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投稿コメント一覧 (62コメント)

  • 初めまして私も同一年代です。所謂団塊の世代の者です。昨年5月に約30年ぶりにH.I.Sの格安ツアーで3泊4日で台北に行ってきました。むかしの台北と比べると、まさに浦島太郎の世界でした。台湾の経済発展には、ただただ驚くばかりでした。昭和40年代後半から50年代後半までは日本人の男性天国でしたが、今やそのような世界は目につかなくなり、本当の意味の観光立国になりました。各旅行社のツアー価格もピンキリで、今やL.C.C等もあり安価な料金で台湾に行けるようになりました。ツアーで行くと相変わらず現地旅行社のガイドによる観光と土産物屋への立ち寄りが頻繁で時間が制限され、自由時間があまりなく早朝から夕刻まで観光バスで連れ回されるのが玉に瑕です。再度行くときは終日自由行動が取れるようプライベートで行こうと考えております。今や台湾は、日本人女性の旅行者が多いようです、北は北海道から南は九州まで日本全国から毎日団体客が訪れています。60代や20代の女性が多いようです。
    貴殿もあと一度とは云わずに元気でいる間は、時間が許せば何回も行きましょう。私も今年2月か3月に再度行こうと考えている次第です。只、航空券は格安の往復チケットがあるのですが、現地ホテルの格安宿泊料金は2人相部屋が基本らしく夫婦や友人同士でないとちょっと、、、、、ですね。

  • >>No. 20

    昨年5月に訪台してからまもなく1年になろうとしております。直ぐにでも行きたいのですが同行出来る相手がいません。女房は、昔一緒に行きましたが、現在は、愛犬のシーズーがいるため一緒に行けません。ワン公が女房のことを母親のように思っていて、何日も家を空けるとなると食事もしなくなり、リラックスして眠ることもできなくなります。
    3月か4月には是非とも訪台したいです。同行できる仲間がいれば良いのですが、最悪一人で行こうと思っている次第です。今度は、桃園AirportからMRT(地下鉄)で台北に入りたいと思っております。台北駅から歩いてすぐのところに
    天成大飯店(Cosmos.hotel)があるので其処に泊まる予定です。MRTの駅もすぐそばなので移動に便利なようです。
    毎日、PCのYOU TUBE台湾旅行シリーズを見て、おいしい食べ物の店などの情報を探っています。

  • >>No. 36

    syr様 私も以前は毎回台湾元を100元~200元を残して持ち帰りました。理由は、ブランディー等を日本のDUTY FREEショップで買い、台湾の空港でBONDする時、台湾元で先払いの必要があった為です。空港での両替も出来ますが
    BONDする場所が離れていた為、空港内を歩くのが厭だったから。それから空港からバス等で市内に向かうとき台湾元が必要だった為。何故、日本の空港で重いブランディーを買ってわざわざ台湾まで持って行ったかと云いますと、数十年前の昔は、皆様も御存知の〈良からぬ遊び〉等でお金を使い果たした場合、帰国時にお土産など買えなくなるために
    お金が有る出国時に免税品を買っておいたのです。昨年5月に久々に訪台した時に500元程持っており、まさか台湾元のデザインが変わり使用できないことなど解らなかった為、市内でTAXIに乗って運ちゃんに使えないと云われたことにはビックリしました。お店などで提示しても使えないと云われ、仕方ないのでホテルのフロントでどうすれば良いのか聞いたところ銀行に行けばよいと云われたので、近くの銀行に行ったところ、何銀行だったか忘れましたが、其処の銀行でもダメで紙幣の発行元の台湾銀行でないと新紙幣に換えられないとのことでした。やっとの事で台湾銀行の支店を探して新紙幣に替えてもらいました。銀行員が苦笑いしていました。(>_<)

  • >>No. 31

    syo様 当方の呼び方は尚(ナオ)と呼んで下さい。女性陣は北海道方面の団塊の世代の方が多いようですよ。昨年5月訪台した時、団体行動のなかでお話した女性は、北海道の方が殆どでした。中華航空の定期便が千歳~桃園間を飛んでいるようで、昔ギャルが多かったです。

  • >>No. 37

    syo様 同感です。一週間位時間をかけて台湾東部を気ままに周遊してみたいですね。太平洋岸は、昨年行った九分(瑞芳駅からBUS or TAXI)と三十数年前松山空港から飛行機で行った花蓮のみです。先日の花蓮地震で傾斜した?大飯店に泊まった記憶が甦りました。南国らしい台南にも行きたいですね。

