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No.18
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:57
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の18番目
〔追加〕
最初に引いた新聞投書ですが、7月20日掲載の関連投書についてです。投書主は、数学を、「真理追究の学問」と述べます。「真理」という語の定義にもよりますが、単純に言う限り、これは誤りです。数学は真理を追究しません。どんな条件(=仮定)からどんな結論が出るかを調べるだけです。何が「正しい」かは調べません。フランスの思想家ポアンカレの『科学と仮説』に、巧みな比喩があります(第2部第3章)。その趣旨を示すと、…非ユークリッド幾何学が真であり古いユークリッド幾何学が偽であるのか、というのは無意味である。それは、メートル法が真であり古い度量衡が偽であるのか、ということと同じである…。
これは数学だけに限りません。自然科学すべてに通じます。科学者は、「真理」に一歩一歩近づくのではありません。科学者は自然に関する「解釈」を生み出します。それら「解釈」のうち、(その時点での)人類にとって最も「便利な」ものを「真理」とします。自然界にひそむ科学の法則を科学者が発見するのではありません。自然界に法則はありません。ドイツの科学者ハイゼンベルクの自叙伝『部分と全体』の初めに、科学は人間によって作られるものだ、とあります。この意味をよく味わってください。 [終] -
No.17
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:56
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の17番目
※「原子」について注釈。「物質の最小単位は原子ではない。更に分かれて、原子核、電子。更に更に分かれてクォークなどになる」と突っ込まれそうです。長く複雑になるので、説明は省きます。ただ、一つ付け加えます。…大多数の人は、クォークをいわば手触りのある「物」と理解します。そうではありません。一般にクォークを粒子と呼びますから、そう理解して自然です。しかし、クォークは「物」ではありません。これを「例え話」で示します。…「高波が来た」「そこに穴がある」は物理的に正しい表現ではありません。物理的に正しい表現は、「水が来た」「そこに土がない」です。クォークは、「高波」「穴」に同じと考えてください。この説明では不十分なことを承知のうえで、これだけにします。
〔次へ続く〕 -
No.16
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:55
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の16番目
ところで、数学者はむろん、物理学者でさえ、「式」から結論を導きます。
聞くところでは、フランスの物理学者ド・ブロイの学位論文は、物理学の論文であるにもかかわらず、式の変形が延々と続くだけだそうです。それが新しい物理学(量子力学)の切っかけになった、ということです。実験室での実験でなく、式をいじることが物理学の進歩につながります。
また、溶鉱炉の温度と、そこから出る光の関係を表わす式があります。この式を眺めながら、「ここから1を引けばどうなるのだ?」と、或る物理学者が思いつきました。半ば気まぐれな思いつきにすぎないようですが、これまた量子力学の切っかけになったそうです。
以上の話は、式の理解というものが重要であることを示します。現象が先にあって、それを記述するものが式です。しかし、その式がいつの間にか「独り歩き」をします。式が先頭に立って科学を進めます。もはや、当初の式ではありません。「動物の犬」と「星座の犬」ほども違うようになります。数学の手段である式を理解することに努めてください。
なお、これら二つの話は、エネルギー値の不連続性に関するものです。エネルギー値は、斜面状でなく階段状に変化します。言い換えれば、エネルギーには最小単位がある、ということです。1カロリーというエネルギーを2つに割れば 0.5カロリー。更に2つに割れば0.25カロリー。以降、幾らでも割って行けそうです。しかし、これ以上は割れない、という最小単位がある…これが量子力学の考え方です。
物質には最小単位があります(原子※)。他方、物質とエネルギーは互いに変換されます(アインシュタインの式)。となれば、エネルギーにも最小単位があるのは当然です。荒っぽく言えば、その最小単位がプランク定数です。 〔次へ続く〕 -
No.15
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:54
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の15番目
