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No.3
いわゆる英語支配に関する対話2
2013/06/16 13:54
>>No. 2
いわゆる英語支配に関する対話2
A「要するに、君が言うような不公平は大事の前の小事だ。改革や改善の目的が立派なら、多少問題があっても改革を実行すべきだ。例えば、度量衡の統一にもそういう過程がある。しかし、結果として社会は進歩した」
B「度量衡をメートル法で統一する場合を考えよう。尺貫法やヤードポンド法を施行する国は度量衡を切り換えねばならない。厄介なことだ。他方、切換不要の国があるのだから、不公平なことだ。しかし、この不公平は度量衡の切換時点にだけ起きる。それ以降に不公平はない。が、英語は違う。英語の場合、非英語民族は永久に英語学習を続けねばならない。小事ではない」
A「学習負担という面だけ見れば、確かにそうだ。英語民族の優遇が続く。が、同時に、全体の意思疎通という利益を得る。日本人と英国人が英語で話す…そのために日本人だけが英語学習を負担する。しかし、両者の意思疎通が実現する。これは全体の利益だ」
B「それは受益者負担に反する。…日本人は学習を負担するから利益を得る、英国人は学習を負担しないから利益を得ない…というなら正当だ。しかし、両者とも利益を得ながら、その利益を生み出すための負担は一者だけにかかる。受益者負担にならない。それが正当なら、皆が通る道路なのに、その工事費用を一人に負担させてよいことになる」
A「全体の利益のために一部を犠牲にするなら問題だ。しかし、英語の場合、一部犠牲はない。あるのは一部民族の優遇だ」
B「そういう優遇が問題だ。努力したから優遇されるというなら正当だ。例えば、資格や免許の取得がその例だ。が、英語の場合、そのような努力はない。単にその民族に生まれたというだけで優遇される。以前の南アフリカ共和国では単に白人に生まれたというだけで優遇された」
A「南アフリカ共和国の白人優遇には正当な目的がない。他方、英語の優先には高い理想がある。全体の意思疎通という理想だ」
B「ところが、その理想は特定民族優遇の上に築かれる。そんな社会は理想ではない」
A「では、英語優先を直ちにやめろと言うのか」
B「言わない。むしろ逆だ。英語教育を充実させねばならない。英語の使い手を増やさねばならない」
A「君こそ主張が首尾一貫しない」
B「いや、一貫する。いま、英語が社会に利益を与えている。そうである限り、現状を維持すべきだ。現状をなくせば、たちまち社会に不利益が満ちる」
A「ではどうしろと言うのか」
B「現状を維持しながら、正当な状況を考え出さねばならない。そうするために現状認識を正しくする。英語(つまり特定民族の言語)優先が望ましくないという認識を広める。この認識が第一歩だ。これがなければ何も始まらない」
A「その認識とともに君は英語教育の充実を言う。それは矛盾だ」
B「一見する限り矛盾だ。しかし、改革や改善はそのように行なうものだ。例えば、外科手術を考えよう。切開手術は患者に大きな負担を与える。それは医師の共通認識だ。だから改めねばならない。とはいうものの、直ちに切開手術をやめるわけにはいかない。やめれば、助かる患者が助からないから。だから、切開手術を続ける。切開手術を行なえる医師の養成も続ける。それと平行して、負担が軽い治療法を研究する。小さい穴を開けるとか、内服薬で治すとか。これが正しい改善方法だ。英語も同じだ。切開手術に対する医師の認識と同じ認識、つまり、現状は望ましくないという認識をまず持たねばならない。今、この認識を持つ者はいない。それどころか、現状は正反対だ。英語習得は素晴らしい、という認識が充満する。これでは何も始まらない。まずは正しい認識を持て、と私は主張する。これが理想へ至る第一歩だ」
A「では、その理想について、どんな母語の者も参加できる理想の体制を示せるのか」
B「今は示せない。しかし、…現代において選挙は当然のものだが、振り返れば、それに費やす労力や費用は莫大だ。奈良時代にこのような『普通選挙構想』を示しても、一笑されておしまいだ。しかし、民主主義のためにはこれを実現せねばならない。そして実現した。『英語支配』も同じことだ。女であるという理由だけで選挙権を与えない時代があった。そのことに我々はあきれる。同じく、未来の人類は、特定民族の言語を共通語にするとは何と民族差別的なことをしていたのか、とあきれるだろう」
A「理想の言語体制を具体的に示せない以上、英語優先を推進すべきだ。今はそういう時代だ」 〔了〕 -
No.35
英語支配の事例(学術面から)
2014/04/13 13:53
トピ主から。
学術における英語支配の事例を示します。新聞からの引用です。
「歴史と伝統を誇る西ドイツの医学雑誌が近年相次いで英文の専門誌に切り替え」(朝日新聞1979年2月19日夕刊7面)。
フランスのパスツール研究所の年報について、
「仏語で研究成果を発表しても注目されず、後から出た同じような英語論文の方に評価が集まる」
(朝日1989年5月25日朝刊4面)。
環境問題や生態系に関して、
「ロシア語で記された相当数の成果があったが、言葉の壁によって眠ったまま」
「多くの研究者が読めないロシア語の文献」
(朝日2003年5月7日朝刊25面)。
炭素分子C60の発見に伴い1996年にノーベル化学賞を受けた米学者2名と英学者1名は、日本人学者が可能性を予言したことを、
「日本語の論文だったため、三人は知らなかった」
(朝日1996年10月11日夕刊13面)。
ノーベル経済学賞を受けた仏学者について、
「著書がフランス語のためフランス語圏外ではそれほど知られていない」
(朝日1988年10月19日朝刊3面)。
なお、esperplenaさん、このトピへの御意見に感謝します。御自身のトピ「エスペラント語とは」を常に読んでいます。御健闘ください。 -
No.15
松本清張氏について、こういう雑…
2015/06/27 14:51
松本清張氏について、こういう雑誌記事があります。2点です。
(1)「波」2011年1月号
○記事の題名:我ら鉄道マニアに非ず?
