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投稿コメント一覧 (81コメント)

  • 江原の近況

    江原は最近、五時に夢中という東京MXテレビの番組レギュラーになったよ。
    この番組は関東しか見ることができないから重低音さんはご存じないかもしれません。
    ネットで見ることができるかと思います。

    そして、スピリチュアルサンクチュアリという施設を、東京の一等地である表参道につくったようです。
    ホームページもあるので見てみてください。とても立派な建物とお庭です。

    さすがに番組ではかつてのように、前世とか霊とか言ってないみたいですけど、根強い人気があってレギュラーになったようです。

    ちなみにイルミナティーの公式ホームページ、公式youtubeサイト、facebookがあるようです。
    英語ですが、そんなに難しくない短い文章なので読んでみてください。

    スピリチュアルの大家で、バシャールという人がいるんですけど、そのマークとイルミナティーのマークが似ています。
    スピリチュアルサンクチュアリのマークもなんとなくそんな感じです。

    江原がしぶとく活動しているのが気持ち悪いです。

  • >>No. 13310

    >お久しぶりですね

    お久しぶりです。この前書き込んだのは去年の10月でしたね。
    その間いろいろと考えていました。重低音さんがおっしゃっていたことについて。

    >こっちには全然聞こえてきません。周りに江原氏の話題出す人もいない感じ。
    >あっちの宗教カテに沢山湧いてた、スピ信者も見かけなくなりましたしね。

    もう世間ではすっかりスピリチュアルなんて下火で信じている人なんて少なそうなのに、なぜ江原が五時に夢中のレギュラーになったんですかね。
    きっとコネなんだと思う。芸能人とか作家とか懇意にしている人が多そうだし。
    ある雑誌の記事では根強い人気だからと書いてありましたけど、嘘っぽい。

    >金が出来たんですかね。

    自社ビル立てたり寄付したり、金は儲かってたみたいだからそれを元手に資産運用したりしてるのでしょうかね。


    >なんか昔ホスピスをつくるとか言ってた気がするけど、それは止めたのかな?
    今考えるとホスピスって結構いい商売ですね。
    ホスピスに死にそうな金持ち信者を集めて、死んだら寄付と云う形で遺産を貰う形式にできますからね。

    そんな露骨なことしたら、世間から非難されまくるだろうし、2chやネットや文春あたりですごくたたかれそうですよね。
    一応江原は芸能人とか文化人気取りでメディアに出ているのでイメージが悪くなりそうだし。
    それに、そんな江原のホスピスで働くような医師や看護師はいないんじゃないかな。人材が集まらなそう。



    >マークが似てるってのは、暗喩じゃなくパチモンっぽい

    あはは!そうですね。パチモンかもしれませんね。なんせ、江原は嘘ばかりついているから。

  • おととしの10月でした。去年じゃなかったわ。
    時が過ぎるのが早い・・・・

    しかし、この、テキストリームって使いにくいですね。訂正もできないし。

  • >>No. 13299

    >そう言えば、この前魔法少女まどか☆マギカってのを観たんですが…
    宮崎哲弥がこのアニメを仏教に喩えて論じてたのを見たので観てみました。
    で、あらためて宮崎哲弥がこれを“邪悪な仏教”と感じる意味が分りました。

    宮崎哲弥は週刊スパで、キュウべえが邪悪な仏教者と言ってますよ。
    そしてまどかは菩薩になったと。
    因果の理法は熟知しているのだけれど、その法則を不変のものと決めつけ、少女たちを搾取すると。
    キュウべえの価値観はマイケルサンデルの功利主義そのもので、だから悪しき仏教者だと言っているのですよね。

