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投稿コメント一覧 (75コメント)

  • これは、ビッグデーターだああーーー!!!





           日本人の誰もが気がつかなかった、





    こんな客観的なデータ―があったとは!!






    韓国主要紙である東亜日報記事データベースに、「慰安婦」で検索してみた結果資料国主要紙である東亜日報記事データベースに、「慰安婦」で検索してみた結果資料
    『韓国人が書いた韓国が「反日国家」である本当の理由』  「崔碩栄」著のページ100より

    年度  日本軍慰安婦関連記事数   米軍・国連軍慰安婦関係記事数

    1951-55   1件            17件   (朝鮮戦争)

    1956-60   0件            36件 

    1961-65   0件            56件   (日韓条約賠償交渉          /反日デモ多発)

    1966-70   1件           118件 

    1971-75   5件            39件   (千田夏光が「従軍       慰安婦」造語)

    1976-80   0件            20件   

    1981-85   4件             9件   (83年吉田捏造本    出版)                               

    1986-90   5件             8件   (89年吉田捏造本韓国語で出版)

    1991-95  616件★           3件   (92年朝日新聞慰安婦捏造記事)


     この資料などは、筆者の崔碩栄さんが韓国人だからこそ見つけられる資料と言っても過言ではないでしょう。韓国国内での「日本攻撃」が強まるのが「1991年~」からということが明確にわかりますね。1990年以前の韓国での「慰安婦問題」 といえば、まさに「洋公主(ヤンコンジュ)=米軍向けの慰安婦」への補償問題でしかなかったんです。しかし、米軍も韓国政府も一銭も払ってく
    れない。

    そういう時に、「日本共産党のシンパ・千田夏光」が反日の種をまいたんです。崔碩栄さんの資料が、その後の慰安婦問題は、「日本共産党と朝日新聞の捏造に乗り換える韓国人売春婦の姿」を雄弁に語っているでしょう。 では、崔碩栄さんとはどんな人物なのか。 なかなか興味深いですよ。

    崔碩栄(チェ・ソギョン) 筆者は1972年ソウル生れ、韓国の大学で日本学を専攻し、1999年に来日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得後、ミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事。2009年に韓国に帰国後、著作活動を開始し、2010年に韓国で韓国メディアの反日扇動を告発した「キムチ愛国主義- 韓国言論の理由なき反日」、2012年10月に「韓国人が書いた韓国が「反日国家」である本当の理由」を彩図社から出版している。

     崔碩栄さんは著書の「序文」の中でこう書いています。

     私は日本に約10年間滞在した。その間、日本の小説、音楽、書籍、映画など、韓国ではめったに接することができない情報に触れてきた。それらの情報の中には当時の私の常識に反する内容のものが少なくなかった。 私は混乱を起こした。長年持っていた「常識」が、一夜で「非常識」になるような内容すらあったからだ。

     韓国社会で生れ、育った人は自然に「反日型人間」になるように仕組まれた社会構造、つまり、「反日システム」が形成されているということである。限られた情報だけを提供する人々、そして、それを利用する人々が構築、運営する「反日システム」の中では、日本は「悪い国」にほかならない。

    韓国の過激な反日感情を見て驚く日本人もいる。しかし、それらは自然に発生した感情ではないことを本書で説明したい。「反日型人間」として成長せざるを得ないシステムに作り上げられた「人工的な」感情が暴走しているのである。

     日本には、日本政府が留学費用を負担している韓国人留学生が2万人いますが、崔碩栄さんのような方ばかりだと日本国民も納得できますよね。 だが、残念ながらそうでもないようです。たいていの韓国人留学生は、アルバイトに精を出して、お金をしっかりためて韓国に戻り、韓国社会に順応するために「反日」になっていくのです・・・・。

    下は在韓米軍慰安婦、補償金一切なし ↓

  • 統一教会のマークは、

    なぜ韓国で問題にならないのか???

  • 一人も殺してはいません!!




            それでも、むごい時代だったと言うのでしょうか???




         今あぶりだされる歴史の真実とは・・・




    日本は、『国立ハンセン病療養所』を朝鮮半島に作っていたんです。
    そして、日本と同じ待遇としたんです。

    ※特効薬が戦前はなかったから、隔離していたんです。
    ハンセン病の略史:
    1873(M06):ノルウェーのハンセンがらい菌(Mycobacterium leprae)を発見した。
    1907(M40):法律「癩(らい)予防ニ関スル件」制定、隔離政策始まる。
    1931(S06):らい予防法(旧法)制定、全患者が隔離対象になる。
    1943(S18):アメリカで治療薬『プロミン』の効果が発表された。


    小鹿島更生園の前身は、朝鮮総督府令第7号によって、1916(大正5)年に設置された全羅南道立小鹿島慈恵医院である。

    同年11月20日に朝鮮総督府内務部第二課が発令した「患者収容に関する件」(同課第569号)には、「先ず、重症患者にして、療養の途を有せず、路傍又は市場等を徘徊し、病毒伝播のおそれある者に限り、これを収容すること」と明記されており、同病院が当時の旧癩予防法に基づく隔離政策を、「朝鮮」においても遂行する目的で設置されたハンセン病療養所であることは、明らかである。

    こうして、小鹿島更生園は、先ず日本国内における旧癩予防法3条1項の定める「療養所」として設立され、その後、朝鮮癩予防令の制定により、同令第5条に定める「朝鮮総督府癩療養所」となった。


    ハンセン病:韓国のハンセン病患者と戦後の混乱
    日本統治時代、日本が朝鮮半島に作ったハンセン病療養所、全羅南道・小鹿島病院を訪ねて
    上:http://210.145.168.243/sinboj/j-2003/j04/0304j0916-00002.htm
    下:http://210.145.168.243/sinboj/j-2003/j04/0304j0924-00002.htm
    ソロクト略史:http://www5b.biglobe.ne.jp/~naoko-k/soroktorepo1.htm

    日本は韓国併合により、首都でさえ『北京を見るまで私はソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、紹興(*中国・浙江省、紹興酒の町)へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどい臭いだと考えていた。首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい』(イザベラ・バード)と言う状況だった朝鮮半島の衛生状況を大幅に改善させた。

