ここから本文です

投稿コメント一覧 (218コメント)

  • No.2862

    Re: 晩秋

    2012/11/26 16:10

    >>No. 2861

    今日は朝から曇りか小雨で、外仕事は休んでいます。
    いよいよ冬らしくなりまして、明日の朝は4度の予報が出ています。
    今年の植物の冬仕度はやや早めに成るかも知れません。

    ようやく「川端康成集」を読み終えました。
    「死体紹介人」「散りぬるを」「花のワルツ」「母の初恋」「再会」「水月」「純粋の声」と読みましたが、「水晶幻想」と「叙情歌」は先に書きましたような理由で読みませんでした。
    「花のワルツ」「再会」以外は全て好きな文章でしたが、「再会」の中で、東京駅のホームに、帰還傷病兵士が寝かされている風景の記述はとても時代を感じさせられました。

    巻末の一部に、小林秀雄の 川端康成 と言う文章がありますが、その中に書かれている文に目が留まりました。
    川端康成と言う人は、決して尻尾を掴ませぬ男だ、とか、自分を人前に出さぬ人だとかいう評をよく耳にする。そんな風なことが彼に付いて一番言いやす評なんだろう。・・・・
    実は、彼には、いろんな尻尾を生やすような余力はないのだし、気負うに足る自己という様なものを、彼は信じていない。
    彼はただ当たり前なそう言う風をして不器用に世間に対しているだけである。・・・

    川端さんの文のほんの一部しか読みませんでしたが、何となく解かるような気がしますから不思議です。

    今後は松本さんの・・・など思っていましたが、子供が「アメリカ彦蔵」を借りてましたので、久しぶりにまた読み始めました。
    2〜3ページ読んでいる内、これは・・・青少年向けの改訂版?・・・とふと思ってしまいました。
    余りの文体の違いに戸惑ったのでした。
    丁寧に丁寧に、ロクロで練り上げるようにして表現する川端さんの文と、行間に思いを馳せつつ読む吉村さんの文。
    またストーリー性の比重の違いなどなど。
    近年には無かった読書経験をしたんだな、てことが、解かった気がしたのでした。

  • No.2864

    Re: 晩秋

    2012/11/30 10:12

    >>No. 2863

    おはようございます。 昨日は出かけたりしていまして、先程書き込みに気がつきました。
    北海道の停電の件は此方九州でも大きく報道されていますが、娘と一緒にドルリーさんの所は大丈夫だろうかと話していたところでした。
    停電の地区の人々は極寒の中大変でしょうが、取り合えずドルリーさんの所は幸いでしたね。

    しかし体調が優れなくていけませんね。
    焦る気持ちもお有りでしょうが、どうかご自愛ください。
    早く良くなるように何時も祈っております。

    昨夜はまた弟の夢を見ました。
    何やら弟は本当は生きていて、わたしたちをふざけて騙していたらしい、と言う事だったらしいのです。
    如何にもひょうきんな弟の遣りそうなことで、わたしもバカな奴だな・・・と思っているのです。
    そんな中弟が車で訪れて、娘に最初に会っているのです、娘は おいちゃんふざけてもう〜 等と言って、わたしの居る方を指差しています。
    弟は何時もの笑い顔でアハハなどと言って近付いて来ます。
    わたしは、バカ、と怒って、どれだけ心配したか・・・と言おうとしていて、目が覚めました。
    横になったまま、あいつ本当にふざけた話だったら・・・、と思わずには居られませんでした。

    何年経っても嘘みたいに感じられます。
    変な話ですいませんでした。

  • No.2866

    初冬

    2012/12/01 09:34

    >>No. 2865

    itumademoさん ありがとうございます。

    もう弟のことは書くまいと思うのですが、こればかりはどうしょうもありません。
    まだ、誰も居ない玄関で、弟が帰りの靴を履いている姿などが目に浮かんでくるのです。
    そうしますと、じゃ気をつけてな、などと言ってしまいます。
    その内に思い出になってしまうのでしょうが、それが何年先か解かりません。
    その内に自分の体に入ってくるのかも知れません。
    そうなると落ち着くのでしょう。

    itumademoさんもどうぞいつまでもお元気でお過ごしください。
    そしてまたお気が向きましたらお立ち寄りくださいますよう。

  • >>No. 2869

    こんにちは。 体調が回復のご様子で何よりですね。
    それにしましても往復一万歩とは、冬の北海道で大変ですね。
    わたしには考えられない事です。
    どうぞお気を付けて、ご無理をなさらないようにしてください。