    >真理を知れば、宇宙の法則や因果も、それを回避する方法も理として受け入れられる筈。
    それでも理不尽に感じるわけですよ。感じる人によっては悪にも感じる。

    このアニメではキュウべえだけが宇宙の法則や因果を知っているのであって、少女たちはキュウべえに騙されて搾取されていたのですよね。

    理不尽に感じて悪と感じるのは、キュウべえが騙していたのもあると思います。
    それと、仏教=悟道は、人道とは少し違います。

    二宮金次郎がうまいこと言ってました。
    人の道と悟りの道を混同してはいけないと。

    たとえば、家族が病の淵に立たされて瀕死の状態だとします。
    悟りの道は、人間はいつかは死ぬ。それが真理であり、世の中の法則であり、因果であると説きます。
    しかし、人は、それはわかっているのだけれど、何とか手を尽くして生きてもらいたいと思うものでしょう。
    放っておかないよね。

    人間の道は天然自然の天理に逆らうもの
    自然に行われるのは天道であり、人道は人為によるものである。自
    然に放置すれば人道は行われない。人道を行うには人の意志が必要
    であり、それに伴う勤労がいる。

    人がいやしむ畜生の道は天理自然の道である。人の尊ぶ人道は、天
    理に従うとはいっても、作為の道で自然ではない

    この前、重低音さんは、普遍的なものなんてないとおっしゃっていましたね。
    世の中、絶対なんてありませんよね。
    しかし、科学だって、レファレンスを設けて実験結果を判断しますよね。
    それと同じで、数字で表すことがでる共通認識を判断する際の仮の軸にするように、人間社会における
    数字で表すことができない物事でも、過去の偉人が、知恵を絞って得た知恵を仮の軸にしてもいいと思うのですよ。

  • 長いから続き

    人間の道は天然自然の天理に逆らうもの
    自然に行われるのは天道であり、人道は人為によるものである。自
    然に放置すれば人道は行われない。人道を行うには人の意志が必要
    であり、それに伴う勤労がいる。

    人がいやしむ畜生の道は天理自然の道である。人の尊ぶ人道は、天
    理に従うとはいっても、作為の道で自然ではない

    この前、重低音さんは、普遍的なものなんてないとおっしゃっていましたね。
    世の中、絶対なんてありませんよね。
    しかし、科学だって、レファレンスを設けて実験結果を判断しますよね。
    それと同じで、数字で表すことがでる共通認識を判断する際の仮の軸にするように、人間社会における
    数字で表すことができない物事でも、過去の偉人が、知恵を絞って得た知恵を仮の軸にしてもいいと思うのですよ。
    たとえば、無知の知とか、仏教でもギリシャ哲学でも共通しているのですよ。
    そういう、過去の人が得た英知や知恵は、三杯酢のように、考えぬかれたすぐれたものだから、軽く見るのはどうかと思うのです。
    しかし、仏教でもなんでも、人間が考え出したものなので、その人のくせが出るし、完全なものではないので絶対しはしてはいけないと思います。


    宮崎哲弥は魔法少女まどかというアニメを仏教的にとらえていたけど、私はニーチェの考えを思い浮かべてしまいました。
    形而上学→ルサンチマンの思想→ニヒリズム→永劫回帰(時間がループしていくくだりがありましたね)→ルサンチマンやニヒリズムを乗り越えて、人間らしく生きていく
    みたいなね。

  • >>No. 13316

    >本とか出しても昔のようには売れない気がします。
    固定層が決まって来たって事でしょうね。

    2009年以降、出版物は出してないみたいだったのですが、去年2冊、今年3冊と、また増え始めました。
    五時に夢中に出演してまたファンを獲得して稼ぐつもりなのかもしれません。本人はまだまだ稼ぎたいのでしょうかね。重低音さんのおっしゃるように、昔みたいには稼げないと思いますよ。だけど、ゴキブリみたいにしぶとい。
    固定層って情報弱者で気の毒なくらい騙されやすい人たちの層ですか。



