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投稿コメント一覧 (247コメント)

  • >>No. 3610

    こんにちは。 横から失礼ですが、

    「三師御伝土代」の「本地は寂光」が少し気になります。 寂光土=仏界、実報土=菩薩界だとしたら、「本地は仏界・釈尊」と言うのと同じような気がします。

    それから、「観心本尊抄」に、

    「経に曰く、我本行菩薩道所成寿命今猶未尽復倍上数等と云々。我等が己心の菩薩界なり」
    「上行・無辺行・浄行・安立行等は我等が己心の菩薩界なり」

    とあるので、本仏(自受用身)の九界(本因)は上行(を筆頭とした地涌)である事は間違いないでしょう。   曼荼羅でも実際に仏界は「釈迦」「多宝」の二仏、そして菩薩界は上行以下の四菩薩ですから、曼荼羅の相貌はこれを裏付けていると言っていいと思います。

    それから、

    曼荼羅上の題目が表示する「釈尊」は二仏並座の釈尊では有り得ないと思います。

    「日女御前御返事」には、

    「伝教大師云く「一念三千即自受用身・自受用身とは出尊形の仏」文、此の故に未曾有の大曼荼羅とは名付け奉るなり、仏滅後・二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云う事なり。」

    とあるので、明らかに「尊形の仏」である本果の釈迦如来ではないと読めます。

    「報恩抄」でも、

    「日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし」

    とあるので、「題目が示す本門の教主釈尊」と脇侍である「本果の釈迦牟尼仏」とは別です。この二者の釈尊の違いは「観心(文底)」と「教相(文上)」の関係となるはずです。

    もっとも、九界の本因(上行)と仏界の本果(文上に登場する釈尊)の本因本果が倶時の「出尊形の一念三千の仏」が「本門の教主釈尊」「妙法」なのは日蓮宗では当たり前ですけれどね。

  • >>No. 3773

    >>本果の仏以前にもっと古い仏を創作してしまったら、日興の教えからも外れます。

    本果と本因に時間差があったら、因果倶時になりません。 

    「我実成仏已来。無量無辺。」と「我本行菩薩道」は同時です。  そして、本尊抄では「我本行菩薩道」も「上行・無辺行・浄行・安立行等」も「我等が己心の菩薩界」であると明記してあります。四菩薩以外に曼荼羅本尊に釈尊の本因を示す因位は示されていない。迹化は本化の眷属だと遺文にあるので問題外です。

    「教主釈尊は五百麈点已前の仏なり因位も又是くの如し、其れより已来十方世界に分身し一代聖教を演説して塵数の衆生を教化し給う」 
    ともあり、「因位も又是くの如し」なのだから、「上行・無辺行・浄行・安立行等」も「五百麈点已前の仏」です。 しかもこの四菩薩の本因は本果と同時です。 そうでなければ、上行菩薩が広める「南無妙法蓮華経」が本仏の本因をダイレクトに明かしたものではなくなってしまいます。

    本因が上行菩薩に代表される地涌ではないと言うなら、釈尊の本因修行前は無仏だった事になります。しかし、それでは有始の仏になってしまい、本仏ではなくなります。 有始ではどこまで遡っても三千塵点劫よりも古いだけで無始とは言えないです。

    本仏の因果は同時なのですから、上行菩薩の「本因」とは「或説他身」の姿以外の何ものでもないです。 だから、曼荼羅で菩薩界は地涌の四菩薩が筆頭となって代表している、そうでなければ遺文にも曼荼羅本尊の相貌にも違背します。

    >>「日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし」

    良くこの文を見てください。「釈迦・多宝」は「本門の教主釈尊」の「脇士」と書いてあるではないですか。 四菩薩も釈迦多宝もどちらも「本門の教主釈尊」の「脇士」ですよ。 本仏には成り得ない。 ここで言う「本門の教主釈尊」とは「南無妙法蓮華経」です。

    この「本仏」であり「妙法」である「本門教主釈尊」は「本果」の釈尊だけでは成立しません。 それでは「果」だけで「因果倶時」になりません。本因本果倶時の「妙法」こそが「本門の教主釈尊」「自受用身」です。 「因」とは「我本行菩薩道」の上行です。 しかも、良く引用した遺文を見て頂ければわかりかますが、この自受用身は「出尊形」ですから、「釈迦多宝」と並ぶほうの釈尊ではどう考えても有り得ません。  

