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投稿コメント一覧 (635コメント)

  • 我等は、血のつながりによらず智慧により自由を獲得する。
    安易な理想を追うものではなく、我が範を習わしめるものである。
    少数者の独占を排し、多数者の公平を守ることを旨とする。

    我等一人一人は、人生の広い諸活動に通暁し、自由人の品位を持し、
    己の知性の円熟を期することができると思う。

    我等は世界に対して要求するのではなく世界に貢献する。
    そして、これが単なるこの場の高言ではなく、事実を踏まえた真実である証拠は、
    我等が築く平和によって遺憾なく示されるであろう。

    それが実現されたとき我等は、
    今日の人類のみならず、遠き末世に至るまで、世界の賞嘆の的となるだろう。

    https://www.youtube.com/watch?v=q46RiBneyKo

  • 2014/08/07 20:25

    主に賭けを持ちかけた悪魔メフィストフェレスにもできないことがあった。
    もし、それをファウストに命じらればメフィストフェレスは、
    ファウストの魂を解放しなければならないのであった。

    https://www.youtube.com/watch?v=hXRuAgW5dGw

    薦むる詞
    歩み続けよ(∞よ)、けして辿り着けない終わりの果てを目指して。
    永遠の汝の歩みは、限りなく早くもなり、限りなく遅くにもなる。

  • 2014/08/10 21:47

    孟子が梁の恵王に会見した。王は宮殿の池のほとりに立って、
    鴻・雁・麋・鹿(雁や鹿ども)を眺めながら言った。

    梁恵王「こういった楽しみは、賢者でもまた持っているものなのでしょうか。
    (それとも賢者はこんな贅沢には目もくれるべきでないものなんでしょうか?)」

    孟子「いや。賢者だからこそ、初めてこういったものを楽しめるのです。
    賢者にあらざる者は、こんなものがあってもとても楽しめません。
    詩経にこうあります。

    靈臺(れいだい)をはじめ作(な)さんと
    地を経(はか)り、縄張りすれば
    民つどいあつまりて働き
    疾く成りぬ 日ならずして
    急ぐことなかれといえど
    子のごとく民はつどいぬ
    靈囿(れいゆう)に王ましませば
    牝鹿どもこい伏したり
    牝鹿は肥えてつややかに
    白鳥は白くかがやく
    靈沼(れいしょう)に王ましませば
    ああ、魚満ちて跳ねおどる
    (大雅『靈臺』より。海音寺潮五郎訳)

    というわけです。
    文王は人民を使役して台(自然保護区)を築き上げ池を掘り下げましたが、人民はこれを喜んで働きました。だからこの台は「霊台」(めでたい台)と名付けられ、この池は「霊沼」(めでたい池)と名付けられて、台や池に鹿どもや魚どもがあるのを楽しんだのです。昔の人は人民と共に楽しみました。だから真に楽しむことができたのです。

    書経・湯誓編にこうあります。
    (暴君桀王を日照りの太陽にたとえ、呪って)
    このぎらつく太陽は、いつ滅びるのだ
    私はお前といっしょに亡んでしまいたい
    こういうわけです。

     人民がいっしょに亡んでしまいたいと考えるようでは、
     台や池を作って鳥や獣があったとしても、
     一人で楽しめるわけないでしょう。」


    《★故事成句★》
    「偕(みな)と楽しむ」(水戸、「偕楽園」の名前の由来)

    https://www.youtube.com/watch?v=2eHr5sroQZ4

  • 孟子 離婁章句下 三十四

    斉の人で、妻と妾を一人ずつ同じ家に住まわせている者がいた。良人(おっと)は外出しては、必ず酒と肉をたらふく食べて帰って来た。
    妻が「どちらのお方が飲み食いさせてくれるのですか?」と聞いたら、良人は「いやー、みんな偉いお金持ちの方々だよ!」などと答えた。

    さて、妻が妾にこう言った、「良人は外出しては、必ず酒と肉をたらふく食べて帰ってきます。そして誰が飲み食いさせてくれるのかと聞けば、偉いお金持ちの方々に頂いていると答えます。だけど、私はこれまで一度もそんな立派なお方がこの家に訪問してきたことを、見たことがありません。私は一度良人が行くところをこっそり見てやろうと思います。」

    というわけで、
    朝早く起きて後ろからこっそり良人の行く後を追った。しかし街中をうろうろ歩き回るのに、良人は誰とも立ち話しすらしない。とうとう城の東郭(外城の東側)にある墓地に向かい、そこで供養をしている人たちの所に寄って、お供えの余り物にたかり始めた。まだ足りないようで、見回しては別の人々のところに行った。

