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投稿コメント一覧 (2160コメント)

  • >>No. 21315

    このページの上に【1月28日10時予定】と書いてあるので、私としてはこれが最後の書き込みとなるんでしょうね。あの9.11があった2001年から18年は長かったようですが、済んでしまえばアッと言う間の出来事でした。あの当時インターネットに接続して、何が何だかわけも解らず「毎日いろんな映画の話をしませんか?」というのがあったので、子供の頃に田舎の小屋で見た映画のことを書いて、何だか分らず投稿してみました。初めは一月も続かないだろうと思っていましたが、トピの先輩方に励まされたりおだてられたりして、やっている内に面白くなってきて、とうとうここまで来てしまいました。

    私は熊本県の山の中の中学校を出てすぐ、集団就職で名古屋へ出て来た口で、その後学校と名の付くところへは行かず、15の時から70過ぎるまで、一貫して下級労働者をしていましたので、教養というものがまったくありません。子供の頃は作画と作文が苦手でした。と言うのは私は生まれつきの悪筆なんですね。漢字も満足には掛けず形は整っていないし、線を引いても縦に真っ直ぐに書けず、封筒の宛名書きでも曲がってしまいます。そんな悪筆を読まれるのが恥ずかしくて、手紙や文章などは一切書きませんでした。

    NECからMS-DOSのPC-9801が発売され、大手メーカーのプログラマーをやっていた友人に奨められて、NECのPC-9801を購入しました。当時はまだエクセルやワードはなく、ジャストシステムのワープロ「一太郎」と、マイクロソフトの表計算「マルチプラン」の時代でした。悪筆の私はワープロソフトに取り憑かれ、ローマ字変換を練習しました。それから友達に手紙をやたらに書いて、書く練習をしました。

    そんないきさつがあり私は未だにワードは使わず、ワープロは一太郎と表計算は「ロータス1-2-3」を使っていましたが、ロータスがマイクロソフトに食われて撤退してからはエクセルを使っています。その数年後にマイクロソフトのWindowsが発売になり、映画の掲示板との出会いとなったわけです。あれから18年、その間にはトピの皆さんに励まされたり、ネタバレを非難されたりと、いろいろなことがありましたが、それも今日でおしまいです。

    このトピに来て下さったすべての皆さん。私のつたない文章をロムして付き合って下さった皆さん。今日まで本当にありがとうございました。余白残0。

  • >>No. 21314

    >しかし三振の後では、何にでも食らいついて行く気に成ってますから、今回見て見ようかと思います^^<
    ankさん、私は同県人と言うだけで行定勲監督贔屓ですので、皆さんが面白がられるかどうかは分かりません。私は「世界の中心で、愛をさけぶ」が公開された時、この映画をバカにしちゃいけない。と書いたような気がします。映画は昔から難病ものや余命限定ものなどで、涙を誘うものが多いようですね。吉永小百合の「愛と死を見つめて」とか松田聖子の「野菊の墓」などが代表で、今井正監督の名作「また逢う日まで」なども、これに類するもので、これらは恋愛の真っ只中でヒロインが死ぬ話でした。

    映画で女の子が死ぬと可哀想でオイオイと泣きますが、寅さんや健さんが役柄の上で死んだら、「何故あの男を死なせるんだ!」と、監督に抗議する人はいますが、恋愛中の男が死んでオイオイ泣く人はいませんね。やはり同情を誘って観客を動員するには、映画で死ぬのは女の子でなくてはなりません。「セカチュー」でヒロインを演じた長澤まさみは、まだ17歳の東宝の新人で、この女の子が白血病になる話でした。長澤まさみは頭を剃って役に挑み好演し、史上最年少で見事に新人賞と助演女優賞に輝きました。

    この「セカチュー」と「クローズド・ノート」は物語がよく似ています。行定監督はブームとなった「セカチュ-」よもう一度を狙ったのかも知れない。私は「C・ノート」の方を買いますが、この映画は初日の舞台挨拶で、主演上優の沢尻エリカが、清楚な映画のヒロインとは正反対のダーティなバカギャル姿で登場し、司会者に何か質問されても「別に」と応えただけの態度が、マスコミやファンに非難されたのが、映画にとっては大きな誤算だったようです。しかしスクリーンの彼女はなかなかの好演でした。

    この2本の映画の共通点は、ヒロインが死ぬこと、過去の愛と現在進行中の愛が平行して描かれ、過去と現在を行ったり来たりすることです。そしてその過去と現在を繋ぐ人物が「セカチュー」では、柴咲コウが演じる律子という女性です。この役を「C・ノート」では、伊勢谷友介のイラストレーター石飛リュウが演じます。そしてこの二人はそれぞれ一種のミステリーをはらんでいるのが特徴ですね。私が「C・ノート」を好きなのは、小学校の先生と児童との交流が描かれている点です。私はこの手の映画が昔から好きなのです。余白残0。

  • >>No. 21312

    今日の名古屋は快晴でしたが、日中の気温は4℃までしか上がらず寒い1日でした。こんな日は出歩かず、一日中炬燵の番をして、ぐうたらを決め込んで、寐ていた方が楽ですね。主治医は「寝たきりの時間を短くしたかったら歩きなさい」と言うけれども、寝たきりも悪くはない気がする。居ながらにして(寐ながらにして)すべてが間に合うような環境を作り出せば、この上もなく楽でしょうね。そのためにはある程度の健康を保つのがベストでしょう。

    先日見た映画がコケましたので、レンタル屋で行定勲監督の「世界の中心で、愛をさけぶ」と「クローズド、ノート」の2本借りてきました。私がレンタル店で借りるDVDは、スクリーンで見たものの復習が8割程度です。以前に見て面白かったものが間違いないからですね。しかし昔見て面白かったものが、今見るとつまらないものもあるので、なんとも言えません。私はどちらかと言えば監督中心で映画を見るタイプです。