    そして、この「南無妙法蓮華経」の「本門の教主釈尊」からみれば、曼荼羅上の上行菩薩も釈迦・多宝の二仏もみな垂迹です。  だからこそ、本尊に南無妙法蓮華経が選択されたのでしょう。 本果の釈迦如来が本仏なら、南無釈迦牟尼仏です。しかも、上行菩薩が「因位も又是くの如し」である必要がなくなります。 

    それをさらに明確に示したのが、以下の遺文です。

    「さればこの法華経は一切の諸仏の眼目、教主釈尊の本師なり。」 兄弟抄

    「法華経の題目を以て本尊とすべし」 本尊問答抄

    したがって、本門の本尊とは、「南無妙法蓮華経」の事です。 唱える側と唱えられる側のどちらも題目が本体です。「因果倶時」なのですから。

    上行は九界の衆生の筆頭です。 九界にも仏界を具します。 その九界に具わった仏界が「本果」です。 同時にその仏界には九界が具わっています。 十界互具とはこういう事です。

    上行菩薩を筆頭とした一切衆生に具わる十界の互具を南無妙法蓮華経といい、その妙法がそのまま本仏だと素直に解釈すればどの遺文にも違背しません。

    この自受用身を「教主釈尊」と呼ぶか歴史上の教祖の名前を使って「日蓮大聖人」と呼ぶかは問題ではないです。 紛らわしかったら事の一念三千・因果不二の自受用身と教学用語で言えばいいのです。

    ここで言う「事」とはまさに因位・菩薩界に要約している事を意味します。 

    とにかく、「本門の教主釈尊」ではなく「脇士」である本果の釈尊を本尊とするのでは、教相のままの本尊で、「観心の本尊」ではなくなる。 誰がどう見ても、大筆で書かれた題目や四天王・愛染・不動・日蓮御名に比べて、小筆で書かれた釈迦多宝に二仏は上行と同じように化仏ですよ。 中尊は南無妙法蓮華経にしか見えません。  

    「天台云く「即是れ形を十界に垂れて種種の像を作す」等云云」  諫暁八幡抄

    「只天台の御料簡に十如是と云うは十界なり此の十界は一念より事起り十界の衆生は出来たりけり」 一念三千法門

    等の文を見れば、九界だけではなく、釈迦多宝の仏界を含む十界が垂迹だとわかります。 「十界に垂れて」「十界の衆生」と言う奇妙の表現が重要です。

    誤解されているようですが、私は本果の釈尊だけではなく上行菩薩も垂迹だと述べているのでお間違えなく。

  • >>No. 3985

    私は「本門の教主釈尊」が本尊である事には異論がありません。 しかし、その「本門の教主釈尊」が「法華経の題目」だと重ねて述べました。 それは引用した兄弟抄、本尊問答抄の遺文が明確に示す通りで、読み方の違いなど起こりえないほど明確な文章でもあります。

    そしてその題目が表示する本仏こそが寿量品の仏です。 「或説己身」「或説他身」、「我実成仏已来。無量無辺。」「我本行菩薩道」のどちらもこの「本門の教主釈尊」である「南無妙法蓮華経」の一部です。 本因も本果も寿量品に明かされているではないですか。 どうして本果だけと言い張るのでしょうか。 本尊抄には「釈尊の因行果徳の二法」とあります。 本果だけでは「果徳の一法」だけでしょう。 「因行」は上行菩薩の広める南無妙法蓮華経です。 このように「因行」と「果徳」が両者揃って始めて本仏だと言っているのです。  

    遺文は無視なさるのに同じものばかり何度も引用しても無駄ですから、私が引用した遺文をもう一度文法通りに素直に読んで下さいとしか申し上げられません。 

    報恩抄をどう呼んでも、塔内の「釈迦・多宝」の二仏は「上行等の四菩薩」は「本門の教主釈尊」の「脇士」です。 そこはどう解決するのでしょうか。「本門の教主釈尊」が本仏なのは私も同意ですが、その「本門の教主釈尊」が塔内の釈迦如来である事はこの遺文を素直に読む限りは絶対に有り得ないです。 

