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No.92
Re: 家族妄想
2012/11/26 10:22
>>No. 84
>家族の根本は「性」ですよね
男と女
ゲイ同士でも「性」が根本
そうそう! このあいだ亡くなられた吉本隆明さんは男と女、ゲイ同士だけでなく人同士の一対一の関係ならばすべて「性」的な関係なんだなんていっておられました。
僕はさらにそれを拡張して(笑)一対一の関係は(性的な関係)ハトさんや風景、モノ、言葉なんかにもあてはまるんじゃないかななんて思います
>極論が好きで困ってしまいますが、
この性は死生観と一致していて、
うん そうそう!
生きているということを積極的(性的に)に受け入れようというのとハトさんや鉱物の世界に戻りたい(死)
>まさにその解消へ現代科学は向かっていると感じます
うん そうそう! そう思います。
>死を克服するべく不老不死をめざしてませんか?
それって男女の性差の解消、無性状態(への回帰?)
とリンクしている気がします
そうそう!すごーくそう!
>...なので「家族」も崩壊?解散?解体へ向かうのかも
うん そう思います。
それでその先なんだけど 僕はその先にわりと希望というか楽観的に思える。
「家族」が崩壊?解散?解体へ向かうのは自然のなりゆきでそれはむしろいいことなんじゃないかな?なんて
「家族」の崩壊?解散?解体の行きつく先は個の崩壊?解散?解体へ行きつく たぶん?
しかしそれは個がなくなるということではなくて他の個との融合? もしかして
それは物質と非物質の自由で生き生きとした(自然な関係)関係から生まれた世界の中に住むことなのかも知れない
>すでに「関係」以外の生存部分、衣食住の
生活じたいは家族の役割にとって代わる
システムがじゅうぶん機能しているし、
そうそう!
>煩わしい?ロマンスストーリーがない分、
「個」の合理的選択でクローンで子孫繁栄なんて
発想が出てきてもおかしくない、かな?
煩わしい?だけではなくてさ(笑) なかなかすてきなところもあるんだと思う 全体として
たしかに人類は多すぎる ハトさんたちと比べても
ひとりしか生まなければ100ねんしたら人口は半分以下になる ハトさんたちはずいぶん助かる
>あー、なんかドライ過ぎるじぶんがいる^^;
あと もうすこししたら死ぬんだからさ いくらでもドライになれる(笑)
それまでは煩わしくてもロマンスストーリーもまじえて、楽しくやりませんか?
煩わしさというのは解消していく方向にあると思う。
若い人たちのなかには結婚をしなくて子供も生まないひとたちがいる
それでもなかなか素敵なロマンスストーリーをつくっているようにも僕には思える
昨日巣穴に帰ってきました。
南インドの風景や人たちの余韻がまだ残っています。
ですがやっぱり巣穴はいい!落ち着く -
No.93
Re: お金と愛情
2012/11/26 16:27
>>No. 86
>>人たちの工夫を加えてネットなんて不思議なモノやサービスの世界をつくりだしました。
>工夫とは、利子とか投資とかファンドですかね....
お金がモノの「代わり」であるうちはきっと単純にありがたいものだったけど、
金が時間で金を生むとか、数字そのものへの呪物的幻想が
事態をややこしくした原因でしょうか
モノというのは自然物という物質に人たちが工夫という非物質を作用させてつくりだした物質と非物質のつくりだした幻想です。
本物みたいに見えますが本物なんかではありません(笑)
たくさんのモノが日々つくりだされていますが、人たちを愉快にしてくれるモノとそうでないものがあります。
愉快にしてくれるモノというのは人たちの潜在意識の同意を得ているんだと思います。
そういったモノが必要としている人たちのところに運んでいってくれるのがお金です。
国家というものに役に立つことがあるとすれば、必要とされている人たちに必要なぶんだけのお金が流れる自然を邪魔しないことかな?
ケータイというのは世界のあらゆるところに出回っています 太古の森の原始的少女のところにも
それはケータイというモノが少女の潜在意識の同意を得て、お金のもつ自然な流れが少女のところにいきつかせたものだと思います。
>いつも感じるのは、なぜにこれほどに人口が多いのか?です(笑)
「増える」ことの不思議です
人間だけが異常に多すぎます。
地球に住める人間の数は100億人ぐらいなんて話を聞いたことがあります。
だけど僕はお江戸の時代の頃の世界の人口10億人ぐらいがちょうどいいんじゃないかな? ハトさん的見地からみても
>多いことが自然に善いこととされている意味は?
多いことが自然に善いこととされている意味は?
なぜ、行き渡ることが善いのか....
だからきっと、自然増殖は規制される方向へいくのかな?
