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投稿コメント一覧 (22471コメント)

  • No.57811

    f先生へ。

    2012/11/21 21:55

    >>No. 57804

    こんばんは。

    > ☆>そうなんですか。<
    >………そうなんですよ。(^^ゞ

    (^^)

    > ☆>それは、中道にも通じている と考えていいのでしょうか。<

    >………いいと思います。
    >ナーガール・ジュナが主著に「中論」と名付けた のは、中道にあやかってのことです。

    はい。それ指摘なさった方がいました。
    中論の中村元氏の解説にも書いてあったかな。

    >☆>初期経典からは、空は辿れないのかしら。<

    >………スッタニ パータ(1119)に、「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜ よ。」と書いてあります。

    ああ。そうでした。

    >この釈尊の空の理念を体系化し、精緻に理論化したのが、般若経典系の大乗 仏教です。

    (^^ゞ

    >☆>ところで、一元は、シャンカラなんですか。<

    >………インド哲学ではシャンカラが代表的 ですね。彼はブラフマン一元論者です。あと似たようなものに、イスラム神学の「存在一性論」があり ます。これは要するに、「アラー一元論」のことです。

    神様だけが真理っていうの、私も好きではあります。

    >☆>不二だから、一元なのかと単純に考えてい ました。<

    >………サンスクリット語に「一元」、「一」という言葉があるのですから、それならば「不 二」などと回りくどい言い方をしないで、初めから「一元」、あるいは「一」と記述していたでしょう ね。
    >一切は無常ですので、般若経典系大乗仏教では、「不一」は自明の大前提なのです。
    >ですから、般 若経典系大乗仏教の王道として、「不二」=「空(あるいは無)」が成立するのですぅ。


    なるほど。
    ただ、私は諸法無我は、あくまで現象における無我と考えていて、主たる自己、は否定されないし、その「在る」は常住と思っているのです。

    つまり、「不一」と「一元」では、馴染みは「一元」にあったりします。
    ただ、その「二つ」と「一つ」...どちらも、言葉では決められないのかもしれませんね。(^^;
    「不二」と言われれば、なるほど。
    「不一」と言われれば、そうなのか。
    「二辺」であったり、「一元」であったり、
    「三位一体」であったり、「多即一」であったり....。(^_^;)

    ただ、真理という面では、それぞれの宗派の教義を超えて、ある至りがやはりあるのだろうな、と私は感じております。

  • No.57812

    kakuさん

    2012/11/21 22:00

    >>No. 57810

    いつも、ありがとうございます。m(__)m


    おやすみなさい。

  • >>No. 10903

    どこの政党を支持するにせよ、きちんとした論理などもはや成り立たないくらいのところの、五十歩百歩、どんぐりの背比べの中からの選択しかない。(^_^;)

    私は、そう思って、「まだ、ましかな?」というところに投票します。

  • >>No. 57811

    スッタニ パータ(1119)

    「つねによく気をつけ、自我に固 執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。」

    f先生に教えていただきました。m(__)m

    世界を空なりと観ぜよ。

    。。。。難しいですね。

    自我に固執しない、というのは、たぶん、執着を離れよ、として理解されるところだろうとは感じています。

    しかし、あえて固執するべき、というようなことがらもある気がする。

    ...ないかな...?

  • >>No. 57805

    > 後の文章にもありましたが、 絶対差別・絶対平等を 体得的境地、もしくは それがあってこそ見えるもの とシマトリさんは考えて いるんですね?


    はい。そうですね。

    > http://www28.atwiki.jp/buddha/pages/32.html > > > スッタニパータ 837 > > 「マーガンディヤ! 諸法と捉えて決定し〈これと言い切る〉ことはその人にはない。 > > そう見て諸見解と捉えず、分析し内なる静寂(析滅)を観た」と。

    >これは言葉・理屈で捉えての見解を持つことの否定だと思います。 二項対立的に切ることも。 仏陀は、そうでない方法で 掴んだ と。 スッタニパータから、臨済録まで同じこと言ってるんだなと思って印象に残ったので。