    朝鮮総督府はハンセン病に対しても、日本で隔離政策を始めた1907(明治40年)から間もない1917(T06)年、全羅南道の孤島、小鹿島(ソロクト)に病院を建設し、患者の隔離を始め、1935年には日本の「らい予防法」と同じ内容の「朝鮮らい予防令」を公布、ハンセン病患者を強制的に隔離・収容した。

    それが今、日本の弁護士の助言により、日本政府に対し補償を要求するに至った。
    しかし、その「小鹿島に隔離されていた患者の大部分が終戦とともに日本に密入国し、犯罪集団と化している」と言う国会質疑(榊原亨の質問、衆議院本会議-1948・06・04)が存在する。

    この質問の時期は戦後3年目であり、GHQにより朝鮮人に関する報道は規制対象になっていたため、このような事実が存在したとしても報道されなかったと考えられる。
    それどころか、強制連行だなどと騒ぎ立てる連中まで出てきた。どこの国にらい病患者を自国に強制連行するバカがおるんじゃ!

    小鹿島更生園は、日本の敗戦によって、日本政府が「朝鮮」における施政権を失った1945年8月まで国立ハンセン病療養所として存続したものである。

    その後多くの患者が日本に密入国してきました。
    なぜなら、李承晩政権はらい病患者を一人残らず殺すことにしたからです。
    そして実際に軍を使って殺してしまったのです。

    日本の朝鮮統治は本当にむごいものだったのでしょうか??
    朝鮮総督府は、日本本土と同様にらい病患者を強制隔離はしましたが、一人も殺してはいません!!


    小鹿島更生園に今でも残る日本統治時代の敬天愛人の碑  ↓

  • この論理はいったい、どこに行ったのですか???





             いつ、雲散霧消したのでしょうか???





    A級戦犯が合祀された靖国神社!!





        そこを、日本の閣僚、総理大臣が参拝することは言語道断だ!!





    平成26年6月6日(現地時間)、安倍総理は、イタリア共和国の首都ローマを訪れました。安倍総理は、始めに、バチカンでフランシスコ法王に謁見し、その後、ローマ法王庁のピエトロ・パロリン国務長官と会談を行いました。

    また、その後、安倍総理はサン・ピエトロ大聖堂を訪問するとともに,同大聖堂に隣接するバチカン宮殿内のシスティーナ礼拝堂等を視察しました。

    実は、A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯として処刑死した英霊の1068柱の位牌があるのは、
    靖国神社では無く、カトリック教会の総本山「サンピエトロ大聖堂」です。あのルネッサンスの大天才、ミケランジェロの荘厳な壁画に包まれた大聖堂です。


    中国、韓国の政府やマスコミは、安倍総理がA級戦犯の位牌が安置されているサンピエトロ大聖堂を訪れても、キツツキが木をつつくような音すらたてません。
    日本のマスコミや左翼の陣営も、眠狂四郎よろしく音なしの構えを一向に崩そうとしません。

    やっぱり、A級戦犯合祀というのは嫌がらせのための言いがかりに過ぎなかったのですね!

    まああーー、結論としていえることは、

    1) 日本の閣僚がバチカンのサンピエトロ大聖堂を訪問しても、誰からもとがめられることは、今後一切ない。
    2) 今後は、中国、韓国および日本のマスコミも含め、“A級戦犯が合祀されているから”という吹っかけ的な言いがかり・因縁づけは、もはや一切してこない。


    はい、一目瞭然、明快な結論が出されました。


    1975年、時のローマ教皇パウロ6世にA級、B級、C級戦犯として刑死された1068人の方々の位牌目録を渡す仲田順和座主。 ↓

  • 韓国系の人たちは、君が代に強烈に反発しますが・・・




    では、旧満州帝国の国歌には???



    野暮なことを聞くな!!!



    安 益泰(アン・イクテ、1906年12月6日 - 1965年9月16日)は、大韓帝国出身の作曲家、指揮者。 平壌出身。崇実中学校を修了後、1921年に渡日し正則中学校(現・正則高等学校)に入学、その後東京高等音楽学院でチェロを専攻した。1930年渡米し、フィラデルフィアのカーチス音楽学校に入学、その後シンシナティー音楽学校でチェロと作曲を専攻した。

    1936年渡欧してウィーンへ留学し、アジア人で唯一リヒャルト・シュトラウスに学び、現在の大韓民国の国歌である愛国歌を作曲した。1939年、ブダペスト音楽学校に入学し、卒業後指揮者として各国を回り、ウィーン交響楽団、ベルリン交響楽団、ローマ交響楽団、ブダペスト交響楽団で指揮した。第2次世界大戦後スペインへ移住して現地の女性と結婚、スペイン国籍を取得。




    これが、旧満州帝国国歌と韓国国歌の譜面。
    同一なんです。
    不思議なことに・・・

  • 韓国系の人たちは、君が代に強烈に反発しますが・・・




    では、旧満州帝国の国歌には???



    野暮なことを聞くな!!!



    安 益泰(アン・イクテ、1906年12月6日 - 1965年9月16日)は、大韓帝国出身の作曲家、指揮者。 平壌出身。崇実中学校を修了後、1921年に渡日し正則中学校(現・正則高等学校)に入学、その後東京高等音楽学院でチェロを専攻した。1930年渡米し、フィラデルフィアのカーチス音楽学校に入学、その後シンシナティー音楽学校でチェロと作曲を専攻した。

    1936年渡欧してウィーンへ留学し、アジア人で唯一リヒャルト・シュトラウスに学び、現在の大韓民国の国歌である愛国歌を作曲した。1939年、ブダペスト音楽学校に入学し、卒業後指揮者として各国を回り、ウィーン交響楽団、ベルリン交響楽団、ローマ交響楽団、ブダペスト交響楽団で指揮した。第2次世界大戦後スペインへ移住して現地の女性と結婚、スペイン国籍を取得。




    これが、旧満州帝国国歌と韓国国歌の譜面。
    同一なんです。
    不思議なことに・・・

  • 全世界のインド人へ呼びかけた



              “なつかしき同胞達よ、私は今、日本の東京にいる”



        “私は誓う。常にインド国民の先頭に立ち、祖国へ身命を捧げることを!!”