生と性のコントロール
僕は人類は増えないほうがいい と思う
>って、非生産的見解ですね(笑)
いや つくらない方がいいモノがつくられすぎてる。
今は非生産的であるということはとても生産的なことだと思う 潜在意識的見地からみても非物質的見地からみても
>>ぶんちょさんはお金に困るほうですか?(笑)
>ふふふ(^^)
そう聞く感じ、わかる気もします
きっと「困る」ほうがお金より核心ですよね
>だって、意識が困るほうにあれば困るし、
なければ困らない...というお話ですよね、ちがうかな?
ああ そうか そうだよね お金そのものに「困る」わけではないよね。
心や身体に満たされないものがあって、それをもしかしたらお金と交換することによって満たされるかもしれない。
そのときお金がないと「困る」んだよね。
>わたしもごく最近ですが、少〜しだけ、コツをつかんでるように
感じてますが、めごちさんの方法とはちがうかもしれません
人間というのはしょうもないことばっかりやってるなぁ なんて思っていたんだけれど 最近はそうばかりでもないかなんて思う。
人類のつくりだしたモノにはじつに素敵なモノがたくさんある。
たとえば我が家の中華なべ(笑)よくつかいこんで、油がしみこんで美しく黒光りしている かたちもいい すっかり身体になじんでいる
潜在意識と顕在意識の共同作品、あるいは非物質が物質にうまく作用してつくられた傑作
コツというのは自分の中の「困る」の正体みつけだすことじゃないかな?
そうすればお金のもつ自然の流れがわかると思う。
ほんとに必要とされるお金は一般的にかんがえられているよりははるかに少ないと思う
>困る人は潜在意識で困りたい人ってことでしょうか?
そういえば、お金って、深層心理では「愛情」の象徴らしいですよ
「ない、ない」っていつも困ってる人は慢性的な
愛情欠乏気味ということでしょうか...
愛情が欠乏している恋人どうしはお金がたくさん必要かも知れないですね(笑) -
No.94
Re: 自然
2012/11/26 19:40
>>No. 87
>人の欲望だけは、なんとも不自然なのですよ
んー、しぜんかな?それも
摂理のうち?
そう 不自然ですね
欠乏は欲望に先立つ(笑)
人間もハトさんのようにお母さんの胎内にいるときはそれはそれは満ち足りていたんだと思います。
おぎゃー!なんてことになるとさあたいへん!
おなかすいた あつい さむい ねむい きもちわるい なんて欠乏のおんぱれーど
欠乏が欲望の方向を規定します。
>「素敵」というのも人工的に「つくりだす」不自然な現象だし、
そうか、...やはり物質の非物質的表現ですね
そうそう!
>脳科学分野で動物脳と呼ぶような原始的な部分を
制御することができれば、物理的快感をもとめる心を
優先する生き方につながる、なんて読みましたが、
よっ よけいなことを!神様にまかしておきなはれ!
>アニマルも好きだしね(笑)
そうそう!
>むかし、「お金に困り果てて」さすらいの旅で
わっ! いいね!
>山をさまよっていてわき水を見つけて、またまた、
衝撃を受けたことがあります(よく驚く)
「山の水ってタダなんだ〜!!」って(笑)
ハトさんは山の水も食べ物も生活物質もみーんなタダなんだよね。
むかしむかしは人の暮らしもそうだった。
>当時は都会暮らしでそうとう病んでた気もしますが、
最近、ニュースで某地方の山の水を有料にする提案...なんて
やってて、ひそかに苦笑いでした
そのうち山の空気も有料になります
「立山雷鳥印 高原空気 圧縮しても味は変わりません 6本詰めセットでお得な2980円」
>お金のはなしは、はなかかスッキリしないなぁ〜
お金にも良い面と悪い面がある
良い面を見ようとすればお友達になれる -
No.95
Re: 欲する欠乏
2012/11/27 08:07
>>No. 90
>「こころ」という言葉は、言葉を持たないものにはないのかも
言葉がなければ「こころ」も ない ない もない
潜在意識は言葉をもたない と 思う だけど ある んだよね
ハトさんは言葉をもたない たぶん だから ある のかもしれない わからない
>癒すって慰めるというより、元にもどすとか、
そうそう! 元にもどすんだよね あるべき場所にもどす
>>相変わらず僕というのは残るような気もする。
その残ったものを魂なんていうのかしらん?よくわからない
>そこにいきつくしかないのでしょうね
そんな気がしてますが、要は「わからなさ」が生きる糧...
というのはなんとなく損な予感もしています(笑)
人によってはわからないで終わらないで、わかる までいく人もいるんだと思う。説明というより体験なんだろうと思う。
>>生き生きと生きていくためにはそれだけでは足りない
>男性はとくにそうかもしれません...というのが定説?