○川本三郎(作家)と原武史(明治学院大学教授)の対談。34ぺージから引用。
川本:エッセイではなく、鉄道が出てくる小説でいうと、松本清張の鉄道ものが好きですね。清張の脂が乗り切っていた時期というのは、ちょうどSLが走っていた最後のころと重なるので、小説の中にいろんな列車が出てくる。
原:実に多彩な鉄道が登場しますね。
川本:たとえば、「波の塔」では身延線に乗って下部温泉に行くくだりがあるし、「ゼロの焦点」では北陸鉄道能登線の旅をするシーンがあった。
原:清張の作品には中央本線もよく出てきますね。「たづたづし」とかね。
川本:「地方紙を買う女」もはっきり書いていませんが甲府が舞台。「眼の壁」にも中央本線の瑞浪が出てきますね。ただ、松本清張もすべて実際に行って書いていたわけではなかったらしい。自身で書いていたことですが、「眼の壁」を雑誌に連載していたとき、瑞浪の町をきれいな川が流れていた、と書いた。そうしたら、読者から「瑞浪は陶器の町なので、川の水は陶土で濁っています」と投書が来た。それで文章を直したと。
[次へ続く] -
No.16
[前から続く] (2) 「ち…
2015/06/27 14:53
>>No. 15
[前から続く]
(2) 「ちくま」2015年6月号
○記事の題名:「本をつくる」という仕事10
○或る編集者の言。46ページから引用。
遅いと言えば、松本清張さんは遅い上に意外と原稿の中に誤りあって、苦しい仕事になる局面もありましたね。以外だと思われるかもしれませんが、清張さんは東西南北と時間的な記述が大まかで、そこをしっかり読んでおかないといけない。だから、私は、あの人が、「ゼロの焦点」を書いたとは未だに信じられないんです。本人は誤りを指摘しても「そうかそうか、直してくれたまえ」ですから、大らかな人でしたねえ。
* * *
以上から、松本清張の原稿執筆の状況が窺えます。これらを踏まえれば、8年前と17年前を混同することに不思議はないでしょう。
なお、歴史ものは別人(ゴーストライター)が書いた、という説明も(理論上は)できます。清張が持つ記憶を別人は持ちません。だから、8年前と17年前の食い違いに気づきません。そのため、ゴーストライターが新聞論文を書いた、という説明は筋が通ります。しかし、断定するには証拠が必要です。証拠なしの時点では判断保留が正しい。思うに、ゴーストライターなどいないでしょう。一人のゴーストライターが歴史ものを全て書いていたとすると、そのゴーストライター自身、8年前と17年前の食い違いに気づきますから。それとも、複数のゴーストライターを想定しますか。それは行き過ぎでしょう。それは、昨今の表現を使えば、「結論ありき」(ゴーストライターありき)のあとづけ根拠に思えます。それよりは、多忙作家という状況が原因だと考えるべきでしょう。 -
No.138
トピ主から。 法廷通訳につ…
2015/07/14 14:23
トピ主から。
法廷通訳について。次の新聞記事があります。
*朝日新聞 2009年6月27日朝刊17面。
*表題:「裁判員制度 法廷通訳の訳し方に注目を」
*筆者:金城学院大教授(通訳論)
「(前略)日本通訳翻訳学会の法廷言語分析チームは、過去2年間にわたり、模擬裁判員と模擬通訳人を使っての法廷実験を行った。さまざまな発見があった。(中略)模擬裁判員は、通訳人の口から出た言葉がそのまま被告人の言葉だと、何の疑問も持たずに受け止めたこともわかった。(後略)」(関連記事:同年9月7日朝刊26面)
通訳、翻訳は原文を100パーセント伝えない。そのことを知る。---これは外国語教育の目標の一つです。というより、根本の教育目標です。ところが多くの人はこのことを心得ない---記事はこういう現実を伝えます。
「英語教育」は何をしていたのでしょうか。「バス停はどこですか」「ステーキはよく焼いてください」「日本は戦争をしない国です」等々を英語で言えるようにする。そういう努力だけでしょうか。たとえその努力が実らなくても、「翻訳イコール原文ではない」ぐらいは理解するよう努力すべきです。
「英語教育」を受け持つ先生方へ。外国で切符を買えなくても、「翻訳は通貨の換算と同じではない」は理解し卒業するよう生徒たちに教えてください。 -
No.4447
「待ち人」様へ 「すべからく…
2015/11/22 14:48
「待ち人」様へ
「すべからく」「須らく」は、何々すべし、という意味です。「全て」ではありません。 -
No.139
明治時代、初代の文部大臣である…
