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投稿コメント一覧 (74コメント)

  • 韓国の女性教師が小6男児を誘惑し何度も性的関係「イケメン過ぎて」
    2017年8月30日 0時40分 Record China

    2017年8月29日、韓国の小学校に勤務する30代の女性教師が、6年の男子児童を誘惑して繰り返し性的関係を持つという事件が発生し、韓国社会に衝撃を与えている。韓国・国民日報などが伝えた。

    報道によると、慶尚南道(キョンサンナムド)地域の小学教師A(32)は、昨年6月初めから自身が勤務する学校の6年の男児B君を呼び出して教室などで数回にわたり性的関係を持った疑いで、このほど逮捕・起訴された。

    低学年の担任をしていたAは、校内の体験活動で知ったB君に対し、昨年6月初めごろからハートマークとともに「愛してる」などのメールを送り始めたが反応がみられなかった。しかし「餃子を買ってあげる」との誘い文句でB君を連れ出すことに成功すると、車で静かな場所に連れて行き体の接触を試みたとされる。その後、自身の半裸の写真をB君の携帯電話に何度も送って誘惑、先月の放課後には自身が担任を受け持つ教室にB君を呼び出して性的関係を持ったというのだ。

    警察が調べた結果、Aは同様の方法で教室や乗用車で9回にわたってB君と性的関係を持ったことが明らかになり、取り調べに対して「B君があまりに格好良くて衝動に駆られた」と供述しているという。なお、Aは既婚で子どももいることが確認。

  • > 昨年末の韓国戦での惨敗メンバーDF,植田と昌子は、日本代表メンバーから外すべきです。
    > 今日は昌子が先発してるが、不要だ。


    今日は、植田が先発メンバーだったが、ボールウォッチャーになってパスを通されたり、パスミスでインターセプトされたりミスが多かった。相手が強豪チームだったら大量失点だった可能性が大きい。
    やはり、昌子と植田は、代表メンバーに相応しくない。不要だ。
    中島は良かった。
    浅野は、所属チームであまり使われてないようだが、中島とセットで使えば、浅野のスピードと突破力、スペースへの飛び出しが最大限活かされて強力な武器となる。
    ぜひ浅野を代表メンバーに 招集すべきだ。

  • 韓国で「海外文化が楽しめる」はずの観光特区、実態は風俗街=韓国ネット「この国はどうなってしまうのか」
    Record Chinaより引用2017年5月10日02時00分

    2017年5月8日、韓国・SBSテレビはこのほど、観光客に海外の文化を楽しんでもらうための場として造成された韓国の観光特区「多文化通り」が、売春などが横行する風俗街に変質してしまっている驚きの実態を報じた。付近の住民からは実態に関する通報も相次いでいるものの、取り締まりはほとんど行われていないという。

    問題の現場は、ソウル近郊、京畿道(キョンギド)安山(アンサン)市内の「多文化通り」と名付けられた一角。夕闇が迫ると、茶房(タバン)と呼ばれる喫茶店やカラオケ店の看板に色とりどりの明かりがともり、歓楽街の雰囲気が漂い始める。試しに男性記者が1軒の茶房に入ってみると、ミニスカートの女性店員に奥の席に案内され、席に着いた別の女性から「1時間13万ウォン(約1万3000円)」と「提案」を受けた。また別の茶房では、店に入るや否や「女の子要らない?うちの子はみんな韓国語が上手よ。13万ウォンね」と店員が声を掛けてくる。

    この通りは2009年、市が200億ウォン(約20億円)を投じ観光特区として造成した場なのだが、400メートルの通りに立ち並ぶ茶房22店など、店の多くで違法な売春のあっせんが行われているとみられる。近くには高校が2校あり、生徒らが日常的に通る場所であることから住民からは懸念の声が上がっている。しかし取り締まりを担当する区は、「人員不足のため年に1回の取り締まりをするのがやっと」と、事実上の放置状態であることを認めている。

