近の出来事である。

    その歴史を1日や2日と書くものも良かろうが、ならば人類の歴史は0.000〜1なので有ろう。

    人類には、誕生前の歴史など直接は関係ないで有ろうが、其処を1行2行での解決では、いささか疑問を感じるところではある。

    その0.000〜1を語るのだから難儀なので有ろう。

    もっとも、人類の生存テキストとしては、多少の無理はあるにせよ概ね適切な存在なので有ろう。

    もっとも、多数派工作から申せば、最大の組織であり、現代地球を代表する一つで有ろう。

    話は変わるが、 日本国内で一番売れている車は、確かカローラである。

    一番売れていると言う事は、販売能力と消費者ニーズが高いと言う事であるが、車通が選択するかと言えば、多分カローラでは有るまい。


    物事、そんなもので有ろうが、力の数が大いにものを言うもので、概ねどんな組織も拡大路線となる。

    かつてのエジプト、ローマ、オスマントルコ、英国も、そして米国も、その路線であった。

    人類の歴史はそうで有ろうが、0.000〜1の宇宙歴史の真実とは、誠に定かではない。

    人類地球支配の都合の歴史で有ろう。

    庭のシダ類は、今日もにこやか生きているのであった。

    世界

    つづく。

  • >>No. 734

    前略

    そのシダ類であるが、地球の歴史の中では4億年ぐらいの歴史がある様である。

    人間様も偉そうな事を言っている訳であるが、庭のシダにも劣る、足元にも及ばない新参者の歴史なのである。

    人を見て、その滑稽さに笑っているので有ろう。

    かつては、恐竜を見て、大きゃあいいものでないと語り、今は人間を見て、小さきゃあいいものでもないと語っているので有ろうか。

    ともかく、何度も地球の危機を乗り越えてきた方々である。

    まあ、人間様が滅びても、シダ類の生存確率の高いで有ろう。

    何を感じ様が思う様が人間様の勝手ではあるが、地球と共生だの、宇宙と一体だの、言葉のあやで有ろう。

    その意味が真に理解出来るならば、お釈迦様も、イエス様も、如来様も、エホバ様も乗り終える事が出来様。

    ミサイルが隣の家にでも着弾してからでは、平和憲法も間に合わないで有ろう。

    ヘボイ輩ほど、理想と美しい世界に自分を置きたいので有ろう。

    何故ならば、其れが自分に欠落しているからである。

    理想の美しき村も、津波が来れば一瞬にして終わる訳で、津波が来ない様に、自然と交渉するので有ろうか。

    いつ来るのかの適切な予測と、その備えが必要で有ろう。

    その辺の変なおじさんやおばさんより、シダ類に聴いてみるが良い。

    其れが答えで有ろう。


    世界


    つづく。

  • 前略

    昨日は、久しぶりに良き天候のもと、チャリティーゴルフコンペであった。

    特に大きな問題もなく終了であったが、久しぶりゴルフにスコアーはメチャクチャ。

    こんな日もある訳で、其処がゴルフのおもしろさでもある。


    3人でのラウンドであったが、その2人か89歳と86歳。

    何と無く、老人に優しくの手抜きのゴルフであったが、此れが大きな間違い。

    必死に戦ってくるのである。

    ドライバーの飛距離など、此方の7番アイアンであるが、長年の技を発揮して、ボギーぐらいであがってくる。

    此方が3パットも打てば、同じボギーとなる訳で、結構な戦いとなる。

    何れそんな日も来ようが、元気でゴルフを続けたいものである。

    何事も、稽古不足では良い成果は得られない。

    とかく老人と言う言葉に甘え、自己に甘くなる。

    最近は、社会も老人に優しくしてくれるが、ある意味甘やかしである。


    優しさと甘やかし。

    日本社会も、良きも悪しも、手抜きの老人に甘やかし傾向はある。

    福祉国家は良いが、この辺り今後の政策課題で有ろう。

    甘やかしでは、ロクな国家は形成しない。

    没落の道を辿ることと成ろう。

    世界


    つづく。

  • 前略

    この老人パワーに圧倒されるのであるが、86歳のお方は、長年経営していた会社を数年前に、大手に売却。

    其れでも、未だ残された一部の会社のトップでもあり、一生使い切れない財産持ちなのである。

    最近は、世も末とばかり、個人で母校に育英資金を設立かと思えば、直近では地元公民館建設に1000万寄付とか、やる事は華々しくご活躍である。

    とかく、爺婆になると使えるお金もなし、施設で静かに終焉を迎える方々が多い訳であるが、こんな爺様もいる訳で、生きる勇気を頂く訳である。


    お金のかからぬ自由投稿欄で、如何でも良いグチャグチャ活躍するも良いが、リアルの世界でその日まで、活躍したいものである。

    屁の役にもたたない爺いの戯言で終わる事なく、命もともかく、すべてをお返ししたいものである。

    母校に教育育英資金設立なのどは、是非実行したいところである。


    地元から世界まで、色々と成すべき事がある。

    次なる夢は、そんな夢が良い。

    お山は、紅葉の始まりである。

    世界


    つづく。

  • >>No. 738

    前略

    お〜、テルゼ氏ではないが。