    わたしの運動不足解消は、最近は生け垣の剪定でしたが、ようやく一昨日に終わりました。
    まだまだ入念にすれば切りは無いのですが、自己判断で終了ということにしたのです。
    後は7月位まで大方大丈夫かなと思っています。

    生け垣の剪定後は、近くの山登りになります。
    往復30分位の小高い山なのですが、運動には丁度良いのです。
    高校生の頃は、この山をバスケットの部活で全力疾走で登らされまして、それが後に柔道に活きたのですが、今は息が苦しく成れば休んで登ります。
    頂上には城址の石垣がありますが、思い出多い頂上も、着けばUターンして下ります。

    今日から一泊で出かけて来ます。
    此方はここ二三日朝10度前後で暖かいようですから、丁度助かるようです。
    また落ち着きましてからの書き込みを楽しみにしています。
    わたしもまた旅行後に落ち着きまして書きたいと思います。
    このようなことを書き終えますと、何か下に実名を書きたい衝動が起きますから面白いですね。

  • >>No. 2871

    体調が徐々に戻りつつあるようで良かったですね。
    雪かきは大変でしょうね。 わたしのように腰の悪い者は、雪かきや田植えに縁が無いことを幸せに感じます。

    書き物が進んでいるようですね。
    資料が順調に集まれば良いですが、熊本関連となりますと難しいものが有るでしょうね。
    郷土史家の人を訪ねて歩く、という訳にもいかないでしょうし。
    県立図書館へでも問い合わせても、後の手続きがどうなるのでしょうか。
    わたしにお手伝い出来ることがありましたら、お知らせください。

    わたしは以前ワープロで書きました文を、他人が読み易いようにパソコンに移しまして、二作をプリントしました。
    一作は以前の掲示板にも載せましたが、もう一作は前職に関するものですから、適当な人?にしか見せられないようです。
    あと三作ほど有るのですが、紙に印刷した文字をキーボードで打つのがわたしに取っては大変なのです。
    現在は意欲が湧くのを待っている状態です。

    わたしはどうも戦国時代は苦手なほうなのですが、現在は武田信玄関連を読んでいます。
    池波さんの伊賀忍者物なのですが、戦国時代の描写が主になっています。
    その前は松本清張さんの黒田勘兵衛でしたが、これも読めば面白く読めました。
    それでも、嫌々戦国物を読んでいることに変わりが無いのですから、われながら変な性格です。

    今日はこの冬最低の温度で、朝より夜中にー2と成っていたようです。
    朝から雲っていますし、お陰でお客さんは来ませんし静かなものです。
    もう今年最後の仕入れ運転は日曜日に終わりまして、オークション出品も一月初旬まで休みます。
    年末商戦などは何処吹く風状態です。

  • No.2873

    350円

    2012/12/28 15:56

    >>No. 2872

    今日は朝から雨ですが、朝一番にお客さんから電話が掛かりました。
    年寄りのおばあさんの声です。
    「わしゃきのうあんた方で○○をこうた山田じゃが、帰りに姉の家に寄ったら、あれを置いたまま忘れて帰ってのぅ、すまんがもう一つ○○を買うけぇ、姉の家に忘れたのを取りに行って貰うて、一緒にわしの家に届けてくれんかのぅ」
    わたしは偶然、以前書きました 長生き蘭 の件で姉さんの家も知っていましたので「ああ良いよ」と答えておきました。
    それから暫く、雨の中を悪いなー、と繰り返して電話を切りましたが、雨は止みそうにありませんので、直ぐに出掛けることにしました。