2016/03/20 14:10
明治時代、初代の文部大臣である森有礼が、日本語を廃して英語を採用せよ、と述べた話は良く知られています。また、二次大戦後、志賀直哉が、日本語をフランス語と取り替えよ、と述べた話も有名です。むろん、両方とも、今では取るに足りない意見と見られます。ただ、これ以上に詳しい話は余り知られていません。意見そのものを読んだ人も余りいないでしょう。
例えば、森有礼の意見は、文部大臣に在職していた時のものではありません。それ以前のものです。また、森有礼は前もってイギリス人学者(梵語学者ホイットニー)に自分の意見に対する評を求めています。ホイットニーはこれに返事を送っています。「日本近大思想大系15『翻訳の思想』(岩波書店、1991)」が、森有礼の手紙とホイットニーの返信(日本語訳)を掲載しています。面白いのはこの返信です。西洋人の考えがよく解るからです。この考えは今も同じでしょう。図書館で簡単に見ることができますが、参考のため、その一部を引用します。同書の328~333ページからです。
*****
(前略)
貴下の御質問と御提案とにお答えしましょう。貴下が貴国民のために構想されたような国語改革案が、何故生まれたか、その誘因について、まず少し論ずる必要があるように思います。もちろん、英語が日本語や中国語よりも本質的にすぐれているという事実は、この誘因の一つですが、このほかにも、考慮を払うべき事実があります。貴国民が、日本語に代わるべき、最善の言語を探すことを真に望むならば、細心に広く古今東西を通覧し、さまざまな言語の利便を十分に考量してからそれを選択すべきでありましょう。
しかし言語の歴史を考察すると、このような考慮を払っても、それがさして重要な意味を持たないことを示しています。世界には、先祖伝来の言語を棄てて他国語を採用したという事例が多数あります。しかし私の知っている限りでは、このような例は、他の言語を話す国民の文化が優れているので、それに影響されて起こるのが普通です……通常は、その国民の政治的優越性とか社会的優越性等によっても影響されて起こったわけです。
[次へ続く] -
No.140
[前から続く]…ホイットニーの…
2016/03/20 14:10
[前から続く]…ホイットニーの返信
いってみれば、他国語を採用した国民は、そうすることによって、自らの文化的進歩を他の社会のそれと結びつけ、自らを他の社会と接合したわけです。私は、貴国の国民の場合が、丁度そうであろうと思います。貴国民が英語を学び、これを用いようとするのは、英語を話す民族が現代における世界の政治・社会史において、また文学・科学・芸術等の現代文明の面においても卓越しているということによるものでありましょう。或る意味では、貴国民が英語を話すようになれば、英語民族がつくった文化を直接に享受し、文化的に自らをその民族の一員とするものといってよいでしょう。こうして文化に関する限り、二つの国民の運命は結合するのであります。これこそ貴国が英語を採用することから生ずる大きな利益であると思われますので、私はその実現を妨げるような手段が講ぜられるのを好ましく思いません
(中略)
ヨーロッパのアルファベットをもって、表音的方法で貴国人が日本語を書くことは、先ず第一の、かつ、最も重要な改革であると、私には思われます。私よりも、もっと貴国の言語を知っている人達から聞くところによると、この仕事は格別に困難なものではないとのことです。私は他の東洋諸国にあっては、その国における従来の書き方の代わりにヨーロッパ式の書き方を採用しようとする場合、大きな克服し難い障害が存在することを知っています。そこで、この改革を断行することによって、貴国民が偏見から完全に解放され、自由であることを示して、光彩を放つことを、強く希望するものであります。そこで、貴下が、この改革を如何にも容易なことと考え、また国語改革についてこれよりも遥かに大きい、しかもより困難なことを既に考えておられたということが分かって、私がどんなに満足を感じているか、貴下にはよくお分かりのことと思います。日本が過去において、たとえどのような利益を中国から引き出して来ているにせよ、現在、中国からは、もはや何らの価値をも引き出すことを望み得ないということは、疑うべくもない事実であります。すなわち、弟子が年老いた師よりも大きく成長し、師を将に凌駕せんとしているのです。
[次へ続く] -
No.141
[前から続く]…ホイットニーの…
2016/03/20 14:11