高校数学を難しいと思う人…この場合の「難しい」の対象は「五つ星ホテル」ではなく教科書レベルです…丁寧な参考書を推薦してもらうか、親切な教師か先輩に巧みな「例え話」をしてもらうか、を考えてください。あとは「慣れ」です。外国語の学習と同じく、繰り返し、です。理工系大学へ進めば、高校数学どころではありません。その結果、たとえば、「確率」と「確率密度」の違いさえ分からないまま…というより「確率密度」の意味さえ知らないまま…卒業する学生はいくらでもいます。もっとも、それで卒業できるというのも不思議な話ですが。
それはともかく、「では文系志望者はどうなのだ」という声が出るでしょう。文系と言っても、大学によっては、理工系学部の学生と経済学部の学生が同じ教室で数学の授業を受けるという風景がありますから、「純文科系」のことでしょう。その説明については又の機会にしましょう。
〔付録〕
一つ、クイズを示しておきます(高校レベル)。前述のとおり、空間内のベクトルを三次元ベクトル、平面上のベクトルを二次元ベクトルと述べました。この理屈で行けば、直線上のベクトルは「一次元ベクトル」になります。この「一次元ベクトル」とは何でしょうか。…答はスカラー(実数)ですが、なぜスカラーになるか考えてください。
ヒントを付けます。…ベクトルは向きを持ちます。スカラーは向きを持ちません。「向きを持たない」が何を示すか考えてください。「向きを持たない」は、言い換えると、「向きを議論しても意味がない」となります。ただし、以上は、「言葉」を用いた解法です。数学に慣れた人は「言葉」を用いません。「式」で導きます。前述のベクトルAとBの「式」をよくにらんでください。
〔次へ続く〕 -
No.14
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:54
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の14番目
以上で、「数学の難しさ」というもののイメージがつかめましたか。繰り返しますが、数学は抽象概念の塊りです。これら抽象概念のうち「例え話」「絵解き」が出来るものは理解が容易です。出来ないものは、「純粋な抽象概念」です。これは中々理解できません。ただ、理解できないけれども、慣れているから理解したつもりでいる、という「純粋な抽象概念」があります。それは、小学校の算数において既に現われます(面積の掛け算など)。つまり、小学校時代から付き合いが深いため、何とも思わないまでです。
「慣れ」は重要です。たとえば、ベクトル解析の分野では、微分記号を省略表記したナブラという記号があります。逆三角形、つまりギリシャ文字のデルタを逆立ちさせただけの単純な記号ですが、これを見て反射的に(無意識的に)理解できる理工系の学生は余りいません。それは、「難しい」からではありません。「慣れていない」からです。平均的な大学一年生は、「he takes」は瞬時に理解できますが(=訳なしで頭が把握しますが)、「er nimmt」「il prend」はそれより時間がかかります。英語よりドイツ語フランス語が難しいからではありません。「慣れていない」からです。
理工系の大卒者なら経験済みと思いますが、大学の理工系学部で学ぶ数学の知識量(=新概念の量)は高校数学を軽く超えます。高校数学の授業に付いて行くための毎日の復習量に息切れする高校生は多くいるでしょう。しかし、理工系学部の「量」はそれどころではありません。しかも、「例え話」なしの「純粋な抽象概念」が現われます。「例え話」がない以上、「慣れ」で消化するしかありません。しかしながら、そのための鍛練の場は多くありません。結果、たとえば、前述のナブラ記号を直観でつかめない学生が殆どです。大学の授業で行なう数学の試験に「五つ星ホテル」はありませんが、概念に慣れない「消化不良」の頭では十分な答案を書けません。
〔次へ続く〕 -
No.13
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:53
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の13番目
ところが数学者は違います。座標であれば最大で3つ限定のはずですが、数学者の手にかかると、「そんな限定はけしからん。幾つでも行けるようにしてしまえ」となります。結果として、
ベクトルVn=(V1,V2,V3 ,…………,Vn)
と、「座標」の数をn個にしてしまいます。これがn次元ベクトルです。こうなると、もはや当初のベクトルの姿はどこかへ飛んで行ってしまいます。「矢印」は消えてしまい、各数値は座標とは言えず、図にも描けず、「何なのだ、これは」と言うばかりです。当初の概念が「独り歩き」をした結果、新しい概念が生じたわけです。「ベクトルとはn個の数値によって規定される量だ」とでも言うしかありません。これが線形代数のやり方です。ここらあたりが、高校の数学にない、「高等数学」の入り口です。