    幸い姉の人も事情が判っており、おばあさんの家に配達に行きましたら、玄関先で待っていました。
    「おお、すまんかったなぁー」と何度も言いまして「何ぼやろうか」と言いますので、耳元で「2150円やわぁ」と言いますと、「ほんじゃまず2000円と、あと何ぼかなぁ」と言いますので「150円よ」と言いますとお金を探しています。
    200円が目に付いたので「200円くれたら50円お釣りが有るで」と言いましたら「それじゃいけん」と言いまして、ジャラジャラと数枚の硬貨を私の手のひらに乗せました。

    「エェッ、そんなに要らんは」と言いますと「雨の中わざわざ来てくれたんや、取っとき取っとき」と言いましたが、私が「何や500円硬貨も入っとるで、こりゃいけんは」と言いますと、ニコッと笑って500円だけ財布に戻して「ほんじゃありがとな」と、手を振りながら玄関に入ってしまいました。
    その時のニコッが可笑しくて可笑しくて、雨は降ってますが朝から気分が良くなりました。

    帰って計算してみますと、350円多く貰ってました。
    最近疲れ気味ですから、リポビタンでも買おうかと思っています。
    おばあさんありがとう。

  • >>No. 2877

    ドルリーさん 皆さん あけましておめでとうございます。

    今年もどうぞよろしくお願い致します。

    ドルリーさん また思い出しましたら、お願い致します。

    此方は予報通り朝がー1度で、現在7〜8度近くでしょうか、やや寒い感じの一日です。
    わたしは今しがた近くの山に登って、帰ってきたところです。
    行きは娘と車で行きまして、娘は緩やかなAコースを上り下りするのですが、わたしは急なBコースを登り、やはり急なCコースを降りるのです。
    Cコースを降りますと、山腹にちょっとした平たい所がありまして、わたしたちは子供の頃その部分を「禿山」と呼んでいましたが(後にムソルグスキーの「禿山の一夜」を聞くたびに故郷のその部分を思い出したものでした)そこを通ります度に、昔撮った写真の場面を思い出します。

    新婚当時の姉婿とわたしと、弟と弟の親友のM君とK君が並んで写真に納まりましたが、M君は三十代で亡くなり、姉婿も弟も既にこの世に居ません。
    五人の内生きているのは、わたしとK君のみなのです。
    そこを通るたびに何がしか声を掛けて通ります。

    わたしはどうも何度も同じ事を書いているのかも知れません。

    明日は娘と車で、弟の墓に参り、その後弟の家に寄ります。
    弟嫁と子供たちと、弟の孫達何人に会えるか判りませんが、賑やかなことになるでしょう。
    弟の本棚を眺め、アルバムを見て、わたし一人しずんでいる時間はなさそうです。
    明日が済めば正月の行事は終わったようなものです。
    明後日はまた山に登り、4日からの仕事に備えます。

    今年もどうか平穏な一年でありますように。
    みなさまのご健康と共にお祈りいたします。

    (途中、神戸の姉から久しぶりの電話が掛かりまして、お互い話が絶えませんので、少し時間がずれました)

  • 2013/01/03 16:30

    >>No. 2878

    昨日は弟の家で楽しい時間を過ごし、今日は一日のんびりとしています。

    弟の家に出掛ける前、車の距離計を0にしていましたら、帰り着いた時、丁度170kmになっていました。
    弟一家は、子供の夏と冬の休みや、その他の休みの日も良く親の里であるわたしの家に遊びに来ていましたが、今から思うと良く再々来ていたな〜と思います。
    姪たちに言わせると、我が家に来ることが弟の家では一大行事だったようで、良く皆で歌を歌いながら来ていたそうです。
    弟の家は子供が男子一人に女子四人で、わたしの家が男子一人に女子二人ですから、歳も同じ位で、遊ぶのが楽しみだったことはわたしの想像以上だったようです。

    今日はまた山に登り、近くの神社にお参りに行ってきました。
    小雪が舞ってましたが、今は止んでるようです。
    明日からまた仕事です。
    寒くて暇そうですので、ボツボツ遣るつもりです。

