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投稿コメント一覧 (744コメント)

  • >>No. 40053

    現実を受け入れていて憎しみがなく、何より結果を求めていないなら何の憂いもないですし、でうる結果の中ではいいものが出ますね。

  • >>No. 40044

    醜いということも問題ですが、同じだけ美しいとも多分思ってるはずで、これも同じく問題なんでしょうね。どちらかだけということはなさそうです。
    世界については境界なく兄弟のように、ですね。

    内側の分裂の問題は、複数の、矛盾する、その境界を作る価値観のメカニズムが無意識にもぐりこんで力を持ってることだと思います。

    分裂の話は、主体、映写機で、衣の話は客体、スクリーンの話で足される話にも思いますね。

  • >>No. 40045

    無明。
    無意識の思考でそう外れてないと思います。

    分裂し、それぞれが対立してすらいる無意識が執着し欲し感じ、そのがんじがらめの制限された中で私たちの意識は存在していると思われます。
    死物である無意識が織りなす欲望や好悪を自分自身の欲求とみなす人は多いですが、宗教の立場ではこれは自分とは本来関係のないものになります。乗り越えるべきものです。

    ブッダは、肉体を自己とみなすことも無意識の思考にすぎず、やめたら不死を見出すよとお題を出しています。

    このお題から逃げる人は多いですね。(仏教のパラダイムで絶対的に自分が未熟だとわかるからでしょうか)
    自分は当然てジカなところから取り掛かりつつこれは未処理案件として意識しています。

  • >>No. 40045

    パタンジャリノいう夢見
    グルジェフのいうクンバダファー

    想像や迷信という心の誤用におぼれるのは楽なことなので、それから脱出するのは強さではあると思いますね。

  • >>No. 40045

    やめるということは機能としては存在せず、ほかのやることをふやすだけ。

    ですが、前提となる。
    「不要な心の動きをやめよう」という方向に向かう機能

    ですね。
    理論やビジョンを試して実際には挫折してるのに、単純な現実認識能力、もしくは良心に立ち返れない。
    これは機能と言えますし、資質と言えると思います。

  • >>No. 40038

    >>多重人格
    そうですね。いわゆる多重人格は完全に互いのアイデンティティが分断された分裂症ですが、ここでいう普通の人間の多重人格化は、
    切り盛りする表層の「私」の自己認識はほぼ一定ですが、
    分断された無意識がころころを主権を取り、外界を無視して私の手綱を外れて急に望んだり、外界の刺激に対して私が反応したくないと思っても反応したりという分裂になります。

  • >>No. 40035

    怒るか怒らないか自分で決められるならそれは受動的な怒りではなく、意識的な怒りなので全然OKなのでは。
    私わざと怒るべきと判断した時は結構普通に怒ります。

    腹が立ってしまう。。でないなら、異質なものですね。
    ふつう問題になるのは、感情がかき乱されて怒ってしまうことですね。
    怒りが沸き立つことに普通選択の自由はないかと思います。
    ある価値観に基づいて怒っている自分がいて、それをやめさせようとすることで別の価値観による対立が生まれ、分断が生まれる。

    今怒りに満ちてる自分を観察している。
    その時、ある価値観で無意識的に腹を立ててしまってる自分を、その他の価値観で立脚した自分が観察している状態で、そこに分離がある。

    やるべき究極のミッションは、その前者の価値観が無意識的に自動的に動くのをやめること。
    ある価値観が自動的に動くのをやめるのには、直接やめるしかない。
    他の価値観で止めようとしても、価値観が増えるだけ。
    そして、各価値観は順番に力を持ち主人であることを主張する。
    抑圧。

    >>「反対する価値観」とは、「怒らず穏やかでいたほうがいい」みたいな感じのことですか?
    もちろん総括してそれもですし、
    個別なら、こういうことはそもそも不快に思うべきではない。という寛容さの価値観もあると思います。

    > さまざまな感情の起因である自分の価値判断を知らなければいけない。
    無分析で直にやめられるのが最上ですが、そうはなかなか行かない中で、自分でも思っていないような経路で怒っているということを探っていくのは無駄ではないと思います。
    最終的に無駄でも、より精密な分析。いずれ全部ぶん投げるにしても、今できる範囲で鍛えておくことは無駄ではないという立場です。
    すくなくとも自分の持ってる価値判断を持ってないと思い込むような更なる自己イメージは壊しておくに限るかと思います。

    もしくは、知るというのは。分析をすてて、それそのもののオンオフができるようになるという意味も含むとは思います。文脈次第ですね。

  • >>No. 40036

    気にする主体が、気にしない自分になろうと努力して、気にしない自分という客体を作り出して、
    それが主体の変容だと勘違いして自分を騙そうとしてしまう。

    ひどいかひどくないかの違いでここから抜けだすのは大変。

  • >>No. 40026

    醜く見えること自体の解明は大事ですよね。

    これで当然という、自分を基準とした世界に対する基準を人は持ちがちだと思うのです。
    自分だけ特別扱いして世界にわがままいう向きもありますが、客観性と協調性と責任を持っていて同じだけのものを世界に期待する苦しみもあります。

    ただ、世界のありようはただただあるがままで、基準をもって評価、つまり対立してもつらいだけなんですよね。
    自分と同じような他人を要求するのも同じことで、それがいようといまいと、要求することがトラブルとは言われます。

    基準を持つ主体と、その基準で評価される客体。ですね。
    基準がないと、境界がなく我が家のようにスムーズなんでしょうね。
    周りがひどくても、相対的な基準があってひどいと評価するのではなく、そのありのままのひどい世の中にくつろいでリラックスして最適の手を打つような。