    チャンドラ・ボースはケンブリッジ大学に留学し、帰国後にインドの独立運動に参加。28歳でカルカッタ市長に
    就任し、後に国民会議派の議長にも就任した。ジャワハル・ネール(後の首相)と共に反英運動を続け、幾度も獄舎につながれた。昭和16年1月16日、捕らえられていたボースは英官憲の目を盗んで逃亡、アフガニスタン、カブールを経てドイツ領に逃れていた。
       
    昭和18年4月中旬、日本の潜水艦「伊29潜(艦長:伊豆寿一中佐)」とドイツのUボート「U80」が、太平洋の同じ一点を目指して航行していた。4月27日の夜、両艦は季節風が吹き荒れるマダガスカル沖で会合、二人のインド人が「U80」から「伊29潜」へ移乗した。その内の一人こそ、ドイツに亡命していたチャンドラ・ボースである。
     
    潜水艦を乗り継いだボースは北スマトラを経由して5月16日に空路東京へ到着。杉山 元参謀総長、島田繁太郎海軍大臣、永野修身軍令部総長、重光 葵外務大臣等と次々に面談した。

    6月10日には東條英機首相と会談、東條首相は16日の議会にチャンドラ・ボースを招いて世界中を驚かせた。ボースは壇上のマイクを通して全世界のインド人へ呼びかけた。

    「なつかしき同胞達よ、私は今、日本の東京にいる。東條首相は議会においてインド独立の為にあらゆる協力をする事を言明した。私は誓う。常にインド国民の先頭に立ち、祖国へ身命を捧げることを。」

    またボースは6月26日に日本を立つ際に。日本国民に対し次のメッセージを残している。
    「日本の皆さん、今から四十年前に一東洋民族である日本が、強大國のロシアと戦い大敗させました。このニュースがインドへ伝わると昂奮の波が全土を覆い、旅順攻略や日本海海戦の話題で持ちきりで、インドの子供達は東郷元帥や乃木大将を尊敬しました。(中略)日本はこの度、インドの仇敵イギリスに宣戦布告しました。日本は私達インド人に対して独立の為の絶好の機会を与えてくれました。」

    7月2日、チャンドラ・ボースは昭南島のカラン飛行場に到着、そこには日本の陸軍特務機関によって創設されたインド国民軍13,000人を代表する一個大隊が整列してボースを待っていた。ボースが二十年来求めてやまなかった武力が今忽然と湧現、ボースの目から一筋の涙がつたい落ちた。

    11月5日、ボースは東京で開かれた大東亜会議に、自由インド仮政府の首班としてオブザーバー参加した。
    大東亜会議には日本、満州国、中国国民政府、フィリピン、タイ、ビルマ、インドの各代表が出席し、ボースは席上、これまでの西欧中心の国際会議と対比して日本が主導すべき歴史的必然性を述べ、「大東亜共栄圏の建設は全アジア民族の重大関心事であり、強奪者の連盟に非らずして真の国家共同体への道を拓くものである。」と強調した。
     
    日本の敗戦後ボースはソ連行きの飛行機を日本陸軍に要請。昭和20年8月17日、用意された九七式重爆撃機でサイゴンを飛び立ち台北の松山飛行場に到着。再び大連へ向けて離陸した直後にエンジン故障で墜落、ボースは火だるまになって全身に火傷をおって死亡した。インド民衆は、ボースがどこかに潜伏して再起を図っているものと信じ、彼の死を長い間認めなかった。
      
    戦後、インドは、敗戦国日本に対して、厚い友情を示した。極東軍事裁判で連合国側が日本を弾劾しつづけるなか、インド代表のパール判事ただ一人だけが日本の無罪を主張した。

    また、インドは日本に対する懲罰的な条約に反対してサンフランシスコ講和会議への参加を拒否しまし、日本に対する賠償も放棄している。さらにインド独立運動家のマハンドラ・プラタップ氏は「日本に対してこそ賠償を払うべき」という「逆賠償論」を主張している。
     

    在りし日のガンジーとボース ↓

  • 自衛隊学生が韓国の「靖国」を参拝、倭・奴と罵られる
    2013-09-27

    安全保障関連の研修のため韓国を訪れた航空自衛隊幹部学校の学生および教職員55人が25日午前、国立大田顕忠院を訪れ参拝した。航空自衛隊の幹部たちは来韓するたびに同所を訪れていたが、2012年は独島(日本名:竹島)をめぐり関係が悪化した影響を受け軍事交流が一時中断、航空自衛隊の来韓も延期された

    国立大田顕忠院を訪れ参拝する航空自衛隊幹部学校の学生 
    ここには、ヴェトナムでの強姦魔、虐殺魔が数多く眠っている。 ↓

  • 虐殺屋、侵略者にして抑圧者である中国共産党を殲滅せよ!!


    人殺し、略奪屋の中国共産党を殲滅せよ!!


    それにしても、日ごろ人権問題にうるさい人権派と称する連中は、なぜ中国共産党の

    人殺し、略奪を見て見ぬふりをするのか??

    彼らは偽善者ではないのかああ=---!!!


    中国の官憲によって無残にも虐殺されたウィグルの人たち ↓

  • ビルマの高杉晋作??




             誰それ??





                  前ビルマ軍事政権の最高指導者、ネ・ウィン議長です!!





    ネ・ウィン議長が日本軍の訓練を受けている時に『高杉晋作』という


    名前をもらって、この上なく誇りに思った、と・・・





    ラングーンの問屋街で親日家として有名な店を訪れたら、
    社長室にオンサンが日本軍の軍服を着て、
    日本刀を大上段に振り上げた写真があった。

    老社長は「日本軍の敢闘によってイギリスの植民地政治が崩壊した。
    我々は何度も戦ったが英軍に粉砕されたので、
    英軍を粉砕してくれた日本軍に感謝している。
    このご恩は永久に忘れない」と熱弁を振るった。
    平成10年8月25日 「アジアの曙光 -10-」より


    ビルマは、(現在のミャンマー)19世紀に3度にわたり、
    イギリスの攻撃を受け、1886年にイギリスの植民地とされました。
    その時、既にイギリス領であったインドの一州に組み込まれてしまいました。
    ビルマの国王夫妻はイギリス領スリランカに流刑され、その地で死亡。
    王子は処刑され、王女はイギリス軍の士官の従卒に与えられてしまいました。