    上記も、空観のこととして捉えることが出来ますね。

    >> ...掲示板のイヤなところは、葛藤があるだろう、とか、苦があるだろう、とか、他者の推測を押し 付けられるところかな。 > ただ、自分はこう思う。こうだから、こう書いた。と、説明するしかないですね。 > 説明しなくてもいいけど。(^_^;)

    >説明してたらきりが無い。 一回の説明で分からない場合は、何度言っても分からない と経験則的に思っている。 土壌が違うんだなと早めに割り切ったほうがいいのかと。


    はい。アドバイスとして受け取っておきます。
    ただ、自分の性格としては、説明すれば、その前よりは若干なりとわかってもらえたかな、と思う方です。
    説明することで、むしろ、一層悪くとらえられることもあるというのは、多少の驚きではありました。
    たぶん、綱引きのように思っている人は、私の言い分を認めることは、自分の非を認めることと同じで、譲れないのでしょうね。
    これは、推測ですが。

    >説明して誤解を解きたい という執着、を捨てるしかないか。 一切苦(思いどうりになることはない) と。無明どうしの人間関係。


    粘り強く話していき、菩提に至る場合もありますよ。
    この場合の菩提とは、相互理解ということですが。

    >>>生じたものは滅するですか?

    > > 違うかな。

    >生じたということもなく 滅しているということもない かな。 生じることもなく 生じないこともない か


    はい。私の理解は、その前段。「生じないこともない」という言い方は、あまり目にしませんね。「生じた」というのが、虚偽、幻という受け取りかたを見てきた気がします。

    >生じたものは滅するは 無常かな。 無常と空の関係 難しそうだ。

    無常の様相の中から、常住たるものはないのか?と探している印象が私にはあります。
    空の非無とは、虚無に落ちないこと。空の非有とは、常住でないものを常住としてしまう愚に落ちないこと。
    でも、それは理屈であって、空の体験とは、その言葉から感じる矛盾が解消されたところなのでしょう。

    >>>即今だと「ある」「ない」どちらかだと言えるのかな?

    > > 「ある」の裏に「ない」がある。「ない」の裏に「ある」がある。二辺にとらわれない認識の仕方が 「空」で、「ある」でも「ない」でもない、というどっちつかずでもない。

    >即今より 空の方が勝ちか・・・ 即今という切片を切っても ただの「ある」は ないと。

    わからないです。
    ただ、「あるから、ある」「ないから、ない」は、悟りなど知らない凡夫の見解でしょう。
    即今の体験をすれば、空の体験になるのではないのかな。
    だから、即今と空は、同じことかな、と。

    > >ここから、また、非空とか出てくることあるけど、

    >ただの連想で書きますけど、 言葉で切れるような実体はない ということを言いたいのが Aでなく非Aでない なんでしょう? さらに言葉で分かった気にならないために 非Aでなく 非Aでないということもない までいく そんなふうに、ともかく言葉で理解した気にならせないために 否定を積んでいくのでは?


    そうかもしれません。
    しかし、言葉をすべからく否定するなら、そもそも、問答を出すことが卑劣な印象です。

    「黙れ!」「考えるな!」「言葉を去れ!」でいいじゃないですか。
    言葉で考えてしまうことから離れさせようと、言葉を積み上げる、って、ひねくれています。(^_^;)

    ただ称名、ただ題目の方が、ずっといい。

  • >>No. 57806

    > >>それは同じように思いますよ。「生じる」という言葉に拘ったとい う意味は分からないですが。

    > > 本来から涌き出るなら、おそらく、はじめからそれは「在る」のか な、ということ。
    >> もとい、この世界を自他分別する認識がなぜか生まれた時点から、そ れを本来に戻そうとする意識も生じていて、それが「慈悲」なら、もう この世界の成り立ちのところから「慈悲」はあったのであろう、と。
    >> だから、隠されているけど、生じたり滅したりするものではなく、 「はたらきがはたらきとして顕れていない(だけ)」かな?と。

    >生じるは 言葉の綾ですよ。 仏性があるなら、慈悲もあるのでは。

    わかりました。
    仏性=慈悲のようですね。聞いたところから、推測すると。

    > >> そういう対象を選ぶとか憐れみとかのイメージを持ってなかったで すが、wikiにも同様な説明があるので、 未だ気づいていないものを気づ かせたいという意味みたいですね。ジブンのイメージが間違っていた のでしょう。