    そもそも日蓮大聖人は真言宗の理と智の大日が二つに分かれているのを批判していたのだから、智を表す釈迦が単独で本尊にはなり得ないです。 釈迦(智)・多宝(理または境)の二仏が並座した宝塔(妙法)こそが本仏としなければいけません。 

    「法華経の自受用身と法身とは真言には分 絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり」 真言天台勝劣事

    の通りです。

    >>この仏の前に仏を作るなど宗祖や、日興の教えからも外れます。 

    重ねていいますが、私は「我本行菩薩道」の前に仏など作っていません。 「我本行菩薩道」は「或説他身」「或示他身」の姿だと言っています。 あなたの言う通り、この文は仏界所具の九界です。私はそれを既に前の投稿で述べています。 そしてそれがそのまま上行菩薩の活動が本仏の活動である証拠ではないですか。 仏界に具わる菩薩界ですよ。 煩悩を滅して仏になったら色も形もないんです。だからわざと煩悩を残して衆生に法を説くと言うのは大乗仏教の基本中の基本ではないですか。

    観心本尊抄の遺文のままに「我本行菩薩道」が「上行・無辺行・浄行・安立行等」であり本仏の「因位」であると述べています。 その点はあなたも同じ事を言っているのかも知れないけれど、あなたはどうしても本尊抄と曼荼羅の相貌を無視して上行菩薩を本因だと認めたくないようです。 

    しかし、それでは、上行菩薩の説く法が成仏の直説の因ではなくなるとも既に前の投稿で述べました。 無理にこじつけようとするとこのように遺文や曼荼羅の相貌、そして天台教学の基礎までを無視する事になります。 もう一度先入観を捨てて、私が引用した遺文を文字通り・文法通りに呼んで整理してみてください。 

    どう考えても教理を無視して製作された仏像に合わせて遺文を解釈しようとしているように見えますが、文法や実際に存在する真筆曼荼羅を無視した非常に苦しい解釈だと思います。 

    「久成の釈迦如来」を否定するのではないです。 ただ、同じ久成の釈尊にも教相(文上)と観心(文底)があるのみです。 日蓮大聖人の教えが「観心」の教えであるのは議論の余地がありません。 観心と言っても上述のように完全に遺文に説かれている上に、その根拠は完全に経文と天台六大部にあって、出鱈目に導き出された根拠ではありません。  天台教学では、寿量品は報身を中心に説いたとしています。 報身とは菩薩の因行に付随する果徳です。 浄土宗でさえ法蔵菩薩と阿弥陀仏は同一なはずですよ。 法蔵菩薩の本願十八番は成就して阿弥陀仏になったわけですから。 笑

  • >>No. 3996

    要するにあなたは、日蓮大聖人は文法も定義も自説を正当化するために恣意的に使用したと考えているという事ですね。  「本門の教主釈尊の脇士」と書いてあっても、並座の釈迦と同じ釈迦だと主張されては、そう受け止めるしかないです。 「左右に居るだけで脇士ではない」と言いますが、「脇に立っている」のと「傍に左右に立っている」のと違いますか。 私には同じに感じますね。

    遺文には他にも、蔵経の釈迦(ゴータマ・シッダルタ)、通教の釈迦、別教の釈迦(華厳の毘盧遮那)、迹門の釈迦などが登場しますが、それをどう説明しますか。  

    それから、「久成」と言う言葉について、奇妙な遺文がありますが、これはどう説明されるのでしょう。

    「輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云」 観心本尊抄。

    この引用文は同じ本尊抄にもう一度出てきて、さらに曾谷入道殿許御書にも出てきます。 「久成の人」とは上行菩薩です。 けれど、あなたの解釈では上行は久成の菩薩ではなく、釈迦如来が成仏してから付属されただけだと言います。 要するにそれは、上行は迹因であって本因ではないと言う主張と同じですが、私にはそれは到底受け入れられません。 上行が迹化の菩薩と決定的に違うのは、久成の菩薩だという事です。