[前から続く]…ホイットニーの返信
また中国語が日本語に及ぼした影響は、常に有害なものであり悔まるべきものでしたし、日本語がその影響から完全に解放されるのは、日本にとってきわめて有利であろうということも、疑うことができないと、私は考えています。ヨーロッパの文字で日本語を書くことを、私が望むゆえんは、それが日本語を中国語の影響から解放するのに与って力があるからです。
(中略)
貴国民をして、できるだけ英語を学ばせなさい。中国語が大変長い間、貴国で占めていた地位を、英語に譲るようにしなさい。英語をば学問的な言語、乃至古典語になるようにしなさい。英語の字句を用いた方がよいと思われるような個々のケースに出あったら、自由に英語のすぐれた表現の字句を利用するようにしなさい。……しかし、英語のもつすべてのこの有益な効果を、日本人の舌そのもので感得させなさい。日本語に改革を加え、完全なものとし、これを進歩した文明をつくる価値ある道具となし得るか否かを、公正かつ十分に検討して下さい。もし、この検討の結果、日本語が用をなさず、貴下が提案されたように、日本語の代わりに英語を採用するという案を実施しなければならないとしても、この検討を行なっている間は、何ら失うものがなく、かえって得るところが多いわけであります。それは、この間に、適切にして必要な準備が行なわれ、上から急激に、日本語を英語に変えるという行き方でなく、下から、より有機的な過程をたどって、徐々に、英語への切り替えが行なわれるからです。
(後略)
*****
引用は以上です。言語における(今と変わらない)西洋人の優越感を感じ取ってください。 -
No.162
戦後まもなく、志賀直哉が、国語…
2016/05/01 14:20
戦後まもなく、志賀直哉が、国語をフランス語に、という意見を述べたことはよく知られています。「国語問題」という表題で雑誌に掲載した文章です。今ではこの文章を実際に読んだ人は少ないでしょう。そこで、その全文を示します。
○掲載誌は、『改造』1946(昭和21)年4月号、94~97ページ。
○長さは、約3000字。
ここでは、志賀直哉の全集から引用します。
「志賀直哉全集(全22巻)」第7巻、岩波書店、1999年、300~304ページ。
この全集の表記は、新字と旧かなづかいです。いま、旧かなづかいを新かなづかいに改めます。理由は次の二つです。
(1)多くの読み手に分かりやすくする。
(2)文芸作品として示すのではない。
「国語問題」
今程厳しい時代を日本は嘗て経験した事がない。色々な問題が怒濤のように後から後から寄せて来る。茫然自失の虚脱状態になるのも無理はない。一番不安なのは食糧問題である。近頃又、食膳が急に寒々として来た。去年の今頃のようにそれが心身にこたえて来る事を思うと、憂鬱になる。インフレの問題、失業の問題、何れも大変な事ばかりだ。外地の同胞、殊に北鮮から満洲の日本人はどうなっているのか。消息が少しも分らない。街には伝染病が出始めた。色々な犯罪が家常茶飯事のように横行する。しかも、それらへのキビキビした対策は何一つ行われていない。只、吾々としては、云いたい事が云えるようになった事、寝る時間に寝て、翌朝まで眠れるようになった事、これだけをありが たいと思っている。
前に挙げた数々の問題は何れも大きな問題で、中には急を要するものもあるが、この他にもう一つ大きな、国語の問題がある。急は要しないが、日本の将来を考えれば、これが一番大きな問題とも云える。
[以下次段に続く] -
No.163
[前段から続く] …志賀直哉「…
2016/05/01 14:21
[前段から続く] …志賀直哉「国語問題」、その2
吾々は子供から今の国語に慣らされ、それ程に感じていないが、日本の国語程、不完全で不便なものはないと思う。その結果、如何に文化の進展が阻害されていたかを考えると、これは是非とも此機会に解決しなければならぬ大きな問題である。此事なくしては将来の日本が本統の文化国になれる希望はないと云っても誇張ではない。
日本の国語が如何に不完全であり、不便であるかをここで具体的に例証する事は煩わし過ぎて私には出来ないが、四十年近い自身の文筆生活で、この事は常に痛感して来た。
それなら、どうしたらいいか。仮名書きとかローマ字書きとか、そういう運動は大分昔からあるが、却々ものにならない。殊にローマ字運動は知名の人々が随分熱心にそれを続けているにもかかわらず、どうしても普及しないのは矢張りそれに致命的な欠陥があるのではないかと思われる。