ちなみに、ベクトルどうしの「掛け算」となるに及んでは、「2×3」の掛け算とは似ても似つかぬものです。これは、数学の一分野である「ベクトル解析」で出て来ます。ベクトルの掛け算には、内積、外積、テンソル積の3種類があります。内積は高校の数学にあります。これは「例え話」が可能です。外積は高校の数学にありませんが、「例え話」ができます。テンソル積は「例え話」ができません。純粋な抽象概念ですから厄介です。電磁気学や材料力学で使いますが、理工系の大学でも工学系の学部レベルではテンソルを習わないでしょう。
〔次へ続く〕 -
No.12
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:52
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の12番目
ベクトルをご存じでしょう。高校の数学にあります。普通、矢印で表わします。矢の向きが方向を表わし、矢の長さが大きさを表わします。これを適用した事例が力や速度などです。しかし、力や速度がベクトルだというのは「例え話」です。というより、「矢印」からして例え話です。それは、「足りない」や「逆向き」を負の数に例えるのと同じです。元々のベクトルは数学の抽象概念です。この抽象概念は、本来、矢印でなく座標で表わします。矢印を参考に用いてこれを示しましょう。矢印の尻尾を座標の原点(0,0)に置きます。この場合の矢印の頭(=点)の座標をもってベクトルを表わします。これを位置ベクトルと言いますが、それはともかく、
ベクトルA=(2,3)
というような表記になります。矢印の頭が横軸で2、縦軸で3の位置にある、ということです。これは平面上のベクトルです(二次元ベクトル)。空間内のベクトル(三次元ベクトル)であれば、座標が3つになります。つまり、
ベクトルB=(2,3,5)
などのようになります。ここまでは分かります。ここから先が「問題な」数学です。線形代数におけるベクトルのことです。なお、線形代数は高校の数学にありませんが、線形代数の中の「行列」について、その初歩が高校数学に出ていたようです。
さて、数学者の「強引な押し切り」が線形代数でも発揮されます。上の式から分かるように、一般的にベクトルを表現すると、
ベクトルV=(V1,V2,V3 )
となります。V1,V2,V3 は座標です。少なくとも座標のつもりです。
〔次へ続く〕 -
No.11
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:52
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の11番目
同じ名前の「掛け算」でも、出発点の「掛け算」と、数学者が押し切った「掛け算」とは全く違います。こういった大違いを比喩的に言えば、話題は違いますがスピノザの表現を借りると、…同じ「犬」でも、動物の「犬」と星座の「犬」ほどの違いがある(『エチカ』第一部の定理17の備考)…となります。
以上が、(イ)の説明です。
以上において、数学者の「強引な押し切り」を何度か述べました。これにより、新しい概念を作り、その概念を表わすための新しい記号を作る、と述べました。その事例をもう一つ示します。
〔次へ続く〕 -
No.10
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:51
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の10番目
まず理解できる事例から。…ここに長さ2メートルの棒が3本あります。この3本をまっすぐ継ぎ足せば何メートルになりますか。答は、「2メートル×3本=6メートル」です。あるいは、「2メートル+2メートル+2メートル=6メートル」でもかまいません。この場合、省略表記である掛け算によらず、「フルネーム」で表記したわけです。
では、次の問題。ここに長方形があります。縦2メートル、横3メートル。面積はいかほどか。むろん、2メートル×3メートル=6平方メートルです。つまり、縦×横です。しかし、掛け算は足し算の省略表記であることを思い出して下さい、この掛け算を足し算に戻せますか。と言うより前に、そもそも、長さ(縦)に長さ(横)を掛けるとは、いったい何を意味するでしょうか。むろん、「掛けるんじゃないか」「2かける3は6じゃないか」と応じるでしょう。しかし、繰り返しますが、掛け算は足し算の省略表記です。面積を求めるための掛け算を足し算に戻せ、と言われれば、どうしますか。「長さに長さを掛ける」という文章の意味を、掛け算の定義に基づいて説明できますか。さらに、面積の単位は平方メートル、つまり、メートル×メートル、mの2乗です。この単位は何を意味しますか。「むろん、長さと長さを掛けるからだ」と答が返るでしょう。すると元に戻ります…「長さに長さを掛ける」とは何を意味しますか、と。
