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投稿コメント一覧 (1053コメント)

  • 神は無です。無の空間は存在する。ゆえに無は有です。形はないけれど確かに存在する。それが神です。

  • カントの道徳と自由の関係を解釈すると欲望や衝動を自然因果性と規定しそれは決定論世界です。それを我慢することができるという選択肢をもつことによって自由因果性となりそれは非決定論世界となるのです。

  • 無の空間は存在するので無は有です。この空間はひとつしかないことをカントはその著書『純粋理性批判』で言及しています。マクタガートのB系列時間は空間が無数にあることを前提にしています。現代科学もB系列の四次元空間の立場です。しかし現実に知覚できるのはたったひとつの空間だけです。過去の空間も未来の空間も知覚できないのです。カントは正しいのです。ゆえに時間は社会的約束事(ルール)に過ぎずその実体はありません。現在だけが永遠なのです。ゆえに私たちは超越論的自由意志をもつのです。

  • pipitさんはじめましてよろしく。返信ありがとうございます。超越論的自由意志というのは普通は超越論的自由というのですが「ひとつの状態を開始する能力」すなわちあらゆる行為の原因としての意志をカントは捉えています。

  • マクタガートのB系列時間はA系列時間を含んだものですが(B系列=C系列+A系列)A系列の過去の空間や未来の空間が知覚できないことから、カントの空間がひとつしかないとする考えは現在の空間のみを示し、しかもそれは永遠であることを示しています。もし未来の空間が知覚され、出来事も未来に実在するなら決定論的運命主義に陥ってしまい現在に生きる私達は自由意志を否定されてしまいます。未来の空間が実在しないからこそ私達は現在の空間において自由意志を保証されているのです。現在というのはひとつの空間を知覚する時に感ずるものです。それが永遠性をもつことによって私達は非決定論的自由意志を、換言すれば超越論的自由意志をもつことができるのです。
     カントによれば時間はアプリオリな直観の形式です。実体があるのではなく社会的約束事(ルール)としての形式です。太陽の位置変化を基準に他の変化を計るものとして考案された社会的約束事(ルール)なのです。


  • pipitさんこんばんわ! 返信ありがとうございます。
    カントのアプリオリな直観の形式はpipitさんの解釈でもいいと思います。
    仏教は疎いので申し訳ありません。

  • >>359
    pipitさんこんばんわ! 返信ありがとうございます。
    カントのアプリオリな直観の形式はpipitさんの解釈でもいいと思います。
    仏教は疎いので申し訳ありません。

  • マクタガートも時間の実在性を否定しています。C系列とA系列の矛盾からA系列を否定しただけで、C系列を温存しています。A系列の過去・現在・未来が変化があるにも関わらず過去・現在・未来という変化のないC系列つまり映像フィルムのようなものと矛盾しているので、それでは変化のあるA系列の実在性を否定して変化を幻想とみなしてC系列のみを認めたのです。つまり無数の空間の羅列としてのC系列のみを認めることになったのです。
     カントはひとつの空間しか認めていないので、時間の実体がないとする立場が同じでも内容がまるで違うのです。マクタガートは変化を幻想として認めていませんが、カントは認めています。ひとつの空間内での変化が、たとえば太陽の位置変化を基準に他の変化を測るものとして社会的約束事(ルール)として直観の形式としたのです。

  • pipitさん こんばんわ C系列は同時に存在する映像フィルムと同じです。年表は時間的なものですがC系列はただの表です。時間的要素を取り除いたものです:年表はB系列と呼ばれています。B系列=C系列+A系列です。

  • >>No. 370


    pipitさん こんばんわ 返信ありがとうございます。
    マクタガートによればA系列は過去・現在・未来という時間のあり方です。B系列は年表です。ある時点を現在とするとそれより後は過去、前は未来というふうにB系列はA系列を含んでいます。A系列は未来から現在へ、現在から過去へと出来事が変化していきます。ところが未来の出来事が現在の出来事と過去の出来事とも同一なら未来・現在・過去は変化のない年表と同じではないか、年表が未来・現在・過去と動いているように見えるだけで、実際は動きのない年表が一覧表となって存在しているのではないか、と考えたわけです。変化のない年表と変化する現実が矛盾することになります。マクタガートは変化する現実を幻想とみてA系列時間を否定してしまったのです。だから彼にとってB系列の年表のみがあり、B系列=C系列+A系列なのでA系列が否定されて、B系列はC系列と同一になります。
     C系列は無数の空間の羅列ですから決定論的世界です。自由はありません。現在多くの物理学者たちが同様な考え方をしているようです。残念です。それに対してカントは最初からひとつの空間しか認めていませんから、A系列の過去・現在・未来の変化は太陽の位置変化との比較から生じたものであり、社会的約束事(ルール)による直観の形式であり、過去や未来の空間の実体を否定しています。カントの考え方こそが私達に非決定論的自由意志を保証してくれているのです。

