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投稿コメント一覧 (47371コメント)

  • 相対性理論の結論である「運動している物体の長さは短縮する」は運動の方向にだけ見られる現象です。運動方向と直角の方向や、こちらに向かってくる場合は長さが短縮していないそうです。

    それに対して、時間の遅れは運動方向だけではありません。運動している物体をどの方向から観測しても(すなわち、全方位的に)、時間が遅れて見えます。つまり、こちらに向かってくる物体の時間も遅れています。

    このように、こちらに向かってくる物体に関しては、相対性理論から帰結される2つの結論(長さの短縮と時間の遅れ)が乖離しています。相対性理論は支離滅裂の理論です。アインシュタイン先生、申し訳ありません!ⅿ(__)m

  • 返信をありがとうございました。

    観測された値は、すべての人にとって同じになるように調整するのが科学です。その調整とは、観測の基準点を同じに設定することです。たとえば、新幹線の速度を観測する場合、すべての観測者に「基準点をこの駅のプラットフォームのこのポールに設定する」などです。

    > 上記の調整法は「ある特定の座標系を正しい座標系とする」というものであり間違ったやり方である

    「正しい」という用語は不要です。「ある特定の座標系を設定する」という表現が好ましいです。

    >上記は例えば「ヒデの主張を正しいとする」というようなもので、まさに絶対王制、ファシズムのやり方であるからだ 任意の人の観測が正当化されるように調整するのが民主主義w そしてそれはそれぞれの座標系の間の座標変換を適切に選ぶことで実現できる 自分の座標系しか見えない独善的発達障害者には決して理解できないだろうがね

    数学は民主主義ではありません。あなたは、数学に多数決を導入したいのでしょうか?

  • >相対主義なら、勝ち負けは存在しないw

    ソフィストはそうは教えませんでした。

    >じゃ、ソフィストは相対主義者じゃないなw

    彼ら(ソフィスト)は政治家を育てようとしていたのです。世の中には反対する意見は必ずあります。その反対意見を押さえつけて、自分の意見を通すためには、科学における絶対主義ではなく、相対主義が必要でした。相対主義な相手の立場を尊重して同等に扱うということで決着されるのではなく、「言いくるめた者が勝ち」なのです。

    >自分の意見を通すのは、「自己中心主義」という名の絶対主義であって相対主義でもなんでもない。

    絶対主義は、「客観的な真理は万人に適用される」という考え方です。これは自己中心の思想ではなく、客観性のある思想です。数学はその代表です。数学は万人を無理に従わせるような自己中心的な独裁主義ではありません。

    > 反対意見を押さえつけるのは相対主義の否定。

    数学で反対意見が出てきたら、正解は意味がなくなります。

    > 言いくるめて勝とうとするのは相対主義の否定。

    相対主義は「各人の言っていることが正しい」という相対性理論的な真理を主張しています。だから、正解が出てこないので、二人の相対主義者が論争を始めたら、「自分が正しい」とお互いに言い張るだけです。そうしないと、裁判になったとき判決が出ません。あなたは、相対主義=民主主義だと勘違いしていませんか?

    >ヒデは「万人の直感こそ正しい直観」とかいうわけのわからない根拠によって相手を言いくるめて勝とうとする自己中心主義者。つまり、ヒデこそソフィスト!w

    いいえ、ソフィストはアインシュタインです。アインシュタイン先生、ごめんなさい!アインシュタインは宇宙中に時計の数だけ時間を置きました。そして、その各時計が「俺が正しい」と言い争っているのです。この相対主義が、真の民主主義と言えるのでしょうか?

  • 線に端がないと、長さがありません。

    >残念ながらそんなことはありません。開区間(0,1)も閉区間[0,1]と同様、長さは1だ

    閉区間には長さがありますが、開区間には長さはありません。長さとは、ユークリッドが述べたように「端から端までの距離」です。開区間には端がないのです。だから、開区間には長さがないのです

    >お前は、よく現代数学の誤りを次から次へと見つけてくるなあ。今のままの数学でいいんだよ。波風立てるな!開区間(0,1)の長さは1であると、そのまま覚えろ!

    いやです。私は私の頭で真理を考えます

    >優秀な生徒は、先生の教えたことをそのまま鵜呑みにするもんだぞ

    それは、定期試験や期末試験や入学試験などの受験勉強の話です。模範解答に近い解答を書かなければ点数はもらえません。しかし、数学革命を起こすためには現在の模範解答を書き変えなければならないのです

    >先生の立場はどうなるのだ!?