    ただ、ラマナ・マハルシは、明確に慈悲を施されるべき対象もない、と言われているから、なぜか、慈悲としか言い様のないものがそこにはあるけれども、「対象はない」で、間違いないのかも。わかりませんが。

    > > 対象というのが、誤った見方とすると、慈悲を施すのも、慈悲を施さ れるのも、「自分」だったりする、という...。(^_^ゞ

    >気づいてない者へ慈悲 というと、分別・対立ありまくりの感じがする から。 しかし、 本来の面目に気づいたあとの分別・差別というようなことをkakuさんは 書いていたから それは別ものということか。

    わからないですね。(^_^;)

    > > >いえ、間違って付加えられたものを取り払うというイメージは、特 に覚者・見性者と名乗っている特定の人たちの書き込みによったもの ではなく今までの知識や経験の総合で持っていたものだと思います。

    そうですか。 確かに、概念や決めつけ、思い込みを排することは、日常でも出来ますね。

    > > まがいものの人情から、本物の慈悲にシフト変換かな?

    >「人情」という言葉はジブンの使い間違いです。

    了解。

    >間違って付加えられたもの というのは 心を 望みどうりにしよう、苦を解消しようというイジクリ 特に理屈でどうにかしようとすること 外の物質世界を扱うのに有効だった思考法を、有効ではない心の扱いに 向けてしまうこと 人情といったのは、 いやな気持ちは晴らしたい、苦は避けたい、 という方向が身について しまっているようなこと。

    なるほど。

    >あるがまま になれないで操作しようとすること&その理由のこと等 を、 間違って付加えられたものと書きましたので


    わかりました。

    >それを解くこと、を言っているのだろう と、 そこまでは ジブンの考えて来たことです。


    奥田川さん、深く考察なさっていますね。

    >(保留した 「そのままあること に心撃たれる 」というのは この辺に関わっていると自分で気づきましたが、 今すぐは文章化できないので まだ保留)

    はい。

    >で、悟りのあとに慈悲がある という知識情報から 全て解いたあとに慈悲があるんだろう その慈悲とはなんだろう という話でした。


    流れが理解できました。

    >見えるまでは 想像付かないものと思っていますので、 普通に持っている人情・愛等と照らし合わせるイメージは持ってなくて 全然別なものだろうと思っていますが・・。


    わかりました。言葉を使わないと他者に伝達はできないし、しかし、言葉を使うと概念やイメージがついてきてしまう。
    難しいですね。

    悟った人が一番苦慮するところかもしれません。

  • >>No. 57815

    >自分が固執しないと言う事は上記での二辺で物事を見ないと言う 事です。
    >物事を相対的のみで見ない、相対即絶対、絶対即相対、で見る 事であると言う事です。


    ここは、kakuさんから教えていただいて、絶対から見る見方だけが、悟りなのかと思っていたことが、相対即絶対と見ることなのか、と、ちょっと理解が進みまして、ありがたいです。m(__)m

    =====

    ある僧 問う「なんだかんだと難儀な問題が生じてきました、 どのように回避すればよろしいですか。」 洞山禅師 いわく「なんだかんだと難儀でない処に行けばよろしい。」

    ある僧 問う「なんだかんだと難儀でない処とは何処でしょうか。」

    洞山禅師 いわく「なんだかんだと難儀な処である。」

    =====

    ....面白いです。(^o^)/

  • >>No. 57817

    はいはい。

    私のものなど、なーんにもありません。

    諸法非我も、諸法無我も、たいした違いはないですよね。
    私も、そう思います。



    本来の面目たる自己は、常住らしいが。(^_^;)
    所有などとは、相容れないでしょう。元から減らない。元から増えない。

  • >>No. 57814

    言葉であれこれしたい人への慈悲なのかなぁ。

  • >>No. 10910

    >投票なんて、まず立候補してからにしろって話。

    だから、健太さんは、立候補したら?
    区議会だっけか?頑張ったのは知ってるよ。

    私は、立候補はしない。
    だから、候補者の中から、どうにか選ぶよ。(^_^;)

    健太さんだって、自分に票を入れてくれた人たちの気持ちは嬉しかったのじゃないの?