  • >>No. 2880

    「ヨイトマケの歌」はわたしも以前から知っていましたが、偶々年末に点けたNHKラジオから流れて来まして、懐かしい思いをしたところでした。

    わたしの子供の頃、此方ではシッタイと呼ばれる労働者の人たちが居ました。
    多分、市か県の施策として設けられた事業で、失業対策と言う語が、事業名の冠頭に有ったのだろうと思います。
    それらの人々を指して、大人も子供もシッタイと呼んでいました。
    彼らは主に土木事業に関連した仕事に就いており、道路の補修や堤防の補修などにあたっていたようでした。

    良く町中で彼らの移動する姿を見たものですが、皆土にまみれた汚れた服装で、それぞれが鍬やツルハシを持ち、また藁縄を肩に掛けたりして、これも泥だらけの木製のリヤカーの前後を歩いていたりしていたものでした。
    ほとんどが中年以上らしき女性ばかりで、上に着物のような襟の付いた荒い生地の物をまとい、下は皆モンペを履いていましたが、中に責任者らしい体格の良い荒っぽい顔の男が先頭を歩いていたり、また体が悪いのではと思わせるような細身の男性も列の中に混じっていることがありました。

    わたしたち子供はそんな人たちの来るのに出くわすと、道を譲り、道の端に除けてすれ違ったりしたものでした。
    友達同士で、シッタイが来た、と小声で告げ合い、後は沈黙して足早に通り過ぎるのです。
    大人の男性でも、シッタイの置いた工具などを誤って踏んだりすると、激しく怒鳴られたりすることもあったようです。

    そんな環境の中で、わたしは「ヨイトマケの歌」を知った訳ですが、〜そのような子供も居るんだろうな〜と言った気持ちは持ったものの、余り現実味は感じませんでした。
    子供の頃は、ただ何となく怖い人々、近寄らないほうが良い人々。という感覚しか無かったのでした。
    わたしの場合は、良く働く父親と母親に恵まれ、経済的に困窮することなく生活を送れましたし、シッタイの人たちの子供とは知り合いが無かったこともありますが、実は学校にも時々しか来ないし、暴力的で荒れた子供が当時多く居ましたので、歌は歌の世界、と言った認識しか無かったのかも知れません。

    当時の荒れた生徒の多くは、経済的な事が原因の場合が見られたようですが、現代ではどうでしょうか、精神的環境に起因する場合も多いのではないでしょうか。
    経済的に困窮はしていないが、精神的困窮は・・・。
    この歌を元に、親子、という方面からちよっと考えてみましたが、やはり鍵は愛情なんでしょうけどね、生活環境を乗り越え得る愛情の種類や濃密度でもあるのでしょうね。
    難しいです。

  • 2013/01/21 16:22

    >>No. 2884

    yukiさん 読んで頂きましてありがとうございます。
    子供の頃から何か心に留まった事がありましたら、拙文をつい書きたくなるほうなのです。
    またお気に留まった事柄がありましたら、どうぞお立ち寄りください。

    大鵬さんのことで気が付きましたが、わたしには 巨人大鵬卵焼き の内、前者二文字は当てはまらなかったようです。
    野球はガチガチの西鉄ライオンズファンで、巨人は南海フォークスと共に天敵でしたし、相撲は柏戸関の危うさの方が気になっていたほうなんです。

    しかし卵焼きは、これはもう大好きでした。
    母親が卵焼きを作っているのを見るのも大好きで、良く隣りで邪魔になりながら見ていた記憶があります。
    あの四角小さな卵焼き用のフライパンに、母が油を敷き、少し溶き卵を入れて見て、ジュッと小さい玉に成れば、よしよし、と言うことでジューっと流し込み・・・。
    小さな丸い刷毛のような物で油を追加敷きしたり・・・、大人になって自分で初めて作ってみて、抵抗無く最後まで作れましたから、如何に熱心に見ていた事か・・・、思い出すと、卵焼きを作っていた時の母は何時も微笑んでいたような気持ちもします。