    これが良人のたらふく飲み食いする方法であった。

    妻は帰って妾に言った、「良人たるものは、我らが生涯仰ぎ見て仕えなければならない人です。なのにこんな有様とは!」こう言って、妻は妾と良人のことをののしり、中庭に出て共に泣いたのであった。しかし良人はそんなことも知らず、大きな顔をして外から帰ってきて妻と妾に得得と自慢するのであった。(孟子は言う、)

    「君子から見れば、人が富貴出世を求めるやり方で、このように妻と妾が恥じて泣くようなことをしない者は、めったにいないものだ。」


    -----------------------------


    墓のお供え物にたかって飲み食いするような事を既得権益といって
    欲に目がくらんだ連中が蝿の如くに群がって来るのであった。
    それがために後生の生存権までが脅かされる、
    それでも妻と妾がののしってくれればまだいい方かもしれない。

    生者の権利よりも死者が造った既得権益のほうが重いとは、
    馬鹿とはまさにこのことであろう。

    https://www.youtube.com/watch?v=Zu4gNuQwjf8

  • I Will Follow Him って?

    ラファエルという名前はヘブライ語で「神は癒される」という意味であり、
    ユダヤ教の伝統で癒しを司る天使とされている。
    ラファエルは旅人の象徴である杖や水筒を持った人間の姿で現れる。

    https://www.youtube.com/watch?v=I-Yi-WGG-6c

  • No.62

    原罪

    2014/10/01 20:29

    カインとアベルは、旧約聖書『創世記』第4章に登場する兄弟のこと。アダムとイヴの息子たちで兄がカイン(קַיִן)、弟がアベル(הֶבֶל)である。人類最初の殺人の加害者・被害者とされている。
    故に、すべてのチンパンジーは、チンパンジー殺しの子孫である。

    研究者からのコメント

     チンパンジーに見られる同種殺しが適応戦略として進化してきたものなのか、それとも生息地の破壊などの人為的影響によって現れるものなのかという論争が、長らく続いてきました。この研究は50年以上にわたって蓄積された観察例の分析によって後者の説を否定し、同種殺しが雄による配偶相手や資源をめぐる適応的行動として理解できることを示したものです。

     しかし、チンパンジーと共通の祖先から進化したボノボでは、同種間の殺しは疑い例が1例あっただけでした。したがって、同種殺しというチンパンジーとヒトに共通する行動が共通祖先から受け継いだ行動特性なのか、それぞれ個別に進化させてきた行動特性なのかは、この研究だけでは結論づけることができません。ただ、この研究で従来の論争に結論を見たことで、ヒト科における同種殺し行動とその抑制のメカニズムの進化の研究が、今後さらに進むことが期待されます。

    https://www.youtube.com/watch?v=-wGVMPUt9VU&hd=1

  • No.63

    神鏡

    2014/10/08 20:36


    天照大神が孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に言った。
    「この鏡を私(天照大御神)の御魂と思って、私を拝むように敬い祀りなさい。」

  • 2014/10/13 21:35

    神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
    それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
    神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、
    御子によって、この世が救われるためである。
    御子を信じる者は、さばかれない。
    信じない者は、すでにさばかれている。
    神のひとり子の名を信じることをしないからである。

    https://www.youtube.com/watch?v=iak1X8VedW0

  • >>No. 101

    奇数でなければ偶数である。はずなんだけど・・・・

    つまり無限小長は線だから一次元だけど点は、0次元なのですか。
    厚さが無い紙は、存在しないけど厚さ無限小の紙には、
    裏と表があるから自然数には排中立が成立する。

    しかし点の次元には、裏も表もないから
    実数に排中律は、使えないんですね。

  • >>No. 101

    無限小長の大きさは、偶数と奇数の間なので

    奇数-偶数=奇数
    偶数ー奇数=奇数
    となるから無限小長の大きさは、最小の奇数になるんですね。

    それでもって

    ∞とは、割り算に使うと無限小が求まる絶対値を持たない自然数。

    ようするに
    虚数は、プラスなのかマイナスなのか?
    みたいな感じなんですね。

  • >>No. 103

    あ~ さらにまた間違ってた。
    ∞÷∞が0.00・・・になるし
    全体も部分も大きさが全部0.00・・・になるし
    なんなんですかね。
    もうお手上げです。

    問題
    ここに高さ1メートル、長さ10メートルの壁がある。
    この壁を最初の2mだけペンキで塗ることになりました。
    スピードは、最初の1秒間で1平方m塗る。
    次の1/2秒で1/2平方m、その次の1/4秒で1/4平方m、・・・
    といった具合に塗って行くと
    1.99・・・秒間で壁を2メートル塗れるでしょうか?