これは説明できません。というより、説明できなくて当然です。ここにおける掛け算は、もはや定義から離れて「独り歩き」をする掛け算であるからです。新しい概念としての掛け算です。新しい(=訳の分からない)概念であるにもかかわらず、我々が何とも思わないのは、既に慣れきっているからです。小学校時代から面積の計算や平方メートルの単位(m2乗)に慣れているからです。
〔次へ続く〕 -
No.9
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:50
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の9番目
ここで或る人は、「その説明はおかしい」と言い、「2×0.3 =0.6 」であることを説明しようとするでしょう。「小数」なるものの説明から始めようとするでしょう。それは見当違いです。ここでは、「2×0.3 が0.6 であることを説明せよ」とは言っていません。「2×0.3 を足し算に戻せ」と言っているのです。そして、戻せないことが確認できればそれでいいのです。つまり、足し算の省略表記として出発した掛け算が、数学者の強引な押し切りにより、新しい概念に変わったことが確認できればいいのです。
ちなみに、虚数「i」ですが、電気工学では、「i」を指数に持つ式で交流電圧を表わすことがあります。現実に手触りがあるものを、実体がない「i」で表わすというのも不思議です。これは、オイラーの公式(高校の数学にない)を用いるためです。この公式は単純ですが、例え話ができない純粋な抽象概念です。虚数を用いて三角関数を指数関数に換える式ですが、雑に言えば、直交座標を極座標に変換するような式、となります。大学や高専で電気工学を学ぶ学生は、「i」を指数に持つ交流電圧の式を、何の心理的抵抗もなく、読み且つ書きます。彼らに、「それは何だ」と訊いても、返る答は、「こう書くものなんですよ」だけです。慣れてしまえば、誰でもこの境地に達することができます。
注釈を一つ。「2×0.3 を足し算に戻すのは簡単だ。0.3 +0.3 でいいじゃないか」と言う人が出るかもしれません。これは間違いです。少なくとも、不十分です。なぜなら、掛け算の順序を変えているからです。それを主張するなら、その前に、乗法において交換法則が成り立つことを証明せねばなりません。…以下略。
さて、理解していないにもかかわらず慣れているので何とも思わない…この事例をもう一つ。
〔次へ続く〕 -
No.8
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:49
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の8番目
累乗は掛け算の省略表記です。「2×2×2」を、「2の3乗」と表記するわけです。したがって、「AのB乗」におけるB(=指数)は自然数に限定されます。ところが数学者は、例によって、「そんな限定はけしからん。どんな数字でも使えるようにしてしまえ」と押し切ります。結果、「2の1.7乗」というような、意味をなさない(=掛け算に戻せない)累乗が現われます。それどころではありません。虚数「i」をご存じでしょう。「iの2乗=-1」です。この虚数iからして例え話で表わせないのですが、それはともかく、大学の数学レベルでは、このiを指数に使い、「2のi乗」などという累乗まで現われます。こうなれば、「記号の遊び」です。しかし、この「遊び」に意味を付けてしまうのが数学者です。ここに至って、累乗はもはや当初の定義から離れ、新しい概念を作ることになります。
われわれはこれらの概念を「理解する」のでなく、「慣れる」ことに努めねばなりません。「2のi乗とは一体なんだ」と言うのは手前勝手な発言です。そう発言するなら、その前に、「2×0.3 とは一体なんだ」と言うべきです。両者は同類ですから。にもかかわらず、一方を疑問視し、他方を疑問視しないのは手前勝手です。…とは言っても、「2のi乗とは一体なんだ」と言いたくなるのが自然ですが。要するに、一方には慣れており、他方には慣れていない、というだけの話です。理解していないという点では、素人も数学者も同じです。「2×0.3 」を足し算に戻せ、と言われて素人が立ち往生するように、数学者も「2のi乗」の説明に立ち往生します。われわれ素人が理解できない高級なことを数学者は理解している…のではありません。数学者は慣れている、素人は慣れていない…という違いがあるだけです。両者の違いは、頭の良し悪しでなく、慣れの有り無しです。〔次へ続く〕 -
No.7
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:49
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の7番目
ところが当然ではありません。前述した「2×0.3 」を見てください。これを足し算に戻せますか。戻せないでしょう。なぜでしょう。「=0.6 」と正しく答えられるにもかかわらず、説明に窮します。説明に窮するということは、理解していないということです。理解していないにもかかわらず、「それがどうした」と、何とも思いません。当然です。正しい答えを導けますから。