    だから、私も、棄権したこともあったけど、これからは、誰かに入れることに決めています。

    一票のために、気力を振り絞っている人もいるんだから。

  • >>No. 1

    それは、死んだ後だって無自性になるんじゃないの?

    もう、亡くなった子どもさんは、神様の側にいらっしゃいますよ、だなんて、思ってもいないなら、書くの止めなよ。

    死んだら分子に分解するだけなんでしょう?

    生きてる間だけの信仰なら、亡くなった方々のことを、わかったように話すな。

    死んだら即神様になれるなら、イエス様と同じだけど、キリスト教はそういう教えでもないんだから。

    亡くなった人たちは、未練があれば、個我はまだ残るかもしれないし、それでも、神仏までに至れないなら、生きていた時と同じで無自性なのだと私は思っています。

    アオミさんの書かれたことの、それだけに同意だから、そう書いた。

    つまり、この世が幻なら、霊の世界も幻かもしれないけど、間違った思い込みを払拭したところの、本来の世界は、たぶん生死を貫いて「在る」のよ。

    サタンだとか、魔だとか、闇だとか、大好きな婆様には、なーんにも興味ないし、アオミさんのそんな投稿も特に読んでもないし、同意もしていません。

    生も死も、一面、現象なんだと、私は思っているし、だから、輪廻も涅槃も違いはないと言われるのだと思います。

  • >>No. 86329

    あなたが、ワイワイしているの。

    放射能は見えないから、他人事ではないですよ。

    実際に、関東(横浜や東京)からも避難すべきと、沖縄とかに移住なさる方々もいらっしゃいます。

    福島から東京に。東京から沖縄に。
    ....それだと、直に福島から沖縄に避難された方々のような支援は受けられないそうです。

    おかしいですよね。

    あんな爆発で、実際に、汚染を示す高い数値も出たりしているのだから、当然不安になり、遠くに避難して当たり前ですよ。

    避難しない自由もありますが、安心していい保証など、誰も出来やしません。

    >宗教的絶望

    いえ。あなたをみているから、よくわかりますよ。
    如何に、宗教により、人の目が曇るか....。
    自己都合に、イエスの名前も、釈尊の名前も、親鸞の名前も使われる。

    それは、他人を屈服させたい欲望を、愛と勘違いしたお婆さんの所業に、これでもか、これでもか、と見えることです。

    あなたの批判が、時に正鵠を射ても、だから、あなたが正しいということにはなりません。

  • >>No. 4170

    http://onodekita.sblo.jp/article/60229152.html

    << 【新刊】フクシマの真実と内部被曝−自費出版のお知らせ| TOP | 書 籍・DVD・講演会 >> 2012年11月22日

    理屈をこねるダンナと感覚で忌避する妻

    私のメールアドレスは公開していますので、時々質問が届きます。公開するべ きだと判断したメール内容は、匿名にした上で公開することもあります。ご了承 ください。

    とある方からのメール

    >初めまして。福岡に住んでます(医療関係者の××)といいます。 先生にどうしても質問したいことがあり、メールさせてもらいました。 もし良かったら、お返事くださればありがたいです。 実は私の妻が、北九州での瓦礫焼却のあとから、毎日目が痛いと言い出し、最近 では頻繁に下痢もしてるようです。 自宅は福岡市博多区ですが、妻は瓦礫焼却のせいでそうなってると思ってるよう ですが、私には福岡まで放射能が飛んできて、そのような症状を起こすとはどう しても思えません。 大気で拡散するので、福岡市ではそんなに濃度は濃くないですよね? 本当に福岡市内でそのような健康被害はおこるのでしょうか? もう一つお聞きしたいのですが、うちはマンションの7階で、ほとんど窓は開けな いで過ごしています。目張りもしています。しかし、ガイガーカウンターの値は 焼却前よりも高くなってます。焼却前は0、08くらいで、焼却後は0,13とか 14とかまであります。 妻は部屋の中にいても目が痛いというのですが、私は窓を締め切っていたら、部 屋の中へはほとんど放射能の粒子は入らないと思うのです。 妻は粒子は入ってきてるはずといいますが、私はそうは思えず、外からの放射線 がガイガーカウンターの値を上げてると思うのです。部屋の中にも放射能粒子は 外と変わらなくあるのでしょうか?ガイガーカウンターで外を測りましたが部屋 の中と変わりませんでした。 お忙しい中、大変申し訳ないのですが、いつもそのことで妻と言い合いになって しまうので、小野先生にお聞きして解決したいと思いました。 簡単なお返事でも構いませんので、よろしくお願いします。