    久遠の釈迦如来と久遠の上行菩薩の因果倶時の不思議(妙)の一法が、久成の三身です。

    「久成の三身」と言うのは「一代五時鶏図」の天台宗の本尊の始成と久成の報身如来の項に出てきます。

    「久成の法身」「久成の報身」は理解出来ても、「久成の応身」はちょっと受け入れにくい概念ですが、それは「久成の人」と同じ事です。  

    もし、そうではないと言うのなら、質問が3つあります。

    1 それでは曼荼羅本尊上で、久成の応身はどなたになるでしょうか。

    2 他の方も重ねて質問されているようですが、なぜ釈尊像が本尊なのに日蓮大聖人は曼荼羅本尊を顕したのでしょう。

    3 法華経の文上には、塔中に南無妙法蓮華経などありません。 これも観心の教えではないのですか。 教相の文上どおりならば、東大寺の戒壇院みたいに宝塔内に二仏で良くはありませんか。

    まあ、特別な文章の読み方があってそれを絶対に変えられないのなら何を言っても仕方がないですが。

  • >>No. 3999

    一切衆生がみなポテンシャルとしては応身ですから、人々と言う言い方も正しいですが、上行が地涌の上首である四菩薩の上首であり、菩薩界の筆頭です。 菩薩界は2つはないので、上行一人に一切衆生つまり九界全体が要約されても問題がありません。 法も一つ、仏も一つ、菩薩も一つ、国土も一つ。それだけしかありません。 華厳で言う一即多、多即一と言う事です。

  • >>No. 4010

    そうなんですよ、私は寿量品の仏以外に別に仏を持ち出してなどいないんですが、誤解をされているようです。  

    私はただ、文上の釈迦牟尼仏は釈迦牟尼仏の真実の姿を顕しておらず、三十二相は垂迹だと述べたのと、十界互具を述べただけです。 

    三十二相が垂迹なのは既に遺文も上げました。 三十二相は上行・無辺行・浄行・安立行以下の地涌もみな三十二相です。

    迹門の釈尊が垂迹なのと同じように、本門の文上の釈尊も垂迹です。 本仏のありのままの姿は無作三身の自受用身で、それが南無妙法蓮華経です。

    九界と仏界の互具については、私とお相手の方は同じ事を言っているのに言い争う必要はないでしょう。

    無始の昔から仏界(釈尊)も菩薩界(上行)も存在しました。 お互いをそれぞれに具して無始無終の姿です。   菩薩→仏と言う時間の前後はありません。 逆に仏が先に存在もしません。 それなのに「釈尊の前に仏をつくる」と言う批判を受けているのですが、「前も後もない」と私は明言しています。本因である九界(因位・上行)と本果である仏界(果位・釈尊)が同時です。 同時と言うからには前後はないです。  仏→菩薩と言う時間の前後もないのです。 あったら本因になりません。それでは迹化の仏と変わらないし、常住此説法にならないです。

    妙覚位の如来が九界の衆生を教化するために応化したのが、等覚位の菩薩です。 これが釈尊と上行の関係です。 

    文証だってあります。

    「仏も又因位に居して菩薩界に摂せられ妙覚ながら等覚なり」 一代聖教大意



    一念三千の構造が誤解されているのだと思います。

  • >>No. 4055

    文底(観心)の釈尊とは、宗祖曰く、観心の本尊と。

    文底にましますのは、一念三千。

    「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり」開目抄

    一念三千は自受用身。 自受用身とは大曼荼羅御本尊。

    「伝教大師云く「一念三千即自受用身・自受用身とは出尊形の仏」文、此の故に未曾有の大曼荼羅とは名付け奉るなり、仏滅後・二千二百二十余年には此の御本尊いまだ出現し給はずと云う事なり。」 日女御前御返事

    文底・観心の仏が現れれば、文上の仏は迹仏と化す。

    「本門の大教起れば迹門爾前亡じ・観心の大教起れば本迹爾前共に亡ず」十法界事

  • >>No. 4066

    >>日蓮聖人はそのようなことをいわれているの?

    まさか「観心本尊抄」を知らないわけではないでしょう。 何を如来滅後五五百歳に始めたんですか? 観心の本尊でしょう? 本尊が本仏でないとか、本師でないとか、そういう議論は止めましょう。 尊=師=仏ですから。

    >>お釈迦様の内証の妙法蓮華経の五字が文底。

    お釈迦様の内証なのは、それでいいんじゃないですか。 お釈迦様も釈迦如来も釈尊も釈迦牟尼仏も同じですよ。 どのみち「ゴータマシッダルタ」ではないのだから。 お釈迦様と言おうが自受用身と言おうが一緒です。  どうしても、私がお釈迦様を否定していると思いたいようですが、私は本門の教主釈尊、つまり久成のお釈迦様を否定していないと何度も何度も述べています。