  • >>No. 46

    37年位の昔、会社のインセンティブによる研修と新婚旅行で、同じ年に2回ほどタイのバンコクとパタヤに行ましたが6時間以上のフライトでした。やはりエコノミー席でしたので疲れました。飛行機は4時間位が良いですね。台湾が丁度良い距離かもしれません。隣の韓国も近くて良いのですが、対日感情が良くないので2度とは行きたくありません。韓国は、主観的には、看板の文字さえ見なければ日本と変わらない町並みのように感じました。

  • >>No. 43

    syo様  台北の林森北路の今は無き忻忻デパートの向かい側辺りにあった台南担子麺が好きで、水餃子と一緒によく食べましたよ。本場の台南の有名店で是非食べたいですね。syo様は35年以前の台北は御存知でしょうか?所謂、戒厳令が敷かれていた頃の台湾。映画館に行くと、上映の前に入館者全員起立して、画面から台湾国歌の演奏と蒋介石の三民主義の文字列そして、陸・海・空軍の演習風景が流れてから着席して映画を観たのですよ。多分御存知のことと思いますが、Air Portも桃園機場ではなく松山機場でした。昔は、飛行機が空港に近づくと機窓左側眼下に、かの円山大飯店(Grand hotel)が見えて、台湾にきたぞと気分がわくわくしたものでした。現在もエアラインによっては、松山に下りる便もあるようですね。松山機場の方が市中に入るには近くて便利、且つ交通費も安く済むのですが!
    台北101が建ってる地域は、再開発された場所で、昔は古い建物や未開発地域が広がっていて観光客が近づくような場所ではなかったような記憶があります。旧市街地と比較すると正反対の超近代的な市街地となっていますね。

  • >>No. 49

    syo様 先に書いた忻忻デパートの忻忻の文字は間違っておりました。しんしんの文字は、欣欣が正しいです。
    syo様は色々な国に旅行しているのですね。私は、シンガポールには行ったことがありませんので、一度は行きたいと思っています。リゾート地のペナンが良さそうですね?タイのパタヤビーチに似ているような感じですが。写真等で見る限り、ビーチはパタヤより距離が長いようですね?

  • >>No. 49

    syo様 私が初めて台湾に行ったのは、確か昭和48年の1月だったと記憶しています。当時農協さんの団体旅行が盛んだった頃でした。私は勤務先の会社の得意先である代理店のお偉いさんが企画したツアーに同行させて頂きました。
    初めての海外で、飛行機に乗るのも初めてでしたので、何かと不安でした。今では倒産した米国ノースウエスト航空の747ジャンボ機に初めて乗りました。松山機場に着いた時、ターミナルビルに通ずるボーディングブリッジ入った途端に、台湾の独特の臭いが鼻孔に残ったことが懐かしいです。当時ビル内で香を焚いていたのでしょうかね。初めての台湾は日本に比べて大分遅れていると思いました。タクシーは、日産のブルーバードが主流で中古車なのか床に穴が開いていて走行中に路面が見えるような車両が多く、料金も現在と比べて安価でしたので、ホテルを出て何処に行くにもすぐにTAXIに乗りましたね。BUS等も乗ったことはありませんでしたが、国産のバスなのか製造技術が悪かったようで、うなり声を出しているような音をたてて走行していました。今は、TAXIもBUSも綺麗な車両になっていて日本と比べても引けをとりません。国が豊かになる事はすべて良いですね。

  • >>No. 54

    syo 様は、台湾の主要都市に行かれているのですね。私は、80回くらい訪台していますが殆どが台北で、大陸側は台中に2回程、1回目は会社のお客様と日月譚観光、2回目は、仕事の関係での滞在ですね。故に、台湾全土の状況は把握していません。台湾らしさを見るには、やはり南部や山間部に行かなければダメでしょうね?