    この報道に韓国のネットユーザーからは「200億ウォンかけた売春通りって、さすがにひどい」「『多様な性分化の醸成』に200億…よくやったもんだ」「営業許可を出したこと自体が間違い。本当にこの国はどうなってしまうのか、情けない」…と嘆く声が多数寄せられる一方、「ソウルのカラオケと同じだ」「これが韓国の『多文化』の実態」「そこだけの話じゃないと思うよ。首都圏の通りという通りはだいたいそんなもの」と開き直ったような声も上がっている。



    確かに、売春(海外にも輸出している)・性奴隷システムは、朝鮮(韓国・北朝鮮)の伝統文化だ。

  • 纒向遺跡で大型建物跡を整備
    04月06日 14時30分

    邪馬台国があった場所の有力な候補の1つ、桜井市の纒向(まきむく)遺跡で見つかった女王・卑弥呼の宮殿との説もある大型建物の跡が、柱を立てるなど建物の大きさを体感できるよう整備されました。
    纒向遺跡は、3世紀から4世紀にかけての集落跡で、大型建物の跡が見つかるなど、女王・卑弥呼が支配した邪馬台国の所在地の有力な候補のひとつとされ、国の史跡にも指定されています。
    しかし、建物跡などは発掘調査のあと埋め戻され、訪れる歴史ファンからは「遺跡がどこかわからない」などの声が寄せられていたため、桜井市は、発掘調査の成果を現地で体感できるよう遺構を整備しました。
    「卑弥呼の宮殿」とも言われた大型建物を含む3つの建物の跡に、柱に見立てた高さ1メートルほどの杉の丸太、計65本が立てられ、建物の大きさや位置がわかるようになりました。NHKより引用

  • 奈良県橿原市の瀬田遺跡では弥生時代終末期(2世紀頃)の前方後円形の円形周溝墓が発見されており、前方後円墳の原型である可能性が指摘されている。

  • 『日本書紀』には天照大御神の詔(みことのり)として、こう書かれてあります。「葦原千五百秋瑞穂の国(=日本)は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。」と。ちなみに、神武天皇は天照大御神の玄孫の子であらせられます。つまり、神武天皇の子孫であることがはっきりしている人物に皇位を継承させるべきと『日本書紀』には書かれてあります。これが皇位継承のしきたりです。

    125代にわたる全ての天皇は、このしきたりにのっとられて、「男系」の血筋にそって皇位を継がれてこられました。

  • 京都大学の内藤湖南は、畿内説を主張した。
    内藤は「卑弥呼考」という論文を発表する。
    その中で「魏志倭人伝」の方位に着目し、「南、投馬国に至る、水行二十日」に新しい解釈を示した。
    この「南」を「東」と読み替え、投馬国を周防国(山口県東部)に比定し、邪馬台国は畿内大和に相違ないと論じたのだ。
    さらに内藤は白鳥の主張する距離の検討は不確実で意味がないと痛烈に批判し、考証すべきは地名であると主張した。
    また、内藤は卑弥呼を垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)に比定している。
    倭姫命は「日本書紀」の中で、伊勢神宮を起こした人物として描かれる巫女姫だ。


    内藤説の要点
    ①中国の古書は、東と南を間違えがちである。
    「南、投馬国に至る」の「南」は東であり、投馬国は周防に比定すべきだ。
    ②卑弥呼とは、倭姫命である。
    ③「月」を「日」に間違えることはない。
    日数を変更するのは適切でない。



  • 『日本書紀』の価値観によれば、律令国家成立以前の大和地方を本拠とする統治機構はひとくくりに「大和朝廷」と定義する。
    ヤマト王権(古墳時代前期)が発展したのが大和朝廷(古墳時代中期以降)であるというのが事実です。
    その後、古墳時代から飛鳥時代への時代区分の名称変更は、政変などが起きた結果ではなく、王朝の交替は認められない。
    そして、体系的法典を編纂・施行した律令制が充実した時期にも、学問的に王朝交代は認められない。