私は六十年前、森有礼が英語を国語に採用しようとした事を此戦争中、度々想起した。若しそれが実現していたら、どうであったろうと考えた。日本の文化が今よりも遥かに進んでいたであろう事は想像できる。そして、恐らく今度のような戦争は起っていなかったろうと思った。吾々の学業も、もっと楽に進んでいたろうし、学校生活も楽しいものに憶い返すことが出来たろうと、そんな事まで思った。吾々は尺貫法を知らない子供達のように、古い国語を知らず、外国語の意識なしに英語を話し、英文を書いていたろう。英語辞書にない日本独特の言葉も沢山出来ていたろうし、万葉集も源氏物語もその言葉によって今よりは遥か多くの人々に読まれていたろうというような事までが考えられる。
[以下次段に続く] -
No.164
[前段から続く] …志賀直哉「…
2016/05/01 14:22
[前段から続く] …志賀直哉「国語問題」、その3
若し六十年前、国語に英語を採用していたとして、その利益を考えると無数にある。私の年になって今までの国語と別れるのは感情的には堪えられない淋しい事であるが、六十年前にそれが切換えられていた場合を想像すると、その方が遥かによかったと思わないではいられない。
国語を改革する必要は皆認めているところで、最近その研究会が出来、私は発起人になったが、今までの国語を残し、それを造り変えて完全なものにするという事には私は悲観的である。自分にいい案がないから、そう思うのかも知れないが、兎に角この事には甚だ悲観的である。不徹底なものしか出来ないと思う。名案があるのだろうか。よく知らずに云うのは無責任のようだが、私はそれに余り期待を持つ事は出来ない。
そこで私は此際、日本は思い切って世界中で一番美しい言語をとって、その儘、国語に採用してはどうかと考えている。それにはフランス語が最もいいのではないかと思う。六十年前に森有礼が考えた事を今こそ実現してはどんなものであろう。不徹底な改革よりもこれは間違いのない事である。森有礼の時代には実現は困難であったろうが、今ならば実現出来ない事ではない。反対の意見も色々あると思う。今の国語を完全なものに造りかえる事が出来ればそれに越した事はないが、それが出来ないとすれば、過去に執着せず、現在の吾々の感情を捨てて、百年二百年後の子孫の為に、思い切った事をする時だと思う。
[以下次段に続く] -
No.165
[前段から続く] …志賀直哉「…
2016/05/01 14:23
[前段から続く] …志賀直哉「国語問題」、その4
外国語に不案内な私はフランス語採用を自信を以っていう程、具体的に分っているわけではないが、フランス語を想ったのは、フランスは文化の進んだ国であり、小説を読んで見ても何か日本人と通ずるものがあると思われるし、フランスの詩には和歌俳句等の境地と共通するものがあると云われているし、文人達によって或る時、整理された言葉だともいうし、そういう意味で、フランス語が一番よさそうな気がするのである。私は森有礼の英語採用説から、この事を想い、中途半端な改革で、何年何十年の間、片輪な国語で間誤つくよりはこの方が確実であり、徹底的であり、賢明であると思うのである。
国語の切換えに就いて、技術的な面の事は私にはよく分らないが、それ程困難はないと思っている、教員の養成が出来た時に小学一年から、それに切換えればいいと思う。朝鮮語を日本語に切換えた時はどうしたのだろう。
私の子供六人が総てメートル法を使っている中で、私は頑固に尺貫法を使っている。国語がどう変ろうとも、私自身は今の国語以外には出られないが、メートル法になって小学生の教育が如何に容易になったかを考えると、子供の為め、私の場合でいえば孫の為めに国語問題はどうしても徹底的に解決して貰いたいと思う。
[以下次段に続く] -
No.166
[前段から続く] …志賀直哉「…
2016/05/01 14:24
[前段から続く] …志賀直哉「国語問題」、その5
吾々は此時代が日本にとって未曾有の厳しい時代だという事はよく知っている。食糧問題、インフレ問題などで、それを痛感しているつもりでいるが、それでも本統の厳しさを実感しているとは云えないところがある。それは大怪我をした者が却って苦痛を感じない、神経の痲痺作用のようなものにも思える。人体の自然な調節作用で、ありがたい事ではあるが、それ程に怪我が大きいのだとも云えるのだから、吾々は今の実感に頼って、此時代の厳しさを誤認するような事があってはならないわけだ。国語の問題に就いて、食糧問題程身近かでないからとか、今まで、それで不自由はなかったからという風な考え方をしてはならない。此際思切った措置を取らなければ悔を百年千年の後に残す事にな る。日本が漢字を入れた時よりも、森有礼が英語採用を称えた時よりも、今の日本は遥かに大きな転換の時期である。吾々は今がそういう時期だということを意識的に意識して国語の問題も考えねばならぬ。