  • >>No. 64

    syr様 貴殿の情報今後の訪台時の参考になります。高雄にも是非行ってみたいと思っております。

  • syo様 仕事ではありませんよ。今の女房と結婚する前に、台北に彼女がいたのです。所謂、国際恋愛とでも云うのでしょうかね?訪台回数が多くてもHOTELには泊まりませんでしたので、出費はAIRのみでした。彼女とは結婚も考えましたが、生活慣習が異なり、宗教も異なるため、本人が苦労すると思い結婚は諦めました。彼女も訪日してが我が家に滞在し、私の親にも会いましたが、彼女自身も結婚は無理と思ったのでしょう。その後、訪台時に結婚に関して話し会い別れることになった次第です(>_<)。その後しばらくの間は訪台しておりませんでしたが、30年ほど前に仕事で2回程訪台して、そして昨年5月に久々に訪台したのです。鄭麗陳小姐が日本で空港などヒット曲を歌っていた頃の話です。

  • >>No. 62

    私達団塊の世代は、同窓会等で集まると、必ず健康問題の話になりますね。小人数であっても、必ず誰かが身体に関した話をはじめるため、他に話題がないのと言いたくなります。皆、当たり障りのない、共通の話をしているみたいですね。同窓会などで一番厭なことは、当時、勉強の出来た連中ばかりが集まってしまうこと。厭ですね。社会に出てからは学生時代の成績の善し悪しは関係ないと思うんですがねー。そのような事象が、何処かしこにもあるようですね?

  • >>No. 72

    この世の生物は、男と女、オスとメスしかいないのですから、食欲と性欲が究極の欲望なので、当然ながら食べ物の話とか身体の話、そして、あちらの方の話になりますよね。学校時代に頭の賢かった連中は、格好つけて、そのような話から逃げますよね。本当は、話をしている連中よりも、好き者のくせに軽蔑しているような顔つきして。学校の先生になった奴など、本当に好き者ようですよ。今になって思えば、中学校時代に成績が良く、有名小説家の小説などを読んでいた奴は、そうでない奴に比べ、早熟だったと思いますよ。だいたい昔の著名な小説の内容は、男と女に関係したことが記述されたものが多いですからねー。

  • >>No. 62

    syo様は、ベトナムにも行かれているのですね?
    私の知人で、台湾の旅行社の社長から聞いた平成元年の頃の話によりますと、ホーチミンは昔の台湾のように男性天国との話を聞きましたけど、如何ですか?
    ベトナム戦争後の荒廃した都市ですから、何処の国にも戦後は存在した状況なので、当然と思いますが、現在も存在しているのでしょうか?

  • >>No. 79

    そうですね。瀬戸内晴美(寂聴)なんて作家もおりますね。下半身が自由奔放な人でないと良い作品が生まれないのかもしれないですよ。芸術家もその類のように思いますね。

  • >>No. 77

    助様の、(‪あの人、‬どうしているだろう、幸せだといいのだが、などと考えてしまいます。)正にその通りで、私も同じ心境です。台北で彼女との逢瀬の思い出が多かった為、本当に心痛いです。『台湾風日本語』

  • >>No. 83

    基本的に、男はみんな好き者ではないですか?一部には同性だけに興味を持つ奴がおるようですが。好き者でなければ、子供は作れないでしょう?男も女もそれは本能でしょうし、ただ人間のみが他の生物と違い、子孫を残す為だけではなく、快楽を求め、相手次第で即発情する生き物ですね。『云って良いこと悪いことの区別』等と云わず堂々と話して下さいよ。みんな格好をつけて話さないだけですよ。秘め事は口外しないと決め込んでいるだけです。そのような話をする人がいないと、世の中面白くないですよ。そして、話によっては、『あの方』の精神的刺激にもなりますしね?

  • >>No. 85

    syo 様は結婚後も台湾で遊んだのですか?(^o^)『品変わればと言いますが!』息子さん元気なんですね?羨ましい。
    私の知る限り、昔の台北の伴侶は、ランク的にアルバイト・キャバレー・クラブ・酒家と四通りあったと思いますが、どのランクでしたか?
    当時団体さんが斡旋されたのは、数多くあったキャバレーが主でしたね。これは、「公衆何とか」と同じで二股、三股が当たりまえでした。ホテルで一仕事のあと、お父さん病気、明日又来るとかいって帰ったり、着替えの為、家に帰り又来ますとか云って戻って来なかったり、夜遅くまであちこち連れ回わして疲れさせ、戦意を喪失させる作戦に乗せられましたね。アルバイトやキャバレーは、ユーザーの一方的な選択権がありましたが、クラブ・酒家となると先方がユーザーを選択するようで、相手に気に入って貰えないとダメでした。しかも、軍資金もかなり高く一夜限り¥五万との話を聞きました。当時でも、敵は、自家用車を所有していて、当時、日本には数少なかったマンションに住んでいましたよ。私の知人が、酒家の女を選んだので、一緒にマンションに行った事がありました、見た目は、スタイルも良く美人でしたが、あちらの方は、どうだったのでしょう!日本でも、昔の人が良く言った「女は見た目じゃないよ」かもね。

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