    行定勲監督は熊本の出身なので近親感があり、初期の頃から応援しています。この掲示板が始まった2001年の「世界の中心で、愛をさけぶ」は“セカチューブーム”なる社会現象を巻き起こし、85億円の興行収入を稼いだ大ヒット作品。行定勲監督はこの作品で一躍有名になりました。このDVDをプレイヤーに掛けたところ“読み込み中”の完了がいつまで経っても上がらない。取り出して盤面をよく見ると、全体的特の輝きがなく霧がかかったように曇っている。ナルホドこれだと読み込めない。

    何度かやっていると読み込めることがあるが、再生の途中で静止画になってしまう。それでレンタル屋に行って同じタイトルのものと交換して貰ったが、やはり同じように曇っていて再生出来なかった。ブルーレイのプレイヤーだと読み込むのだが、最後まで見られるかどうか分からない。そんな状態なので後回しにして「クローズド、ノート」を先に見ました。この映画は大学生の香恵(沢尻エリカ)が、アパートへ引っ越すと前に住んでいた真野伊吹(竹内結子)が、鏡の裏に一冊のノートを忘れて残していたらしい。香恵は興味半分にこのノートを読んでしまう。

    彼女は小学校の教師で、恋人隆(伊勢谷友介)への深い思いや、学校での子供達との交流を綴った日記だった。香恵はこの日記を読み深い感銘を受け、彼女の勤め先の小学校へ日記を返しに行くのだが、彼女はすでに死んでいた。余白残0。

  • >>No. 21309

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋の日中は7℃までしか上がらなかったが、日本海側では大雪とのことで雪が降らない分だけ助かっています。大相撲初場所も佳境に差しかかかり、横綱の白鵬が連敗のついでに、貴景勝にも負けて三敗となり自力優勝がなくなりました。こう言うのが正常な状態でしょう。しかし千代の富士が30歳を超えてから20回優勝しているので、まだまだ油断はなりません。

    > 最近は何でもかんでも、人手不足が理由で値上がりしたりしてるようですが・・・<
    そうですねankさん。どんな業界でも省力化省人化が進んでいます。自動車の自動運転などが最たるものでしょうね。思えば映画館は昭和40年代までは、映写室には映写機が2機設置してあるので、映写技師が2人いました。約10分のフィルムを掛け替えて、巻き戻しをしますので、二人必要なわけです。それが早番と遅番がありますので、映画館一館で4人必要でした。安定した映像を客席に届けるには、それだけの人手が必要だった訳ですね。

    その後ノンリワインダーの映写機が出て来て、全巻をワンリールに巻き直して映写するのが主流になりましたので、映写室は二人で賄えるようになりました。しかしこれをやるとフィルムを全部繋ぐ、フィルムメイクという仕事が新たに出て来ますので、封切りの前後が忙しくなります。これをやると他の館との掛け持ちが出来なくなると言う、デメリットがあります。これで喜んだのはコダックなどのフィルムメーカーでしょう。そしていよいよデジタル映写が普及しますと、それらの問題がすべて解決されたのはいいが、イーストマン・コダックは倒産の憂き目に遭った。

    映画興行にはそんな経緯があって、昔のフィルムは可燃性だったので、危険物取り扱いの国家試験を受ける必要がありましたが、デジタル映写になると自動化されて、試写技師さえ必要なくなりました。それにチケット販売も自販機となり、シネコンはこの10年で大幅に省人化されました。どんな業界でもロボットやITで自動化されると、人間の居場所が無くなってきますね。初場所では白鵬ロボットや、玉鷲ロボットが優勝を争い、式守伊之助や木村庄之助ロボットが「この相撲一番にて、千秋楽にござりまする~」などとやると、もう人間なんて必要なくなる。もちろんテキストリームなんて要らない。でも世の中は人間が存在するのが前提なので、そうはならないね。余白残0。

  • >>No. 21307

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は晴天でしたが、朝の散歩は風が冷たくて寒かったです。日中の最高気温は7℃までしか上がらず、寒い1日でした。大相撲初場所は、一人横綱白鵬が御嶽海と玉鷲に連敗し、何とか格好がついた形になりましたが、白鵬の優勝は動かないでしょうね。

    行きつけのシネコンのマイルが6000を超えました。これで1ヶ月のフリーパスポートが取得出来ますが、どの時期が良いのか迷うところです。このフリー券というのはTOHOシネマズだけのサービス制度だと思います。ところがこのサービスは今年いっぱいで廃止になるそうです。サービスの廃止が、興行側にとってどんなメリットがあるのか分かりません。見る側としては、このサービスがあるので同じシネコンで、多くの映画を見ることのメリットがありますね。これがなかったら私も、距離的に近いシネコンへ行ってしまいます。

    シネマイレージは、1分で1マイルとして計算しますので、2時間の映画を50本見れば6000マイルになる計算です。私のように月に10本見れば、5ヶ月で6000マイルになり、1ヶ月只で見ることが出来ます。と言うことは1年の内2ヶ月は只だと言うことになります。これは映画ファンにとっては大きな魅力ですね。マイルの制度は残って、フリーパスだけが廃止になるのが解せませんね。なぜならマイルでポプコーンやドリンクなどと替えれば、商品を客に渡さなければ成りませんが、フリーパスだと客に何も商品を渡さなくて済むので、興行者側としてはその方が得だと思うんですがね。

    1ヶ月只だと言うと、2月は28日なので不利ですね。それとも1月29日から1ヶ月だと2月28日迄となり、正味31日なので得のようですね。上映予定を調べなければなりません。それはそれとして今日はポイントが貯まっていたので「映画刀剣乱舞」を見てきました。これは本能寺の変の話でした。本能寺には歴史改変を企む時間遡行軍があり、これに対して正しい歴史を守る一派があり、織田信長の生死を巡っての戦いが繰り広げられる。まあ例えればタイムマシンで時間を遡って、ヒットラーの母親が身ごもった時、一服盛って流産させれば、誰も傷つけずに歴史を買えることが出来てホロコーストもない。