    >人間としては騙された感覚だし、邪悪だけど、あれは価値観の違う存在だと思うんです。
    悪意があって始めた事ではないと言う事です。

    そうですか。週刊spaで宮崎哲弥と一緒に論評していた 磯崎哲也という公認会計士の人は、
    『キュウべえは、医者と患者、弁護士とクライアントの関係のような、圧倒的な情報の非対称性のもと、まどかたちに契約を勧めてきます。彼は嘘は言ってないんだけど、嘘を言わなければいいかというとそうではない。契約に伴うリスクをきちんと説明していないので、現代社会の感覚からするとかなり問題ありますね』と言っています。
    悪意がなかったとしても、リスクを説明していないのはいけないと思うなぁ。


    >しかし、では人間にとって家畜はどうか?とキュウべえは問うている。
    もし人間がキュウべえ並みの高度な知能を持ち、宇宙の理を知ってたとして、エントロピーの増大を防ぐには家畜を利用するしかないとしたら?


    私はこれはキュウべえの言い訳だと思うけどな。
    インキュベーターのキュウべえ対人間と、人間対家畜は同じではないよ。
    人間は説明したら理解できるし、言葉によるコミュニケーションができるよね。リスクを説明することだってできますよ。犬猫や家畜は詳しい複雑な説明やリスクなんて理解できない。



    > 人間は動物を騙して生きながらえてるわけですからね。

    これは人によりますよ。ジャイナ教徒のような、家畜や動物どころが、虫もなるべく殺さないように生きている人たちだっていますからね。

    >人間の勝利だけが良心にはなりえない。つまり価値観の違いです。

    人間だけの価値観というのは理解できますけどね。キュウべえは人間じゃないから人間の気持ちは考えないのは理解できますよ。

  • >>No. 13317

    家畜は人間と契約なんてしないし。やっぱ違うと思う。

    >キュウべえは人間を家畜に喩えてたけど、
    人間より遥かに進んだ知的生命体であれば、人間なんてそんなもん。
    そんな家畜が考え出した科学や、宗教的宇宙の原理なんて、皆ゴミなのかもしれません。


    重低音さん、私は、この前、テレビとギャオで配信されていた寄生獣というアニメを観ました。
    あのアニメに出てくる寄生生物は、人間よりはるかに知的能力があり、腕力もスゴイのに、人間にはかなわないという結論を出し、人間に降伏してしまうんです。
    キュウべえとは違い、エラく謙虚というか、殊勝というか・・・キュウべえと同程度な知的レベルなのかどうかはわかりませんけど。


    しかし、重低音さん、いろんなアニメ見ているんですね。私はほとんどわかりませんよ。
    魔法少女まどかは、重低音さんの書き込みを見て見てみただけですよ。
    アニメはギャオで配信しているものしか見ないし。でも最近のアニメは興味深いプロットがたくさんありますね。
    宗教や哲学、科学や陰謀論。灰羽連盟のプロットも、キリスト教の<生きていること自体罪だ>というものですよね。
    しかもなんか、堕天使みたいな設定。どういう話なのか調べてみますね。


    >そう言えば、なんか妙な事言いましたっけ?

    世の中、普遍的なものなんてないとか、宗教哲学は役に立たないとか言ってましたね。

    そのことについてずっと考えていました。自分はどのように生きたらいいのかとか。
    いろいろ勉強になりました。

    気に障るようなことは、おっしゃってませんよ。
    考えるきっかけができました。ありがとうございました。

  • >>No. 13322

    >実際はこの世の全てのものが該当しませんか?

    う~ん なにもかも一緒くたにしてしまうんですか。該当するものごともあると思いますよ、しかし、人間社会における、例えば前出の、会計士が言っている契約(たとえば金融商品とか)については、当てはまらないのではないですか。

    >動物には説明しても理解出来ないからやっていいって事は、
    つまり、理解出来ないもの・下等なものは利用してもいい、って話になりませんか?