  • >>No. 373

    未来の出来事が現在となり、そして過去となり変化していくA系列ですが、すると背後に出来事の連鎖した年表のような一覧表が存在することに気づきます。B系列が隠れていたのです。しかも固定して動かない一覧表です。
     注意してほしいのは、未来の出来事が存在しているとする前提です。仮定に過ぎませんが、事実のように思い込んでいる人が多いのです。マクタガートもそのひとりです。そうなると未来がすでに決まっていますから決定論的世界となり現在に生きる私達は自由意志を否定されてしまいます。
     その一覧表のB系列は変化しないので、変化するA系列と矛盾してしまいます。マクタガートはA系列の変化を幻想とみなしたのです。変化は幻想で、変化のないB系列こそ、つまりB系列=C系列+A系列なので、A系列=ゼロだからB系列=C系列となり結局C系列のみが存在し、時間の実在性を否定することになるわけです。
     同じく時間の実在性を否定したカントは未来の空間と過去の空間の実在性を否定し、現在の空間がひとつしかないことを示しています。未来が実在しないので未来は私達が創りだしていくものになります。マクタガートは未来の出来事が現在にやってくるのですが、カントは現在の行為が未来の出来事を創り出していくことになるのです。
     マクタガートの時間の非実在性は決定論的運命世界が前提であり、カントの時間の非実在性は非決定論的自由な世界が前提なのです。そこで初めて超越論的自由意志が展開するのです。

  • >>No. 376

    pipitさん 返信ありがとうございます。
    おやすみなさい。

  • >>No. 375

    カントはひとつの空間しか認めないので換言すれば永遠の現在です。
     しかし過去は冷蔵庫に保存されているようにはどこにも保存されていません。
    過去は消滅するのです。だから惜しむのです。惜しむから過去が愛しいのです。
    私は過去を大切にしています。
    pipitさん おばあちゃんの思い出を大切にしてあげてください。

  • >>No. 388

    こんばんは pipitさん いままで<は>の表記を<わ>の誤記をしていました。すみません。
    初歩的ミスでした。

  • >>No. 395

    細かいところで申し訳ありませんが、マクタガートの時間論で説明が弱いので補強しておきたいと思います。

  • >>No. 396

    マクタガートはA系列の矛盾を次のように説明しています。
    1、出来事は<過去である><現在である><未来である>という三つのA特性をすべて持たなくてはならない。

    2、<過去である><現在である><未来である>という三つのA特性は<変化>を表すためには互いに排他的でなければならない。

    3、A特性が出来事に適用されるならば、その出来事は互いに排他的な特性をすべて持たなければならない。これは矛盾である。

  • >>No. 397

    まったく別の性質を持つ三つのA特性によって<変化>を表すことができたが、ひとつの出来事が三つのA特性をもつことは三つの排他的特性が共通のものすなわち排他的でない状態であることを示している。つまり変化していない状態を示している。未来の出来事も、現在の出来事も、過去の出来事も同一のものなので変化がない。そこに矛盾がある。

  • >>No. 398

    もともとA系列は変化を表す時間だが、A系列に含まれているB系列的要素と矛盾が生じてしまう。
    B系列=C系列+A系列であり、この関係性の中でのみA系列は存在している。A系列が独立して存在しているわけではありません。A系列に含まれるB系列がA系列に矛盾を生じさせているのです。変化するA系列と変化しないB系列の矛盾です。
     未来を予想、過去を思い出とおきかえれば、A系列の時間は主観的なものです。だからマクタガートはA系列は幻想に過ぎないとしたのです。
     B系列<正確には時間的要素を取り除いたC系列>こそが客観的事実であるとしたのです。
    カントの時間論とはずいぶん違います。

  • >>No. 403

    こんばんは pipitさん 返信ずいぶんおくれました。すみません。忙中閑なしです。

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