    例えるとそんな話なので、さぞや面白かろうと期待したのですが見事にコケました。もはや今の時代に時代劇を作るのは無理がありますね。余白残0。

  • >>No. 21305

    私は最近映画を見るのは午前中に始まるものを見て、午後はもっぱらぐうたらを決め込むのが習慣になっています。しかし今日は同行する友人の都合で、夕方から始まる映画を見に行って、帰りが遅くなってしまいました。

    ankさん、「gift」は、パチンコ系シネコンでひっそりと公開された作品で、あまり有名な映画ではないので、レンタル屋さんにあるかどうか分かりませんね。ここで言うところのギフトとは、心臓移植の話で余命幾ばくもない孫娘に、自分の心臓をプレゼントする話です。用意周到なこの計画を実行するには、協力者がいないことには成り立たない。そこで選ばれたのが、風俗嬢の松井玲奈と言うことです。

    「母と暮せば」は、山田洋次監督作品なので2流とは言いませんが、同監督作品群の中では2流に位置すると思いますが、それも人それぞれの見方なので逆の人もいます。この映画の対称となる作品に、黒木和雄監督の「父と暮せば」があります。こちらは宮沢りえの主演ですが、私はこの方を買っていますが、これも人それぞれですね。ただこの二つの題名は送り仮名を取った「ら抜き言葉」になっていますね。洋画の日本語題名では「逢びき」や「オズの魔法使」などが送り仮名を取った「い抜き言葉」となっています。

    日本語としては「母と暮らせば」「逢いびき」が正しい使い方だと思います。これを「母と暮せば」「逢びき」とすることにどんな意味があるのか。と考える時(もちろん私1人の考えですが)これらの共通点は、「母と暮せば」も「父と暮せば」も、死んだ息子や父親が、幽霊となって登場する話です。またデヴィッド・リーンの「逢びき」は、平和な家庭の人妻が浮気をする話です。また「オズの魔法使」は、ファンタジーなので、これらの共通点は、尋常ではないと言うことでしょうね。単に題名の送り仮名を取ることで、なんか浮世離れして、それでいて羽詰まったものが感じられますね。

    今日は友人と2人で郡部の松竹系シネコンまで出掛け「バジュランギおじさんと、小さな迷子」というインド映画を見てきました。これはインド映画では歴代三位の興行収入を上げた映画とのことです。インドは今が映画の全盛期のようですね。数千人のエキストラを使ったモッブシーンは、往年のハリウッド映画を思い起こさせます。対立が続くインドとパキスタンの宗教的背景などを知っていればもっと楽しめるのでしょうが。余白残0。

  • >>No. 21302

    さてこのテキストリームも、あと1週間で終わりそうですね。だから特別にどうと言うこともないのですが、18年も関わっていますと一つの感慨があることはたしかですね。今日は朝からぐうたらをして昼からは、かつて仕事仲間の友人が来たのでDVDを1本見て過ごしました。

    ankさんは「トレイン・ミッション」はあまり乗れなかったようですね。リーアム・ニーソンという役者は、歳を取ってもアクション専門のようですね。ブルース・ウィルスのように、イメージ・チェンジが難しいのでしょうかね。まあこれらと対照的なのが「日の名残り」でしょう。この映画は展開の面白さや、ドラマチックな出来事もありませんが、A・ホプキンスの演技力で、1本の映画を持ち上げています。そのあたりに映画スターとしての、役者の凄さを感じますね。

    で、今日はレンタルで借りていた「gift」という映画をDVDで見ました。これは中部地方ではパチンコ系シネコンで出ただけなので、スクリーンで見た人は少ないと思います。この映画は遠藤憲一の金持ちの会社会長と、松井玲奈の風俗嬢の凸凹コンビが、車で東京へ行くと言うロードムービーです。遠藤は事業で成功して財を成しているが、妻には逃げられ娘とは30年間も会っていない。妻は死んだらしいが娘は東京で結婚して、15歳の孫娘がいた。その娘から手紙が来て便せんには一言「助けて」と書いてあった。

    この一言ですべての事情を飲み込んだ遠藤は、有り金を持って東京へ行く決心をする。しかし彼は足が悪く杖を付いて歩く身障者である。それで同行する相棒を探すのだが、これに引っ掛かったのが、サラ金に欺されて300万の借金で、首が回らなくなった風俗嬢の松井玲奈である。遠藤は松井に泥棒をするように仕向けて捕まえる。遠藤は「お前は免許を持っているかと聞き、お前の100時間を100万円で買おう」と持ちかける。人相の悪いおっさんなので「変態プレイなどまっぴらよ!」と逃げ腰になるが、警察に突き出すと脅されては従わざるを得ない。

    こうしてレンタカーを借り、怖い顔のおっさんと少年院上がりの薄幸の女性という、凸凹コンビのロードムービーとなる。いろいろのエピソードがあり、遠藤の東京行きの理由が明かされる。それは30年前に別れた娘の15歳の子供に、命のプレゼントをするというものだった。あり得ない話だが発想が面白い「gift」でした。余白残0。

  • >>No. 21300

    大相撲初場所は連日満員御礼の盛況で中日を過ぎましたが、どうも中身が乏しいようですね。稀勢の里は引退、横綱鶴竜をはじめ、大関栃ノ心、小結御嶽海が揃って休場。大関高安や豪栄道は優勝争いから脱落。幕尻の方で千代の国が1人一敗で頑張っていますが、1人横綱の白鵬が一人勝ちでほくそ笑んでいる構図。昔は巨人・大鵬・卵焼きと言われましたが、今は自民党・トヨタ自動車・白鵬と、一人勝ちは良い傾向とは言えませんね。

    ankさん、オマハという地名は映画でよく出てきますね。ノルマンディ上陸地点のコードネームだったらしく、3000人以上の死者を出した激戦地だったようですね。映画で見ていると上陸用舟艇で次々に乗り付けて、海岸を走る兵士がカッコ良く見えるんですが、現実は悲惨そのものだったようですね。こうした殺し合いの戦争や、先住民との戦いを娯楽として見せるアメリカ映画には、特異性があると思います。それらもアメリカ銃社会の基本となっているんでしょうね。

    ankさん、リーアム・ニーソンが出ている映画は、昨年公開された「トレイン・ミッション」という映画ですね。私は公開時に見たのですが、初めは見知らぬ女から金を貰って、ゲームを持ちかけられるので、何だか訳が解らなかったのですが、次第に訳が解ってくるとニーソンの、サラリーマンとしての生活が出て来て、面白く見ることが出来ました。列車が舞台となった映画はよくありますが、それらは豪華列車だったり超特急だったり、鉄道員であったりしますが、この映画は毎日乗っている通勤電車が舞台で、乗客もほとんど顔見知りというのも面白かったですね。