    娑婆の皆様は、相変わらずガチャガチャであるが、貴殿の鋭い投稿に、まともに返す言葉も無かろう。

    その投稿に参戦するも面倒故、また直接言っても無駄かと思い、この辺りの投稿欄で、個人的には静かにしている。

    同じ様なものが、何時まで経っても同じ事を繰り返し、有り余る時間の無駄遣いなので有ろう。

    もっとも、其れを仕事の糧としている方もおられ様。

    其れも良いが、人の生きる道としては芳しいものではないと感じている。

    時より良き話題もあり学ぶ事もあるが、概ね範囲内である。

    人間、簡単には一世代では越せないと言う事実を確信するところである。

    あえてコメントするならば、貴殿の周りに取り巻く方々は、今世は無理で有ろう。

    もっとも、自分の方が優れていると言うのだから、穴の空いた金魚すくいなので有ろう。

    其れでも、生きているのだから其れも良かろうと感じている。

    今世、幻の悟りで終わるので有ろうが、其れも本人の選択。

    放っておくが良かろう。

    未だ未だ未熟ものでは有るが、この歳となり漸く最終地点が見えて来た思いである。

    資本主義経済から申せば、選択すべき生き方でも無かろうか、見えざる手の深い意味をあらためて考えるところである。

    このつまらぬ執着を断ち切りたいものであるが、急がば回れの諺もあり、此処まで来たのだから、ゆっくりでも良かろう。

    何れにせよ、お返しするこの命。

    カッコ良くは行かないだろうが、しっかりと店仕舞いが出来る様、心して行きたいものである。

    其れでも、簡単には逝かずと意地はる元青年である。

    まあ、良い事も有ろう。


    世界


    つづく。

  • 前略

    昨日から、ある組織より講演依頼があり、京都に来ている。

    約90分の持ち時間であった。
    皆様真剣に聴いている訳で、やや手抜きな講演に此方の方が気が引ける訳であるが、其処はもっともらしいお話で、皆様納得した模様。

    其れでも、京都の有名寺前住職より、鋭い発言。

    此方の生き方の修正にヒントを頂いた。

    此方も、その回答に*欲を捨てろと説いてはみても、寺に帰れば檀家の計算などと、お笑い回答で場内を盛り上げる結果とはなったが、やはり自己の姿勢をあらためて正す必要性を感じた訳である。

    人に説いて、人から教えを頂く日となった。

    夕食は、主催者側のスタッフと共に、改装開店したばかりのリーガロイヤルホテル内のたん熊であったが、流石に名店。

    其れなりのレベルが保たれている。

    二次会は、祇園のお茶屋さんで綺麗どころも登場で、大いに盛り上がり終焉となった。


    誠に、有難い事である。

    講演に来て、好きな事を語り、美味しいもの頂き、人生の生き方まで学ぶ時間となった。

    週末まで、京都に滞在しゆっくりと過ごす予定。

    今のところ、雨は降っていない。

    今日も、良き日と成ろう。


    世界


    つづく。

  • 前略

    新米は、10月3日に米袋で20袋約400キロが委託農家から、届けられたばかりでる。

    今年のお米は、何でも作り方を改善したと言う事で、多分美味しいとの事。

    京都より帰宅したら、来週でも新米を頂く予定。

    これまた楽しみである。

    このところお馴染みの投稿欄も、哲学宗教から政治話題で盛り上がっている様であるが、此れもまた同じで、おトンチンカンのお方は、またまたおトンチンカンなのである。

    其れに気付かず堂々の投稿。

    この辺りが、日本社会の現実で有ろうかと、あらためて感じるところである。

    人其々、その意見は理解出来るが、社会の構造への理解が浅い訳で、騙されている国民の象徴なので有ろう。

    米国が如何の斯うの、韓国や中国が如何の斯うの。

    書籍やインターネットの貧しい情報の中で、想像の世界なのである。

    其処に住んでも、簡単にその真実が判る訳ででもないが、やはり韓国に中国に、米国に行ってみれば、多少理解出来る事もある。

    引きこもりの人生では、その貧しい情報の世界で終わる。

    何処の国に行っても、その国の民族の価値観はあるが、人の心は概ね同じである。

    つまりは、考えている事は同じである。

    パンを食べるか、芋や豆をたべるか、米を食べるか、様々ではあるが、国民一人一人が生きる様は、同じである。

    脳の機能構造の問題よりも、経験と体験の不足なので有ろうが、物事への価値観は、育った環境が大いに影響を受けている訳で、その環境の差を感じる訳である。


    もっとも、この辺りの投稿欄の投稿で、政治が変わる訳でもないが、政治世論の場としては、まんざら捨てたものでもない。

    個人的には、経済はともかく、政治論を語れる程の知識も経験もなし。

    皆様の崇高にはやや程遠い、俗世のご意見を有り難く、閲覧させて頂いている。

    若き日の政治に関心があった頃を懐かし、楽しい投稿欄である。

    詳細は語らぬが、6月であったか皇室のお嬢様であるお方がお見えになったが、やはり人の心は同じである。

    面倒と思う心が、老化なので有ろう。

    世界

    つづく。

本文はここまでです このページの先頭へ