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投稿コメント一覧 (7コメント)

  •  愚かな大衆が社会を悪くするといっても、その愚かが株式・為替で金利生活者として悠々と暮らしている閑人だったら、どう受け止めるべきだろう、と思う。
     金利生活の世界って別に特別な労働能力なんか要らないし、世界経済ニュース見れば二歩先くらいは誰でも読める、それが金利生活者を支える生活観念の至りだ。
     愚かと思うか、賢明と思うか、ということが個人主義的な生活では分かれる話だけれども。個人的には、そのような賭け事で生きている大衆ほどの勝手さは「愚かの体」を為していると思う。

  •  いつでも教わる人が居る、失いかけた友人と仲直りできる、「唯一のもの」をずっと追求できる、そういう社会が唯あることの重要性は見失われるとピンチだ。
     同様に、自分から教えるべき人がいるように勉強・研究・開発したり、自分からいつでもメッセージできるように「アドレス帳」とか「連絡網」とか、電話・メール・手紙できるように絆を捨てないこと、自然科学のようにその事実でもって特別な所有の許しの要らないモノを持っていくことが重要だ。
     資本主義社会は生産手段を中心に生産関係が成立する痛々しい契約の世界だけれども、流石は民主主義社会…それだけが社会ではないことを周知できる条件という出来事が増える…と言えることが一番大事なのだろう。

  • 社会主義の弱点は、一度社会主義的施策を広めてシステムのようにすると、これまでは一向に歴史と向き合ってきた社会制度の成立のプロセスを考える必要が無くなったかのように議論を通し、その結果、システムばかりの賞讃に、例えば人権向上、平和主義、外国の戦争思想の暴露などについて実践した後に、叶ったいくつかの先進的な事例について直に向き合う必要がないかのような宣伝体系を採用してしまうことだろうと思います。
     システムがあるからには履歴があります。ネットワーク時代に社会主義が見落としてはいけないのは、悪事を働いたら、徹底的にばれるということです。これは社会主義を目指す国が貧困に喘いでいるときには、資本主義国家による最大の非難の根拠となります。

  • >>No. 53

    資本主義国が、過去の「社会主義国家」の政治的手段と同様の行動に出ようとすると、資本主義というのは少数でいる富裕な人びとの個人主義的な戦略について整合性を図って、例えば安倍政権のように金融業に賭している指導者やその族は実行しようとするでしょう。
     でも、それでは資本主義は、レーニンによると、その最高段階である帝国主義に経営的で生存主義的な道のりで移行します。ヒトラーは国家社会主義を標榜して、統制経済を敷いたのは事実で、「奢侈に対する調査力を増強した資本主義国家」というのが実際ではないでしょうか。
     真の社会主義経済には、国家が主体となる金融変動という歴史的失態が無い、ことが今の日本にとっては重要だ、と思います。国家と地域は明らかに異なります。地域で国民が税を取るという話は聞いたことがありません。法律がある限り、和解出来ないから「国家が動く」という話になるのに、無政府主義が社会主義というのは行き過ぎです。

  •  共産党がなくなれば、その絶滅のために戦った諸政党が自民党支持層にかたまり、いままで以上に自由きままに増税・社会保障削減・価値観外交を進めるだろう。
     それで良いかは別として、いまの安倍政権の図っていることでもある共産党弾圧は日本史上珍しいことではなく、勝共連合・統一教会・公明党の尋常ならざる賞讃を受けていることだろう。
     日本から共産党がなくなれば、国会は消失するも同じで、それは国会での議論の不要を確信する安倍政権の特質を叶えることと変わらない。
     あまり共産党消滅を言い過ぎると、霊感商法やファシズムに国民は賛意を表すことを強制されそうだ。今でさえ、原発再稼動に賛成する人々の拠り所は、「共産党という敵」に対する右翼政権への賞讃の意が込められたもの。
     それで良いか。

  • >>No. 65

    資本主義を推し進めるのが自民党・公明党。まず根本が間違っている。根本を間違う、方向を間違うと、どこまで行っても間違いが拡大するだけだ。全世界を見れば、資本主義党が民主主義と異なる、強制労働・ファシズムを招いたことがある政党だということがわかる。
    これらの政党は、日本から追放するしかない。

  • >>No. 56

    教育も資本主義制度としての受験制度の過剰適用、大学教育費の増大、職業との無連携、ナショナリズムの土壌という現状から見つけるべき社会主義の個人主義的模倣の段階を超えられないことは安易に教育から変える過程に困難をもたらしていると思います。
     社会主義への道のりは、なんといっても先進的な生活が、社会主義者によるものだった、ということを印象付けることが肝心です。
     人間的な徳を積むのも生活観念が比較にならないほどに自由で自覚的な幸福=正しい道があるなら実践していなければ説得力が無いように見える資本主義の強烈な他者批判を乗り越えることが必要です。教育から変えるというよりも、より多くの人間観察を教育のためになるように意味なり価値基準を見直すことで十分でしょう。

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