    -------------
    この壁塗り問題のもとは、
    アキレスと亀のパラドックスなんだろうけど
    この場合に速度とかの動的な条件が絶対必要になるのですね。
    だとするとこれを逆手に取ったトムソンのランプは、
    決定不能になるのかも。

  • 公理って要するに説明文ですよね。
    大体こんな感じだと思うけど
    どうせまたどっか違ってるんだろう。

    序文

    混沌であった。
    混沌には、時が流れていた。

    --------------------

    点とは、部分を持たない大きさである。
    点には、中心しかない。
    点の大きさは、最大である。

    無限とは、可能無限(自然数の個数)である。

    ∞とは、実無限(連続体の濃度)であり連続体の大きさでもある。

    線とは、AとBが同時じゃないときにAとBを結んだ概念である。
    同時のときには、A=Bである。

    連続体とは線の下に在るフラクタクル構造で
    任意の位置(位置A、B又は、位置AとBの間)には、単点が現れる。

    曲線とは、曲がった連続体である。

    無限小長とは、最小の長さである(1÷無限)。

    ∞÷∞=0.000・・・
    ∞の累乗=∞
      ・
      ・
      ・
      ・

  • 70歳にして矩(のり)をこえず。
    自由に生きても道から外れなくなった。

    孔子は晩年に易をもっと学んでおけばとか言ってたみたいだけど。
    論語は孔子の公理系なんでしょう。

    公理系をおぼえていくのと言葉をおぼえていくのは、
    同じような感じなんですかね。

    そういえばロゴスというのは純粋な系(心)という事かも。


    大方無隅 大器晩成
     
    国も人間も最初のころは角だらけだから
    礼に従ったり朕が全体のバランスを取ったりするのだが
    歳をとって行くと自然とまったき円になっていくということだろう。
    大器になったらそれはもはや晩年(卒業)なのだろう。

    早熟の天才がいるんだから早熟の大器(聖)もいるのかもね。

    https://www.youtube.com/watch?v=8gXe-CN7ZpI


  • ゲーテ
     「どんな場合でも口論をしてはいけない。
      賢い人でも無知なものと争えば無知に陥ってしまう。」

    ニーチェ
     「怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ。
      汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである。」

    ゲーテ
     「およそ哲学というものは、
      常識をわかりにくい言葉で表現したものにすぎない。」

    ニーチェ
     「然り!!」

    https://www.youtube.com/watch?v=CXUeu0tbye4

    自由も生活も、これを勝ち取ろうとする者は、
    日ごとに新しく闘い取らねばならない。

  • 今日は、ノーベル賞の授賞式ですね。
    トムソンのランプは、半死半生のネコになるのかも
    --------------------------

    点とは、部分を持たないものである。
    点には、中心しかない。
    点は、外部の大きさは最小であるが内部の大きさは最大である。

    無限とは、可能無限(自然数の個数)である。
    ∞とは、実無限(連続体の濃度、連続体の大きさ)である。

    線とは、AとBの間に距離があるときにAとBを結んだ概念である。
    AとBが同時じゃないときは、連続体で結ばれる。
    同時同位置のときには、A=Bになる。

    連続体とはフラクタクル構造で
    任意の位置(位置A、B又は、位置AとBの間)には、単点が現れる。

    曲線とは、曲がった連続体である。

    無限小長とは、最小の距離である(1÷無限)。

    ∞÷∞=0.000・・・
    ∞の累乗=∞

    https://www.youtube.com/watch?v=SA6gmXH8s_8

  • 一組の円弧と弦は、重ならない。

    弦の長さが限りなく0に近づいても、円弧は連続体、弦は線
    これって自明でしょ。

    ∴ 限りなく0に近づく=無限小長 

    数論が女王(矛盾する)なら幾何学は、王道(無矛盾)である。
    https://www.youtube.com/watch?v=2ZBtPf7FOoM
    王様のが偉いんじゃい!!

  • 0と∞は、連続体の対極でした。
    これってS極とN極だよね。

    そうすると
    Lim(n→∞)は、最大の実数になる。

    それで
    0.999・・・⇒1 なんだけど
    実数を計算しやすいように自然数(奇数と偶数)に変換してるんだよ。
    なので
    Lim(n→∞)⇒無限 になる。

    ちなみに
    連続体は、神が作ったけど
    自然数は、どうも人間が作ったぽいので
    自然数をご都合主義でもって使いやすく拡張して、
    無限とは、どのような奇数、偶数よりも大きな
    半奇半偶の自然数ということにしちゃいましょうよ。

    自然数の2と自然数の2は同じだから、2=2になる。
    フラクタルは、部分の構造と全体の構造が同じなので
    構造的には、部分と全体が等しくなるが大きさは違う。 
    つまり構造に関しては、 部分=全体
     
    それはともかく真空なんていっても
    連続体でぎっちり詰まってるんじゃないかい。

    超蛇足:本門と迹門は、”等しいけど同じじゃない”と言う事だね。
        空(点)は、部分が先か?全体が先か?

    -------------------

    といったようなスーパーフィクションのお話でした。
    それにしても紀元前3世紀だもんね・・・
    エウクレイデスに改めて敬意を表します。

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