  • 2013/01/23 16:23

    >>No. 2886

    きょうは一日曇りですが、然程寒さは感じません。

    本当に最近は外人力士が多いですね。
    わたしは格闘技としての相撲が好きですので、日本人も外人も同じような目線で応援しています。
    同じような・・、と言うのとは少し違いますかね、外人力士に関しては、遠くから慣れな相撲界に入って良く頑張ってるな・・、と言う気持ちも持っているのです。

    そして、強い外人力士はどうして強いのか、そうでもない外人力士はどうして強く成れないのか、と言った点を、日本人力士と共に興味をもって眺めています。
    今の所の分析結果としましては^^; まずモンゴル力士にはモンゴル相撲という、子供の頃から親しんだであろう下地が有るのですね。
    そしてどういう理由からか、体全体のバランスの良さに含まれた筋肉のバネの力が顕著に見られます。

    以前朝青龍がモンゴルで、相撲協会の規約違反と成るサッカーを遣っている映像が見られましたが、あの行為事態は非難されるべきものですが、あのグランドでの走りっぷりや、ゴール前での倒れながらのヘッドパスの姿などは、とても日本人力士からは想像が出来難い運動能力の高さを感じさせられるものが有りました。
    またモンゴル力士がバスケットボールに興じている姿もテレビで見ましたが、わたしも少し経験が有りますので解かりますが、素人のプレーではなかったです。

    バスケは、あらゆるスポーツに繋がる足腰のバネを鍛えるスポーツで有ることは以前から感じていましたが、あの映像を見て、なるほど、と感心してしまいました。
    強いモンゴル力士の場合、大鵬関の相撲とは逆の、素早い動きに支えられた強さがありますね。

    その他の外人力士のことなど(特に把留都関)書きたいと思っていましたが、ぼつぼつ時間がきましたのでまたの機会にしようと思います。
    スポーツの監督の問題も興味がありますね。
    石井彗選手のその後は余り聞きませんね。
    精神的にすごく強い選手だった記憶がありますが、また格闘技で見てみたい思いがあります。

  • 2013/01/30 17:08

    >>No. 2887

    また体罰の話になりますが、今度は女子柔道の強化選手の監督に、問題が生じたようですね。

    チラッとテレビや新聞で内容を知っただけですが、選手側から監督が告発を受けているようでした。
    以前も書きましたが、わたしの所属した社会人柔道部にも体罰は有ったのです。
    しかしわたし達部員にとり、それは受け入れることの出来る体罰であり、言い方を変えれば、選手の前向きな姿勢を後押し出来る体罰だったのですね。

    体罰と言うにも抵抗があるような、気合入れ、とでも言えばよいのでしょうか。
    まず柔道の場合、気合を入れて練習でも試合でもしなければ、いい加減な態度で遣っていれば、大きな怪我に繋がることがあるのですね。
    そんな意味の、気合入れ、でもあるのです。

    実際の場合で、体罰と言えるものか、気合入れ、と言えるものかの違いは、竹刀や箒の柄で叩く者の、考え方に大きな違いがあるようです。
    その違いとは、腹立たしい感情で叩くのか、励ましの気持ちで叩くのか、だろうと思います。

    わたし達の場合の、気合入れ、では、まず顔を平手で張るような、相手の人格を無視するようなことは全くありませんでした。
    頭を平手で叩くようなこともほとんど無く、練習中に背中や尻を叩くことが大部分でした。
    そして叩きながらドラ声で「コラー気合を入れんか!!」などと叫ばれるのですが、陰湿さと言う物が無いのですね。
    主にコーチや先輩連中が、竹刀を片手に乱取り中の部員の間を、気合を入れて歩き回っている訳です。
    それが普通の風景に成ってましたが、他所から見学に来た人達は激しい雰囲気にビックリしていたようでした。

    そして練習が終わると、先輩後輩なく裸に成って、ワイワイと相撲大会など遣っていました。
    部員間の雰囲気が本当に良くて、わたしは監督さんの、皆を乗せるマインドコントロールに本当に感心していたものでした。
    ですから自分で言うのも何ですが、結構強いチームだったのです。