その定説はなんどか聞いたことがあります。奥さんからも聞いた
だけど ほんとかなぁ?
>「足りない」
生まれた瞬間に、あるいは自意識が生じたときに、
人は欠乏感を「得る」のかもしれません
>ない、が、ある、と知る瞬間
そうそう!
>これが自我をつくるあらゆる「所属」を排除した
「じぶん」ができる、みとめられる条件、かもしれません
うん -
No.100
Re: 巣穴へご帰還^^
2012/12/01 08:37
>>No. 97
ありがとう!おいしいごはんを食べてお酒を飲んでぐっすり眠ったのですっかり元気です。
>>一対一の関係は(性的な関係)ハトさんや風景、モノ、言葉なんかにも
あてはまるんじゃないかななんて思います
>なるほど、です。
>こうなると個体同士に限らず「関係」と呼べるものごとは
すべて「性的」といえるのか
はい 一対一であれば「関係」と呼べるものはなんであれ「性的」なんだと思います。
「関係」であっても社会(三人以上あつまると社会ができる)の関係は「性的」なものを抜くことによってできている(システム)
フロイトさんもそんなことを言っていたと思います。「社会は(エロスの)抑圧のシステムだ」
>陰陽かな?
うん これもいい!「陰きわまれば陽 陽きわまれば陰」
量子力的世界みたいだ!
>あれとこれ、それとこれとか汝と我とか
「対象」ができて
お互いを指し示そうとする、認識することで「分ける」んですね
言葉のナイフで、それ以外から切り取る
はい それ以外の処遇をきちんとしないとあとで手ひどい目にあいます。
両方あってうまい具合になるんだと思います。
>あ、言葉って性そのものなのかな?
ふたつあって
ひとつは裁判所の言葉、区役所の言葉、システムの言葉 顕在意識の言葉
もうひとつは家族の言葉、恋人たちの言葉、詩の言葉 潜在意識につつかれて出来た言葉
「性的」なのはあとの方かな でもそうでもないかな?もともとは一緒だったんだから
>言葉が人と神を分離するって、どこかで聞いたけど、
たしかにそれで路頭にまようのかもしれない...
楽園追放か?
路頭にまよってもそれが楽園に帰るまでの過程だと思えば
>....なんだか独り連想ゲームしてしまいました(笑)
連想ゲームはすきです。うまくどこかに着地できた時はいい気分!
>ん?両方の願望があるということですか?
エロスとタナトス、でしたっけ?
タナトスを死ということばをつかわないでお母さんの胎内に戻るなんて言い方をすれば受け入れやすい気がします。
僕が年をとってもうすぐお迎えがくるからそんなふうに考えるのかもしれませんが、、、。
>>「家族」の崩壊?解散?解体の行きつく先は個の崩壊?解散?解体へ行きつく たぶん?
しかしそれは個がなくなるということではなくて他の個との融合? もしかして
>あーなるほど
>どんどん「個」が深まっていくかんじでしょうか
すごーく量子的世界と似ている気がして
物質であって非物質 ふたつのものの融合 個と世界との融合
個を世界から切り離すことに熱中しているうちにいつのまにか元にも度ってしまった
でもそれはそういった過程を経ているからまるっきり元というわけでもない -
No.101
Re: 口に木が生える
2012/12/01 11:28
>>No. 98
>まだまだ騙され続けています
そうだよね ほんとのところはわからない。
目の前に現れる世界は自分がつくったものだ それは出来事は僕というフィルターを通ってのみやってくるから
だけどフィルターはもうひとつある たぶん?
それは言葉というフィルター 言葉をとおしてはじめて(ぼくらは)世界をこのようなリンカクを持って認識できる
言葉は僕がつくったのではなくみーんながつくったもの ぼくはそれを学ぶことによってはじめて世界をこのように見ることができる。
僕の見ている世界と誰かの見ているせかいは共通したものなんだろう? たぶん?
なんてめんどうなことを考えるのは時々にして嘘でも本物でもなんでも楽しくて落ち着くのがいい!
>何か現代は「困る」ことの焦点がお「金」に向かう様につくられているんですね
昔は神とか信仰に、とか、そんな気がする
うん そうそう! みーんなが お金に夢中になってる。お金を手に入れるために神様や信仰を捨てる 変だよね
お金は必要だし、不思議で素敵な魔法のようにも思える。うまいつきあいかたがあるんです。
>>人類のつくりだしたモノにはじつに素敵なモノがたくさんある。
>そう言えるのは素敵なことです^^
人たちが潜在意識と相談してつくったモノは素敵です。
>「道具美」ってありますね
職人さんの使い込んだ包丁とか、うっとりします
そうそう!