    日本はビルマ青年達を支援し、イギリス勢力を追放する為、
    ビルマ独立を達成しようとします。
    1940年、日本陸軍は鈴木敬司大佐をビルマに派遣、
    オン・サンらを救出し、大佐の故郷である浜松に亡命させました。
    そして、鈴木敬司大佐を機関長としたビルマ独立の為の
    「南機関」が誕生したのです。


    1941(昭和16)年、大東亜戦争の開戦とともに、
    タイのバンコクで30人志士を中心に「ビルマ独立義勇軍」が結成されました。
    日本軍による厳しい訓練を受けた青年達は、独立ビルマを象徴する
    孔雀の旗を掲げて、ビルマ独立を誓い合ったのです。

    ビルマ民衆は歓喜して彼ら義勇軍を迎え、
    その協力もあって3ヶ月で首都ラングーンを陥落させ、
    イギリス軍を敗走させました。
    そして日本の軍政を経た後の1943年8月1日、
    ビルマはついに独立を宣言しました。

    その時、外相に就任したウー・ヌーは、
    「歴史は、高い理想主義と、目的の高潔さに動かされたある国が、
    抑圧された民衆の解放と福祉の為にのみ生命と財産を犠牲にした例を
    ひとつくらい見るべきだ。そして日本は人類の歴史上、
    初めてこの歴史的役割を果たすべく運命づけられているかに見える。」
    と語っています。

    ミャンマーの3月27日の国軍記念日には、
    全国のミャンマー国軍が首都ヤンゴンに集まり、
    盛大なパレードを繰り広げますが、
    このパレードでは、日本の「軍艦マーチ」から演奏し始めます。

    ミャンマーでは政府の高官からジャーナリストに至るまで、こう言います。
    「ミャンマーが今日あるのは、日本のおかげです。
    日本のおかげで、英国の圧制を逃れ、独立をする事が出来た。
    我々は深く日本に感謝しているのです。」

    1981年(昭和56年)1月4日、第33回独立記念日。
    自国民であるミャンマー人でも授与されていない
    「アウンサン勲章(ビルマ独立運動闘士)」を7人の日本人に対して
    授与するとミャンマー政府は発表。
    両国の関係者を驚かせましたが、更に受賞者7人全員、
    鈴木敬司大佐の未亡人を含む元「南機関」メンバーであった事も、
    「恩を忘れない」とアジアの人々に感動を与えました。

    <余談>
    アウンサン・スーチー女史のお父さん、ビルマ建国の父と言われるアウンサン将軍の日本名は「面田紋次」といいました。

    下は、1942年、昭和17年日本軍により解放された
    当時のラングーン市内(現ヤンゴン) ↓

  • 「人間は ありのままに語ることはできない。


     だが、物語の力、虚構によって、



     より真実を鋭く伝えることも可能だ」





    「いつから日本の大学は韓国の政治的主張の
              発信基地に成り下がってしまったのか」




    広島大学の韓国籍准教授が、



    講義で「日本の蛮行」



    慰安婦映画で学生を洗脳



    ★講義で
     「日本の蛮行」訴える韓国映画上映 
     広島大准教授の一方的
     「性奴隷」主張に 学生から批判
     産経新聞 2014.5.21 08:18 (1/3ページ)
     http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140521/plc14052108180007-n1.htm

     「いつから日本の大学は韓国の政治的主張の
      発信基地に成り下がってしまったのか」

     広島大学で韓国籍の男性准教授の講義を受けた
    男子学生(19)は、ため息交じりに語った。

     一般教養科目の「演劇と映画」と題された講義。
    4月28日、約200人の学生がスクリーンに投影された
    映像を見せられていた。

     「日本刀で焼きごてをあてられた」

     「日本人が『朝鮮女性を強制連行したことはない』
      というから腹が立ってたまらないのよ」

     インタビューを受ける高齢女性は
    何度も「日本の蛮行」を訴える。
    韓国映画「終わらない戦争」。
    元「慰安婦」の証言をもとに構成された60分の
    ドキュメンタリー映画だ。

     「突然、2人の日本軍人が私を小さな部屋に
      押し込んだ。私が声を上げると、
      刀を抜いて鼻を刺した」

     衝撃的な“証言”が次々と登場する。
    学生はじっと映画を観賞するしかなかった。

    映画には、
    慰安婦性奴隷説を唱える中央大教授、吉見義明や、
    慰安婦問題をめぐり米国内で日本非難の先頭に立ってきた
    日系下院議員、マイク・ホンダらも登場する。

     慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の官房長官、
    河野洋平の談話。強制性の根拠とされた韓国人元慰安婦
    16人の証言は、信憑(しんぴょう)性の調査も行われなかった。

     准教授は上映前、
    こうした河野談話の問題点を説明することもなく、学生に
    「人間は
     ありのままに語ることはできない。
     だが、物語の力、虚構によって、
     より真実を鋭く伝えることも可能だ」
    と話し、映画が「真実を伝えている」と強調した。
    上映が終わると、「今日の授業は以上です」と告げ、
    すぐに講義を切り上げた。
    「強制連行」の証言だけを示し、
    学生には議論の余地も与えなかった。

     講義を受けた学生らは
    「日本だけがものすごい悪いように映った」
    「映像内容がその通りだと素直に思ってしまった」
    と漏らしていたという。

     男子学生は国立大学の授業として、
    慰安婦募集の強制性があたかも「真実」として伝えられた
    ことに疑問を呈し、
    「何の説明もなしに、あの映画を流すのは乱暴だ」
    と指摘する。

    広島大学は
    「現在、事実関係を確認している。
     事実がはっきりしない段階ではコメントできない」としている。

     准教授の講義の狙いはどこにあったのか。

     「学生に議論の余地を与えなかったのではなく、
      講義の時間が足りなかった」

     取材に対し、准教授は釈明する一方でこう続けた。

     「従軍慰安婦、性奴隷はあった。事実だ。
      私は優れたドキュメンタリー映画の例として、
      『終わらない戦争』を学生に見てもらった」

     河野談話は韓国で慰安婦の「奴隷狩り」を行ったと
    告白したものの、後に全くの虚偽だと発覚した吉田清治らの
    根拠なき「強制連行説」を下敷きに作成されたが、
    そのなかで大きな役割を果たしたのがメディア、
    なかんずく朝日新聞だった。