    それは天動説の場合も言えます。ブルーノやガリレオが不幸な目に遭ったのは、革命によって権威者や権力者のメンツをつぶしたからです。

    革命は必ず先人たちのメンツをつぶすのであって、これは数学革命も物理学革命も同じです。ただ、パラダイム内でパズル解きをしている間は、誰のメンツもつぶさない(?)から、喜んで受け入れられて、フィールズ賞やノーベル賞をもらえます。

    でも、パラダイムの転換を伴う真の数学革命や真の物理学革命は、あまりにも多くの先人たちの功績を否定し過ぎて、フィールズ賞やノーベル賞の対象外となっています。

  • 文学は多義性を話題にすることもあります。1つの言葉がいろいろな意味で使われているので、このような多義性単語をテーマに人々の誤解に基づく悲劇や喜劇を楽しむこともできます。

    でも、数学はこのような多義性(例えば、ヒルベルトの無定義語の導入は、定義がなくなったことによる多義性の導入を促しています)を楽しむ学問ではありません。

    【無定義の予想外の結末】
    無定義は多義性を生む。多義性によって、真の場合や偽の場合を生み出し、分類から場合分けに変化する。

    無限や矛盾の多義性を楽しむことは、数学本来のあり方ではないのです。今まで、無限を思考して狂ってしまった歴史上の数学者、矛盾で苦しんだ数学者は多々いました。彼ら(カントールやツェルメロら)は、本当は単純に思考すれば、狂うこともなかったのでしょう。

    また、「無限とは、限りが無いことだ」と一般人と同じことを考えれば、カントールもヒルベルトも、ノイマンもゲーデルも、矛盾した世界に突入することはなかったのです。

  • 公理と定理は違うことをご存知でしょうか?この垣根を取っ払ったのがヒルベルトですが、定理の否定からは必ず矛盾が証明されます。しかし、公理の否定からは絶対に矛盾が証明されません。これが、公理と定理の決定的な違いの1つでもあります。

  • 「ブラックホールのパラドックス」とは、私の考案した相対性理論の矛盾です。ブラックホールは巨大な重力を持っているため、近くの宇宙船を猛スピードで飲み込んでしまいます。宇宙船とブラックホールが近づけば近づくほど重力は増加するため、速度はどんどん増加します。

    ところが、重力が増加すればするほど、相対性理論が正しければ時間の進み方が遅れます。これより、遠くから「宇宙船がブラックホールに吸い込まれる現象」を見ている観測者は、宇宙船がブラックホールに速度がどんどん遅くなるのを観測できます。そして、いざブラックホールに吸い込まれる寸前に宇宙船の時間経過はゼロと観測されるため、宇宙船は停止しているように見えます。

    (1)巨大な重力のため、宇宙船は速度を増してブラックホールに吸い込まれる。
    (2)巨大な重力のため、宇宙船は速度を落としてブラックホール手前で止まる。

    相対性理論が正しければ、この相反する2つの現象が起こるはずです。この矛盾した現象を回避するためには、答えは2つしかありません。それは、ブラックホールの存在を否定するか、相対性理論を否定するかです。

    ブラックホールは相対性理論から生まれた天体であり、おおもとの相対性理論を否定すればブラックホールも否定され、すべてが丸く収まります。

  • >∞は数ではないが、数学では「非常に大きな数」という一般的認識がある。

    あなたはその認識が正しいと思いますか?間違っていると思いますか?

    >だからこの式は間違いではない(笑

    あなたは、「3<∞という不等式は間違っていない」と信じ込んでいるのですね?これは、∞という記号が自然数あるいは実数でなければ成立しない不等式ですよ。

    >あなたのような細かなクレームを付けていたら、n→∞というような表記さえできなくなる。数学は、もっとアバウトで良いんだ!

    数学は細かなクレームをつける学問です。それを「数学は論理にとても厳しい」と表現しています。数学には、針の穴ほどの論理的ミスがあってはならないのです。それを自覚するならば、等式も不等式も正確に記載すべきでしょう?