    〉五世紀に造営された埼玉県の稲荷山古墳と、熊本県の江田船山古墳から出土した鉄剣と鉄刀の銘に雄略天皇を示す『獲加多支鹵(わかたける)大王』の文字が刻まれていました。それらは、中央で作られ、地方の豪族に下賜されたものです。
    そこで注目すべきは、その両方の銘に「治天下」(天下を治める)という文字があり、しかも、その主体は獲加多支鹵大王なのです。日本独自の天下がそこに語られています。
    また、各地の古墳から同じ鋳型から作られた三角縁神獣鏡が出土しています。
    これらのことからもヤマト王権は、東北の南部ないし関東から南九州に至る日本列島の大半を勢力範囲としていた統一王権であったことがわかる。
    なお、高句麗の好太王碑文(こうたいおうひぶん)に日本のことを記した文字あります。これによると、四世紀末から五世紀初頭にかけて、日本が朝鮮半島に軍を派遣したそうです。百済を助けるために高句麗と戦ったとのことです。日本の参戦により、高句麗の朝鮮半島統一を阻止し、百済を存続させることができました。この時期から562年までの間、大和朝廷は朝鮮半島南部の任那(加羅)に拠点を持ってました。また朝鮮半島南西部の栄山河流域に前方後円墳が発見されてます。日本列島以外で前方後円墳があるのはここだけです。
    この時代、朝鮮半島南部を大和朝廷は支配していたのです。

  • 三世紀前半からの古墳時代は、文字通り日本列島各地で多くの古墳が造られた時期である。
    なかでも巨大古墳はほとんどが前方後円墳という、上から見ると鍵穴の形をした特徴的な古墳だった。
    纏向(まきむく)遺跡の前方後円墳は、三世紀前期に90メートル級のものが五基あり、そして三世紀中頃の箸墓古墳が290メートルと巨大なものであり、当時の王権は広い範囲を勢力下に置いていた。
    三世紀前期に纏向遺跡で始まった纏向型前方後円墳の築造は、わずか百年足らずの短い期間のうちに、東は千葉県や福島県など、また西は鹿児島県まで見られるようになった。
    したがって、ヤマト王権の勢力は、すでにこの時期に東北の南部から九州の南部にかけた広い領域に拡大していたのである。

    〉古墳時代に造られた仁徳天皇陵は、世界最大の古墳である。
    墳丘の長さは、486メートル、体積は140万立方メートルという大きさです。
    また、二重周濠と外堤を持ち、外堤まで含めると長辺840メートルの巨大な墓域となる。
    それから仁徳天皇陵には、高さ1メートルにも及ぶ大型の円筒埴輪が6万本並べられていた。
    日本列島では、墳丘の長さが300メートル以上の前方後円墳が七基、200メートル以上が三五基、また100メートル以上の古墳が三〇二基(うち二九一基が前方後円墳)確認されている。
    短期間のうちに、夥しい数の巨大な墓が造営されたことは世界史上、類を見ない。
    これは日本国史の大きな特徴の一つといえよう。
    二〇〇メートル以上の前方後円墳三五基のうち、三二基は畿内に集中していて、その中でも巨大古墳がはじめて現れたが纏向遺跡だった。

  • 実は525m…国内最大の古墳
     国内最大の古墳・大山古墳(仁徳陵古墳、全長約486メートル)=堺市=は造営時、全長525メートル以上だったことが分かった。宮内庁がデジタル公開した「書陵部紀要」の中で、そんな研究論文を掲載。
     皇室伝来の資料や陵墓(天皇や皇族の墓)・陵墓参考地を管理する宮内庁書陵部には、歴史学や考古学の専門職員が配され、調査研究の成果は毎年刊行される「書陵部紀要」で公表されてきた。発行部数が限られ、とくに関心が高い陵墓の発掘調査や測量の報告は数年分が「陵墓関係論文集」にまとめられ、2010年までに計7冊が刊行された。