    広島大学の、韓国籍の准教授とは
    崔真碩氏の事らしい。 ↓

  • ★31運動指導者33人、
     最高刑は3年だった
     http://ameblo.jp/sincerelee/entry-11797893133.html

    全国民が日帝に抵抗して戦った!
    ということで、韓国の憲法前文初期バージョンでは
    「韓国が建国された日」とまでされた31運動。

    古いソースですが、
    その裁判記録があったので紹介します。

    全国民のわりには、
    有罪判決を受けた人は合計7816人で少ないようです。

    72%が保安法違反、
    22%が騒擾(秩序を乱すこと)の罪。
    その他、
    放火、レイプ、犯人を隠してやった罪、公務執行妨害、
    などなど。

    (中略)

    面白いのは、31運動の指導者とされる、
    所謂「民族指導者」33人の刑です。

    無罪判決だったり、最初から拘束されなかったり、
    もっとも重いのが3年刑(6人)だったとか。

    彼らは韓国では英雄というか、
    神聖視されています。

    彼らの独立宣言書は
    『朝鮮人は自由民であり、朝鮮は独立国であり、
     全朝鮮民族は、互いに呼応して最後の1人になるまで、
     独立の完成に努めなければならない』
    となっていますが、

    その宣言書を起草したとされている
    チェ・ナムソン(33人の一人)は署名もしておらず、
    33人の一人ギル・ソンジュは、宣言の場所に
    現れなかったそうです。

    その後、警察に自ら出頭して、無罪を宣告されました。
    同じく33人の一人、チョン・チュンスは、
    「私は独立請願をする意思がない。
     その宣言をしたのも私の意思ではないので、
     3月1日には参加しなかった」
    と述べたことも分かりました。

    下は3.1独立宣言書の原本。しかしなぜか字を間違えている。
    朝鮮と書くべきところを、何を勘違いしたのか鮮朝と逆に書いている。 ↓

  • 史実、史実などという連中は、右翼だ!!




       史実は、歴史認識から逆算して創られるものなんだ!!




        それじゃあー、最初に歴史認識あり、じゃないかあー??




              うるさい!   黙れ!!




         政治に必要なのは、歴史認識だあーー!!




       歴史認識は、いく通りもあるだろうが・・・




        しかし、史実はひとつしか存在し得ないのだが・・・




       史実に基づくかどうかは、関係ないのだああーー!!




     国際世論を味方につけたほうが、正しい歴史認識になるのだ!!





    韓国側の解釈では、”日帝強占下”ゆえ、詐欺的手法でだまし就職まがいで慰安婦にされた方々も、”強制連行”にあたるとのこと。
    この論法でいけば、当時の霊感商法やマルチ商法の被害者も、国家賠償の対象に
    なりますが。


    それはさておき。
    ヒトラー率いるナチスドイツに武力で併合されたオーストリア。
    そのオーストリアから、実に500万人近くが、ドイツ軍の中核兵士として徴募され、特に東部戦線=ロシア戦線に投入されました。
    そして、実に、その半数近くが戦病死しました。


    この方々たちは、ドイツによって強制連行された被害者なのでしょうか??
    もしそうだとしたら、何ゆえに、オーストリアは戦後ヨーロッパ諸国に謝罪をしたのでしょうか??


    戦中の朝鮮人の方々も、積極的か消極的かの議論はあるかと思いますが、少なくとも日本とともに主体的に戦争を担ったことは、否定できない事実です。
    また、日韓併合は強制的であったと朝鮮の人たちは騒ぎ立てますが、少なくともそのプロセスは粛々と正式な法的手続きを経てなされたものです。

  • 苦労して手に入れた技術じゃないの?





              近大マグロ養殖技術を韓国に供与?





    韓国 2014/07/24(木曜日)
    黒マグロの国内養殖が本格化、海洋水産部[農水]

    韓国の海洋水産部傘下の国立水産科学院未来養殖センターが、人工ふ化した黒マグロの稚魚2万匹を26日まで民間に無償で分譲する。ニューデイリー経済などが伝えた。同部は、養殖のための飼育管理技術を漁師に提供する。特に、養殖漁師は協約を通じて、分譲された稚魚が海洋の環境変化や低水温に耐えられる養殖用稚魚(3キログラム程度)に成長するまで、継続的に飼育管理技術を受けることができる。



    政府は今回の分譲を通じて、政府の水産分野における10の輸出戦略品目の1つに選定された、黒マグロ養殖の成功に弾みがつくと期待している。

    同部関係者は、「2~3年後に純粋な国産技術で養殖された、鮮度の高い黒マグロ(30キログラム以上)が国民の食卓の上に並ぶだろう」と話した。

    マグロの完全養殖って30年以上もかかってようやく手に入れた日本の宝のようなもの
    だったんじゃないの?

    (2008年8月7日 読売新聞)
    http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/06/20080806-OYT1T00923.htm
    ★クロマグロ 韓国で完全養殖へ 
    近大水産研が学術協定(和歌山)

    済州水産研究所の韓碩重所長は
    「交流は韓国の養殖産業にとって、大きな希望だった。
    近畿大の優秀な 技術を学びたい」といい、
    近畿大の村田修所長は
    「われわれの技術が韓国の外洋でも可能かという課題を
    乗り越え、開発を支援したい」と話した。

    お人好しにも程があるっていうか、
    それとも韓国に技術を移植しろって誰かが
    ゴリ押ししたのかしらん・・。

    あげくのはてにいつものことながら、その技術の
    韓国起源を声高に主張されちゃう。

    っていうかまだ韓国でのマグロの養殖が成功すると
    確定したわけでもないのに、この人たちは
    ちゃっちゃとウリジナルの主張
    だけはするなんて・・。

    だいたい
    稚魚から育てるって時点で
    完全養殖じゃないし、
    韓国周囲の汚い海で養殖なんて本当にできるの?
    水温だって波の高さだって全然違うでしょうしね。