    > 何度も言うが、私は、∞は数ではない、ということくらいは分っているのです(笑

    だったら、3<∞ や -∞<3 という不等式も、書いてはなりません。そもそも、「∞は数ではないが、非常に大きな数である」というあなたの主張は完全に矛盾しています。ⅿ(__)m

  • ZFC集合論には9個の仮定があります。9個目は選択公理です。

    ZFC集合論:A1,A2,A3,A4,A5,A6,A7,A8,A9

    これがもし、単なる仮定ならば、それぞれの仮定を否定した別の公理的集合論も許されるはずです。たとえば、

    非ZFC集合論:A1,A2,A3,A4,A5,A6,A7,A8,¬A9
    反ZFC集合論:¬A1,¬A2,¬A3,¬A4,¬A5,¬A6,¬A7,¬A8,¬A9
    半ZFC集合論:¬A1,¬A2,¬A3,¬A4,¬A5,A6,A7,A8,A9

    などです。なぜ、無限集合論はこれらの集合論を認めないのでしょうか?

  • ユークリッド幾何学:E1,E2,E3,E4,E5

    >E1,E2,E3,E4からはE5を証明することができない以上は、E5が真であるとは言い切れない。つまり、平行線公理の否定¬E5を真とする幾何学を否定することができない

    そうきましたか。では、同じことをE4でやってみましょう

    E1,E2,E3からE4は証明できない。だから、E1,E2,E3,¬E4を仮定とする幾何学を否定できない。

    ついでにE3でしてみます

    E1,E2からE3は証明できない。だから、E1,E2,¬E3を仮定とする幾何学を否定できない。

    ついでに

    E1からE2は証明できない。だから、E1,¬E2を仮定とする幾何学を否定できない。

    最後に

    E1は証明できない。だから、¬E1を仮定する幾何学を否定できない。

    つまり、E1,E2,E3,E4,E5のうち、どれを否定しても許されるようになります。これによって、あなたは次のような幾何学も認めざるを得ません

    ハチャメチャ幾何学:¬E1,E2,¬E3,E4,¬E5

    もし、このハチャメチャ幾何学を物理学に使うことができれば、ブラックホールに関する難問を一気に解決してくれるかもません

  • >いいことじゃないか。大いに歓迎する

    アインシュタインはE1,E2,E3,E4,E5で解決できなかった水星の近日点問題をE1,E2,E3,E4,¬E5で解決しました。では、これからはE1,E2,E3,E4,E5でもE1,E2,E3,E4,¬E5でも解決できないブラックホールの問題は、ぜひ、¬E1,E2,¬E3,E4,¬E5で解決してみてください。もし、このハチャメチャ幾何学で解決できないときには、今度はハラホロヒレ幾何学を使ってみましょう

    ハラホロヒレ幾何学:E1,¬E2,E3,¬E4,E5

    とにかく、仮定の組み合わせは膨大な数になります。つまり、膨大な数の幾何学が存在します

    >それは画期的なアイデアだ!そこで、わしは次のような反ユークリッド幾何学を考案した

    反ユークリッド幾何学:¬E1,¬E2,¬E3,¬E4,¬E5

    >この幾何学は、従来の非ユークリッド幾何学よりも強力だと思うんじゃ。これで、ブラックホールの問題が解決できるかどうかを検証してみたい

    いろんな幾何学があるね。じゃあ、どれがいったい正しいの?

    ユークリッド幾何学:E1,E2,E3,E4,E5
    非ユークリッド幾何学:E1,E2,E3,E4,¬E5
    ハチャメチャ幾何学:¬E1,E2,¬E3,E4,¬E5
    ハラホロヒレ幾何学:E1,¬E2,E3,¬E4,E5
    反ユークリッド幾何学:¬E1,¬E2,¬E3,¬E4,¬E5

    >現代数学ではみんな正しい。現実の宇宙はいったいどの幾何学が一番適しているのか?それを探すのがわしらの仕事じゃ

    そうですね。一般相対性理論を支えている非ユークリッド幾何学以上に、ブラックホールをうまく説明できる幾何学がこれらの中にあるかもしれませんね。失礼な表現がありましたら、大変申し訳なく思います。ⅿ(__)m

  • 客観的な時刻は万人に共通しています

    >そもそも、客観的な時刻が存在する保証がない

    事象の唯一無二性が保証してくれます

    >2つの事象の同時刻性が万人に共通かどうかを問うている。1つの事象なら同時刻もへったくれもない

    「1つの事象なら同時刻もへったくれもない」というのは、『1つの事象は、すべての観測者にとって同時刻である』ということを言ってくれたのだと解釈されますが、いかがでしょうか?