     最新号には大山古墳の測量のほか、「卑弥呼の墓」との説もある奈良県桜井市の箸墓古墳で出土した埴輪や土器に含まれる砂の観察結果などが掲載されている。

     大山古墳の内濠測量を巡っては、音の反響によって水深を測る装置を船に搭載し、得られた水深のデータを全地球測位システム(GPS)の位置情報と組み合わせて3次元化した。水中に残る墳丘の裾部分が確認でき、濠の底で測った古墳の全長は約525メートルだったことが分かった。造営当初の全長はさらに大きくなりそうだ。

     箸墓古墳で出土した特殊器台や円筒埴輪、壺形埴輪の土に含まれる砂礫(砂や小石)については、奥田尚・奈良県立橿原考古学研究所特別指導研究員が分析した。顕微鏡で観察して表面に含まれる砂礫を調べた結果、後円部で出土した特殊器台や円筒埴輪など54点は、そのすべてが吉備(現在の岡山県)の総社平野の砂礫を含んでいた。一方、前方部出土の壺形土器と壺形埴輪26点の砂礫は、地元の桜井市内のものと推定できると論じた。後円部に被葬者の埋葬施設が設けられているとみられ、被葬者と吉備との強い関係がうかがえる。

     世界遺産登録を目指す大阪府羽曳野市の古市古墳群の墓山古墳(全長約225メートル)では、墳頂部にある長持形石棺のふたの破片(長さ約1・65メートル)の写真や図面を公開。古市古墳群で最初に築かれたとみられる藤井寺市の津堂城山古墳(全長約208メートル)で明治時代末に出土した長持形石棺と同じような格子状の模様があるという。

     紀要は、宮内庁トップページ(http://www.kunaicho.go.jp)の「皇室に伝わる文化」からリンクされる「書陵部所蔵資料目録・画像公開システム」で公開される。
    朝日新聞社

  • 神武天皇の長兄・彦五瀬命2680年の命日 和歌山・竈山神社で雄誥祭
    5/9(水) 7:55配信 産経新聞より引用
     神武天皇の長兄にあたる彦五瀬命(ひこいつせのみこと)が祭られている竈山神社(和歌山市和田)で8日、彦五瀬命の2680年の命日にちなんだ「雄誥(おたけび)祭」が行われた。

     同神社によると、彦五瀬命ら4兄弟は、宮崎県の日向を出発して奈良県の大和へ向かい、道中、村々で稲の作り方などを教えた。和歌山にさしかかったとき、当時周辺を治めていた豪族と戦になり、彦五瀬命は流れ矢をうけて亡くなった。そのとき葬られたのが同神社がある地だったという。

     雄誥祭では、参拝者らがお清めを受け、順番に手を合わせるなどして参拝。儀式の後、参拝者全員で社の裏にある彦五瀬命のものとされる墓で再び手を合わせた。吉良義章宮司は「これからも長く栄えることを願っています」。

  • 纒向遺跡、位置はっきり 桜井市、柱立てる整備完成 /奈良
    毎日新聞より引用2018年4月22日 地方版

     邪馬台国の有力候補地の一つとされる桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、建物遺構の位置が分かるようにと市が進めていた柱を立てる整備が完成した。JR桜井線西側の約2500平方メートルで、大型建物を含む3棟の跡にスギの柱計65本を立てた。「史跡纒向遺跡」の標柱や規模を説明する陶板も設けた。