    そんな点、選手から告発されるような指導者では、選手の伸びは然程期待は出来ないような気がします。
    素晴らしい素質を持った選手達をして、選手自らが率先して練習をしたくなるような雰囲気作りが、技術的指導以上に指導者には大事な事だと思うのです。

  • No.2889

    てすと

    2013/02/01 09:13

    テキストリームとかで書いていますが、これど良いのか何か不安ですね。
    一応挙げておきます。

  • No.2221

    Re: 積雪

    2013/02/02 12:23

    >>No. 2219

    ぴあのさん

    テキストリームに変わっても、こちらこそよろしくお願いします。

    「大草原」の、あのお話は砂金を採っている場所での、病気の流行だったのですね。
    ぴあのさんが、具体的に生活ぶりを書いてくれたので、そんなところでの
    出産、育児に「ドヒャー!!」となりました。

    ローラ達も金を探して、旅に出たことがありましたよね。
    そこで出会った、世捨て人のようなおじいさんを覚えています。

    「ダルタニャン」面白そうですね!
    そうなんですよ。「鉄仮面」がナゾなんですよね。
    はい、ご報告お待ちしています。ゆっくり、読んでくださいね。
    私は今、藤沢周平の「蝉しぐれ」を読んでいます。
    以前から、映像化もされていて、有名な作品らしいですね。
    まだ、最初のほうを読んでいます。

    こちらは、今日から暖かくなりました。
    慣れない暖かさに、変な感じがします。

    私も花粉症の薬を、すでに飲んでいますよ。
    症状はでてませんが、飲んでないとピークの3、4月にツライ目に合うのですよね。
    そして、薬自体はヒノキ花粉の終わる5月まで、手放せません。
    ぴあのさんも、少しあるのですね。ツライですよね!

    明日は節分。あさっては立春と、暦のうえでは春がやってきますね。

  • 昨日は晴れで暖かい一日でしたが、今日は久しぶりに朝から雨が降っています。

    またまたまた体罰の話ですが。 ニュースを見ていますと、良く出てきますね。
    学校に於ける体罰に付きまして、部活や授業で体罰の行われていない学校は、少数派となりそうな感じですね。
    そして内容の酷いものが多いですね。
    今回体罰問題が表面化して、このような劣悪教師による酷い体罰が、白日の下に曝されることとなったのは、思わぬ成果だったように思われます。
    教育関係者も、犠牲に成った者たちの思いを無駄にせぬよう、この際徹底的に体罰事情を洗い出してほしいものです。
    そして体罰教師のその後の追跡調査も必要に成る気がします。
    先日書いた手癖問題も有りますので。

    わたしも小3の男子孫に、何かあったらジイちゃんが直ぐに行くから話せよ、と夏休みに言っているのですが、エッ、ジイちゃんが、と驚いた顔をしていました。
    良いように取ったのか悪い方に取ったのか不明ですが ^^;

  • 2013/02/05 16:01

    >>No. 2891

    雪さんありがとうございます。 本当に難しい問題ですね。 体罰は国中に蔓延しているようですね。
    体罰と言う字句を考えますと、体に与える罰、と成りますので、何か失敗をした者に、上に立つ者が罰として体を叩いたり蹴ったりすることのようですね。
    そうしますと、気合を入れる、と言う意味で、「頑張れ!!」と言って、背中をバーンと叩く行為などは、厳密には体罰とは言えないのかもしれませんね。
    しかし選手側からの取り方によれば、それも体罰の範囲に入れられる(ソリが合わない選手と指導者の場合など)ものなのかも知れません。
    こうなりますと、体罰とは、受ける立場の者の受け止め方による所が大きいとも言えそうですね。
    正に今回の女子柔道の場合、選手からすれば、単に体罰としてしか受け入れられなかったのでしょうね。