    今日は行きつけのシネコンで「午前十時の映画祭」で上映中の「日の名残り」を見てきました。この映画は2017年ににノーベル文学賞を受賞した、カズオ・イシグロが書いた原作小説の映画化で、1993年のイギリス映画。私はビデオは持っていましたが、一度も見ていませんでした。イギリスの名家に仕える老執事の話で、感情をグッと抑えたアンソニー・ホプキンスの名演技が光る傑作と言えます。ある侯爵家に仕える執事のスティーブンス(アンソニー・ホプキンス)は、屋敷で共に働く女中頭のケントン(エマ・トンプソン)と対立を繰り返しているが、二人の間には互いに思慕が芽生えてくる。

    そんな彼女に結婚話が持ち上がるがグ~ッと感情を抑制するホプキンスが素晴らしい。余白残0。

  • >>No. 21298

    皆様こんばんは。
    今朝は曇り空でいつものように6時前に起きて散歩に出かけました。堤防道路へ上がり帰り道に差しかかったところで小雨がぱらつきました。幸いなことに家に着くまでに本降りには成りませんでしたので、かろうじて濡れなくて済みましたが、その後気温は下がり寒くなり、今日の最高気温は7℃程度でした。

    ankさんは「史上最大の作戦」を見終えられましたか。この映画は昭和37年の12月に正月興行として公開されました。私は駅前のロードショー館で見ました。あの戦争に関わった国から大スターを動員しての超大作は、ザナックでなくては成し遂げられなかったでしょうね。1本の映画にあれだけ大勢のスターを動員したのは、他には類がないと思います。俳優の出演料だけでも何本もの映画が撮れますね。それぞれのスケジュールを調整するのも大変だったことでしょう。そしてもう2度とあのような映画に出会うことはないでしょうね。「史上最大の作戦」は、映画全盛期における一つの金字塔でしょうね。

    昨夜ちょっと書いた「マスカレード・ホテル」について少々。この映画が時に傑出しているわけではありませんが、こうしたグランド・ホテル形式の日本映画は珍しいですね。都内で3件の連続殺人事件が発生する。そして次の殺人は、高級ホテル「コルテシア東京」で行われることが判明する。そこで捜査本部では、インテリでキャリア組刑事の新田(木村拓哉)を、ホテルへ潜入させて捜査を開始する。髪を伸ばして無精髭の刑事にホテルマンは似合わない。これがフロント係になりすます訳だが、ベテランのホテルマン山岸(長澤まさみ)が、彼の教育係になる。

    山岸は新田の髪型から身だしなみ、言葉使いから歩き方まで、ホテルマンに相応しい姿に変貌させる。この長澤がいちいち口喧しいので、キムタクが閉口するのがこの映画の一つの見どころとなっている。この水と油の凸凹コンビが、互いに反発し合ったり助け合ったりして、事件の核心に迫っていくと言う話。このエリート刑事に対し、小日向文世が演じる地味な捜査をする、所轄署のベテラン刑事の対比が面白い。

    お客様は神様ですと言っていたのは三波春夫だが、お客の無理難題の要望に応えるのがホテルマンなのだが、私はそんな高級なホテルに泊まったことがない。ロビーの豪華なセットも映画らしい華やかさに満ちて、ゴージャスな気分が味わえる一編でした。余白残0。

  • >>No. 21296

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は久しぶりに、気温が二桁を超えて比較的暖かい1日でした。このぐらいの寒さだと年寄りには有り難いですね。しかしまだまだ1月の中旬なので、これから厳しい寒波も来ることでしょうね。

    >「シェーン」は去年久しぶりにDVDで見ましたが、あれは一種の恋愛映画ですね。<
    ankさんそうですね。一種の恋愛映画とも言えますし、ドメスティックウエスタンとも言えます。そして日本流に言えば、合羽からげて三度笠的な股旅時代劇に近いので、西部劇ファンでもない日本人にも、受け入れられたのでしょうね。この映画でシェーンはマリアンに「拳銃は農民の鋤き鍬と同じで、ただの道具に過ぎない」と言います。例えば日本の時代劇で「刀は百姓の鋤き鍬と同じだ」。というセリフは聞いたことがありませんね。

    銃が鋤き鍬と同列とは、アメリカ銃社会の基本的な発想でしょうね。銃は生産性がないので、鋤き鍬と同列であるはずがありませんね。アメリカの開拓時代には、あのような渡り鳥のようなガンマンが大勢いたのでしょうね。銀行強盗が保安官になるような時代でしたので、シェーンもウィルソンも同列の人間だったと思います。シェーンはスカーレットの農場を通ったことで、一宿一飯の恩義を感じてイカー一家との争いに加勢したんですね。これがライカーの牧場を通っていたら、スカーレットたちを追い出す側に回っていたかも知れませんね。あの映画はそんな股旅時代劇的な面白さがありましたね。

    今日は行きつけのシネコンで「マスカレード・ホテル」を見てきました。これで5893マイルとなり、あと1本見れば6000マイルを超え、一ヶ月のフリーパスを取得出来ます。しかしこれは今後一ヶ月の上映予定を調べて取得しなければ成りません。その点では今はあまり日本映画の良いものがなさそうですね。「マスカレード・ホテル」は、フジテレビの製作でホテルが舞台の犯罪捜査劇ですが、やはり元ネタは1932年の「グランド・ホテル」でしょうね。この映画が出てからハリウッドでは、グランド・ホテルドラマと言うジャンルが出来ました。

    フォードの「駅馬車」などもその類いで、一つの場所に出入りする人たちの人間模様を描いたドラマを、グランド・ホテルドラマと言うようになりました。「マスカレード・ホテル」は、日本のグランドホテルドラマと言える豪華な雰囲気で物語が展開します。余白残0。