繰り返しますが、数学者は強引です。A×BにおけるBは、掛け算の定義からして、自然数に限定されます。ところが、数学者は、「そんな限定はけしからん。どんな数字でも使えるようにしてしまえ」と押し切ります。結果、「2×0.3 」は、掛け算の定義からして何の意味も成さないにもかかわらず、意味を成すことにしてしまいます。つまり、この瞬間に、掛け算は「独り歩き」を始めます。当初の定義から離れて、変容し、新しい概念を形成するに至ります。他方、小学校時代から、「2×0.3 =0.6 」と書いている我々素人は、そんな変容など思いも寄らず、無縁です。無縁(=理解できていない)にもかかわらず、同じことを何度もノートに書くうち、何とも思わなくなったまでです。以下、同趣旨のことを並べます。
〔次へ続く〕 -
No.6
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:48
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の6番目
このように、「例え話」ができる概念は容易に理解できます。厄介なのは「例え話」ができない概念です。さいわい、そのような厄介な概念は、高校の数学ではほぼ現われません。前述の新聞投書では微分積分を難しいものとして述べますが、そうではありません。微分は接線、積分は面積、という「例え話」ができます。
以上で(ア)が済みました。次に(イ)です。
例え話ができない概念でも、慣れてしまえば厄介とは感じない、という面があります。2×0.3 という掛け算は、「=0.6 じゃないか。それがどうした」と、誰も何とも思いません。しかし、本当は、なぜそうなるか誰も説明できません。にもかかわらず、慣れているため何とも思わない…これが好例です。
と述べても理解されにくいので、順序立てます。
出来ないものを出来ることにする…「2-3」を出来ることにする、等々…これにより新しい概念(新しい記号)を作り出す。これ以外にもう一つ、新しい概念を作る(数学者の)やり方があります。いつもながら強引です。「何でも使えることにしてしまえ」というやり方です。事例を示します。
そもそも掛け算とは、足し算を省略した表記です。「2+2+2」を省略した表記が「2×3」です。2が3つなら、省略してもしなくても大して変わりませんが、2を100個も足すとなると、書くほうも見るほうも大変です。そこで、「2×100」と省略表記すれば、双方とも楽です。これが掛け算の定義です(=足し算の省略表記)。
ということは、全ての掛け算は足し算に戻せる、ということです。イニシャルをフルネームに戻すのと同じです。また、一定の「制限」がかかることも分かります。A×BにおけるBは自然数に限る、ということです。足し合わせる個数がBですから、これは当然です。 〔次へ続く〕 -
No.5
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:47
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の5番目
したがって、学習者はこの記号に慣れねばなりません。つまり、記号を見た瞬間、その概念が反射的に頭に浮かばねばなりません。これは外国語の慣れと同じです。mountainを見た瞬間、翻訳を介することなく「山」と理解する…これと同じです。
ただ、外国語と異なり、数学では、概念からして(イロハから)習得せねばなりません。mountainという概念(実物)は日本語にもあるので、この場合、「名札の貼り替え」だけで理解が済みます。数学ではそうは行きません。習うまでは概念そのものが頭にありません。ですから、この新概念を頭に収めることから始めねばなりません。数学の難しさはここにあります。ただ、前述のように、「例え話」で示せるなら、理解は容易です。たとえば、負の数(マイナス)がそれです。
負の数とは、紛れもなく、数学の抽象概念です。自然数(正の整数)は、その名のとおり自然界に対応(存在)しますが、負の数は対応しません。したがって理解困難なはずですが、都合のよいことに、例え話で示せます。…リンゴが3つ必要だが2つしかない。1つ足りない…。このように足りないことをもって、これが負の数だ、と説明できます。しかし、これはあくまで例え話の一つです。負の数そのものではありません。負の数=足りないこと、ではありません。その証拠に、全く異なる例え話が可能です。
自動車Aは時速百キロで東へ走る。他方、自動車Bは時速百キロで西へ走る。この場合、Aと逆向きに走る自動車Bの速度を、マイナス百キロと表現できます。
ここから分かるように、「足りない」と「逆向き」とは全く別の話です。負の数(マイナス)はあくまで抽象概念です。「足りない」も「逆向き」も、「例え話」「絵解き」にすぎません。しかしながら、われわれは、「足りない」「逆向き」というような現実適用の面になじみきっています。そのため、「本来、負の数は抽象概念だ」という意識がもはや有りません。 〔次へ続く〕 -