日曜日になると奥さんとフリーマーケットに散歩がてらでかけます。
我が家で使っているものはたいていそこで間に合わせます。がらくたの山の中に素敵なモノが隠れています。 -
No.102
Re: 産声
2012/12/01 12:51
>>No. 99
>赤ちゃんが産まれる時の泣き声は
「ない〜〜〜!!!」という雄叫びだという説があるようです赤ちゃんが産まれる時の泣き声は
「ない〜〜〜!!!」という雄叫びだという説があるようです
そういえば、言葉って「意味」であるより先に「音」でした
ひとが人になるとき、どうしても言葉が必要で、
その原形が「おぎゃー」という欠乏、不足を得たという主張、
「ない」という未開言語の言語経験?でしょうか...
「ない〜〜〜!!!」 か なるほど!
>やっぱり、一般論として女性は子を生むからでしょうね
すべての妊婦がそうとは限りませんが「もう自分ひとりのカラダじゃない」体験
ああ そうか! そうなんだろうね! やっぱり!
>があることからくる、めごちさんのおっしゃってた、...融合を知るから?かな
そうか からだをつかって体験として 融合を知るんだね うーん 降参だ(笑)
>ちなみに「オトコの孤独はオンナごときじゃ埋まらない」という名言?迷言もあります^^
そうか! 参った 参った! そうか! 埋まらない孤独ってのは実感あるなぁ -
No.104
Re: 人=金
2012/12/03 15:19
>>No. 103
人=金 ではないですね。
だれかを好きになったりなられたりしてみればそのことがわかります。
そうなってみれば、人が人生のなかで持つ欲望のほとんどがかなえられたことになるんじゃないかな? そんな気がします。
もちろん相手が人でなくても犬や他の動物でも風景でもモノでもかまわないんですが、、、。
息子はガールフレンドができると
いつもいっしょにいたいからと思ってか、おんなじ職場の同じ現場の仕事につきました。
ふたりとも才能があったからもっと才能を生かした仕事に就くこともできたんですが、お金のためにたくさんのエネルギーをそそぐことを嫌ったんだと思います。
才能はお金に換えないで自分たちの個人的な楽しみにとっとく なかなかいい考えだ!なんて僕は思います。
やがて結婚して奥さんが仕事を辞めると息子は試験を受けてそれまで働いていた職場の責任者になりました。給料がほぼ倍になった!でもこれ以上はいい!
7時に出勤して4時には家に帰ってきます。
3歳の息子とお嫁さんの三人の時間をとても大事にしています。
40歳までにリタイァするんだ!なんて言ってますが、僕はうん できる!なんて思っています。
息子たちだけでなくこういった人たちは少ないけれど増えてきていると思います。
>初対面とかでお互いを「値踏み」する瞬間とか
あるじゃないですか
まぁ、犬同士がお尻かぎ合うようなものでしょうか
お金で「値踏み」をするんではなくてお互いのこころで「値踏み」をすればいいのに!なんて思います。
電車の中でも街中でも、ちょっとしたしぐさや言葉からじつに素敵だ!なんて思える人がいます。
そんなときはそのままとおりすぎるのはもったいない気がします。
こちらからなんらかの合図をおくってやればたいていの場合素敵な返事が帰ってきます。
>昨今の恋愛事情でもお互いを「商品」としてより高く
売りつけるための啓発書やセミナーがさかんなようです
なんでもそうですが、高く売りつけようなんて思うとたいてい失敗します。
相手求めているもの、喜ぶものを差し出せば自然に高く売れます。 -
No.107
Re: 人=金 つづき
2012/12/05 07:51
>>No. 104
それで 息子たちの先行きはどうなるんだろう?
もしかしたらこのままずーと一緒というのはないのかもしれない。
ある時お互いがそれぞれの相手をみつけて別々なるのかも知れない。
だからといって喧嘩するわけでなくおだやかに分かれる。
そのときの相手の気持ちと自分の気持ちを大事にして助け合いながら別れる。お互いに無理をしない。
別れた後でも相手が困ったことになれば助けにかけつける。
大家族から核家族そして一対一の個人と個人 家族というかたちの自然のいきさきなのかもしれない
そしてそれはいいことなんだと思う。
家族という制度はなくなっていってもそのことによって人と人、風景や他の動物たちとのその時々の自由で自然なな関係がむすべるとしたら、、、、。 -
No.109
Re: うそでもほんとでも
2012/12/06 08:40
>>No. 105
>この「めんどう」があるから、ひとは生きられる
生きる図太さを持っている
うん そう思う
「めんどう」を引き受けるというのはタナトスではなくてエロス
そうとうな図太さをもっていないとね
でも時々ひとやすみ したくなる
で、そのひとやすみというのは顕在意識をひとやすみさせるということではないかしらん?なんて思ってね
インドの民宿のベットの上で暑さで顕在意識(笑)朦朧になって寝転んで波の音を聞いているとひとやすみしている気分になってね
>「ま、いいか」って、あるけど、
そんな「生存」維持の能力、ですね
そうそう!