     現地では、3世紀前半から中ごろにかけての建物跡が2009年に発掘された。観光客らに人気の遺跡だが、現地で遺跡を紹介する施設がなく、「様子が分かるようにしてほしい」などの声が市に寄せられていた。



    https://textream.yahoo.co.jp/message/1835208/f71a6d5833869134098abc1b5fb11e87/1/3339

    https://textream.yahoo.co.jp/message/1835208/f71a6d5833869134098abc1b5fb11e87/1/3348

    https://textream.yahoo.co.jp/message/1835208/f71a6d5833869134098abc1b5fb11e87/1/3348

  • >>No. 3825

    > > 2018.4.29 21:00
    > >
    > > みやびやかな蹴鞠に歓声 奈良・談山神社
    > >
    > >  奈良県桜井市の談山神社で29日、けまり祭が開かれた。鞠水干と呼ばれる鮮やかな上衣に袴、烏帽子姿の8人が輪になって鹿革の鞠を蹴り続けると、歓声が上がった。
    > >
    > >  談山神社は藤原鎌足を祭る。鎌足と中大兄皇子が蹴鞠会で知り合ったという故事にちなみ、毎年、けまり祭を春と秋に催している。
    > > 産経新聞より引用
    > 産経新聞より引用
    https://www.sankei.com/west/photos/180429/wst1804290035-p1.html



    世界遺産・法隆寺から徒歩10分。その西方に位置する藤ノ木古墳。

    金銅製の馬具や装身具類、刀剣類など、現在は国宝に指定されているきらびやかな副葬品が多数出土したことで全国的に知られる藤ノ木古墳(ふじのきこふん)は、奈良県斑鳩町にある古墳。現在は所在地の字名をとって「藤ノ木古墳」と呼ばれていますが、古文書類では「ミササキ」あるいは「陵山」と呼ばれており、藤ノ木古墳が天皇あるいは皇族クラスの人物を埋葬した陵墓であると見なされていたことがうかがえます。事実、研究者のあいだでは石室内に置かれていた石棺のなかに眠っている2人の被葬者として、蘇我馬子に暗殺された穴穂部皇子(あなほべのみこ)や宣化天皇の皇子とされる宅部皇子(やかべのみこ)、崇峻天皇といった人物が推定されています。


    >藤ノ木古墳は騎馬民族の証


    そもそも騎馬民族とは、どの民族のことですか?
    藤ノ木古墳が天皇あるいは皇族クラスの人物を埋葬した陵墓であると考えられます 。

  • >>No. 134536

    > 中島翔哉が、今回の代表メンバーに選出されてないニュースを見た時、唯一W杯メンバー入りが確定してる選手のため外れたと思った。
    > 中島翔哉は、FWもMFもこなせるし、日本代表チームの中で最も強豪チームに通用する最高の選手だ。
    > 一人で局面打開することもできるし、決定力もある。
    > 中島翔哉は、代表チームに絶対必要な選手である。
    > 協会の韓流スタンドプレーは、やめなさい。
    > まさにフロントがアホやから・・・の典型例だ。


    中島翔哉は、ポルトガルリーグでも1年目の今季10ゴール12アシストと活躍。日本代表の試合でも活躍してたのは、サッカー経験者なら誰の目にも明らかだろう。
    W杯最終選考では、中島翔哉を必ず日本代表メンバーに選出すべきです。

  • 今日のガーナ戦を観ても、なぜ中島翔哉が代表メンバーから外されたのか不思議だ。
    八百長にも匹敵するメンバー選考じゃないか。

    中島翔哉は、FWもMFもこなせるし、日本代表チームの中で最も強豪チームに通用する最高の選手だ。
    一人で局面打開することもできるし、決定力もある。
    中島翔哉は、代表チームに絶対必要な選手である。

    中島翔哉は、ポルトガルリーグでも1年目の今季10ゴール12アシストと活躍。日本代表の試合でも活躍してたのは、サッカー経験者なら誰の目にも明らかだろう。
    W杯最終選考では、中島翔哉を必ず日本代表メンバーに選出すべきです。