    悲しいですけど、動物は理解できないから傷みや恐怖などは感じないのでは。
    人間みたく理不尽だとか感じないのでは。
    人間はいろいろ理解できるから、リスクを説明したっていいじゃないかと思うのですよ。

    ペットや家畜の品種改良とか、完全に人間のエゴだと思います。
    重低音さんのおっしゃる事は一理ありますね。人間の、いや生物の悲しい部分だと感じます。
    人間に限らず、動物は動物を残酷に殺して食べますからね。

    >キュウべえは少なくとも、人間を家畜扱いにはしてないからまだ良心的じゃない?って言ってます。

    キュウべえは、人間を家畜として見ていたのではないのですか。キュウべえは良心的かどうか、私はわからなくなってしまいました。人間からしたら、良心的じゃないけど、宇宙全体のあり方から見れば、良心的なのでしょうか。

    >しかし、それを実践するのは文明否定でもあります。
    でも、既に人類は文明を築いてる、それが意味してる事は分りますよね。

    ジャイナ教徒のような生き方は文明否定なのですか?例えば、家畜に頼って生きているマサイ族のをみると、文明的な生き方ではないような気がします。ジャイナ教徒のほうが、文明的な生き方をしている気がしますが。

    >しかし、自分が不条理に思ったところはそこではなく、チェリさん言うところのマイケルサンデルのくだりです。
    生命としては、アリのようなタイプを説得してるようだと思ったんですよ。キュウべえがそうだからかも知れませんが

    この文章は、マイケルサンデルの功利主義は、生命としては有りだと説得しているようだ という意味ですか?
    私は、マイケルサンデルの功利主義の考えには疑問だらけです。たとえば、大勢の人を救うためには、少数の人が犠牲になってもいい、それが正義だというやつがありますよね。

  • >>No. 13323

    続き
    まどかたちが犠牲になるのは、宇宙全体にメリットがあるから、いいじゃないか、まどかたちを騙してまで犠牲にして宇宙を救うのは正義なんだとキュウべえは言ってますよね。それがマイケルサンデルの功利主義に似ていると宮崎哲弥は言ってます。
    私はマイケルサンデルの白熱教室・究極の選択の内容を見て、違和感があります。実際そういう状況になったとき、いろんな条件や選択肢があるはずで、必ずしもマイケルサンデルが提唱している選択をできるかどうかわからないからです。
    まあ、マイケルサンデル自身も答えなんて無い、考えることが重要だと言っていますね。

    寄生獣のアニメは原作に忠実にできています。映画は、かなりはしょったり、変更があったりなので別物と考えたほうが良いかもしれません。大まかな話の筋は同じだと思いますが。
    アニメの副題がセイの格率と言うんです。
    格率とは、カントの言う傾向と格率なんです。動物のように本能と欲望のまま生きるのか、人間のように、欲望をコントロールして生きるのか、寄生生物は考えるんです。そして人間を食べずに、人間と同じものを食べ、人間と同化して生きる道を選びます。そのプロセスが面白いです。

  • >>No. 13324

    >宗教だと、現実的に因果律で説明つかない場合、因果の起因を生前や死後の世界に求めたりしちゃうわけで。

    生前や死後の世界がどうのと言う宗教もありますが、原始仏教は、考えてもわからないものは考えなくていいと言っていますよ。仏教でもなんでも、だんだんオカルト色が強まって、スピリチュアルみたいに死後の世界とか霊とか前世とか言うようになってしまいましたね。

    >どんな宗教も単にヒエラルキー上位を目指してるだけ。
    つまりはどんな宗教も、上に諂う欲望の人間原理に他ならない。

    ヒエラルキー上位が宗教・哲学を利用してきたんじゃないですか。大衆をコントロールするために。
    バラモン教なんてその典型じゃないでしょうかね。
    仏教はバラモン教とは相反する考えを打ち出しました。しかし、バラモン教に吸収されてヒンドゥ教になってしましました。
    儒教はヒエラルキー上位のために考え出されたもののようです。
    しかし、論語を読むと、ヒエラルキー上位の人間は四書五経の教えなんかうざいと言って儒者を皆殺しにし、焚書をしてしまいました。
    宗教がヒエラルキー上位の者にとって都合の悪いものになってしまった例もあります。