  • >>No. 21294

    大相撲初場所は、横綱稀勢の里怒濤の8連敗の新記録で幕を開け、この連敗を誰が止めるのかが興味の的でしたが、止める力士が現れないままに、稀勢の里の引退となりこの件は終止符が打たれました。大相撲と言えば昭和天皇がお好きだったようで、よく国技館へお出でになりました。昭和天皇は力士よりも行司がお好きだったのだと思います。土俵の上では一番偉そうな格好をしているけど、決定権がない。陛下と立場がよく似ているからでしょうね。物言いなどと言うものがあって、行事の差し違いなんてことを平気で言う。それに対して行司は一言も反論しないのがオカシイんですね。「俺がリールブックだ!」と言えるような行司が出て来て欲しいものである。

    秋さん有り難うございます。掲示板も終末期に差しかかりますと、一言書いて下さる方がお出でになりますので嬉しいですね。あのスティーブンスの名作「シェーン」も、ユーチューブでアップされているのですか。あの頃の映画はもう著作権が切れているのでしょうね。あの「シェーン」で、初めの方でシェーンと殴り合いを演じるのが、フォード一家のベン・ジョンソンでした。ところが後半でこの男は、シェーンの側に寝返りを打ちますね。何故彼が寝返りを打つのか、その理由がよく分かりませんね。

    本当はこれには伏線があったと言うことを最近聞きました。ジョンソンは町の雑貨店で帽子を物色していた農民の娘が好きだったらしい。そのエピソードが撮影されたらしいのだが、編集段階でカットされてしまったらしい。それが無くては寝返りの理由が分かりませんね。今日山田洋次の「家族」を見ていたところ、笠智衆が死んでキリスト教の葬儀が行われます。このロングショットの場面が出て来た時、これは「シェーン」でジャック・パランスに、無残に撃ち殺されたエリシャ・クックJRの、葬儀の場面を連想しました。山田洋次監督が「シェーン」に影響されていることはたしかですね。

    ついでに「家族」の話ですが、この映画が公開されてから、ファンから山田監督に抗議があったらしい。それは苦労して北海道まで辿り着いてすぐ、おじいちゃんの笠智衆を死なせたことに対する抗議でした。その前に赤ん坊を東京で死なせている。たしかに人が死ぬことはドラマチックなことである。山田監督はこの抗議に心を痛め、反省したのかその後は、主要な登場人物が死ぬような映画は作らなくなりました。余白残0。

  • 皆様こんばんは。
    毎日がそうですが、今日は平成最後の1月17日で、あの阪神大震災から24年が経ってしまいました。あの日は早朝に電話があった。嫁いで尼崎に住んでいた娘からで「今もの凄い地震があって、テレビや冷蔵庫は飛んで行って、食器棚は倒れて家の中が目茶苦茶になった」と悲鳴を上げていました。まあそれでも怪我はなかったので一安心して、テレビを点けたところ神戸の被害状況が報道されていた。そして次第に長田区の映像が映し出され、まるで空襲に遭ったような惨状でした。

    あれから24年、あの年に尼崎で生まれた 孫娘が今年は24歳になります。昨年就職してドコモショップで携帯電話の販売をしています。思えばあの時に、今のように携帯電話が普及していたら、もっと多くの人が助かっただろうと思う。あの頃は携帯電話はあったのだが、無線機のような大きなもので、中小企業の社長などは持っていましたが、高くてサラリーマンの給料ではとても買えませんでした。あれから24年経って、今では小学生でも携帯電話が持てるようになるとは、あの当時には夢にも思いませんでした。

    今日は都心の単館系劇場に出掛け「未来を乗り換えた男」を見てきました。公開2週間目で客は25人ほど入っていました。この映画は歴史メロドラマと言えますが、ちょっと解り難いですね。私はホロコーストものかと思っていましたが、と言うのはホロコーストを下敷きにした現代の話でした。映画はドイツのファシズム政権がフランスを占領するという、架空の現代というか近未来の話とも言えます。占領軍から逃れ、パリからマルセイユへ逃れたドイツの青年ゲオルクは、ある偶然からメキシコへ逃げる手立てを思いつく。

    自殺した作家のヴァイデルになりすまし、船でメキシコへ亡命と言う、希望ある未来を見つけたゲオルクは、ここでマリーという女性と出会う。街をうろつく彼女のぼんやりした瞳に魅せられ、ゲオルクは興味を掻き立てられる。マリーは作家ヴァイデルの妻だったのだが、夫が死んだことをまだ知らされていない。彼女はこのマルセイユの地で、自分がかつて捨てた夫の姿を探していたのだ。彼女が出国するには夫の旅券が必要だと知ったゲオルクは、自分がヴァイデルの名前を騙っていることは明かさないまま、2人でメキシコへ脱出する手段を画策する。この映画は、腐敗した世界で数奇な運命に翻弄されるメロドラマでした。余白残0。

  • >>No. 21290

    hinさん、風前の灯のトピにお出でくださいまして有り難うございます。何と言っても18年間付き合ってきた掲示板ですから、消えると解っていながらも、必死にしがみついている未練たらたらのケンボウです。平成が終わるのと同じで寂しさは隠せませんね。

    海外ドラマと言うのは、海外のテレビドラマを指すのでしょうが、このジャンルは昔からアメリカのドラマが主流だったようですが、野党政権になってから韓国ものが増えてきたと思います。それ以外のものはあまり見かけないような気がしますね。昔は「弁護士プレストン」や「ペリー・メイスン」「ハイウェイ・パトロール」などがあり、「刑事コロンボ」や「警部マックロード」当たりまでは私もよく見ていましたが、その後の「ER」などからは見なくなりました。テレビドラマはテレビで見るように作られていますので、映画のテレビ放映とは違うと思う。

    今日も行きつけのシネコンへ行って「クリード」を見てきました。客は10人ほどしか入っていませんでした。アメリカ映画は昔から、ボクシングものには伝統があるようですね。私も「ロッキーシリーズ」は2本ぐらいしか見ていませんが、この映画はロッキー(シルベスタ・スタローン)の晩年が描かれています。かつてロッキーのライバルで、親友でもあったアポロ・クリードの息子アドニス(マイケル・ジョーダン)は、ロッキーの指導でWBCの世界王者に登りつめる。