>ときどき、それでひとりで先へすすんでしまって
寿命を短くしてるような現象があるようにも感じます
>というか、きっともうこの世に用のない人種なのかな?
いやいや この世とあの世をいったりきたりして楽しんでるんですよ^^ -
No.113
Re: 流れ
2012/12/08 15:39
>>No. 111
>ふと思うに、「個体」である宿命から自我がうまれ、
うん そうそう
>経済活動なども自我前提の社会ですが、
うん そうだね
>この「流れ」ってなんだろう?
どうありたいとじぶんな望んでるのか?
個と闘争はセットだという当たり前に愕然とします
>どこに向かってこの次元をはなれるんだろう?
「固体」がやってきたところ、「固体」のふるさとともいうべきところに帰っていくんじゃないかなあ?
「固体」と他の「個体」が融合したところ 死と生のいっしょになった場所
非物質と物質がいっしょにいるところ、顕在意識と潜在意識が融合しているところに向かっているんじゃないかな?
安心の場所?? だ ね きっと そんな気がする 今日このごろ
>>いやいや この世とあの世をいったりきたりして楽しんでるんですよ^^
>なるほど、みて来たかのようですね〜(笑)
僕のなかでリアルであるということがむかしと今は違ってきているんだと思う。
目の前に現れる世界のリアルは自分のこころと言葉という他界からやってきたもののふたつによってもたらされたものだ と 思う
いわばこの世とあの世の邂逅からもたらされたリアルさなんではないかな?
今はそれがわりと実感できる。
いよいよお迎えが近い はんぶん死んでる(笑)
>魂の旅人さん?
出入り禁止もありえますか?
むかしむかしのそのまたむかしの人たちは
生と死、この世とあの世を今のひとたちほどはっきりとわけていなかったんじゃないかな?
生きていることと死んでいることは同じ世界のできごとだったのかもしれない。
死というものは僕が今まで思っていたものとは違ったものなのかもしれない
生きているということは死というものがかたわらにいるからこそなんじゃないかな?なんて
そんなふうに思う今日このごろ
だれでも魂の旅人で出入り禁止なんてことはないと思う。 -
No.114
Re: 孤独癖
2012/12/08 17:08
>>No. 112
>わたしの自宅は庭がありますが、予算がなくて?
なかなか造園がすすみません
早く庭いじりに没頭できるくらいに整備したいです
>現状は、ちょっとした空き地状態^^;)
僕らにとっては巣穴は安心するために是非とも必要なものです。
巣穴を維持するために予算が必要です。
予算の限られていた僕らは高原の街のジャングルの一角900坪余りを手にいれ、自分たちで道をつくり、整地して、井戸を堀、お家をつくりました。
畑を作り、ニワトリなんかも飼いました。やってみればできるもんですね
むかしむかしのお話です。
人=お金なんかじやないですね でも少しはお金です
ほんのすこーしあればいい 人=ほんの少しお金です(笑)
いろんな思い出のあるお家でしたが昨年だったかな? 手放しました。
お金はふたりの子供たちと4等分しました。
3等分しようと言ったら奥さんが4人家族だったんだから4等分!なんて言い出して(笑)奥さんは欲張りです。
>現状は、ちょっとした空き地状態^^;)
生ゴミを庭に埋めておくといろんなものが芽をだします。
何年かすると庭は自然に森になります(笑)我が家の庭がそうです ものぐさ流造園 お金はかかりません。
>あ、ところで、気づくと投稿数が100越えしてましたね(祝!?)
そういわれればそうですね。
ぶんちょさんとお話ししてるととても楽しい!です。
こんなに話しが通じて?いいんだろうか!とびっくりしています。
怒られたりあきれられたりの場合が多いんですけどね。
>孤独って、埋めようとすると、どんどん深くなる気がします
孤独を意識するからですね
じ〜〜〜っとみてるとなんでもそうですが
はい きりのないものかもしれないですね。
孤独の真っ只中にいる時よりも真っ只中に入り込む時と抜け出す時がいちばんつらいような気がします。
>でも、気づくと(意識にのぼると)孤独を楽しんでた〜ってことはよくあります
孤独がつらいのはだれかがいるからですね きっと
ほんとに孤独になってしまえば自由自在(笑)
>しかし、むかし孤独のマイナス面を心底、感じた経験は、やはり悲惨でした
かなしくて、みじめ、です
犯罪者の心境がわかる気がしました
そうそう!