    >キリストが宇宙人でも問題ないってのはそこです。いや、寧ろその方がしっくりくる。
    宇宙人に気に入られた人だけがペットにされ可愛がられ、それ以外は家畜でも問題ない。


    重低音さん、これって陰謀論者がイルミナティーについて言っている内容そのものですよ!
    イルミナティーを否定している重低音さんが一番陰謀論者みたいなことを言っているのには驚きました。


    >他も基本一緒。知るとか判る、ってのが“どこまでの何を?”って話です。
    俺は穿ったものの視方をしちゃうので。

    そうですよね。すごく勉強になりました。私たちがわかっていることなんてすごく範囲が狭いことだけなんですね。
    宗教哲学については、人間の存在する狭い範囲だけについて論じられているんだと思います。人間目線でしか見ることができないので、永遠に答えなんて出ないんでしょうね。実際出てませんし。すべて不完全。どこか矛盾や誤謬が出てしまう。

  • >>No. 13328

    >会計士らしいとは思いますが、それこそ部分的たとえだと思いますよ。

    部分的例え・・・ですか。
    そもそも、契約って相対する二人以上の合意によって成立するものではないですか。
    重低音さんは、家畜は人間に無理やり契約させられてるって言ってますけど、双方の合意がなければ、契約とは言わないのではないですか。(家畜は既に契約させらてるんですよ。無理やり  13322より)

    よって、人間と家畜は契約関係ではないと思います。

    >リスクを説明したら、まず引き受けないからですよね?
    >でもよく考えて下さい、自分もどうなるか分らないのに、最後のまどかの願いも受け入れてる。
    約束は律儀に守っています。


    まず引き受けないだろうから黙っていたのはやっぱりいけないと思います。確信犯的ですよね。
    お互いwin-winの関係を探るのが一番いい方法じゃないですか?
    まどかたちも、契約する前にメリット・デメリットや、リスクとか、キュウべえに聞くべきですよ。
    何か契約することがあるときはそうするのが普通だと思います。でも、まどかたちは、中学生だから、そこまでの知恵はなかったと思われます。

    契約したから約束は守るのは当たり前じゃないですか。律儀ではないのでは。自分がどうなるかわからないにせよ、契約しようよと言ってきたのはキュウべえなのですしね。


    >これって、この話の根幹だと思いますが良心的かじゃなく、
    一般的に使われる“ヒューマニズム”の話じゃないんでしょうかね?

    キュウべえが自分で人間を家畜扱いしてないから良心的だって言ってるんですよね。
    まあ、おっしゃるとおりキュウべえは人間じゃないからヒューマニズムを彼に求めたって仕方ないですけど。

    キュウべえは、家畜を利用する人間と同じようなものだから、人間目線を度外視して俯瞰してみると、キュウべえは邪悪とは言えないということですね。その考え方はわかりますけど、契約とか言ってるし、家畜扱いしてないから良心的だなんて自分で言ってる(人間目線で考えることができるのでは?)から、なんか腑に落ちないんですよ。
    人間は蟻とは違うと思います。個も種も同時に何とか助かる道を探るのが人間では?キュウべえは個よりも種を優先する蟻のような生き物なんでしょうかね。蟻を説得しているようだというのは理解できました。

  • >>No. 13329

    >じゃあ、アリは良心的な生き物じゃないのか?と言えば、
    そう云う物差しで測る類のものとは違うでしょ。
    >要するに、邪悪に見える=ヒューマニズムに欠ける、って事のように思うわけです。
    しかし、邪悪に見える=邪悪、とは違います。