  • 「ダマされる方が悪い」





          ウソつきで卑劣





               真面目に付き合ってはいけない





    ◆台湾が韓国を嫌う理由

    2014年5月28日 中韓を知りすぎた男


    韓国人の本性を知るために、台湾と較べて見ましたが、実は台湾人のほとんどが韓国を嫌っています。台湾が韓国を嫌う理由を聞けば、韓国人のウソつきで卑劣な性格が見えてきます。

    1963年朴正熙が韓国大統領に就任します。台湾は中国から逃げてきた蒋介石が支配していました。二人は日本陸軍士官学校の先・後輩の間柄でした。

    その個人の縁で台湾は韓国に資金援助をします。当時の韓国は日韓基本条約を結ぶまでは一文のカネもない世界一の最貧国でした。

    台湾は無一文の朴正熙の経済開発5カ年計画を資金援助で支えました。80年代までは両国はいい関係を保っていたのです。

    しかし台湾は韓国が1992年に中国と国交樹立する際に、韓国が台湾と断交するのではないかと恐れ何回も交渉を重ねてきました。そのたびに韓国側の答えは「国交断絶などあり得ない」というものでした。

    韓国は断交を恐れる台湾の足元を見て、国際市場では全く売れない韓国車を大量に売りつけました。にもかかわらず韓国は卑怯にも台湾との国交を断絶した。それだけではなく断絶したその日のうちに韓国の台湾大使館の保有資産全て中国名義に書き換えるという、まことに卑劣な仕打ちを平然とやってのけたのです。

    韓国が1963年はじめて経済開発5カ年計画を開始したときも、真っ先に資金援助をしたのは台湾だったのに、その時の恩を忘れるとは・・・

    この時の韓国メディアの論調は恥知らずにも「我が国の見事な作戦により台湾にその意図を察知されずに国交を断絶することができた。台湾を捨てて中国と友好関係を結ぶことは、我が国に絶大なる利益をもたらす」などという記事を誇らしげに掲載していたのです。

    さすがに韓国の「不意打ち」「だまし討」のやり方にはらわたの煮えくり返った台湾議員達が、人の弱みにつけ込む「ゆすり・たかり」の韓国人の体質を世界に公表しました。

    また中国政府の支持を受けて、国連やIMFなど台湾の国際機関への加盟に反対するなど常に陰湿なやりかたで、台湾をいじめてきました。
    台湾人が最も苦悩を抱えている時に、その弱みに乗じて恫喝するなど人間として最低な民族です。

    ところが1997年アジア通貨危機で韓国経済が破綻し、IMFの管理下にはいると、なんと恥ずかしげもなく台湾に対して「両国間の国家改善と友好のため」というあまりにも自分勝手な理屈を理由に,100億ドルもの資金援助を求めてきたのです。

    このような韓国の恥知らずな手口には日本の政治家も何回も騙されています。
    自民党副総裁である高村正彦氏は自身が外相を務めていた1998年に日韓共同宣言をまとめた際、金大中大統領から「一度謝れば韓国は二度と従軍慰安婦の事は言わない」と説得され、それを信じた高村氏は「痛切な反省と心からのお詫び」を明記しました。

    しかし謝れば事実を認めたことになり、その後も慰安婦問題で世界に向かって日本を攻撃しています。日本の政治家のレベルの低さにも呆れるばかりです。
    つくづく韓国とは真面目に付き合ってはいけない国だということが分かります



    世界中で韓国人は悪いことをするときは日本人ですと言います。何て卑怯で恥知らずな連中でしょうか、『親日派の弁明』 金完燮 著 によると、韓国人は学校や家庭で「外国で悪い事をしたら日本人と名乗りましょう」と教わって育つのだそうです。

    ニューヨークで韓国人の売春グループが摘発されました。米メディアの報道によれば驚くことにこのグループは米国で人気の高い“日本人女性”を騙ってそれをエサにしていました。

    韓国人に、卑劣、卑怯、恥知らず、裏切り者、ウソつきなどの言葉を浴びせてもいっこうにこたえない、なぜならこのような行為は一部の特殊な人でなく韓国人の伝統に則った民族の思考パターンだからです。つまり「ダマされる方が悪い」という考え方です。中国人も同じです。

  • 「ダマされる方が悪い」





          ウソつきで卑劣





               真面目に付き合ってはいけない





    ◆台湾が韓国を嫌う理由

    2014年5月28日 中韓を知りすぎた男


    韓国人の本性を知るために、台湾と較べて見ましたが、実は台湾人のほとんどが韓国を嫌っています。台湾が韓国を嫌う理由を聞けば、韓国人のウソつきで卑劣な性格が見えてきます。

    1963年朴正熙が韓国大統領に就任します。台湾は中国から逃げてきた蒋介石が支配していました。二人は日本陸軍士官学校の先・後輩の間柄でした。

    その個人の縁で台湾は韓国に資金援助をします。当時の韓国は日韓基本条約を結ぶまでは一文のカネもない世界一の最貧国でした。

    台湾は無一文の朴正熙の経済開発5カ年計画を資金援助で支えました。80年代までは両国はいい関係を保っていたのです。

    しかし台湾は韓国が1992年に中国と国交樹立する際に、韓国が台湾と断交するのではないかと恐れ何回も交渉を重ねてきました。そのたびに韓国側の答えは「国交断絶などあり得ない」というものでした。

    韓国は断交を恐れる台湾の足元を見て、国際市場では全く売れない韓国車を大量に売りつけました。にもかかわらず韓国は卑怯にも台湾との国交を断絶した。それだけではなく断絶したその日のうちに韓国の台湾大使館の保有資産全て中国名義に書き換えるという、まことに卑劣な仕打ちを平然とやってのけたのです。

    韓国が1963年はじめて経済開発5カ年計画を開始したときも、真っ先に資金援助をしたのは台湾だったのに、その時の恩を忘れるとは・・・

    この時の韓国メディアの論調は恥知らずにも「我が国の見事な作戦により台湾にその意図を察知されずに国交を断絶することができた。台湾を捨てて中国と友好関係を結ぶことは、我が国に絶大なる利益をもたらす」などという記事を誇らしげに掲載していたのです。