    わたしたちが所属した柔道部の場合は、確かに竹刀や箒で背中や尻を叩かれるのですが、体罰を受けている、という認識は全く(多分全員)無いのです。
    言い方が難しいですが、コーチの叩き方で解かるのです。 (監督は叩きません。)
    また試合の直前にコーチが選手の背中をバーンと叩きますが、それにより「ヨーシ、視頑張ろう」と言う気に成るのです。
    試合前に緊張して、何となくシャンとしていない気分が立ち直るのですね。
    良く選手が畳に上がり、ジャンプしてバンバンと足の裏を畳に打ち付けたりしていますが、あれは上がっていますと、畳の上に立って居ない様な、何かフワフワした物の上に立っているように感じますから、あんなにしているのですね。 (これはわたしの個人的名経験かも知れませんが。) 自分でも気合を入れている訳です。
    いま少し考えてみましたら、竹刀にしても手で叩く場合でも、バシッバシッじゃ無くて、パーンという感じなんですね。
    人間おかしなもので、叩かれていて、憎さが篭っているか、愛のムチかは解かるのですね。
    これもまた、女子柔道の場合は、監督による苛立ちの含まれた叱責から来る暴力、としてしか受け取れなかったのでしょうね。

    そして今回浮かび上がった問題には、わたしが先日書きました劣悪教師の場合の(新聞紙上などでは)各地で何十回も顔を叩いたりしている教師の居る事実ですが、これは論外ですね。
    それは単なる教師以前の、人間としても問題の有る性格の者の行為だと思います。
    そのような教師は、逸早く現場から隔離して矯正させるべく手段を取らなければいけませんね。
    少なくとも教育者とは言えないでしょう。

    内芝さんはまだ裁判で争うようですが、司法の判断を待つしかないですね。
    いずれにしても、嘆かわしいことです。
    柔道を遣っていた、何て言うのが恥ずかしい事に成ったような気もします。

    ジイちゃんが出るのは嫌ですかね、親は忙しいでしょうし、ジイちゃんに電話するのはし易いのでは、と思ったのですが。
    孫はわたしのことを、サイボーグジイちゃんと思ってますので ^^;

    エキストリームの方からでは何故か挙げられないようですから、掲示板から挙げました。

  • 2013/02/07 17:16

    >>No. 2893

    こんにちは。 今日は運転して出かけてました。
    車の中はポカポカ陽気で、途中でセーターも脱ぎましたが、外はひんやりしていました。

    雪さん 今回の柔道の問題は、我が国女子の最高レベルでの問題なんです。
    オリンピック候補選手の強化練習中の事なんですね。
    監督をはじめ組織の求める技量と精神は、いやがうえにも激しくなるレベルの所なんですね。
    しかしそのことが、安易に体罰容認に繋がってはいけませんね。
    前時代的と言われても仕方無いことだと思います。

    元々わたしは、日本柔道の金メダル至上主義なるものには、全く理解ができません。
    国際的な競技に成った時点で、日本はその参加国の一つに過ぎないのですし、ヨーロッパ柔道にしても、大いなる歴史があるのですから。
    金メダル至上主義とは、マスコミの浅薄な扇動に乗って出来た、希望的幻想に過ぎないように思っています。
    実際の所を最も解かっている人々は、国内の国際柔道の関係者なんでしょう。

    孫はまだ小学校の3年生なんです^^;
    わたしがジイチャンに話せ、と言ったのは、学校の体罰やいじめに関してのことだったのです。
    言葉足らずですいませんでした。
    わたしの息子はやはり中高と柔道を遣りまして、県体三位が最高位でした。
    その後いろいろな格闘技を遍歴しましたが、今では二人の子持ちで大人しく会社員を遣っています。
    わたしと同じで落ち着く所へどうやら落ち着いたようです ^^

  • 2013/02/08 14:56

    >>No. 2895

    今日は寒いです、予報でも最高6度位に成っていましたが、正にその通りでして、一日ストーブの番をしています。
    暇ですので、店番というよりも、事務所で本を読んでいます。
    最近評判の百田尚樹という人の「永遠の0ゼロ」という本ですが、今の所読み始めたばかりですが、良さそうな気がしています。