    ヒューマニズム=人道でしょうか。そうだとすると、重低音さんのおっしゃる通り、蟻やキュウべえは人間ではないので、それらに人間の道を求めても仕方ないし、無意味だと思います。人道なんて、ただ人間にとって都合の良いものだけであって、それ以上のものではないですからね。善悪なんて人間と人間の関係の間だけのことであって普遍じゃいし。
    立場が違うし、その種の性 さが や本能が違いますしね。ごっちゃにするから、邪悪とか、マイケルサンデルの功利主義とかになっちゃうんですね。良く理解できました。キュウべえは、人間の言葉を話すし、人間のことを結構わかっているので、つい人間として見てしまうし、人間と接しているんだと錯覚してしまいます。

    >寄生獣はヒューマニズムに目覚めていく話・・・・

    まあ、そういう部分もあるかと思います。
    そういう寄生生物(田村玲子とミギー)もいれば、五頭のように、最後まで寄生獣でいようとする者もいます。
    でも寄生獣は本能むき出しでは人間社会で生きていけなくなってしまうので、仕方なく、人間に同化した感じはあります。
    イヴの時間を観ました。なんだか、人間がロボットに精神的に依存してしまう感じですね。人間のほうが精神的に弱くて、ロボットのほうがタフっていうか。ロボットは人間の奴隷とか召使でひどい扱いをする人もいるんだけどけなげに人間を思いやり、尽くす。これ、人間同士だとあんなふうにはならないかと思う。美しい物語になってるけど、リアリティーがないなぁ。おなはしだから、あれでいいとは思うけど。ファンタジーですね。

    灰羽同盟も見てみました。あれは、キリスト教の原罪の話という感じですね。そして、自分の救いに絶望してひねくれるのが一番のいけない罪ということでしょうね。あれも美しい話に仕上がっていて面白かったです。

    魔法少女まどかの続編は、見てなくて、ウィキで物語のあらすじを読んだんですけど、キュウべえも制御不可能な状態になり、最後は崖の下でキュウべえは死にそうになってるんですか?

  • >>No. 13329

    >違います。陰謀とは考えていません。
    考えられる可能性を示唆してるだけです。

    重低音さんが陰謀論のつもりじゃなくても、話の内容が陰謀論にそっくりなんですよ。
    陰謀論のほうが、歴史や科学のパクリだとうけどね。
    スターゲイトの映画にしたって、陰謀論が下敷きになってるんじゃないかなと。
    陰謀論が下敷きになってる映画ってたくさんあるんですよ。
    アイズワイドシャットとか、ハイド&シークとか。その他いろいろ。

    漫画も同じ。モンスターとかちらちらイルミナティーの洗脳とかシンボルとか出て来るし。

  • >>No. 13336

    >絶対なる普遍性がないってのは、絶対の真理がないとも言い換えられるわけで、
    仮に普遍性があるように感じても、それは応用範囲が限られてるって事です。
    ニュートン力学が普遍性をもつのも、限られた範囲だけなのと同じです。



    だからこそ、重低音さんは、哲学・宗教は答えを出すのが難しいとおっしゃいました。
    でも、ニュートン力学が限られた範囲だけ普遍性を持つように、宗教・哲学も人間と人間の間だけの限られた範囲で普遍性を持つかもしれないと思いませんか。
    例えば、マルキ・ド・サドの思想のような、道徳や人道なんて人間だけの問題なんだから、そんなの無視してかまわない、悪徳・放蕩をやりまくったって良いんだと言う人がいますが、どう思いますか。
    一理あるという人もいるんですよ。
    私は、そんな考えは傲慢だと思います。
    人間だったら、必ず誰しもが人道の恩恵を得ているはずだと思います。
    それを無視するのはあまりにも身勝手だと思います。

    物凄くお金持ちで権力があって、世の中を陰で動かす人たち(ヒエラルキーの頂点の人たち)はマルキ・ド・サドのようだと感じることがあります。
    個より種を選んでいるとも思えません。