>いまでは信じられないくらいですが...
もどってこられてよかった
ほんとほんと!
>当時は潜在意識がそんな自分をみたかったんだな〜
きっと...
うん そう思います
>めごちさんは「浮き沈み」のはげしい人生だと思われますか?
それとも、比較的安定的?
僕は前半がひどい状態でした。
後半はなかなかいい!
それでも少し前まではひどい悪夢に週に3回?襲われていました。
とつぜんやってくるわけのわからない不安は相変わらずです。
奥さんはパニック、息子もパニック、息子のお嫁さんはウツです。いちばん心配していた娘はまんべんなく変です(笑)
変であることは人としてとても魅力的なのかもしれない。
みんなとても仲良くやっていてそれがうれしい
>わたしは、ほんの少しだけ、わざわざ自分で余計なことしてしまうタイプかも
わざわざ自分で余計なことをしてしまうのは僕も同じです。 -
No.117
Re: 帰郷
2012/12/12 08:13
>>No. 115
>現世で個体と個体の融合は、
物理的にはむりですね
そうですね
だけど固体でなくなれば(死ねば)もしかしたらむりでないかも知れない。
固体のまま(生きたまま)他の個体もしくは全体と融合するためには(固体として)生きたまま死を取り込むことによってそれが可能なのかもしれない。
東洋の先人たちはそのことにとても熱心だった 今でもそうなのかな
「死は生のできごとにあらず」なんて言葉があるけど
ちかごろそうでもないかな?なんて気がして
死はいつも生の身近にいていっしょにダンスをしながら世界をつくっているなんて気がして
>であればこその負荷が人生苦....
楽しみでもあるかもしれないね♪
>融合するかのような錯覚はある
その錯覚の共有はあると思います
うん 楽しい錯覚♪
>「ロマン」の根源でしょうか....
うん それに素敵なことばをつけられれば楽しいことになると思う
>しかし、個体以前の「ふるさと」への帰郷という発想は
まさに神秘主義的考えですよね
現世に深く関わろうとする、認識論
そうそう! それには直感にみちびかれた(心的な)体験というのが必要なのかもしれない
>ひとはきっとだれでもはんぶん、死んでるのかもしれません(笑)
そうそう!
>「知る」という方法で
実感できるというのは、さすが年の功?と、フォローしておきます^^)
年をとって僕のなかの生のわりあいよりも死のわりあいがおおくなってきたのかな?
悪い気分じゃない と思う
>エジプトの「死者の書」などは有名ですが、
現代人が読むと、ほとんど「ねごと」のように感じます(笑)
きっと、ものすごく言語世界が暗くて、潜在意識がまだあまり
分化されていないせいでしょうか
うん そう思う -
No.118
Re: 病の栄光
2012/12/12 09:17
>>No. 116
>めごちさんには不思議な直感をもらってます
書かれた文面を読みとる最中に、なんというか....
不思議なひらめきの連続を体験できます
これはなかなかないことです
そうそう!ぶんちょさんのことばに触発されてじぶんの口から思いがけないことばが飛び出す
そのことばの意味をさぐっているうちにいつのまにか新しい場所にたっているのに気がついて びっくり!
>ところで、ご無礼覚悟ですが、めごちさんのご家族、
なかなか神経系ファミリーともいえる傾向性なんですね
波長が似るというか、同調性ということはあるでしょうね...
ご先祖様をさかのぼっても神経系ファミリーです。
息子の結婚の披露宴?を公園でやったんですが、集まってきた人たちの大半が神経系の人たちでびっくりしました。
フツーの人たちは疎外感を感じるんじゃないかと思われるくらいに 僕には魅力的な人たちに見えました。
>わたしも以前、軽症ですがウツっぽかったことがあります
病って人生を変えますね...
ほんと
>ウツは気持ちがフリーズといいますが、たぶん潜在意識のサインを
読み取れないほどの「ブロック」を、自分でしていることに気づけないまま、
はい
>臆病ゆえ(傲慢)の愚鈍と怠惰、
そうそう!
>そこに過度なストレスで発症していることが多い気がします
はい
>しかし、どんな経験も糧とすることができれば、その後の輝きになる
そうそう! じぶんであるいはだれかや偶然の力をかりてでもなんとかそこから抜け出せれば素敵なことが待っています。
>「病」を「表現」という視点にするといろんなことがわかります^^
そうそう!すごーくそう^^ -
No.121
Re: 生と死
2012/12/15 08:28
>>No. 119
>生きたまま死を取り込むことによってそれが可能なのかもしれない。
>死人に成り果てて、生きる技ぞ、よし...