    >時刻と経過時間の関係なら、相対論では経過時間は時刻の差と定義していないから問題ない。キミが、間違った経過時間の定義を改めればいいだけ

    間違った時間経過を計算させているのは相対性理論のほうではないのでしょうか?事象X1はすべての観測者にとって同時刻です。事象X2もすべての観測者にとって同時刻です。ということは、すべての観測者にとって、時間経過が同じなります。

    経過時間とは、時刻と時刻の差です。あなたの持っている腕時計が3時から4時になったとき、1時間経過しています。この基本を忘れないようにしてください

    >基本などどうでもよい。大事なのは応用であり、利便性である

    基本を忘れた応用は間違いのもとです

    >いいや、実際、時計による測定では実際の時刻は設定しようがない

    時計は絶対時間の代用品です

  • >ザンネンだが、絶対時間が存在する、という主張には証拠が必要だ。時計による測定という証拠がね。 証拠がないなら、物理学では無意味なのだよ

    絶対時間は点や線と同じく、心の中の理想的な存在です。あなたは『点が存在する』という証明をお持ちでしょうか?あなたは『点が存在する』という証明も持っておらず、『点が存在しない』という証明も持っていません。でも、頻繁に『点』という単語を使い続けています

    >そんな基本を持ち出すな。大事なのは基本を忘れて、利便性のみを求めることだ。したがって、現実に基づく物理学においては客観的な時刻は存在しない、と考えるのが妥当だ

    それは、たった1つの真実など存在しないというソフィストの発言でしょう

    >否。AとBは同時刻というのが物理学における命題でないというだけのこと

    だったら、ガリレオの落体の実験は無意味ですね。物体を自然落下させたとき、手を離した瞬間の時刻は地上の時計と物体の時刻は同時刻とは言えず、落ちた瞬間も地上の時計と物体の時刻は同時刻とは言えません

    >それは例外だ。そのような実験の際には、AとBは同時刻というのが物理学における命題となる

    支離滅裂ですね

    >支離滅裂のどこが悪い!相対性理論はもともとからして支離滅裂だ!

  • 返信をありがとうございました。

    H:ヒデ
    E:アインシュタイン

    H「物体Bに座標系Yを設定するのであれば、物体Aもその座標系Yで表示し直すべきです」
    E「もちろんだよ。どこの世界に”物体Aに設定した座標系をXとする。物体Bには、別の座標系Yを設定するのが正しい。なぜならば、物体にはそれぞれ固有の座標系があるからだ”なんてこというヤツがいるんだい?」
    >H「えっ、物体Bの座標系を別に考えるのであれば、物体Bだけを座標変換したことになるのでは?」
    E「ならないよ。時空全部を座標変換するんだよ。そんなこと常識なんだけどな。」
    >H「ところで太陽系にはいくつかの惑星があります。ニュートン力学では、これらの惑星はすべて同じ座標系に属しています。」
    E「というか、普通時空全体を、同じ座標系で考えるのはどんな理論でも同じだと思うけど」
    H「でも…相対性理論では違うのでしょう?」
    E「違わないよ。違うのは同時だけ。これはニュートン力学にはない特徴だけど ある座標系での同時刻が、別の座標系ではそうではない、ってことなんだ。このことだけをとらえて”相対論は間違ってる!”と絶叫する人がいて困ってるんだけど、君はそんなことないよね?」
    H「…」
    まさに、図星をつかれて黙るヒデw

    私たち人類は、矛盾した相対性理論に説得されていつまでも黙り続ける存在ではありません。アインシュタインさん、あなたが「同時」と言っているのは、「事象の同時」でしょうか?それとも、「現象の同時」でしょうか?アインシュタインさん、あなたは同時が2つあることをご存知でしょうか?同時が「事象の同時」と「現象の同時」に分類されることを知っておられますか?もし、相対性理論が同時を話題にするならば、少なくとも「事象の場合」と「現象の場合」に場合分けして論じるべきではないのでしょうか?アインシュタイン先生、申し訳ありません!ⅿ(__)m