    本法、本仏、本化、本国土、どれも一つだけです。 二仏なしだから、お釈迦様以外に仏はいませんよ。 ただし、私は真のお釈迦様の姿は、上行菩薩と互具した南無妙法蓮華経の姿だと言っているだけです。真の仏に三十二相などありません。 出尊形ですからね。

    >>日蓮聖人は本化上行菩薩の垂迹菩薩ですからね

    それはいまさら言うまでもないでしょう。日蓮門下の常識です。 本仏と言うのが「境智冥合」の自受用身なら、凡夫僧の大聖人の生身が「本仏」なわけないじゃないですか。 その定義では煩悩があり、業の色報がある凡夫は本仏には成りえません。 上行菩薩そのものでもないです。上行菩薩の再誕なだけですよ。 

    でも、一身即三身・三身即一身なのが寿量品の自受用身です。 久成の応身はどうなります? 

    四条金吾殿もわたしたちも本体は自受用身ですが、教主は日蓮大聖人で、私たちは所化ですよ。 だから、一仏に一菩薩のみと何度も言っているのです。 成仏すれば一切衆生がみな仏、地涌の菩薩衆です。 森羅万象・草木瓦石みな一念三千の仏です。 

    でも、九界の衆生の本体は阿頼耶識(菩薩界)ですから、上行菩薩が一切衆生(地涌六万恒河沙)の本体です。 だから一切衆生・九界全体が地涌の上首・上行に要約されています。 大聖人はそれを前提に上行菩薩を名乗られています。 そうでなければ、無辺行・浄行・安立行も同時にかつ個別に出現する必要があります。

    ゴータマシッダルタは法華経の教主ではないです。 歴史上の大聖人もインド法華経を説いてはいない。 でも、南無妙法蓮華経の曼荼羅を五五百歳に広めた第一人者は誰ですか? 日蓮大聖人です。 では、歴史上初めて曼荼羅本尊を顕した応身仏の名前でその仏を呼んでも問題ないではないですか。

    「本地自受用身の垂迹上行菩薩の再誕」とはそういう意味です。 きちんと定義を考えてもらえれば納得できると思います。  意味が解って言っていれば、日蓮大聖人でもお釈迦様でも間違っていないですよ。

    それから、「観心の大教起れば本迹爾前共に亡ず」が文底の仏の出現を意味しないのであれば、別に本門の釈尊を迹門の釈尊と分ける必要がないです。 ゴータマシッダルタを「劣応身」とか「小釈迦」と言うのも、小乗の人達から聞いたら失礼な話しでしょう? 自分の信じている仏の時には頭に来るのかも知れないけれど、それがいけないと言うならば、最初からゴータマシッダルタの名前を借りないほうがすっきりすると思いますよ。 

    あまり、お釈迦様とか日蓮大聖人とか、名前にこだわらない方がいいですよ。  どのみち、南無妙法蓮華経の一法と、自受用身の一仏と、上行菩薩の一菩薩と、娑婆即寂光の一国土しか法界には存在しないんだから。

    一念三千の仏なのだから、論理的な考察が必要な時には紛らわしかったら、仏界と言えばすむ事です。 そうしないと、お釈迦様をまるで歴史上のお釈迦様みたいに考えていると、一念三千を歪めて解釈している事になります。

    法華経はお釈迦様の内証でしょう? 法華経の登場人物全部がお釈迦様の内証です。 それでは、その内証に登場する文上のお釈迦さまは、本仏のお釈迦様の内証の一部であって、お釈迦様の内証そのものではないじゃないですか。  上行菩薩も本仏のお釈迦様の内証の一部でしょう。 鬼子母神も堤婆達多も。 

    あなたが恐らく偽書だと言うであろう、百六箇抄でさえ、

    「自受用身は本・上行日蓮は迹なり」と教えていますよ。 誤解のないように。

  • >>No. 3

    別のスレッドでお世話になってます。

    寿量品の仏を報仏と言う事はとても大事ですね。 もともと般若経の般若だって同じ事ですが仏の悟りの智慧になります。 

    法舎利供養が大乗仏教の根本ですが、後に法身が三身説で二つに分かれて後に理法身・智法身や、法身と自受用身と二つの側面に分けられました。 宝塔内の二仏は三身説の法身と報身(受用身)が二身説の法身(真身)とは別ではない事を無言で説明しています。  