  • >>No. 40029

    嫌いな人との葛藤は言うに及ばず、好きな人というのも境界があり葛藤があり、欲求不満があったりするものですが、
    親友や親しい親子の間には境界がなく自他をあまり意識させないですよね。
    その例の延長であらゆるものがとはいわれます。

  • >>No. 40025

    言葉と意味に一致じゃなく、一定の意味を込めてしまうこと、ですね。間違いでした。
    一定の意味を込めると、他人がその言葉を使った際に自分と同じ意味で使ってると先入観が働き、巻き込まれると。

    方法論を学んだあと、主体が方法論で何かしようとしても、主体ー客体の関係において客体をいじくるだけで、体験夢が見れるだけで、当の主体には関われない。
    既にある心の動きをやめる方法を学んだら、次は方法を手放さないといけない。

    主客、夢
    判断する主体と、判断される客体。
    その関係になります。
    他人だったり社会だったり、判断する自分と判断される客体があります。
    好きでも嫌いでもトラブルのもとで、あるがままに受け入れてるときは境界が希薄で自然に葛藤なくそしてある意味合理的にふるまえるとか。


    >>
    前者というのは理論や修行、
    後者というのは平凡な現実認識機能によって自分について学ぶこと

    後者は現実認識が前提ですが、自分についての、人間一般についての、無明についての知識とその克服の修行から始まります。 なので理論と修行の対象が、悟りから、自分自身の無明になる感じです。
    結局は普通の人間の不要な心の働きをやめるかという話になるのですが、何かをやめるのに方法はないです。。

  • 外向的性格の人にとっては周りや世間の考え方が優先であり前提でありすなわち自己であり、内向的性格の人は自己が検証した論理が優先されそれが自己である。
    この外部中心内部中心はいろいろ混ざるところではありましょうが、また、正確にとらえてる自信がないですが、かなり違った認知構造があり、それぞれにおいて、社会生活において宗教的修養において適した仕事の携帯があるかなとは。

  • >>No. 40019

    株は完全に自分の都合では動かないものですから、自分にはいい試練になってるかなとは思います。
    元々周りの人の気持ちを察するのが優先される性格の人にとっては天職なれど試練がないのが時にあれかもですね。性格がどんどん固まって。

  • >>No. 40018

    危なげなチャレンジもその人の機運に逆らって起きるものではないですが、
    既にカシオペイアさんも言われてはいますが、人に強制するものではつくづくないということですね。

  • >>No. 40012

    となるとちょっとやばい話につながります。

    この精神分裂の分裂の仕方がうまくバランスを取れて理想的だと、皆に好かれる、非常に幸せそうに見える人間になれると言われます。
    が、精神分裂してるので内側に至福はないと、言われます。
    「禅のすべての努力は精神分裂症を治すことだ」ーOSHO

    宗教知識はその分裂を増やすだけなので結局不要なのですが、当然解決すべきなのはもともとの一市民としての分裂ですね。
    宗教は社会に敵対しないのですが、優先もしないところはありますね。
    最短で理想的な人格を構築するのではなく、ある程度のそれは必要としてもいったんすべてを破壊しろとなる。
    考え方を破壊するのではなく、その分裂の破壊なので、破壊し終わってしまえば人畜無害な人間が現れるだけですが、その過程において人格の維持構築ができるわけもないので人格競争からは一歩も二歩も遅れを取り、ドロップアウトするかもしれません。

    (ここでどちらかというと外向的な人向けの礼拝の宗教は世界、自分ー他者、はすべてひとつの神というヴィジョンのもと自然と自分の統一を待てますが、内向的な人は分断という地獄をくぐっていく言われます。魂の闇夜)

    なので、やるなら普通の意味で人生楽しみ切ってからがいいとは言われます。
    そこまで人生成熟しきって完全に捨てるゴータマ王子のようにはなかなかいかないので、引き返して普通の意味で人生を熟成させる作業に戻って並行することは多いと思いますが。
    とくべつ野心的でなく市民としての義務をこなすぶんには通常問題はないです。

  • 9363大運時価26億 
    大運の株主総会のあとで役員さんたちとお話しましたが 北朝鮮の制裁が行われる前には 兵機海運を中心に大運も仕事を沢山していたそうです。
    大運幹部も北朝鮮の制裁解除には期待していました。
    ttps://ameblo.jp/kosmog/entry-11888169714.html

  • >>No. 363

    時価500の東亜建設が関連最軽量と思われてました
    9362兵機海運 時価22  配当3%per8 

    兵機海運 北朝鮮との交易を本社に移管
    いったん事業中止して本社に吸収
    2009年05月11日 
    ttps://lnews.jp/backnumber/2009/05/32019.html

    北朝鮮との航路についてはずばり9362兵機海運が十分な実績があります。
    (同社の有価証券報告書で子会社が)
    ttp://kamakurayuusuke.blog134.fc2.com/blog-entry-1867.html?sp&m2=res

    電話質問
    「今は停止してるがああいった国なので北朝鮮交易再開となれば経験のあるうちは他社よりやりやすい。」

  • 640兆の資源

    朝鮮民主主義人民共和国、実は資源大国です
    韓国統計庁が発表した「北朝鮮の主要統計指標」によると、2008年時点で北朝鮮の地下鉱物資源は総額で6兆4000億ドル。
    内訳は黄金2000トン、鉄5000億トン、マグネサイト60億トン、無煙炭45万トン、銅290万トン
    ttps://matome.naver.jp/odai/2136644716651667901


    海運に思惑がはせられます。

  • >>No. 178

    平和の祈りと
    640兆円の資源への欲

    光と影が合わさって最強に見える。
    出来高こなして板が厚くなればいいでーす。
    本番は来週。

  • >>No. 215

    個別の明確な案件じゃないので上げたら落ちるのですが、大本のイベントへの関心の高さから結構続くんですよね。

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