  • ヒルベルトは、『直観』と『直観の否定』という名前の新たな直観も数学に取り入れてしまったのです。彼が直観を否定した根拠は、彼独自の直観です。ヒルベルトは証明で直観の存在を否定したのではなく、『直観を否定したい』という感情を用いて、直感的に直観を否定したのです。これが『平行線公理も認める』『平行線公理の否定も認める』という矛盾を知らず知らずに受け入れてしまっていたのでした

    >ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学は同時に用いない

    同時に用いないのではなく、同時も用いることができないのです。なぜならば、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学はお互いに矛盾しているからです。そして、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学がお互いに矛盾している理由は、平行線公理と平行線公理の否定がお互いに矛盾しているからです

    >いや、お互いに矛盾していない

    あなたは「平行線公理と平行線公理の否定が、お互いに矛盾している」ということを認識していますか?つまり、平行線公理が真ならば、平行線公理の否定は偽です。したがって、ユークリッド幾何学が無矛盾ならば、非ユークリッド幾何学は矛盾しています。この事実から何がわかるのかというと、次なる証明は間違いであったということです。

    ユークリッド幾何学が無矛盾ならば、非ユークリッド幾何学も無矛盾である。

    これは、モデルを用いて証明されています、つまり、モデルを用いた証明は間違っているということがわかります。なぜ、モデルは間違いなのか?それは、モデルの扱う直線は本当の直線ではなく、円弧や大円などの曲線だからです。曲線を直線と偽ることによって、上記のモデルを用いた証明が行なわれていたいのです。

    >まさか、ユークリッド幾何学は直線を扱い、非ユークリッド幾何学は直線ではなく、擬直線(直線のモデル=直線モドキ)を扱っているとでもいうのか?

    そうです。平行線公理と平行線公理の否定は、お互いに矛盾しています。『ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学を同時に用いないから矛盾していない』というのは単なるゴマカシの言い訳に過ぎません。失礼な表現がありましたら、大変申し訳なく思います。ⅿ(__)m

  • >ユークリッド幾何学の定理が非ユークリッド幾何学では否定されることはある。三角形の内角の和はユークリッド幾何学では二直角だが、非ユークリッド幾何学では二直角ではない

    双曲面上には本物の3角形は存在していませんよ。こんな簡単な事実が認識できないのでしょうか?m(_ _)m したがって、『存在していない3角形の内角の和が二直角より小さい』という発言にどれだけの価値があるのでしょうか?

    私たちは「正真正銘の3角形」と「3角形モドキ」を区別する必要があります。ユークリッドは正真正銘の3角形について述べており、非ユークリッド幾何学では3角形モドキについて述べられています。本物と偽物を見分けることができる数学教育が必要でしょう。私たち大人は、それを初等教育の中に取り入れるべきだと思います。子どもの頃から「だまされない脳」を育てるのです。

    非ユークリッド幾何学にだまされる子どもたちを作らない、相対性理論にだまされる子どもたちを作らない、無限集合論にだまされる子どもたちを作らない…これらはすべて「人間としての良識」を大切にすることです。良識は「いじめの解決」「犯罪の解決」「対立の解決」「戦争の解決」に必要な最も大切なものです。詭弁を弄する子どもたちを作らず、良識ある子どもたちを育てるためにも、無限集合論と相対性理論と非ユークリッド幾何学を、私たち大人は壊す必要があるのです。

  • あなたは「ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学を同時に使うバカはいない」と明言しました。この2つだけ、どうして同時に使えないのでしょうか?他の数学理論は、いくつでも同時に使えるのに…

    【現代数学における疑問】
    数学内のA理論とB理論は、常に同時に使っても良い。しかし、ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学だけは例外であり、同時に使ってはいけない。

    >使えませんよw  例えば、有理数論と実数論は同時に使えません。

    そんなことはありません。有理数論と実数論がお互いに矛盾していれば、もちろん、同時には使えません。しかし、無矛盾な2つの理論は、いつでも同時に使えるはずです。あなたは「今ここで実数論を使ったから、もう、有理数論を使えない」と困った経験をお持ちでしょうか?