  • >>No. 13334

    >チェリさんはキュウべえとの対比として寄生獣を挙げてるけど、元の人間が乗っ取られてるんだから、これを謙虚とか共存と言えるんでしょうか。
    寄生獣もパラサイトである以上、生殖や複製で増えるわけじゃなし、
    ラストに至っても乗っ取られる側の、個の意思の尊重って描かれてなかった気がします。



    寄生生物が人間に寄生したばかりの頃は、謙虚じゃないし、個の尊重なんてしてませんでしたけど、
    田宮良子とミギーは人間と一緒に生きていくうちに、だんだん考えが変わっていきましたよね。
    田宮良子が最後に警察官に撃たれて死んでしまったのは、もう殺したくないと思ったからじゃないですか。
    あの時、周りの人間全員を皆殺しにして、逃げて顔を変えて生きていくことだってできたはずです。
    赤ちゃんも守ってたし。
    あの行動は個を尊重したんだと思います。(これは私の解釈なので実際は違うかもしれないけど)

    そしてミギーも田宮良子も人間にはかなわないと言っていましたね。人間は素晴らしいところがあるとか、お互いを思いやってうらやましいとかも。

    キュウべえはそうじゃない。人間の行動が理解できないで終わってたような。
    そこらへんが寄生生物のほうが謙虚かなと思ったんですよ。
    寄生生物は人間の体を乗っ取ったときは、共存するつもりはなかったかもしれませんけど、最終回あたりの頃は共存していこうと思ったんじゃないかなと感じました。
    人間を襲わなくなって人間と同化して生きていくことにしたんですから。

  • >倫理の普遍化を指すような所謂“自然法”的な事を指してるんでしょうかね?
    それならまあ、社会秩序の概念としてはアリでしょうね。


    自分は何であるか、自分と他者の関係は何であるか。
    哲学・宗教が真理を見つけるものだという考えはもう古いというか、不可能ですよね。
    絶対的な真理はないということが哲学でわかったしまったし。
    しかし、多くの人が納得できるような考え方はある。でしょ?
    それを追求することだってできるでしょう。

    各人が、自分の生について、また自分と世界の関わりについて、自分なりの納得に到達するために思考する。それが同時に他の人と共有できる、ということだってできますよね。


    宗教やイデオロギーは、誰かが提示した見解を押し付けられたり、自分から無条件に鵜呑みにするみたいなところがありますよね。
    そうなっちゃうと、歪みが生じたり、争いがおきたりするんじゃなかと思います。

    >他人のものを盗んではならないってのは、共同利益の考え方で、元々は自分が盗まれる事を防ぐ方策、つまり保険。巡り巡って自分への保険。全てそうなってますから。

    保険という部分もありますけど、それだけじゃないでしょう。
    もし自分のものが盗まれたら嫌な気持ちがするでしょう。他人に嫌な気持ちをさせたくないという思いやりもあるんじゃないの?人によるけどね。サイコパスみたいな人はそんなこと考えないだろうけど。

    >それに、世の中を陰で動かす人たちが居たとして、やる理由が見つかりません。

    なぜ自分の正体を隠しているのかというと、表に出ちゃうと大衆に攻撃されちゃうからでしょうね。
    下手したら殺されちゃうから。誰が権力者なのか大衆がわからないほうが、大衆をコントロールしやすいし。

  • >>No. 13340


    >どう考えても結局襲うしかない。これって契約以前の問題ですよ。

    もう、襲えないでしょ。すでに警察や自衛隊は寄生生物の存在を把握しているし、襲ったらまた人間に逆襲されてしまいますからね。
    人間とともに寿命を迎えるんじゃないでしょうか。
    寄生生物にとって不本意でも。

    寄生生物は最初は尊重も共存もするつもりはなかったであろうけど、だんだん考えが変化したと思う。

    人間原理でばかり考えていた主人公は寄生生物の出現で人間原理ばかりで考えていたと気が付けど、
    人間原理そのものを否定はしてないと思う。

    人間はキュウべえのおかげで文明的な生活ができたかもしれませんが、キュウべえは、人間の犠牲なしでは生きられないんでしょう?
    人間は家畜がいなくても生きられますよね。いたほうが豊かな生活ができますけど。
    キュウべえは人間の存在による恩恵を受けているんだから、ある程度人間に譲歩する部分があっても良いのではないでしょうか。持ちつ持たれつなんじゃないの。