今までの国語に別れる事は淋しい事には違いないが、それは今の吾々の感情で、五十年、百年先の日本人には恐らくそういう感情はなくなっているだろう。吾々は日本人の血を信頼し、そういう感情に支配される事なく、此問題を純粋に未来の日本の為めに考えなくてはならぬ。
[了] -
No.169
志賀直哉が、国語をフランス語に…
2016/05/22 14:05
志賀直哉が、国語をフランス語に、という意見を述べました(1946年)。これは要するに西洋心酔が原因の一つでしょう。そして、西洋心酔は、他の小説家にもあるようです。その事例の一つが谷崎潤一郎です。そういう趣旨のことを本人が書いています。「現代口語文の欠点について」という表題の文章の中です。その箇所を引用します。
○掲載誌は、『改造』1929(昭和4)年11月号
○文章全体の長さは、400字詰原稿用紙で約64枚。
ここでは、谷崎潤一郎の全集から該当の箇所を引用します。
○「谷崎潤一郎全集(全28巻)」第20巻、中央公論社、1968年。
204ページから。
この全集の表記は旧字と旧かなづかいです。いま、新字とを新かなづかいに改めます。理由は次の二つです。
(1)多くの読み手に分かりやすくする。
(2)文芸作品として示すのではない。
「現代口語文の欠点について」
(前略)
これを要するにわれわれの書く口語体なるものは、名は創作でも実は翻訳の延長と認めていい。故有島武郎氏は小説を書く時しばしば最初に英文で書いて、然る後にそれを日本文に直したと聞いているが、われわれは皆、出来たらそのくらいなことをしかねなかったし、出来ない迄もその心組みで筆を執った者が多かったに違いない。それは努めて表現を清新にするための手段であったけれども、正直のところ、美しい文章、ひびきのいい文章、と云うことよりも、先ず第一に西洋臭い文章を書くことがわれわれの願いであった。斯く云う私なぞ今から思うと何とも耻かしい次第であるが、可なり熱心にそう心がけた一人であって、有島氏のような器用な真似は出来なかったから、その反対に自分の文 章が英語に訳し易いかどうかを始終考慮に入れて書いた。西洋人はこう云う云い廻しをするだろうか、西洋人が読んだらどう思うだろうか、と、それがいつも念頭にあった。
(以下略)
[了] -
No.4516
【英EU離脱の関連話題】…その…
2016/07/03 14:02
【英EU離脱の関連話題】…その1(8分割の1)
欧州連合(EU)の件。イギリスの離脱(なぜか脱退と言わない)について、早速esperplenaさんが言及されました。今後の動向について、私も注目します。言語面でどう変わるか、という点です。もっとも、あまり変わらないようにも思えますが。
まず、EUの公用語は減らないでしょう。加盟国アイルランドが英語国ですから(厳密には、そもそもケルト語の国ですが)。では英語の「比重」は減るでしょうか。つまり、esperplenaさんの言う「言語格差」の縮小です。今後、私はここに注目します。
以前、EUではフランス語優勢の時期が続いた、と聞きます。また、戦後においても、国際連合や外交の面でフランス語の「比重」が大きいようです。これについて、単行本や新聞などから話題を拾います。
○『法と日本語』(有斐閣新書、1981)から、小田滋「外国語の悩み」203頁。
「過日、私はルクセンブルグにあるヨーロッパ共同体裁判所を訪れたが、そこでは実に七カ国語が公用語として用いられており、すべて判決なども七カ国語で公刊されるが、他方、裁判官合議はフランス語のみで、一切の通訳なしであるという。フランスがもっとも強力であった初期のヨーロッパ共同体の伝統を受けついだものであるが、従って、事実上は、フランス語の素養がその裁判所の裁判官の要件といえよう」
○吉田康彦『国連広報官』(中公新書、1991)201頁。
「私がWHOに着任したのは、そんな状況下だった。広報部長は、オーストラリア厚生省の大臣秘書官だったというアン・カーン女史。〔中略〕どうも部長の威厳がない。しかし、そうした外見よりも、彼女はオーストラリアなまりの英語一本槍で、フランス語を一言も解さない(これはジュネーブでは致命的)。」