    家庭の状況が伺えますし、おそらく大半の苦しんでいるお母さんも同じような 思いをされていることでしょう。女性は自分の体内で10ヶ月も赤ちゃんを育てま す。精子を出しておしまいの男とは、精密さが全く違います。放射能に対する感 受性が強いのは当たり前です。そして、それを「気のせい」で片付けてしまう 夫。価値観に決定的なミゾが出てしまっています。

    このメールは、典型的な会話だと思われますので、メールを書いた方には失礼 ですが、説明を詳しくします。

    >実は私の妻が、北九州での瓦礫焼却のあとから、毎日目が痛いと言い出し、最近 では頻繁に下痢もしてるようです。


    目は外界に粘膜が露出していますから、放射能、セシウムなどに敏感であるこ とは間違いありません。そして、下痢は粘膜症状。いずれも、放射線感受性が高 いと言われている臓器であり、「プルトニウムファイル」アイリーン、ウェルサ ム著にも次のように書かれています。

  • >>No. 4427

    >>p.99-p.100 陸海空軍も、核の戦場で放射線を浴びる歩兵・水平・航空兵がどうなるかを患 者のデータから予測しようとした。日本の悲惨な被爆障害が心にあった軍の首脳 連は、放射線の作用をもっと詳しく知りたかった。吐き気はどの時点で始まるか? どれほど浴びたら骨髄に影響が出るか?被爆で思考力や決断力は損なわれるか? 動作はどうなるか?兵士を守る医薬はあるか?弱い放射線を何度も浴びた兵士は どうなるか?・・・疑問は次々にでたけれど、結局のところ答えは出なかった。な ぜなら、ストーンたちがカールトン・ホテルの会議でもわかっていたように、若い 健康な兵士と眼寒者が放射線に同じ反応をするはずもないからだ。 TBI実験(健康人の全身照射)で研究者は、血液と尿を分析して「生物学的線量 計」を見つけたかった。生物学的線量計とは、人体の浴びた線量を物語る生化学変 化をいう。もし見つかれば、戦場の軍医は、被爆者をざっと検査し、助かる兵士と死 ぬはずの兵士をてきぱきと区別できる。一九六三年に空軍の某将校がこう書いて いる。「放射線が整体には快適な左葉を示すとわかって以来、研究者は身体の浴び た線量をきれいに語る生化学的・組織学的・臨床学的な変化を追い求めてき た」。 (中略) 照射の後、血球、染色体、アミノ酸、酵素、血漿タンパク質、脂質をくわしく調べ た。しかし軍の医師たちは、信頼に足る生物学的線量計を見つけるには至っていな い。線量の指標になったのは、すでに臨界事故の犠牲者や日本の被爆者でわかっ ていた傷害、つまり吐き気や食欲不振、脱毛などがいつ始まり、どの程度の症状が どれくらいつづくかだ。それだけを手がかりにする状況は今の今までほとんど変 わっていない。
    <<

    一説によると5兆ドルを費やした米国の核実験でも、この程度の知見しか得られ なかったのです。下痢や眼球の症状は被ばく症状といってよいでしょう。何し ろ、被ばくを定量的に見る方法はないのですから、線量に出ない値でも生物には 必ず影響を与えます。

  • >>No. 4429

    http://onodekita.sblo.jp/article/47213885.html

    < 原子力発電入門(1)発電方法 | TOP | 原子力発電入門(2)もっとも効率が悪 い発電方式>>

    2011年08月07日

    奇形動植物のまとめ

    ネットで大論争に…白い「耳なしウサギ」は本当にいた2011.5.29 12:00 5月2 1日、耳のない白い子ウサギを撮影した2分あまりの映像が、動画投稿サイト 「YouTube」にアップされた。投稿者は紹介文で、撮影場所を福島県浪江 町としており、ネット上では真贋論争を含めて大きな反響を呼び、再生回数は約 100万回にまで伸びた。今回、その飼い主が取材に応じ、耳のないウサギは確 かに実在することが判明した。(鎌田剛)