    毘盧遮那如来も、阿弥陀如来も、薬師如来もみな三十二相ですが、それは報仏を顕しているのであって、応仏の相だとは思えません。  

    そして、報仏の「報」は、菩薩の因行の報いとしての果徳を意味します。 だから、報仏の仏果は菩薩の因行に付随した果徳です。 そして、寿量品の仏は報仏の中でも他受用身ではなく自受用身です。  仏と菩薩に時間の前後がない、無始無終の円仏が寿量品の報仏となります。一身即三身・三身即一身と言う時の「一身」とは報仏に要約されているが、実際には即三身であると言う意味ですね。 

    法華文句に「此の品の詮量は、通じて三身を明かす。若し別意に従わば、正しく報身 に在り。」とある通りです。

  • >>No. 4

    娑婆即寂光と言うのを忘れては、即身成仏の教えから外れてしまいますね。

    別のスレッドでも繰り返し述べさせてもらっていますが、仏も一仏のみ、菩薩も一菩薩のみ、法も妙法の一法、そして、国土も娑婆世界の外には国土なしです。 四土全て我等が一念に具わるのが法華の意と言えるでしょうね。

  • さて、それでは報仏の智慧・仏智とは何かについてですが、

    天台大師智顗の言うところの「教の意は是れ仏意仏意即是れ仏智なり」と言う事になるかと思います。 方便品には「諸仏智慧甚深無量」とある法華経、その中でも寿量品の教える教意が仏智と言う事になります。

    鳩摩羅什は妙法を筆頭とした経を仏智そのものと意識して翻訳をしていたと訳を見た限りでは感じられます。 経典が法舎利であり、その法舎利に、理と智の側面があると言う解釈に基づいて多宝塔の釈迦牟尼仏・多宝如来の並座が描かれており、鳩摩羅什もそれを意識して妙法蓮華経を訳したとしか私には思えません。

    そうなると、寿量品の報身仏は、ただ法華経の経典の中に説かれる釈迦牟尼仏そのものではなく、法華経全体であると言う事になると思います。

    「即是れ形を十界に垂れて種種の像を作す」
    「十如是と云うは十界なり此の十界は一念より事起り十界の衆生は出来たりけり、此の十如是と云は妙法蓮華経にて有けり」
    「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如、十如 は必ず十界、十界は必ず身 土」
    「実相とは是れ仏の智慧の門なり。門は即ち境なり。」

    などが天台大師智顗・妙楽大師湛然の報仏の仏身観を良く表現していると思います。

    古儀真言宗では理・智の法仏である大毘盧遮那に比べて釈迦如来は劣ると主張したのに対して、台密では寿量品の仏は法界の一切諸仏を含む妙法蓮華経の五輪の仏であるので、大日如来と理では同じであると主張しました。

  • >>No. 6

    >>後に法身が三身説で二つに分かれて後に理法身・智法身や、法身と自受用身と二つの側面に分けられました。

    法身が、三身説では、理と智の二つの側面に分けられて、後に、理法身・智法身、又は、法身・自受用身と呼ばれるようになった、と言いたかったのです。 わかりにくくもすいません。

  • 御本尊とはどうあるべきかは知り尽くしておられるようなので、ハトさんと清貧さんに質問があります。

    二乗が欠けていると十界曼荼羅でないといいますが、宗祖の真筆の曼荼羅御本尊のどこに縁覚界がありますか?  もしどこを探しても縁覚界がないとしたら、宗祖の曼荼羅は九界曼荼羅だから偽者ですか?

    宗祖の初期の真筆本尊には、釈迦・多宝の二仏と梵字以外は九界の諸尊は四菩薩を含んで誰も在座しない本尊があるようですが、これらはどうなるのでしょう?

    さらに、中には題目と左右の梵字以外に何も存在しない真筆本尊まであるようですが、これはどう説明されますか?

    もし、これらは完成された曼荼羅ではないと言うのなら、どの時代の曼荼羅が完成された曼荼羅ですか? そしてその相貌でなければならない最大の理由は何ですか?