[次へ続く] -
No.4517
【英EU離脱の関連話題】…その…
2016/07/03 14:03
【英EU離脱の関連話題】…その2〔前段からの続き〕
○朝日新聞、1986年7月25日朝刊7面。
「モロッコ政府は、二十四日午前、同国のハッサン国王とイスラエルのペレス首相との間で行われた首脳会談に関する共同声明を発表した。声明の正文はフランス語で、イスラエルでも同時刻に発表された」
○シドニー・ベイリー『国際連合』(庄司克宏ほか訳、国際書院、1990)35頁。
「ペルーのビクトール・アンドレス・ベラウンデという外交官は、そのときの気分次第で、好む言語を選んで演説した。すなわち、正確を期する場合にはフランス語で、控え目に話したい場合には英語で、誇張したい場合にはスペイン語で演説したのである」
○朝日新聞、1986年6月11日朝刊6面、「欧州の本家意識」から。
「ジュネーブはフランス語圏だが、国連の専門機関では、どこでも第一の国際語は英語である。現地採用職員との会話を入れてもまず六〇%、機関によっては八〇%が英語といわれる。ところが国連の本体の事務局だけは圧倒的にフランス語なのだ。日常会話、記者会見はむろん、掲示板や記者用の発表文書もフランス語優勢。「本家」を守ろうとする事務局の意思の表れである。これを側面から支えているのが記者会だ。かつてデクエヤル国連事務総長との会見で、「ニューヨークの資料は、まずフランス語で配布を」という要求が出たことがある」
[次へ続く] -
No.4518
英EU離脱の関連話題】…その3…
2016/07/03 14:04
英EU離脱の関連話題】…その3〔前段からの続き〕
○朝日新聞、1987年3月8日朝刊7面、「欧州の十字路で」から。
「月曜から金曜までの毎日、正午からEC委員会の定例記者ブリーフィングが始まる。〔中略〕経済摩擦から東西交流まで、この雑多なブリーフィングに、ただひとつ共通点がある。すべてフランス語で行われるということだ。〔中略〕せめて英語をフランス語と併用してはどうかという声が、記者の間で日ましに強まっている。ECもそうした空気は理解し、最近も英語併用を原則として受け入れようとしたことがある。しかし、それをつぶしたのはフランス語系の記者グループだった。ECは何といってもフランスのリーダーシップの下に生まれ、育ってきた。それがなお長い影響を引き、フランス語主流の背景をなしている」
このようなフランス語の勢いは十数年後に変わり始めます。
○朝日新聞、2002年4月3日朝刊6面、「特派員メモ」から。
「『英語が尊重されすぎている。フランス語と平等に扱うべきだ』。ジュネーブの国連欧州本部で、仏語圏の記者48人が先月、連名で国連広報担当に申し入れをした。国連記者会の『公用語』は英語または仏語だが、最近は記者発表資料で英語の情報が優先され、仏語訳が遅れるケースが多いことに仏語圏ジャーナリストが反発したのだ。〔中略〕実は、英語圏出身の記者は仏語を理解できることが多いが、仏語圏組には英語が苦手な記者が多い」
フランス語後退の表われです。欧州共同体EC時代のドイツ語も冴えません。
[次へ続く] -
No.4519
【英EU離脱の関連話題】…その…
2016/07/03 14:04
【英EU離脱の関連話題】…その4〔前段からの続き〕
○朝日新聞、1992年1月11日朝刊6面。
「年明け早々、コール独首相は欧州共同体(EC)のドロール委員長に書簡を送り、EC内ではドイツ語を英語やフランス語と同等に扱うよう改めて強く要請した。コール首相はその理由として、ドイツが統一によって大きくなったこと、政治的にも重要な立場を占めるようになったことをあげた。同首相は昨年秋にも同じ趣旨の最初の書簡を送っていた」
○朝日新聞、1993年5月15日朝刊9面。
「欧州会議の公用語は英語とフランス語だが、コール独首相は今年二月、同会議を訪問した際に、ドイツ語の公用語化を正式に要請した。〔中略〕仏ストラスブールの欧州会議で十一日に行われた投票では、二百二人の議員の過半数がドイツ語の公用語化に反対して、ドイツ語派はあっさり敗れてしまった」
○朝日新聞、1999年7月3日朝刊9面。
「欧州連合(EU)の新議長国フィンランドが会議でのドイツ語使用を認めず、シュレーダー独首相が抗議していた問題でドイツ政府は2日、フィンランドのオウルでこの日から始まった非公式産業相会議をボイコットした。AP通信によると、同じドイツ語圏のオーストリアも、独政府に同調して閣僚の出席を見合わせた」