    >x^2=2の解は有理数論では存在しないが、実数論では存在します。

    それのどこが矛盾なのでしょうか?ウィルス学には昆虫は存在しないけれども、生物学には昆虫は存在します。だからといって「ウィルス学と生物学は矛盾している」といちゃもんをつける人はいません。

    >また、実数論と複素数論も同時に使えません。 x^2=-1の解は、実数論では存在しないが、複素数論では存在します。

    それのどこが矛盾なのでしょうか?昆虫学にはキタキツネは存在しないけれども、動物学にはキタキツネが存在します。だからといって、「昆虫学と動物学は矛盾している」と文句たらたらの人はいません。

  • >ついでにいうと、複素数論と四元数論も同時に使えません。 x^2=-1の解は、複素数論では2つだが、四元数論では無数に存在します。

    で、それのどこが矛盾なのでしょうか?生物学にはサンショウウオが登場します。しかし、地球物理学ではサンショウウオは出てきません。だからといって、「生物学と地球物理学は矛盾している」という学者は1人もいません。

    >で、ヒデにとって正しいのは有理数論?実数論?複素数論?四元数論?

    あなたは「有理数論と実数論は矛盾している」「実数論と複素数論は矛盾している」「複素数論と四元数論は矛盾している」と言っていますが、「x^2=2の有理解は存在しないが、実数解は存在する」で、有理数論と実数論は同時に使えるのです。

    また、「x^2=-1の実数解は存在しないが、複素数解は存在する」で、実数論と複素数論は同時に使えるのです。

    2つの理論が同時に使えないのは、お互いが矛盾している場合だけです。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学が同時に使えないのは、お互いの理論―――「平行線公理」と「平行線公理の否定」―――が矛盾しているからです。

  • 数学は、実無限を扱ってはいけないのです。ガウスの忠告を真剣に聞き入れないから、こんな矛盾した数学に陥ってしまったのです。

    ガウスは実無限を認めませんでした。これは、彼の正しいところでした。しかし、彼は非ユークリッド幾何学を認めました。これは、彼の間違ったところでした。ガウスも、正しいことも言うし、間違ったことも言っていたのです。

    でも、これは私たち後世の人々が先人たちを再評価できるからなせる業であり、私たちがガウスの時代に生きていたら、やはり、混沌とした数学概念しか持たなかったでしょう。私たちが中世に生まれていれば、やはり、天動説を信じていたし、古代に生きていれば、森羅万象を神で説明することに何の疑念も抱かなかったでしょう。

    でも、私たちはガウスの生涯を知っています。彼の偉大な面はもちろんのこと、非ユークリッド幾何学によって数学の歴史を混乱に陥れたことも知っています。彼は、「実無限を言葉のあや」と表現しているようです。つまり、彼は「数学に国語的な問題が内在している」ということを、暗に知っていたと思われます。

    でも、アリストテレスももう一歩、実無限に及ばず、ガウスももう一歩、実無限に及びませんでした。実無限は、「完結する無限」であり「完結した無限」である。それに対して、無限は完結しないものである。よって、実無限は矛盾している…この単純な国語学的な真理が、二人ともあぶり出せなかったのです。

    でも、その一歩手前まで迫った人たちはたくさんいました。アリストテレス、ガウス、トマス・アキナス、ポアンカレ、ウィトゲンシュタインなどなど…。無限集合論に反対した人たちは、実無限の異常さに気がつきながら、実無限の真の矛盾までたどり着くことができませんでした。

  • 返信をありがとうございました。

    複素数は行列ではないし、集合でもないし、ベクトルでもありません。

    >そう主張する根拠は?

    はあ???

    >ヒデの直感はことごとくウソである。集合の要素は有限個に限らないし、2本の平行線の距離は一定とは限らないし、同時は誰にとっても共通とは限らない。

    はあ???びっくりして申し訳ありません。複素数は数であり、行列は数ではありません。よって、複素数は行列ではありません。これでは、通用しないのでしょうか?

    複素数は数であり、集合は数ではありません。よって、複素数は集合ではありません。これで、あなたは満足できないのでしょうか?

    複素数は数であり、ベクトルは数ではありません。よって、複素数はベクトルではありません。これが良識ではないのでしょうか?

    無限集合論では、自然数を集合で定義していますよね?

    0=φ(空集合)
    1={φ}
    2={φ, {φ}}


    でも、これは等式ではありません。等号を援用した等式モドキです。なにしろ、自然数は集合ではないのですから。よって、本来ならば、次のように書かなければなりません。

    0→φ(空集合)
    1→{φ}
    2→{φ, {φ}}


    等号ではなく、対応するという意味の→で表すべきです。この心遣いが数学には必要です。記号を正確に使わないと、記号としての価値が失われます。

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