    それから、法華経のどこに愛染・不動が登場するのでしょうか? どうして、四菩薩や釈迦・多宝まで省略されているのに、題目の脇侍に愛染と不動が在座するんです? 

    これらを見たら二乗の欠落なんて大きな問題じゃないと思います。 題目と梵字とか、題目と諸天とか、題目と釈迦多宝と梵字、題目と釈迦多宝と四菩薩と梵字、こういう組み合わせは現存しているものでも数例あります。  

    文証・理証だけじゃきりがないから、真筆本尊集の写真で相貌を見て質問しました。

  • >>No. 4068

    >>四菩薩の脇士のない一体の釈迦像を劣応身とか小釈迦だから謗法としたのが、日興ですよね、謗法だと思いますか?

    私は、劣応身や小釈迦は宗祖の遺文から引用したつもりですが・・・・

    「阿含経の小釈迦」開目抄
    「阿含経の題目には大旨一切はあるやうなれども但小釈迦・一仏のみありて他仏なし」報恩抄
    「此の宗は皆本尊まちまちなり所謂・倶舎・成実・律の三宗は劣応身の小釈迦なり、法相三論の二宗は大釈迦仏を本尊とす華厳宗は台上のるさな報身の釈迦如来~」 本尊問答抄

    ちなみに、劣応身は、天台の教学用語です。 日蓮大聖人の創作でもありません。

  • >>No. 4071

    一体仏を拝む事が大聖人の活動初期から完全に謗法だったとは断言できません。

    しかし、私には宗祖が脇士のない単体仏を本尊として考えていたとは全く思えません。もしそう考えて拝んでいたとしたら、言っている事とやっている事が全然違う事になってしまいます。

    法舎利供養と言う肝心な教えが単体仏の仏では表せないですよね。

    「小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。」 観心本尊抄

    と言うように、劣応身・小釈迦と宗祖が呼んだ小乗の釈迦仏でさえ、迦葉・阿難を脇侍となすと書いてあります。 さらに、「末法に来入して始め此の仏像出現」とあるように、末法の本尊は未曾有です。 単体仏にされた釈迦が未曾有の仏像だったとは思えないのです。 やはり、本尊問答抄や観心本尊抄を素直に読んで曼荼羅本尊が「此の仏像」であると考える方がすっきりしませんか。

    信徒などの感情を考えて、「そんなもの本尊になるか」とは言わなかったでしょうし、法華僧の立場としては阿弥陀仏を造立するよりは釈迦牟尼仏を造立してくれるほうがまだ見込みがありそうですよね。そういうレベルで許容された程度の事ではないでしょうか。

    成仏した目から見れば、単体仏も仏かも知れないけれど、迷える末法の衆生に適した対境であるとは思えません。 宗祖もそう思えないから曼荼羅本尊が姿を現したのだと思いますよ。

  • >>No. 4072

    >>宗祖の直筆本尊にはシャリホツ等の二乗を書いてある本尊がありますね。

    はい、それは存じております。(笑)  声聞界が縁覚界を兼ねているようです。そもそも縁覚(辟支仏)は独覚とも言うくらいですから、師を取らないのでしょうし、法華経にも弟子としては最初から登場しないですよね。弟子はみな声聞だと言う事になります。

    しかし、それなら、十法界全部が揃っていなくても、曼荼羅としては成立しますよね。

    >>私は梵字は日月神アウンを顕していると思っています。 不動・愛染拝見記が参考ですね。

    実はそれには同感ですが、それだけだったら、文殊と普賢も阿吽・陰陽を表しているし、釈迦・多宝の二仏も同じ事ではないでしょうか。 今使用している画像の他に日月をシンボルにした画像を後日使用するつもりで密かに多数所持しているのですが、ずばり日月神などと言われて使い辛くなりました。 笑 

    しかし、愛染・不動が既に文上には無いのだから、「観心の本尊」と言う概念を認めるしかないのではないしょうか。 

    そして愛染・不動が、日月・陰陽・阿吽・丑寅を意味するのは台密でも東密でも常識です。さらに、愛染・不動が脇侍になっているのが、釈迦如来像が中尊は在り得ない理由でもあります。