こういう現況ですが、昔はそうでもなく、ドイツ語は東欧に広まっていたようです。次にその事例を引用します。
[次へ続く]

いわゆる英語支配に関する対話1
2013/06/16 13:52
いわゆる英語支配に関する対話1
A「先年、益川敏英教授がノーベル賞を受賞した。この時、記念講演を英語でなく日本語で行なった。まったく異例だ。日本は閉鎖体質の国だと思われる」
B「いやいや、母語尊重を訴える振舞いだ。国際会議はこうありたい」
A「現実にはどんな会議においても英語を使用語とする。だから英語を習得し英語で発言すべきだ」
B「英文学の討論ならともかく、科学の討論に英語能力を要求するのは不当だ。この要求は討論内容と関係がない。関係がないことを参加条件にする。『女は参加させない』というのと同じだ」
A「それは違う。英語能力の要求には討論運営という目的がある。『女は参加させない』には目的がない。排除のための排除だ」
B「なるほど。しかし、良い意見を持つ人物が、英語ができないため埋もれる」
A「埋もれないよう皆が英語の習得に努める。現にそうなっている。英語の普及は既成事実だ。これは認めねばならない」
B「既成事実だという理由で物事を認めることはある。それは、物事に本質的な善悪がない場合だ。例えば歩行者の右側通行。左右どちらが善いというものではない。だから、右側通行が定着していれば、それを追認する。が、本質的な善悪があれば別だ。女性差別は定着している、これでよい、などという主張はない」
A「むろんそうだ。が、昨今は圧倒的多数の情報を英語で表現する。しばしば言われるが、ウィキペディアの情報量は、英語版が日本語版を上回る。日本固有の項目でさえそうだ。もはや英語使用なしでは学問研究も企業活動も進まない。益川教授の日本語使用は時流に逆らう。以前、科学者の学会がトルコで開かれた。或る日本人が英語の通訳付で登壇し挨拶した。聴衆は、あの人が科学者として通用しているのか、と怪訝に思ったそうだ」
B「そういう話は我々の議論の趣旨から外れる。社会の現状にどう合わせるかは論じない。社会はどうあるべきかを論じる。君の言うことは例えばこうだ…学歴社会を生き抜くには受験勉強に励まねばならない、さもないと楽な生活は得られない…こう主張するようなものだ。現状に合わせるならそれで正しい。が、そこには現状の当否を問う姿勢がない。そもそも学歴社会は正当なのか、改めるべきではあるまいか、を議論すべきだ。だから、英語普及の事例をいくら列挙しても無駄だ。列挙は『英語支配』を正当化しない」
A「英語の普及…これに本質的な悪はない。不当でもない。科学は英語と無関係だと君は言う。それは確かだ。しかし、それならパソコンとも無関係だ。が、多くの者がパソコンを習得し仕事を迅速に処理する。好ましい状況だ。英語も同列だ」
B「同列ではない。パソコンは誰もが公平に努力して習得する。英語の習得はこれと異なる。英語を母語とする者は努力不要、母語としない者は努力必要。つまり、英語民族の優遇という不公平が起きる」
A「それは仕方がない。何ごとであれ、多少の副作用は付きものだ」
B「副作用などという言葉で表現すべきではない。だいいち、英語普及と言わず英語優先と言うべきだ。今までにないものが現われ広まること。これが普及だ。『携帯電話の普及』『人権意識の普及』というのが正しい使い方だ。既存のものに普及は不適。さらに言うなら、『英語支配』と表現すべきだ。英語の優先には本質的な悪があるから。右側通行のような追認はできない。ところで、仕方がないと君は言った」
A「君の言う、英語民族の優遇うんぬん、に対して発言した」
B「その発言はおかしい。まず一般的な場合を考えよう。或る物事に対して『仕方がない』と言う場合だ。このとき、その物事は望ましくないという認識が前提にある。なぜなら、望ましい物事に対して『仕方がない』とは言わないから。そして今の場合、『仕方がない』と君は言った。してみると、英語の優先は望ましくない、という認識を君は(前提として)持っていることになる。そのとおり持っているのか。持っているなら、その認識とそれまでの君の発言は首尾一貫しない」
A「そういう指摘は揚げ足取りというものだ。仕方がない、という発言は確かにした。しかし、この発言に深い意味は込めていない。英語優先が無条件で望ましいとまで言うつもりはない。しかしながら受け入れよ、という程度の意味だ。これを『仕方がない』と表現した」
B「その点は分かった」
…いわゆる英語支配に関する対話2へ続く