うん そんな感じ
僕は「死からの視線」というのがわからなくてそこからだと見えてくるものがあるんだそうな
>しかし、原理的にわからない現象です
死ぬのはいつもじぶんではなく、他人ですし
うん そう
じぶんの死は体験できない
>その意味でやはり死は「ない」
うん (じぶんの)死は「ない」
>死をとり込むって、つまり、自我を否定するようにもみえますよね
自我がなければエロもない
無我の境地とか我欲を捨てたら見えてくるものがあるなんてはなしを聞かされた
だけど僕にはとうてい不可能に思えておじけづいていた
死を取り込むというのは死と生を分けないで、じぶんのなかに共存というか融合させられないもんだろうか?
今まで他人の死はともかくじぶんの死というのはじぶんの「外」にあってじぶんには手がだせないものと思っていたから
もしかしたら なんだけど それができるかもしれない なんて希望がわいてきた 少しわくわく
>>東洋の先人たちはそのことにとても熱心だった 今でもそうなのかな
>ダルマさんとか、ですね
>手も足も出ないでしょう、たしかに
東洋の先人たちのめざしたものはじぶんと他の人がいっしょの世界をつくること
家族やすきな人たちとハトさんや樹木、鉱物たちと楽しく暮らすことじゃないかな?
>>年をとって僕のなかの生のわりあいよりも死のわりあいがおおくなってきたのかな?
悪い気分じゃない と思う
>興味深い感慨ですね
>わりあいか、、、
>増減の観念ってあるんですね、やっぱり
と思う
固定したものではなくてゆるやかに姿を変えながら動いているのかな? -
No.127
Re: 生の歓喜
2012/12/18 15:47
>>No. 124
>>死を取り込むというのは死と生を分けないで、じぶんのなかに
共存というか融合させられないもんだろうか?
今まで他人の死はともかくじぶんの死というのはじぶんの
「外」にあってじぶんには手がだせないものと思っていたから
>>もしかしたら なんだけど それができるかもしれない
なんて希望がわいてきた 少しわくわく
>はい、そんなことで胸躍るってひと、近くにはなかなかいませんが(笑)
はげしく共感です^^
いざその場になるとちがうんでしょうが
死というのがそれほどおおさわぎするほどのことでもないかも知れないなんて気がして
巣穴の近辺の生と死がうまい関係であれば
「今日は死ぬのにもってこいの日」なんて時がくるかもしれない
http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/ManyWinters.htm
>...でも、もしかしたら、すでにそうなってるのかな?
なんてふと、思うときもある
うん そうそう!
>だって、それは「生きてる実感」ってことじゃないかな?
って思うから
例の「自前の時間」を生きてるときです
うん そうそう!
>わたしとめごちさんの似たところは「夢見がち」
なんですよ、きっと(笑))
目の前の現実直視とか、苦手じゃないですか?
現実を直視しているとそれがいつのまにか世間で言う「夢」に見えてくるんですね(笑)
>好きな四文字熟語が「暗中模索」「無我夢中」とか
だったりしませんか?(冗談です)
あはは!
「優柔不断」
「支離滅裂」
「傍若無人」
「唯我独尊」
なんてのも好きです。
>「置かれた場所で咲きなさい」という本が売れてるらしいですが、
なかなか詩的なタイトルです
>ただ、ある種のタイプは「置かれた」ことを、
まず認めないと、素直に咲けないわけです
僕の場合最初の置かれ方がまずかったみたいで、咲ける場所は限定されます。
巣穴の近辺でないとうまく咲けない
>気づけば、ごく当たり前に与えられた条件を受け取ることは
できますが、すべて光をあてて確認しながらじゃないと、
こわくて、おっかなくて生きていられないんですね
>だから「わかる」という能力があって
>わかりながら、わかることをめいっぱい喜んで生きる
うん わかるというのは楽しい♪
>わたしはこの、「わかる」ことへのチカラ配分が傾いてしまって、
素直に喜ぶほうを怠ってる?気がして、ときどき気がめいるのです
何かがわかるとわからないことがそのぶんだけ増えて、わかればわかるほどわからなくなるなんてことになる。
わかろうとすることをやめたら そこにわかることとわからないことの関係がよくなったみたい。
ぼーっとしているとどこかからわかりたいがやってきて
またぼーっとしているとどこかからわかるがやってくる(笑)
とても便利だ!
>なにも考えずにただ与えられている感覚世界をひたすら堪能して、
愉快に生きられたら、な、と。。。
ぼーっとしていると自然に、、、(笑) -
No.128
Re: 表現
2012/12/18 21:48
>>No. 125
>むかし、体調をくずした時期に中医学?漢方ですね
そんな東洋医学的なことに少しコミット
したのですが、陰陽五行などは人を植物に倣った考え方のようです
>根とか、幹とか、枝葉を身体的部位になぞって気の流れを考える
なるほど!