  • > > 今日のガーナ戦を観ても、なぜ中島翔哉が代表メンバーから外されたのか不思議だ。
    > > 八百長にも匹敵するメンバー選考じゃないか。
    > >
    > > 中島翔哉は、FWもMFもこなせるし、日本代表チームの中で最も強豪チームに通用する最高の選手だ。
    > > 一人で局面打開することもできるし、決定力もある。
    > > 中島翔哉は、代表チームに絶対必要な選手である。
    > >
    > > 中島翔哉は、ポルトガルリーグでも1年目の今季10ゴール12アシストと活躍。日本代表の試合でも活躍してたのは、サッカー経験者なら誰の目にも明らかだろう。
    > > W杯最終選考では、中島翔哉を必ず日本代表メンバーに選出すべきです。
    > >
    > >
    > > 今日の結果を踏まえても、中島翔哉は日本代表メンバーに選出すべきです。
    >
    https://www.football-zone.net/archives/106065
    >
    > https://m.youtube.com/watch?v=PQxoMMjPgeQ
    >
    >
    > http://www.goal.com/jp/ニュース/現地メディアが中島翔哉の代表落選に驚き才能に疑いの余地はないのに/tua7r8x1vwc91gwj5lce59lt7

  • >>No. 134797

    >今日のガーナ戦を観ても、なぜ中島翔哉が代表メンバーから外されたのか不思議だ。
    八百長にも匹敵するメンバー選考じゃないか。

    中島翔哉は、FWもMFもこなせるし、日本代表チームの中で最も強豪チームに通用する最高の選手だ。
    一人で局面打開することもできるし、決定力もある。
    中島翔哉は、代表チームに絶対必要な選手である。

    >中島翔哉は、ポルトガルリーグでも1年目の今季10ゴール12アシストと活躍。日本代表の試合でも活躍してたのは、サッカー経験者なら誰の目にも明らかだろう。
    W杯最終選考では、中島翔哉を必ず日本代表メンバーに選出すべきです。

    ガーナ戦の結果を踏まえても、中島翔哉は日本代表メンバーに選出すべきです。

    https://www.football-zone.net/archives/106065

    https://m.youtube.com/watch?v=PQxoMMjPgeQ


    > 中島はずしをPCのネット接続にたとえると、しばらくパソコンを操作してなかった人(西野監督)が、タンスからWindows XPのパソコンを持ってきてインターネットに接続するようなものだな。「XPの方が使いやすいんだよな。XPは、古いアプリもポリバレントに対応できるんだよ。」という感じで、西野監督は、つじつまの合わない理由で組織を敗戦に導く恐ろしい指導者です。



    ポルトガルでも新聞の一面になったのですが、西野監督がなぜ、ポリバレントをわかっていないかというと、中島翔哉はサイドバックでも出たし、トップ下でも出ていた。
     FCポルト戦ではセンターフォワードで出て、GKのカシージャス選手(元スペイン代表)から点を取ったし、SLベンフィカ戦では右サイドも左サイドもやった。
     中島翔哉は試合の流れに応じて、両サイド、センターフォワード、トップ下ができる。中島翔哉は日本代表のほかの攻撃の選手と比べてもポリバレントな能力はいちばんじゃないかと思う。

  • >>No. 134797

    確かに中島翔哉は、W杯日本代表メンバーに選出すべきでした。
    昨日対戦したガーナのアッピアー監督は、「日本はよくボールを持って攻撃していたが、少し守備が弱かった」「日本は良いチームだがフィニッシュが完璧ではない」と、西野ジャパンの攻守両面に問題点があったことも指摘した。

    昨日のガーナ戦は、中盤でパス回しのための布陣を敷き、相手にしっかり守られると崩せない、パスをカットされたりボールを奪われたりすると早いカウンターでシュートまで持って行かれたりする、という先祖返りしたような試合だった。
    誰が入っても同じサッカーをするという日本サッカー協会の近年継承されていたコンセプトサッカーが、そのような弊害を生み出すのである。
    W杯日本代表には、韓国戦で惨敗した原因を作ったDFもメンバーに選出されている。
    お粗末な日本代表選出だ。