No.4
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:46
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の4番目
掛け算には九九があります。つまり、公式があります。公式があるから、全ての掛け算ができます。しかし、割り算に九九はなく、「割り算とは掛け算の逆だ」という定義があるだけです。結果、「1÷3」など、できない割り算が現われます。数学者は、できないから放置するという態度を採りません。無理矢理できることにします。そこで、分数という新しい概念を作り出し、新しい記号「1/3」を作ります。
以下、同様に進みます。
全ての平方は可能です。同じ数を2回かけるだけですから。しかし、平方根は、「平方の逆だ」という定義だけです。結果、不可能な(=分数や小数で表わせない)平方根が現われます。そこで、新しい概念「無理数」が作られ、新しい記号「ルート」が作られます。なお、平方根のほかにも無理数があります。
さらに、全ての関数は、導関数の定義(=公式)に基づき、微分が可能です…微分不可能なものもありますが、今は細かいことは省略(非厳密)…。他方、積分は、「微分の逆だ」という定義だけです。結果、積分できない関数が現われます。例えば、高校2年くらいの数学なら、「y=1/x」という簡単な関数すら積分できません。数学者は、「積分できないとはけしからん。できることにしてしまえ」と言い、それを無理に表わすため、新しい関数を生み出します。対数関数(高校数学にある)、ベッセル関数(高校数学にない)などがそれです。ベッセル関数とは、或る種の微分方程式が解けない(=積分できない)のに、解けることにして、その答えを新しい記号で表わします。
以上のように、出来ないものを出来ることにしてしまう…結果、新しい概念(および新しい記号)を生み出すのが数学者のやり方です。
〔次へ続く〕 -
No.3
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:45
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の3番目
逸れた話を元に戻します。…まず、数学は、自然数(=正の整数)に関わるものを除き、抽象概念の塊りです。抽象概念を理解するのは確かに難しい。ただ、次の二条件のうち一つがあれば、理解は簡単です。
(ア)抽象概念を、「例え話」や「絵解き」で示せる。
「例え話」や「絵解き」で示せないのが「純粋な抽象概念」です。
(イ)とにかく慣れてしまう。結果、理解していなくても何とも感じなくなる。
それぞれ事例を示します。長い説明になります。
まず(ア)について。
掛け算には九九があります。強いて言えば、足し算にも九九があります。つまり、1+1=2、1+2=3、……、9+8=17、9+9=18。この九九があれば、桁に関わらず、全ての足し算ができます。つまり、足し算には九九という「公式」があります。他方、引き算には「公式」がありません。「引き算とは足し算の逆だ」という定義があるだけです。結果、「できない」引き算が現われます。「2-3」など。できないから放っておけばいいはずですが、数学者はツムジ曲がりですから、「全部できるようにしてしまえ」と強引に押し切ります。そこで、「負の数」という概念を新しく作ります。新しい概念を作るということは、その概念を表わすための新しい記号を作るということです。マイナス記号「-」がそれです。ここに至って、今まで(ゼロより)右にだけ延びていた数直線が(ゼロより)左にも延びることになります。
数学者は、同じやり方で次々と「開拓」します。
〔次へ続く〕 -
No.2
〔前からの続き〕 ***数学…
2018/08/05 13:45
〔前からの続き〕
***数学の難しさについて*** …18分割の2番目
関数の連続とは…関数を表わす曲線が、或る箇所で連続して(=つながって)いる。この場合、この箇所にある二つの点は、横座標(x座標)の差が小さいなら縦座標(y座標)の差も小さい…ということです。切れていればそうは行きません。横座標の差が非常に小さくても、縦座標の差は極度に大きくなります。地震で上下に大きな段差が生じた道路を考えてください。段差箇所を水平方向にわずか一歩進むにも、垂直方向には1メートルも2メートルもよじのぼる(或いは、よじくだる)ことが必要です。…これだけの話を、トンデモ教科書は見事に理解不能な筆さばきで述べます。
そういう場合、まず非厳密な説明から始めるのが適切です。その説明により、何が言いたいのか分かります。そのあとに厳密な説明へ進めばいいのです。