    「耳なしウサギ」の飼い主は、同町に住む杉本祐子さん(56)。約18年前 からウサギを飼い始め、知人から譲り受けたり、ペットショップで買ったりして 少しずつ数を増やし、現在は大人のウサギだけで21羽を飼育している。ウサギ 小屋は、ハーブや山菜など自然あふれる私有地に設けられていた。福島第1原発 からは30キロ以上離れている。

    ウサギは春が出産シーズン。小屋の中にある巣穴で出産するため、耳なしウサ ギがいつ出生したかは、正確にはわからない。5月7日にうっすら毛が生えてい る状態の赤ちゃんウサギを確認し、同月11日には「まだ目が開いていなかっ た」ということから、4月末ごろに出生したと杉本さんはみている。

    取材した5月28日には、フワフワの真っ白な毛に包まれ、手のひら大の大き さになっていた。耳のないウサギは、ほかに3羽のきょうだいがいるが、いずれ も耳はあった。

    ★Q32:うさぎの妊娠(にんしん:赤ちゃんがお腹の中にいる)期間は何日間 ですか、また、妊娠したらどうなりますか? ★A32:交尾すれば約10時間後に卵子が排卵(はいらん)され、受精して妊 娠します(ちょっとむずかしいかな?)、しかし、本当にに妊娠しているかどう かは外からだけではわかりませんが、オスをきらい交尾しなくなり、食欲がふ え、毛のつやが良くなり、体重が増えます、交尾後4週ごろが最高となり12~ 13%増えます。妊娠がはっきりしてくるのは3週間を過ぎたころからで、お腹 がふくらみ、やがて乳首がふくらんできます。 妊娠期間は30~35日です、生まれる3~4日前になると、巣を作りはじめ、 ワラなどを箱の片すみに集め、自分の毛をぬいて、子を産む準備をします、そし て間もなく生まれます。

    白い羽のカラス 宮古・閉伊川河川敷 2011.9.27 宮古市の閉伊川河口に近い河川敷に白い羽のカラスが現れ、話題になっている。 専門家によると、一般的なアルビノ(白化)とは異なる突然変異で原因は不明。 市民は「震災のストレスかも」と想像を巡らせる。(岩手日報)

    柏崎刈羽原発、中越沖地震・放射能漏れでサクラに異変か 荒木祥2008/08/06 中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発周辺のソメイヨシノの異常花 率が昨年の7倍以上であることが市民団体の調査で分かった。東京電力も「放射 能の影響で無いと証明するのは大変に難しい」とコメントしている。

    以下略

  • >>No. 1

    北九州

    http://aoitombo.s100.xrea.com/kitakyusyu3.html

    多くの場所で放射性セシウムを検出

    図に示したように、ガンマ線の空間線量率の高低にあまり関係せずに放射性セシウムを検出した。なかには検出限界ぎりぎり で?マーク付きで判断した方が良いかと思われる地点もあるが、多くの地点で放射性セシウムを検出している。

    (平成24年9月 28日から10月1日にかけての調査)

    検出された放射性セシウムが何に由来するかについてはこれだけの調査では判断できない。

    しかし、福島の事故で福岡(太宰府市)に降った放射性セシウムはCs134およびCs137合計で2ベクレル/&#13217;以下(2011.3〜 2011.5,文科省)と大阪の約10分の1である。

    また、大分市(平成23年8月5日発表)や長崎市(平成23年10月5日発表)で行わ れた焼却場の飛灰の放射能検査でもいずれのセシウムを検出していない。

    また、次ページで紹介するが海を隔てた山口県下関市彦島では、空間線量が高かったり、地表のベータ線線量が高いにもかかわ らず、今回の調査では放射性セシウムは検出されなかった。