    さすがに韓国の「不意打ち」「だまし討」のやり方にはらわたの煮えくり返った台湾議員達が、人の弱みにつけ込む「ゆすり・たかり」の韓国人の体質を世界に公表しました。

    また中国政府の支持を受けて、国連やIMFなど台湾の国際機関への加盟に反対するなど常に陰湿なやりかたで、台湾をいじめてきました。
    台湾人が最も苦悩を抱えている時に、その弱みに乗じて恫喝するなど人間として最低な民族です。

    ところが1997年アジア通貨危機で韓国経済が破綻し、IMFの管理下にはいると、なんと恥ずかしげもなく台湾に対して「両国間の国家改善と友好のため」というあまりにも自分勝手な理屈を理由に,100億ドルもの資金援助を求めてきたのです。

    このような韓国の恥知らずな手口には日本の政治家も何回も騙されています。
    自民党副総裁である高村正彦氏は自身が外相を務めていた1998年に日韓共同宣言をまとめた際、金大中大統領から「一度謝れば韓国は二度と従軍慰安婦の事は言わない」と説得され、それを信じた高村氏は「痛切な反省と心からのお詫び」を明記しました。

    しかし謝れば事実を認めたことになり、その後も慰安婦問題で世界に向かって日本を攻撃しています。日本の政治家のレベルの低さにも呆れるばかりです。
    つくづく韓国とは真面目に付き合ってはいけない国だということが分かります



    世界中で韓国人は悪いことをするときは日本人ですと言います。何て卑怯で恥知らずな連中でしょうか、『親日派の弁明』 金完燮 著 によると、韓国人は学校や家庭で「外国で悪い事をしたら日本人と名乗りましょう」と教わって育つのだそうです。

    ニューヨークで韓国人の売春グループが摘発されました。米メディアの報道によれば驚くことにこのグループは米国で人気の高い“日本人女性”を騙ってそれをエサにしていました。

    韓国人に、卑劣、卑怯、恥知らず、裏切り者、ウソつきなどの言葉を浴びせてもいっこうにこたえない、なぜならこのような行為は一部の特殊な人でなく韓国人の伝統に則った民族の思考パターンだからです。つまり「ダマされる方が悪い」という考え方です。中国人も同じです。

  • 慰安婦騒動の母ユン・ジョンオクに
    元毎日新聞記者・千田夏光の「従軍慰安婦」本を
    売り込んだ矯風会の高橋喜久江氏
      c20131121161940.jpg

    ★日本キリスト教婦人矯風会
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E7%9F%AF%E9%A2%A8%E4%BC%9A
    東京都新宿区百人町に本部を置く
    キリスト教系女性団体。

    現在は従軍慰安婦問題、靖国神社問題、
    戦後補償問題、天皇制問題、
    外国人住民基本法案制定運動、ジェンダーフリー、
    ポルノグラフィ規制運動などに取り組んでいる。

    何故、日本キリスト教婦人矯風会は
    韓国人慰安婦を女性の人権問題と扱いながら
    日本人慰安婦に対しては無視を続けるのだろう?

    「戦争時の女性への暴力」を問題にするのであれば
    日本人慰安婦や、大陸から引揚げ時の日本人女性への
    悲惨な暴行事件や二日町保養所の中絶問題
    進駐軍の相手をしたいわゆるパンパンと蔑まれた女性達、
    朝鮮戦争時の米軍慰安婦、ベトナム戦争時のフィリピン女性
    などなど

    彼女達だけでなく、
    何故「慰安婦問題」を扱う日本人達は
    日本人慰安婦の存在を無視するのだろうか・・・


    こいつも慰安婦問題放火魔の共犯である。矯風会の高橋喜久江氏 ↓
    はえーとこ、三途の川を渡ってもらいたい。

  • 朝日新聞が認める「強制連行は無かった」【昭和34年7月13日朝日新聞】




    大半、自由意志で居住--外務省、在日朝鮮人で発表--戦時徴用は245人
    在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで
    「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるために
    つれてきたもので、いまでは不要に なったため送還するのだ」との
    趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど
    「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。

    これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、
    そのうち戦時中に徴用労働者として
    日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。
    主な内容は次の通り。

    一、戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、
    終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。

    増加した百万人のうち七十万人は自分から進んで内地に
    職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。

    残りの三十万人は大部分工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、
    戦時中の国民徴用令によるものはごく少数である。

    また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に実施されたが、
    朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、
    朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の
    下関--釜山間の運航が止るまでのわずか七ヶ月間であった。

    一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、
    希望者が政府の配給、個別引き上げで合計百四十万人が
    帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、
    連合国の指令に基く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、
    終戦時までに在日していた者のうち七十五%が帰還している。

    戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため
    終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労働者としてきた者は二百四十五人に過ぎず、現在日本に居住している者は、犯罪者を除き、自由意志によって残留した者である。

    在日コリアン1世のほとんどが強制連行(徴用)と関係ないことは彼ら自身の調査で明らかです。

  • 朝鮮問題の根っこは全てここにある!!





    アメリカの策略と朝鮮人の犯罪行為

    GHQの洗脳というか根源にあるのはルーズベルトの【カイロ会談】です。

    アメリカは『日本は侵略国家だ!残虐な国だ!
    東南アジアで残虐行為を繰り返した!』とか言っているけれど、
    仮に彼等のいう日本人の残虐さというのはアメリカが元々持っていたもので、
    シナ人と一緒に南京大虐殺のようにでっち上げればいい、としているものです。

    ただ、どうしてもアメリカ人が日本人に敵わないもの。

    これが『奴隷』と『差別』です。

    日本は奴隷が制度になったことは一度もない。

    これがアメリカにとってはウィークポイントで日本を倫理的に非難する時に非常に弱い。
    それで、ルーズベルトは何を言い出したかというと
    【カイロ会談】で『日本は朝鮮半島を奴隷化していた!』『朝鮮人を奴隷化して搾取していた!』と言った。

    所が、これは全く根拠がない。根拠はないんだけれどルーズベルトはそういう発言をカイロでやったんです。
    ルーズベルトの記録を見ると繰り返しそれをやっているんです。

    例えば、終戦の前の年の44年、カイロ会談の翌年ですね。
    8月に『アジアの人々は、日本の奴隷になりたくない』とか。そういう公式発言をやっているんです。

    これを踏まえて(アメリカによる)日本の統治政策が行われるんだけど、
    その時に日本にいる在日朝鮮人に対して何を言ったかというと
    『今日は奴隷解放の日だ』とか『朝鮮人が解放された日だ』と。