    アドニスの父親アポロは、かつて旧ソ連のイワン・ドラゴと試合をして、リングの上で殺されたのだった。このドラゴには息子のヴィクターがいて、父親の指導で強力なパンチで相手を瞬間にマットへ沈める、強力なボクサーへ育っていた。ドラゴ親子は当然のようにチャンピオンのアドニスに挑戦を仕掛ける。ロッキーは「あんな危険な狂人とは試合をするな」と止めるのだが、アドニスはロッキーの反対を押し切って、トレーナーを変えてヴィクターと対戦するが、アドニスは上背も大きくリーチも長いヴィクターに、なすすべもなく肋骨を折ってKOされてしまう。

    しかかしこの試合はヴィクターの反則負けとなって、チャンピオンベルトは移動しない。これを不服としたドラゴ陣営は、モスクワで再戦を希望する。アドニスは再度ロッキーと組み、荒野でのトレーニングを開始する。この間にはロッキーやアドニスの家族のドラマがあり、壮絶なラストへと盛り上げます。余白残0。

  • >>No. 21287

    大相撲初場所も3日目を迎え、注目の稀勢の里は敢えなく3連敗して、かろうじて優勝戦線に踏み留まりました。と言うべきか、または引退戦線をまっしぐらなのか。しかし一度も優勝することもなく、引退した横綱も過去にはいますので、稀勢の里は立派なものだと思う。

    ankさん、レンタル店に「恐怖の報酬」はありませんでしたか。あの映画は恐怖映画の大傑作には違いありませんが、例えばリードの「第三の男」やクレマンの「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」などと比較すると、知名度は低いですね。それは何故かと言えば、やはり主題曲が有名だと言うことでしょうね。「恐怖の報酬」はラストでシュトラウスの名曲は出て来ますが、トーキーになってからの名作と言われるものには、オリジナルの主題曲がないと弱いようですね。何と言っても映画主題曲は、映画ファン以外も巻き込みますので、映画音楽の重要性が良く解りますね。

    今日は行きつけのシネコンへ出掛け「喜望峰の風に乗せて」と言う映画を見てきました。この映画は例えば「翼よ!あれが巴里の灯だ」のような、世界で初めて大西洋横断無着陸飛行を成し遂げたような、成功物語ではなくて途中で挫折した物語の映画化、というのが特異なようですね。海洋冒険ブームに沸く英国で、船舶機器を開発する小さな会社を経営するドナルド(コリン・ファース)が、世界一周無寄港のヨットレースに参加すると言う話。

    ドナルドはヨットの操縦は出来るが、遠洋航海の経験が全くないと言う素人です。そんな男がヨットレースに挑戦すると言うことが世間の注目を集める。家も会社も担保に入れて特別のヨットを建造して、家族に応援されて華々しく出港する。だがドナルドが考えたように自然は甘くなかった。過酷な自然の前にヨットは故障して、途方に暮れた彼は考えあぐねて、現在位置の嘘の報告をするのだが、これが命取りになってしまう。

    田舎の中学校時代、年に一度全校生徒によるマラソン大会がありました。ほとんど村全体を一周するレースで、私は足は極めて遅い方でした。常に最後方に付けていて機を見て近道のインチキで辻褄を合わせていました。トップを狙っていればともかく、ビリでは不正を追及する人はいない。この映画を見てそんな遠い日のことを思い出してしまいました。ドナルドは自分が悍ましいと思いながらも、インチキをやるのね。60年代なので誤魔化せたのだが。余白残0。

  • >>No. 21285

    今日は平成最後の成人の日で、今年の新成人は125万人で昨年より2万人多いそうですが、総人口の1パーセントにも満たないので、これも平均寿命が延びて、高齢化がいかに進んでいるかと言うことでしょう。これで若者の結婚離れが益々進むと、少子化は留まることを知らず、日本は高齢者地獄となってしまうでしょうね。

    写真を拝見しますと、ankさんは環境の良いところにお住みなんですね。私の地域は隣の区まで車で15分ぐらいの所に、大高山緑地があって山道を多くの人が散歩をしています。しかし私の住んでいるところは、東海道新幹線の沿線で家から数十メートルしか離れていないような、非常に環境の悪い地域です。ここに昭和41年からずっと住んでいます。何故こんな所に住み着いたかというと、勤め先が近い(歩いて10分)点と、条件が悪いので土地が安かったからですね。ここで子供3人育て老夫婦はまだ住んでいます。

    今は見たい映画が3本ばかりあるのですが、今日は家から一歩も出ず、ひたすらぐうたらをして過ごしました。明日は是非とも1本見なくてはと思っています。行きつけのシネコンは「喜望峰の風に乗せて」という映画は、1968年の単独無寄港の世界一周ヨットレースに挑み、敗れた男の家族が描かれているらしい。主人公を演じるのはイギリスのスター、コリン・ファースなので、ちょっと期待している1本です。

    シネコンのもう1本は「グリード」と言うボクシング映画。これは有名なスタローンの「ロッキー・シリーズ」の、2代目的な映画のようです。ロッキーのライバルで親友だったアポロ・グリードの息子アドニスが、ロッキーの指導で世界王者になるのだが、彼の父をリングで死に追いやった、旧ソ連のイワン・ドラゴの息子ヴィクターと対戦する話のようです。こう言う人気シリーズは主人公が年老いても、いつまでも続けられるので良いですね。

    もう1本は単館系で「未来を乗り換えた男」という映画が面白そうです。ファシズム吹き荒れるドイツから脱出した青年ゲオルクは、避難民でごった返す南仏マルセイユへ着き、メキシコ領事館へパリで自殺した作家の遺作などを届けると、彼は作家本人と勘違いされてしまう。ゲオルクはこれ幸いと作家になりすまして、メキシコへ渡ろうと画策するが、メキシコへ着くと作家の妻マリーが、夫の着くのを待っていた。と言うような話なので面白そうな気配です。余白残0。