    環境省はガンマ線の空間線量率だけを根拠に焼却の影響はないと断言しているが、空間線量率の高い低いにかかわらず放射性セ シウムを検出する地点、不検出の地点とが混在している。精細な核種分析を重ねない限り焼却が影響ないとは断言できない。

    放射能の健康被害には閾値(これ以上低ければ害がないという濃度)が無いのでどんなに低線量でも有害だというのが国際的な 常識となっている。放射性物質は外に逃さない、閉じ込めるというのが原則であるのにわざわざ汚染の少ないところに持ってき て燃やしたり、埋め立てたりするのは事故以前の法律に基づけば犯罪行為である。国が犯罪を犯し、地方自治体もまた犯罪を犯 す無法者社会になっているのだ。小倉は「無法松の一生」の舞台であるが、自治体や国のやっていることに比べたら、主人公の 方がなんと純情なことか。

    図に示したように、ガンマ線の空間線量率の高低にあまり関係せずに放射性セシウムを検出した。なかには検出限界ぎりぎり で?マーク付きで判断した方が良いかと思われる地点もあるが、多くの地点で放射性セシウムを検出している。

    (平成24年9月 28日から10月1日にかけての調査)

    検出された放射性セシウムが何に由来するかについてはこれだけの調査では判断できない。

    しかし、福島の事故で福岡(太宰府市)に降った放射性セシウムはCs134およびCs137合計で2ベクレル/&#13217;以下(2011.3〜 2011.5,文科省)と大阪の約10分の1である。

    また、大分市(平成23年8月5日発表)や長崎市(平成23年10月5日発表)で行わ れた焼却場の飛灰の放射能検査でもいずれのセシウムを検出していない。

    また、次ページで紹介するが海を隔てた山口県下関市彦島では、空間線量が高かったり、地表のベータ線線量が高いにもかかわ らず、今回の調査では放射性セシウムは検出されなかった。

    環境省はガンマ線の空間線量率だけを根拠に焼却の影響はないと断言しているが、空間線量率の高い低いにかかわらず放射性セ シウムを検出する地点、不検出の地点とが混在している。精細な核種分析を重ねない限り焼却が影響ないとは断言できない。

    放射能の健康被害には閾値(これ以上低ければ害がないという濃度)が無いのでどんなに低線量でも有害だというのが国際的な 常識となっている。放射性物質は外に逃さない、閉じ込めるというのが原則であるのにわざわざ汚染の少ないところに持ってき て燃やしたり、埋め立てたりするのは事故以前の法律に基づけば犯罪行為である。国が犯罪を犯し、地方自治体もまた犯罪を犯 す無法者社会になっているのだ。小倉は「無法松の一生」の舞台であるが、自治体や国のやっていることに比べたら、主人公の 方がなんと純情なことか。

  • >>No. 57826

    >なんだねこの理屈、アートマンってのは、 輪廻転生する「霊体・霊魂」って事じゃないですかい? アートマンじゃなくて、なにが輪廻転生する「霊魂」なんですか?

    輪廻転生は、普通には、私たちの魂が輪廻するのであり、そのように転変するのは、自性がないから。
    つまり、アートマンならば、自性を持つのだから、輪廻はしないと考えられてきたのではないですか?

    >「霊体・霊魂」が、今更【無自性】だなんて言って何になるのですか?

    仏典には、神霊が釈尊の死を嘆き悲しむ様子が出てきます。つまり、霊という形の生存であり、普通の人には見えなくても、釈尊には、それらの神霊が見えてたし、肉体を持たない生存のあり方があるのでしょうね。

    それらも、しかし、無常は免れないということが、自性がないということだと私は思っていますが。

    >※無我(アン・アートマン)とは 「人間も無常であり、永遠不変の魂のようなもの(個我、アートマン) など無い」 という考え方です。

    神霊も、霊体も、肉体を持つ人間も、永遠不変ではないでしょうね。(^_^;)

    ですから、神様として言われているなにものか、は、当然、なんらかの常住たるもの。
    そういうことになるでしょう。

    テルゼさんは、亡くなったお子さんが、神様に呼ばれて、神様の一番近くに座って、神様のお手伝いをしている、というような話が大好きだけど、それって、ただのお伽噺、気休めに話してらしたのですか?

    キリスト教では、聖霊とか、天使というはたらきが語られますが、それ、なんなんですか?