他の例で言えば、英単語makeの意味を知らない人が、「どういう意味ですか」と尋ねます。makeは基本語ですから、英和辞典には1~2ページもの詳しい説明があります。その説明を全て聞かせれば、それは確かに「正確な」説明です。しかし、聞く人は何が何だか分かりません。そうでなく、「この単語の意味は『作る』です」と言えばいいのです。英語教師は、「そんな荒っぽい説明があるか」と言うでしょう。しかし、尋ねた人は、聞いた知識をもとにシェークスピアを読もうというのではありません。知らないから素朴に尋ねたまでです。その人に最初から辞典の全説明を聞かせるのは見当違いです。同じことが大部分の数学教科書(高校、大学)に関しても言えます。
〔次へ続く〕 -
No.248
【「第二公用語」について】 …
2018/06/13 14:54
【「第二公用語」について】
ひところ、英語の第二公用語化が話題となりました。その折り、「公用語」の定義を間違えている、との指摘がありました。しかし、見向きされなかったようです。その結果、英語が第二公用語になれば国民全員が英語を習得せねばならない、という間違った理解が広まりました。
或る国において或る言語を公用語に指定する。その意味は簡単です。指定された言語を心得ていれば不自由なく暮らせる、そういう社会体制を作る、ということです。
例え話で示します。中国においてモンゴル語を第二公用語に指定する。これは、モンゴル語を心得ていれば(モンゴル語しか知らなくても)中国国内で(言語面の)不自由がない、ということです。公的機関の利用その他において、モンゴル語だけで用が足りる、ということです。具体例で言えば、中国の紙幣は数種類の言語で金額を記します。これら言語の一つ(だけ)を心得ていれば紙幣を使える、ということです。もっとも、現実には、全てをそういう体制にするところまで至りませんが、理論上はそういうことです。
ここから分かるとおり、モンゴル語を第二公用語に指定しても、国民全員がモンゴル語を習得する必要はありません。当然です。同じ趣旨で、ウイグル語を第三公用語に指定、チベット語を第四公用語に指定、などと拡大しても、国民はそのうち一つを使えればよいだけです。
他方、英語第二公用語化の議論では、なぜか、「国民全員が英語を習得せねばならない」となりました。もしこの議論で行くなら、第三・第四公用語を指定すれば、それらを全て習得せねばならないことになります。何とも無茶な話です。そこを考えれば、「国民全員が英語習得」の間違いに気づくはずですが、ほとんど誰も気づきませんでした。
英語第二公用語化の議論において、論者が言いたいことは、国民に英語を習得させよ、ということでしょう。そして、習得の義務づけ云々が、「第二公用語」と混線したのでしょう。「公用語」の定義を確認することなしに、「義務」と「公用」が頭の中でつながったのでしょう。英語習得はともかく、そこに「公用語」を出すのは筋違いでした。 -
No.239
【英EU離脱の関連話題】…その…
2018/03/25 14:08
【英EU離脱の関連話題】…その8(最終)
背表紙に違いがあるほか、目次の位置も異なります。日本の書籍は目次が最初にあります。英語の書籍も目次が最初。しかし、大陸式では最後にあります。もっとも、最近は、背表紙と同じく、大陸式の目次にも「変化」があります。
このような体裁面での違いのほか、表記面での違いもあります。小数点をピリオドで書くかコンマで書くか。また、和文のカギ括弧に当たる引用符号など。“○○○”は英語式です。大陸式はドイツ語とフランス語でも異なります。云々。
ちなみに、エスペラント書籍の体裁は、どのような経過・事情で(=何を元に)決まったのでしょうか。ご教示いただければ幸いです。
* * *
ところで、本来の話題に戻ります。全人類がエスペラントを(補助語として)使う。これに私は(今のところ)賛成しません。しない理由は過去に(当掲示板でクドクドと)述べました(古いため今は消滅か)。もっとも、海外の古書の入手のためエスペラントを割合に利用していた私には、そう述べる資格はないのですが…。
ただ、全人類でなく欧州人の補助語であれば賛成します。同じ(欧州)文化基盤の延長上に(エスペラントが)あるからです。もっとも、この見方(=全欧州は同一基盤上)にも荒っぽいところはありますが。例えば、ドストエフスキーが、「西欧にとってロシアは日本より異質だ」という趣旨のことを述べていますから。「中国の首都は東京か」と発言する西洋人の荒っぽさに等しいかもしれません。「こんな発言をする西洋人はいくらでもいる」と芹沢光治良氏が述べていました(割りと昔の話です)。
それはともかく、共通の基盤があれば補助語も有用です。けれども、ない場合はどうでしょうか。私の過去の「クドクド」も要するにこのことです。これについて、いろいろな考えを聞きたく思います。
なお、私は、エスペラント運動は有用と理解します。欧州補助語になる可能性があるからです。この運動にEU共通語を目指す働きかけはあるのでしょうか。あれば、その実現を望みます。
*** 以上、スレッド「エスペラント語とは」の2016年の投稿から転載しました。 ***

投稿者のかたがた、大変ありがと…
2019/01/27 13:24
投稿者のかたがた、大変ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。
トピ主から