  • >>No. 13340

    >チェリさんのように、共存や人間性重視の受け取り方をする人にとっては、このプロットと設定は矛盾の穴だらけになりますよ。



    寄生獣の副題は「セイの格率」でしたね。
    カントの言う、傾向と格率の格率です。

    カントは客観=真理を知ることは、人間は不可能だといっています。
    人間はただ世界のありようのある一面を認識できるに過ぎないと。

    寄生獣のテーマ・メッセージは人間原理は絶対じゃない、真理なんかじゃない、真理なんかないよということですよね。

    しかしカントはニヒリズムに陥らなかった。
    人間は絶対真理を知ることはできないけど、良く考えて行動すれば、何が善であるかわかると、
    道徳による形而上学を打ち出しました。
    しかし、それは問題があります。人間の各人の考えとは別に絶対善が存在するとなると、誰が一番善に近いかなどと、権力闘争みたいなことが起きてしましますよね。


    寄生獣では広川が俺こそが善だと叫んでいましたね。


    ここまでは18世紀までの人間の精神のありようです。

    哲学の流れを見るとヘーゲルがそれを継承して、精神現象学を打ち出しました。
    人間は認識が深まり自分と社会とのつながりが見えてくることで、善に向かう必要を感じるようになる、と考えたのです。

    自分と他者、自分と社会のつながりの認識が深まることによって人間は成長すると。
    人間だけでなく、社会も成長し、変化すると。

    寄生生物は成長したんじゃないですか。人間社会とかかわることによって善に向かおうとしたのではないでしょうか。
    少なくとも、田宮良子はそのような感じだなと私は受け取りました。

  • >そうではなく、陰で動かす人の利益の源泉が分らないって意味です。
    金なら充分あるし、支配欲も満たしてるのなら、やる意味が分らないって事です。
    なら後の欲望ってそれを持続させる寿命への欲望しか見当たらないから。


    すでにお金も権力もあるのに、
    もっと、権力を持ちたい、もっとお金も持ちたい、そして全世界の人間を管理したいと思っているんですよ。
    そして、それをずっと持続したいとも思っているんです。


    >人によるってとこで、もう躓いてますよ。
     そして、サイコパスってとこで、もう排除する人を選んでますよ。
    >考え方の押しつけが普遍性にはなり得ないのに、押し付けなければ普遍性は形成できない。矛盾です。


    例えば、科学だって、特異点は考慮に入れませんよね。
    でも、多くの人が納得できる共通認識があります。それと同じで、各人の実感に基づいた良いもの、ほんとう、ってありますよね。
    押し付けなければ普遍性は形成できない問題を解決に向かって一生懸命考えた人がいます。
    ヘーゲルの精神現象学、法の哲学を読んでみてください。

    竹田青嗣・西研 著 の完全読解ヘーゲルという本がわかりやすいかと思います。




    >政治も宗教もそのカテ見ても判る通り、掘り下げるほど好戦的になる。

    それは精神のありようが18世紀のまま進んでないからだと思います。
    精神が近代化されてない。

  • >>No. 13346

    >チェリさんは善ってものを、既に定義してるようですが自分的には考えれば考えるほど、解らないものです。
    既に放棄したも同然の概念です。


    絶対真理なんてないけど、人間の価値観は捨ててないですよ。
    それは哲学者だってそうです。

    魔法少女まどかだって、つらく苦しい状況でも、菩薩になったから視聴者の心を感動させたのではないですか。
    ニーチェだって不幸な人生なのに、前向きに生きようともがいたから、人々の心をとらえているのではないですか。

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