  • >>No. 21283

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は快晴で日中12℃まで上がり、過ごしやすい1日でした。今日は町内の神社でどんど焼きが行われ、今年の無病息災を願い、そこで焼いた鏡餅のお下がりを頂きました。と、まあ、今のところ、この地域は平和を維持しています。

    >「ここは、高い塀もないし、警備兵もいないけれど、牢獄と同じだ。
      誰でも気軽に入れるけれど、出るのは、容易ではない。」<
    トランパーさん、そう言うマルコのセリフは印象的でしたね。「恐怖の報酬」の冒頭に出てくる町は、まさに人生の吹きだまりのようなところでした。こうした退廃した町で人間どもが蠢いている描写を長く見せられると、見ている方も気分的に滅入ってしまいますね。トランパーさんは3月が免許更新でしたか。あの認知症テストは、問題をネットでよく調べてかかれば難なく出来ますが、いきなりだと戸惑ってしまいますね。

    ankさんの近くには、散歩がてらに登れるような、手頃な低い山があるというのは良いですね。昔は山で育ったので、近くに山はいっぱいありましたが、都市生活では自動車で移動しないと、小高い山はありません。だいたい私の散歩道は、堤防道路へ上がるところに僅かな坂があるだけで、概ね平地だけの散歩コースです。やはり散歩道は多少の凹凸があった方がいいようですね。「長江 愛の詩」を最後までご覧になりましたか。私も見た端から忘れる方ですので、よく覚えていませんが、三峡ダム辺りの景色は、日本では見られない雄大さに圧倒されますね。

    昨日からの連休で孫娘が来ていますので、今日は孫と2人で大高のイオンシネマの、IMAXシアターで「ボヘミアン・ラプソディ」のリピートに行ってきました。このIMAXシアターは、通常料金の400円増しですから×2では痛いですね。娘と行く時は夫婦50で入りますが、孫娘となれば50歳以上離れているので、私がいかに厚顔でも夫婦50とは言いだし難いですね。あの芦屋小雁さんでさえも、3人目の奥さんは30数年しか違いませんから、50以上歳の違う夫婦は日本では聞いたことがありませんね。

    「ボヘミアン・ラプソディ」は、撮影途中で監督交代のドタバタがあったなんて、信じられないような素晴らしい出来映えですね。フレディ・マーキュリーの短い波瀾万丈の人生は、伝説のチャリティ・イベント「ライブ・エイド」のラスト20分間で完全燃焼します。余白残0。

  • >>No. 21279

    皆様こんばんは。
    今日の名古屋は今にも降り出しそうな曇り空で、雨は降りませんでしたが最高気温は7℃までしか上がりませんでした。ankさんの地域の最低気温が、こちらの最高気温ですね。寒いと車の燃費が悪くなりますが、それでもまだ雪が降らないので助かっています。今日は孫娘が来ていますので、書き込みをする時間が遅くなってしまいました。

    ankさん、私も家庭のテレビのDVDで「長江 愛の詩」を見たら、たぶん挫折してしまうでしょうね。友達に借りたDVDを何本も見ていると、スクリーンで見るのと、家でDVD見るのは違う事がよく解ります。「長江 愛の詩」と言うのは、主役は河そのものでしょうね。日本にはあんな巨大な河はありませんので、それだけでも興味がありますね。その河にはいろいろの歴史がありますし、人生があるわけですね。その河を遡ることは歴史を辿ることにもなるんでしょうね。だから何だと言えば何でもないんですが、そんなことが日本にはない体験を、映画の中で出来るんではないかと、思うわけです。

    今週のシネコンは見たい映画が何本かあります。今日は「ドラゴンタトゥーの女」の続編「蜘蛛の巣を払う女」を見てきました。背中に竜の刺青がある天才女性ハッカーリスベットが主人公の、7年ぶりの忘れた頃の続編。前回とは役者も変わって、今回のリスベットはクレア・フォイの主演で、全編追っかけのカーチェイスやアクションの、スリル満点の展開で 見る者を飽きさせません。リスベットに新たな仕事の依頼が来る。世界中の防衛システムに、アクセス出来るソフトを開発したバルデス博士が、そのソフトを米国家安全保障局から、取り戻して欲しいと言う依頼だった。

    リスベットはNASへ不正アクセスし、問題のファイルを取り戻すのだが、闇の組織スパイダースに襲撃をされる。その組織は幼い頃に生き別れになったリスベットの双子の妹カミラが率いていた。と言う話で、この映画は幼児期に別れた姉妹の葛藤劇となっています。全作の「ドラゴンタトゥーの女」はダニエル・クレイグが主演でしたが、今度の続編はリスベット1人で物語を持ち上げているので、全作よりちょっと弱い気がしますね。この手の続編はどうしても、全作より落ちるのが常識のようです。

    新作はリスベットの忌まわしい過去が描かれていて、アクション映画としてはカラッとしていないところが気になりますね。余白残0。

  • >>No. 21277

    今日の名古屋は昨日と変わって、日中の気温も昨日より5℃ほど高く、朝の散歩もそれほどの冷たさはありませんでした。冬でもこれくらいの寒さがちょうど良いですね。

    「恐怖の報酬」を私が初めて名古屋で見たのは、まだ10代の昭和35年のことでした。名古屋駅前の3番館で見て、完全にノックアウトされてしまいました。その頃はイブ・モンタンがシャンソン歌手なんて知りませんでした。このモンタンとコンビを組んでいたのがシャルル・ヴァネルでしたね。爆発で跡形もなく消えてしまう方のトラックに乗っていたのが、ペーター・ヴァン・アイクとフォリコ・ルリのコンビでした。毒を以て毒を制すと言うか、ニトロを油井火災の消火に使うとは知りませんでした。

    今日から新作が何本か出ましたので、まず手始めに日本映画「この道」を見てきました。この映画は「この道はいつかきた道 ああ そうだよ あかしやの花が咲いてる」で馴染みの、北原白秋を主人公にした映画です。童謡誕生から100周年と言うことで映画化されたらしく、とても真面目で良い映画ですが、今の子供たちの親の世代も、もはや童謡なんて歌わない。今の時代では集客能力はないでしょうね。今日初日の朝一回目で年配の客が5人しか入っていませんでした。この映画は今をときめく「ボヘミアン・・・」で、どっかへ飛ばされてしまうでしょうね。