    ポルトガルでも新聞の一面になったのですが、西野監督がなぜ、ポリバレントをわかっていないかというと、中島翔哉はサイドバックでも出たし、トップ下でも出ていた。
     FCポルト戦ではセンターフォワードで出て、GKのカシージャス選手(元スペイン代表)から点を取ったし、SLベンフィカ戦では右サイドも左サイドもやった。
     中島翔哉は試合の流れに応じて、両サイド、センターフォワード、トップ下ができる。中島翔哉は日本代表のほかの攻撃の選手と比べてもポリバレントな能力はいちばんじゃないかと思う。

    西野監督の言うポリバレントや誰が入っても同じサッカーをするという近年のコンセプトは、お気に入り選手を選出するため、そして、実力のある選手を外すためのレッテルだったのである。


    https://textream.yahoo.co.jp/message/1834772/ffckdcbeibdam9ga5ha5t/1/134821

    文字数制限の為、編集しました。

  • 2018.05.15
    邪馬台国 畿内説後押し - 西暦135年~230年と判明/纏向遺跡のモモの種、年代測定

     邪馬台国の有力候補地とされる桜井市の纒向遺跡で出土したモモの種を放射性炭素年代測定したところ、西暦135~230年と判明したことが14日分かった。女王・卑弥呼(248年ごろ没)の年代と重なり、邪馬台国畿内説を補強する成果となりそうだ。

     成果は同市纒向学研究センターの研究紀要に掲載された。

     市教委は平成22年に遺跡の中枢とみられる大型建物跡(3世紀前半)の南側にあった穴から約2800個のモモの種などを発掘した。

     このうちランダムに選んだ15個を中村俊夫名古屋大名誉教授が測定。測定できなかった3個を除き、西暦135~230年のものと分かった。元徳島県埋蔵文化財センターの近藤玲氏を通じて山形大が行った測定でも同様な結果が出た。

     纒向遺跡には、卑弥呼の墓説がある箸墓古墳(3世紀半ば)があり、平成21年には大型建物跡も見つかり、邪馬台国の有力候補地。大型建物などは出土した土器の形から年代が推定されていたが、科学的な年代測定法でも同様な年代と判明したことで邪馬台国畿内説を後押しする材料となりそうだ。

     穴は建物南側にあったとみられる柵を取り外した後に掘られたらしい。モモは古代では不老長寿や魔よけの果物と考えられており、祭祀(さいし)に用いられた可能性がある。

     寺沢薫・同研究センター所長は「纒向遺跡は4世紀とする説が一部であるが、複数機関による高精度の分析で3世紀である可能性が高まった。魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の時代と一致しており、これまでの調査成果と合わせて、纒向遺跡が邪馬台国であるというわれわれの主張に沿う」と評価している。
    奈良新聞より引用

    https://textream.yahoo.co.jp/message/1835208/r2bbvoabfmeaa4hbcygobf9qa4n5bfoga1ya1ya1ya1ya1y/1/2744

  • >>No. 1660

    奈良新聞社は「日本のふるさと奈良 回帰展」を開催します。平成から次代へ継承が迫る中、皇室の足跡からたどる奈良の魅力を再発見する特集企画の一環として実施した「皇室ゆかりの地を撮る! フォトコンテスト」の入賞・入選作品を中心に展開します。

    奈良まほろば館
    日時
    6月12日~24日 午前10時30分~午後7時(最終日は午後3時30分まで)
    会場 東京都中央区日本橋室町1の6の2日本橋室町162ビル1階
    東京駅イベントスペース
    日時
    6月25日、26日 午前10時~午後7時
    会場 東京都千代田区丸の内1の9の1東京駅構内八重洲中央コンコース
    主催:奈良新聞社

    後援:奈良県

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