    仰るように、柔道には伝統によるプレッシャーが多いようですね。
    わたしも現役時代大会が近付くと、勤め先の廊下で話したことも無い人から、明日は頑張れよ、などと良く声を掛けられていましたが「ハイッ」と答えるものの、心の中では〜 相手が強ければ負けます 〜と思っていました。
    それで、ふてぶてしい選手、上がらない選手、と思われていたようですが、それ位の方が試合で実力以上のものが出るようでした。
    ただ、その心構えに成るまでには数年掛かりましたけど。

    石井選手はそんな点、心身共に強い選手でしたね。
    山下さんは、またそれ以上の選手だったのかも知れませんね、いずれにしてもわたし達から見れば雲の上の人達ですから、その強さは想像すら出来ませんけど。

    息子もわたしも怪我は良くしているのです。柔道で入院もしましたし、未だに腰が悪くていけません。
    筋肉の形は残っているのですが、体の中心の腰が悪いと、全てがダメですね。
    柔道は、剣道やテニスなどのように、歳を取っても出来る競技では無いのがいけません。
    良いことと言えば、転んでも頭を決して打たない事位ですかね ^^

  • 2013/02/11 11:56

    >>No. 2897

    ドルリーさん お元気そうでなによりですね。
    創作に励んでおいでのようで、羨ましいような気もいたします。
    わたしには創作の才能というものは無いようでして、まず取っ掛かりからして何も浮かんでは来ません。
    幾つかの文を書いていますが、いずれも経験した中での事や、それらのアレンジに過ぎないのです。
    その勢か、最近はほとんどまとまった文を書く意欲が湧いて来ませんで、日記的なものに成っております。
    それはそれで、また楽しんでいます。

    先日は加藤清正に関する小説を読んだのですが、それにより熊本城築城や、江戸城の天守閣の石垣建造に付いて初めて知ったようなことでした。
    熊本藩の領袖としても、細川家との関連など、知らないことばかりでした。

    さて、掲示板が廃止に成るようですね。
    今まで書いた幾つかの文をどうしょうか、と思っています。
    多分そのまま消えて行くままになろうと思いますが、本当に消えるまではどうしょうかと迷うようです。

  • 2013/02/13 16:53

    >>No. 2898

    百田尚樹さんの「永遠の0」を読み終えました。
    巻末を見ると、2006年8月刊行となっていますが、わたしが読んだ戦記物?としては最新のものとなります。
    いままで多くの大戦物を読んできましたので、ほぼ知っている事柄は多く、戦況に関しては途中飛ばして読んだ部分もあります。
    またノモンハン以降の軍部の無能振りには、何度も嫌悪感を持ちつつ読んで来ていますので、ページを早送りのようにして読み進んできました。
    ただ関大尉のことや友永大尉(別府出身で澤地久恵さんの文に詳記)中津留中尉のことは何度でも読み返したい気持ちで読みました。

    ゼロ戦の詳しくは、吉村昭氏の「零式戦闘機」にて幾分知っていたことでもありましたが、この本は、戦闘機乗りの立場から特に操縦に関して詳しく書かれており、興味深く読めました。

    そして何と言ってもこの本の特徴は、特攻隊として出撃して行った人々の心情を、特に繊細に掘り下げて書いていることでした。
    今までの本で、特攻隊の人の本音のようなものは、僅かに関大尉の言葉位でしか知る事はありませんでした。
    関大尉は特攻攻撃の無意味さを出撃前に同僚に語っているようでした。

    以前何処かで聞いた言葉に、老人が戦争を始めて若者が死ぬ、と言う言葉がありましたが、この本の内容は正にその中年以降の老人達が作った社会常識に押し潰された若者達の苦悩が現されていました。

    わたしが読んで来た戦争物の中では、少し角度を変えた方向から書かれた、非常に平衡感覚の優れた、内容有る読み物だった気がしました。
    今少し世間にて話題に成っている本のようですが、是非多くの若い人達に読んで貰いたい気がしました。

本文はここまでです このページの先頭へ