    北原白秋は女好きでだらしない男として描かれていますが、明治から大正に掛けてはこうした文学者も多かったようですね。冒頭の場面は白秋が隣家の人妻を膝枕に、褌姿も露わにして寝そべっている。姦通罪があった時代なので、亭主にバレて逮捕されるような男である。与謝野鉄幹などに説教されると「私の好きになった女性がたまたま人妻であっただけのこと」などと言って気にもしないどころか、鉄幹の妻晶子にも手を出そうとする。

    そんな白秋は山田耕筰と出会い、山田は「君の詞に私の音楽で命を吹き込み、歌を作ろう」と持ちかけるので白秋は、「じゃあ俺の詞は死んでるって事か!私の詞は完成しているので、てめえの音楽なんぞは付けて欲しくない!」と怒りだして、2人は派手な取っ組み合いの喧嘩をする。それから関東大震災があって、がれきの中で2人は再会する。ここで山田が「赤とんぼ」をバイオリンで奏でると、白秋は感動で泣き出してしまう。それから2人は意気投合して数々の童謡を作るのだが・・・。余白残0。

  • >>No. 21275

    今日の名古屋は、今冬一番の冷え込みで氷点下2.1℃でブルブル。朝の散歩に出ましたが、毛糸の手袋をしていても、指先が凍り付くほどの冷たさでした。岐阜県の高山では氷点下20.3℃であったことを思うと、名古屋なんて暖かいのだろうが。

    トランパーさんは疾風怒濤の2本立てでしたか。東京にはこうした名画座がまだ残っているので良いですね。名古屋も昔はこうした名画座が何軒かありましたが、今や2番館と言えるところは2軒しかありません。ここは昔の名画座とは違いますね。しかしクルーゾーの2本立てで、入れ替えなしとはイマドキ驚きですね。クルーゾー版の「恐怖の報酬」は私も何度も劇場で見ましたが。何回も見るとニトロを積んだトラックが、出発するまでの状況説明が長く感じます。その点ではフリードキン版を好む人も多いようですね。

    ankさんは演説映画がお好きでしたか。日本の政治家も戦前は名演説家もいたようですが、この頃は失言政治家が幅を利かしているようで、これも時勢でしょうかね。クレイマーの「ニュールンベルグ裁判」は私も大好きな映画です。この映画が公開された昭和37年当時は、劇場用の日本語吹替版は、ディズニーのアニメーションなどは例外でしたが、劇映画の吹替版は製作されていませんでした。あの映画は法律の専門用語が出て来たりして、一般客には難しいと思われたので、配給会社が大金を投入して日本語吹替版を製作したことが、当時では話題になりました。

    当時はテレビでは吹替が主流でしたが、劇場公開版は作られていなかったんですね。私は両方とも見に行きましたが、お金を掛けているだけに日本語版も迫力がありましたね。この映画の公開当初、法学部の学生でも難しいという批評が出ていましたので、私は敬遠していたのですが、思い切って字幕版を見に行きました。当時の私はホロコーストも何も解っていなかったので、難しい部分は素通りしても、アメリカ映画だけに娯楽性が高く、西部劇を見ているような面白さがありました。

    世界的な法律学者のランカスターを、選挙に落ちた田舎判事のトレイシーが裁くという構図が面白いんですね。これにM・クリフトやR・ウィドマークが出れば西部劇そのものですね。M・シェルやJ・ガーランドやM・デイトリッヒなど、まさに法廷劇エンターテインメントの面白さでした。それでもう一度見たくてリピートは吹替版を見たのです。余白残0。

  • >>No. 21272

    皆様こんばんは。
    今年になってから雪は見られませんが、毎日寒い日が続いている名古屋です。今日も日中の外気は5℃までしか上がりませんでした。暫く新聞紙上から姿を消していたゴーンさんが、久しぶりに第1面に復帰しましたね。これも平成格差社会の象徴であり、格差社会が生み出した平成時代の副産物の一つでしょう。シネコンも今週末から何本かの新作が出ますが、今は見たいものがないので、今日も一日中家でゴロゴロして過ごしました。

    ankさんは「ウィンストン・チャーチル」をご覧になりましたか。今はDVD化されるのが昔より早くなったようですね。と言うのもロングランが少ないので、早くなったとも言えるし、DVDでの収益に頼っているとも言えそうです。要は公開日から何ヶ月後か、公開が終了してから何ヶ月後かとなると「ボヘミアン・ラプソディ」などは、まだまだ大ヒットロングラン中なので、DVD化は遅くなるでしょうね。

    「ウィンストン・チャーチル」が面白いのは、ドイツが仕掛けた戦争の混乱下では、みんな逃げ腰で首相のなり手がなかったので、国王が任命して首相になったチャーチルも、あくまで抗戦して市民を危険にさらすか、和平に持って行った方がいいのか、自信がなかったのでしょうね。で、ラストの方でチャーチルは地下鉄に乗り、市民と対話します。あんなことは現実にはなかったのでしょうが、民主主義を強調する点では、あのエピソードは的確で面白かったですね。

    友人が録画した「オン・ザ・ミルキー・ロード」というDVDを見ました。2017年製作のセルビア、イギリス、アメリカの合作映画ですが、これが何処で公開された映画かも知りませんでした。あまり見慣れないセルビアの映画なので前半、何をやっているのかさっぱり分からず、途中で止めてしまいましたが、昨夜思い直してもう一度見たところ、これは結構面白い映画でした。平成の30年間は戦争のない時代で平和そのものでした。

    しかし私の生まれた時代は、戦争が日常化していました。たまたま日本は昭和20年に戦争が終わりましたが、生まれた時から何十年も戦争が日常化していたら、それが生活の一部になってしまっているわけね。突然大国の都合で休戦協定などが結ばれたら、国民は平和の過ごし方の術を知らず、戦争よりもっと酷い状況に陥るんじゃないだろうか。この映画にはそんなテーマが隠れていると感じました。余白残0。

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