僕も太極拳をおそわっているので言ってることはわかると思います。
>>むかしの人たちはココロは下腹部あたりにあるなんていってましたね
ココロの元々は植物なのかな?なんだかなっとく^^
>あーなるほど
>土いじりが精神不安によい作用を及ぼすということがあるようですが、
なっとくですね〜
土は鉱物ですからね(笑)すべてのものの母です。安心のみなもとです。死ぬとみーんな土に帰ります。
そして芽が出て ふくらんで 花が咲いて やがて心ができあがります。
>>ぶんちょさんの「表現」ということばに触発されてすこしこうふん(笑)
>>死も生もけっきょくはそれを僕がどう「表現」するかということなのかな?なんて思って
>そう、ですね
そういうことなんだと思います^^
>かってにしてればすべて「自己表現」?「事故表現」だったりして(笑)
素敵な表現をすることができれば素敵な死や生や世界ができあがります。 -
No.132
めりーくりすます ^^)
2012/12/22 08:26
>>No. 129
巣穴の近辺でもごくうちわの宴会つづき 休肝日なんていれながら
今夜は息子とお嫁さんと3歳の孫と我が家で宴会です
3歳の孫は「あしたははれる」とか「xxちゃん(孫のお友達)きのうかえってきた」とか僕の心のうちがわを察知して「もどれるよ しんぱいない」なんて超能力?を発揮します。
孫とふたりでつくる世界は不思議で安心の世界です。魂と魂のおつきあい
孫だけでなく
ゼロ歳から15歳ぐらいまでの少年少女たちと話しをするのは楽しい とてもきもちがリラックスする
僕もそのじぶんの年頃に戻ってじぶんの欠落したものをうめてもらっているような気もちになる。
あしたか15年ぐらいしたら僕もたぶん死ぬ
死んでいくところが彼らがやってきたところとおなじところだったら死ぬというのもそんなに悪くないなんて気がする。

Re: ワン☆ピース
2012/11/21 20:11
>ひとつの思考、思索として、どんどんヒトの原形に
さかのぼっていくと、なにかこう、極小限の細胞みたいな
ところにたどり着いていくんだけど、その元にあった記録、
記憶がいま、存在するすべての人に刻み込まれていて
思い出せる人とそうじゃない人がいるという気もする
どっちでもいいのですが、ある種の宿命としてそうあるだけ
ハトさんや鉱物にこころはあるのか? 記憶はあるのか?あるような気もするしないような気もするし わからない あると思えばあるしないと思えばないのかな(笑)
むかしむかしの人たちのほとんどはあるように思っていたんだろうと思う。
>思い出すスイッチを押し合う場合もあるし、
破壊したり隠し合う場合もある
そうなんだろうと思う
>ある映画で「ピザを切り分けて手に取ったものをなんと呼ぶ?」
「?」「ピザ?」という会話があった
「そう、もとがいっしょだから切り分けてもピザだ」という
暗示的な会話がおもしろかった
「人を切り分けて手に取ったものをなんと呼ぶ(笑)」なんてのはどうなんだろうね?
僕という人間から名前、職業年齢、性別、記憶などぜーんぶなくしていっても相変わらず僕というのは残るような気もする。その残ったものを魂なんていうのかしらん?よくわからない
>>奥さんにせっつかれてしぶしぶです。
いざ来てみればみればやっぱり楽しい。
>コンビというのはそういうところがメリットだし、楽しいですよね^^
不意に自分の「暗いところ」をぱっと照らしてナビしてくれるような
アシストがあるとあ〜助かるな〜なんて感じるし、こちらも照らしたくなる
...というか、相性がいいとしぜんに照らし合うんじゃないでしょうか
うん そう思う
僕はいい奥さんに恵まれたと思う。
こどもたちやお嫁さん、お婿さん、孫たちにも恵まれた
それはそれとしてそれだけではおさまりきれないものがあるんじゃないかな?
生き生きと生きていくためにはそれだけでは足りない
家族というものを解体してもっと拡張していかないといけないのかもしれない?日本の家族というシステムは壊れかかっている と思う
だからといって一家離散というのではなくて、ひとりひとりのこじんの心の中の意識を変えていけばいいことなのかもしれない。
>夫婦の縁というのも、なかなかふしぎでおもしろいもんです
うん ふしぎでおもしろい 自由でのびやかで自然であればいうことなしなんだけどね
>インドはあたたかそうじゃ〜
>寒いのが苦手なわたしはひどく、うらやましい!^^;))
すごーく あたたかいです 北極に移住したくなる