    基本的に、神様を一元に置けば、天使は、やはり自性はないのではないですか?
    なぜなら、人間と同様に、天使も、神様がお創りになられたものなのだから。

    それは、三位一体とか、天使を神様の分身と取ることも出来ます。
    ならば、人間も、神様の分身になりますよね。
    インマヌエルとは、まぁ、そういう境地なんでしょう。

    >それを、アオミ説では【真我】と言っているのですからね、 【無我】ではない、【真我】ですよ!(爆笑

    アオミさんは、霊体は、自性がない、と言われたのだから、真我ではないですよ。

    アオミさんは、自性そのものの常住たるものを、真我とか、神様と言われているのです。

    輪廻に巻き込まれ翻弄される生存の主ではなく、肉体を持って現れるとしても、そこに主体的に関わる生存の主でしょうね。

    >ウィキから、梵我一如とは 「また、アートマンは、宇宙の根源原理であるブラフマンと同一である とされる」

    だから、アオミさんは、死後の霊体は、まだ、アートマンではない、と言われているのではないのかな。
    迷える生存の意識と同じだ、と。(推測)

    >こんな妙な屁理屈で、アオミ教は「本物の縁起の法」だなんて言っても そりゃ、無理でしょうにwwwwww

    本物の縁起の法は、その投稿ではないですよ。
    無我についての考察のようですが、それは、よく読んでいません。

    >自性の無い霊魂が輪廻転生しているって だったら、輪廻転生する必要も無しじゃないのですか? 最初からw

    迷うから輪廻転生する、と古来から考えられてきたのです。

    迷いがなくなれば、輪廻は不要。
    ただ、菩薩行のために、迷える衆生に法を説きに来られるようには言われますね。

    釈尊や、イエスがそうだったのかもしれません。

  • >>No. 57829

    霊魂の生を、死後の生存としますと、そのような意識の継続があり、多くの生存を学べるから、気づきがあるんですよ。

    一度きりの生存と、その後の、天国か地獄か知りませんが、そのような死後の場所しか説かないキリスト教は、ある意味、この人生の不平等性を説明できないという意味では未熟な教えだと思いますよ。

    「神を信じることが救い」ならば、神を信じられるような環境が与えられなかった人は、一体どうして救われるのですか?

    「信じるか」「信じないか」の選択の前に、与えられたものがあまりに不公平な場合、「信じられない」のが当たり前。
    ...そういう道だってある。

    過去世は見えないけれども、その因果が今に通じていると思えば、「信じる」「信じない」も、その人の学びになるんです。

  • >>No. 57828

    うじって、氏なんですけどね。

    お茶らけてみましたが、奥田川さんにも、テルゼさんにも、通じないみたいで、冗談が通じると思った私がバカでした。(^_^;)

  • >>No. 57834

    > またまた、自分で【ケンカ】吹っかけて来て 言い返されれば、興奮してまた眠れないのかwwwww


    いや。もう寝てました。
    あの時間に起きたのは、偶然。

    ただ、本当に、バカな婆様だなと思ってね。(^^;
    自分の、「これは自慢できるという投稿」をメタに運ぶならともかく、わざわざ、私への悪口まで再掲してるんだな、と。(^_^;)

    あなたが、他人事と書いたこと、全くの捏造ですよ。
    放射能の被害は、横浜なら安心なんてことは全くないから。

    だから、ともかく、「他人事」ではない。
    それだけでも伝えようとメタに投稿しました。

    あなたが、そうやってこのトピに来るなら、私もメタに投稿してあげますよ。

    そうねぇ。
    まずは、無視リストにしているらしい、サンエさんの投稿をお見せしましょうか?

    ...それが、嫌なら、私に触れないことですよ。
    あなたに、しまとりがどうしたとか言われるの、虫酸が走るわ。

    わざわざツイッターの、これが事実なら大変だ、というような内容を、オカルトとかって持ってくるな!ってことよ。

    テルゼさんが、オカルトなのは、周知されていることなのに、他人のことをオカルトと貶すの、ちゃんちゃらおかしいですよ。

    トンデモ・オカルト・神のはたらきのテルゼさん♪

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