    それでマッカーサーが厚木に降り立って1ヶ月後に在日朝鮮人連盟という
    今の民団や総連の母体になるやつがGHQの指導元で結成されたわけ。

    そういう前提があって在日朝鮮人連盟の結成主旨が『朝鮮人は奴隷から解放された。
    今や我々は連合国軍、戦勝国民だ』と言い出し『奴隷扱いした日本人にそれを理解させるのが我々の義務だ』と。

    それを追認するようにマッカーサーは日本の新聞に連合国人について、
    逮捕権も裁判権も日本人は持てないようにした。
    新聞コードでも『連合国人を批判することは書いちゃいかん!』というのがあって
    9月の段階でプレスや裁判権の放棄を要求していたから、日本は飲まざるをえなかったんだけどね。

    その翌々月には連合国人の扱いを朝鮮人にも与える、と。
    これはGHQがはっきり出しているんです。

    朝鮮人を戦勝国民として扱えと、それで何が起きたかというと有名なのが【直江津事件】というのがあった。

    満員電車に窓を割って入ろうとした朝鮮人を日本人乗客が注意したんだけれど、
    直江津駅に着いたら朝鮮人が注意した日本人をスコップで殴り殺しちゃったわけですよ。皆が見ている前で。

    もっと有名なのが【浜松事件】というのがある。
    これは浜松で朝鮮人が闇マーケットを握って警察が介入したら、
    逆に警官を人質にとって警官を殴り殺したりし始めた。
    それがどうなったかと言うと、そこにいた関東霊岸島小野組。任侠ごとですよ。

    警察官がやられているが手が出せない、という事で小野組が警官を救出した。
    これが発端となって街の真ん中で5日の抗争になり300人の死傷者が出た。

    でも、こんな事は日本の歴史にも出ないし新聞も報道しない。
    でも、さすがにこの時は『日本は朝鮮人を奴隷にしていて、それを解放した』と焚き付けたアメリカが、ここまでやるか?とMPを出して処理した。

    でも、ありもしない強制連行とかいって特別永住権というを彼等に与えたのよ。
    日本はなかった歴史を引きずりさせられている。全ての根源がそこにある。

    今の在日の参政権要求も
    『強制連行して連れて来たんじゃないか!そうされた俺達にそれぐらいしろ!』と贖罪を訴えているわけだ。

    メディアは直江津事件や浜松事件というものを調べてみればいい。

    あとは坂町事件というのもある。
    闇米の拠点にしていたのが坂町という所で警官が(朝鮮人から)袋叩きにされている。

    それから富坂小事件、生田事件‥生田署に朝鮮人が殴りこみにかけてるのよ。
    生田事件で出てきたのが田岡一雄(『田岡組』の組長)なのよ。昔は任侠ごとだった。今は暴力団の中に在日が入っちゃってるけどね。

    今、こういう背景を知らないで参政権問題を考えたらとんでもない事になる。

    アメリカ自体が奴隷問題というのがあるから、日本を黙らせるためにデッチ上げた『朝鮮半島奴隷化論』みたいのを押し付けがある。

    朝鮮問題の根っこは全てここにある。

  • はい、私が発明しました!





          性奴隷という言葉を・・・





            なんせ、慰安婦問題総会屋ですので・・・





    世界に「性奴隷」を売り込んだ
     戸塚悦朗弁護士
     池田信夫 2014年09月01日
     http://blogos.com/article/93568/

    朝日新聞の反論は
    「当社が誤報を続けた
     吉田清治の報道に実害はない」
    といいたいようだが、
    国際的には
    彼らの報道が性奴隷の根拠とされている。

    この言葉を発明したのは、
    戸塚悦朗弁護士である。
    上の世界日報とのインタビューで、彼は
    「私が性奴隷と命名した」
    と自慢している。
      

    戸塚氏は
    国連のNGOに所属する立場を利用して、
    慰安婦問題について国連人権委員会が
    勧告を出すよう執拗に働きかけ、
    20回近い会合に出席して
    吉田清治の話を英訳して配布し、
    慰安婦をSex Slaveと英訳して
    世界に紹介した。

    ここで彼が全面的に依拠しているのが、
    朝日新聞の報道した吉田証言である。

    1996年に出されたクマラスワミ報告書は、
    性奴隷の根拠を吉田清治の証言に求め、
    次のように書いている。

    ”強制連行を行った一人である吉田清治は
     戦時中の体験をもとに書いた中で、
     国家総動員法の一部である
     国民勤労報告会の下で、他の朝鮮人とともに
     1000人もの女性を「慰安婦」として連行した
     奴隷狩りに加わっていたことを告白している。(10)”

    ここで文献番号10となっているのが、
    吉田の『私の戦争犯罪』で、
    この報告書の中で何度も引用されている。

    それ以外に一次資料はなく、
    戸塚氏などの集めてきた元慰安婦の話だけである。
    それをもとに、この報告書は
    「日本政府が性奴隷についての
     法的責任を受け入れ、個人補償を行うこと」
    を勧告している。

    この報告書についての
    日本政府の対応も不可解だ。

    当初、外務省はクマラスワミ委員会に対して
    40ページの反論書を提出したが、なぜか撤回し、
    半ページぐらいの形式的な反論しかしていない。

    この経緯は不明だが、
    当時の村山政権から取り下げろ
    という圧力があったと推定されている。
    当時の外相は、河野洋平氏である。

    いずれにせよ、
    日本人が「性奴隷」という言葉を発明して
    世界に売り込み、
    外務省がそれに反論もしないで
    放置してきたことが、
    この問題が国際的に既成事実になった
    大きな原因だ。

    クマラスワミ報告の根拠となった吉田証言を
    朝日新聞が虚偽と認めた以上、
    クマラスワミ報告も、そのあと出た同様の
    マクドゥーガル報告書も、国連は撤回すべきだ。

    そして
    このような国際的な情報汚染をもたらした
    戸塚氏と、
    それを知りながら反論しなかった
    (あるいは反論を妨害した)河野元外相を
    国会に喚問する必要がある。

    こいつが名にしおう慰安婦問題総会屋の戸塚悦郎 ↓

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