    真ん中の宝塔は法身の舎利としての宝珠を収めた宝塔です。これだけは簡単に遺文から読んで取れます。

    「如意宝珠と申すは釈迦仏の御舎利なり」 四条金吾殿御返事
    「一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」 観心本尊抄
    「久遠実成は百歳の臾・二十五の子となれるかとうたがふ、一念三千は九界即仏界・仏界即九界と談ず、されば此の経の一字は如意宝珠なり」 撰時抄
    「此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意宝珠なり」 報恩抄
    「我等衆生・無始曠劫より已来・妙法蓮華経の如意宝珠を片時も相離れざれども・無明の酒にたぼらかされて」主師親御書
    「此の一念三千の宝珠をば妙法五字の金剛不壊の袋に入れて」太田左衛門尉御返事
    「妙法蓮華経の五字の蔵の中より一念三千の如意宝珠を取り出して」 兄弟抄
    「されども此の妙の字は仏にておはし候なり、(中略) 又は如意宝珠のたまなり」妙心尼御前御返事

    特に観心本尊抄の一節は有名ですが、その「珠」は並べて最初に引用した「釈迦仏の御舎利なり」と言う事です。

    「四種の身乃至八十御入滅舎利を留めて正像末を利益し給う」と言う遺文もあります。

    法華経の多宝塔の出現の背景にも大乗仏教のルーツと言われる仏舎利塔の供養があります。

    密教では愛染・不動は金胎両部の大日如来を意味していて、その両者を脇侍として仏舎利と称した水晶珠(宝珠の象徴)を安置した宝塔を供養する秘儀が伝わっていました。 これを密教では理智不二の大日如来として法華一乗の教義からの批判をかわしていました。

    「法華経の自受用身と法身とは真言には分絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり」天台真言勝劣事 と遺文にある批判です。

    愛染・不動の脇侍については、「此の大日如来は大日経の胎蔵界の大日・金剛頂経の金剛界の大日の主君なり」報恩抄

    ともある通りです。

    大聖人が「国賊」と批判した、西大寺叡尊も、元旦には愛染・不動を脇侍とした仏舎利塔供養をしていたようです。 古来より漢字文化圏では十二月は丑月で陰、正月は寅月で陽と言って、元旦を陰陽・丑寅の中間としています。 こういった当時の文化の背景がわからないと遺文も本尊も意味が不明な事はたくさんあるのです。 私たちが知らないからと言って当時に常識ではなかったとは言えないので注意が必要ですね。

    こういう状況の中で日蓮大聖人は密教の秘儀の生身供養は仏の本意ではなく、法身供養こそが仏の真意であるとして退けました。 だから曼荼羅では宝塔の宝珠は題目であって、生身の舎利でもなければ、水晶珠でもないのです。 

    いずれにしても、宗祖の意図は、「法舎利(法身)供養」であり、生身の供養をする気は無かったと思うのです。

  • >>No. 4077

    >>そうでしょうか?
    >>海から出現された釈迦立像を生涯本師として拝していたのでは無いのでしょうか?

    「教主釈尊」が一体仏だと言う根拠はなんでしょうか?

    それから、どの宗派かは私は存じませんし、日蓮門下は本来は一つであるべきと思うので、あまりどの宗派に所属しているかに正直言ってあまり興味はありません。しかし、もし六老僧がそれぞれ正統な後継者ならば日興上人を否定するのも、おかしな話しではないでしょうか。

    それに、もし身延山を総本山としている方だったら、あまり日興上人を悪く言うと、「興統法縁会」が身延山から脱退してしまいますよ。 笑

  • >>No. 4077

    創価学会がそう読ませたのではなくて、

    「此時地涌千界出現本門釈尊為脇士」を

    「此の時地涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し」

    と読むのは漢文としては正しいと思いますよ。

    「地涌千界出現して、本門の釈尊の脇士と為る」と読むのは変だと思います。

    ただし、あなたは、それを地涌の菩薩が本門の釈尊を自分の脇士と為すという意味だと誤解して批判しているようですが、地涌千界は本門の釈尊の脇士です。その前提で地涌の菩薩が釈尊を脇士とするのではなくて、釈尊を本尊の脇士とすると言う意味です。 それなら遺文とも曼荼羅本尊の相貌とも相違しないでしょう?

    「報恩抄」の

    「日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし」

    を引用して述べた、「中央の題目が本尊で、釈迦多宝は四菩薩と共に脇侍」の通りだと思いますがどうでしょうか?

  • >>No. 4082

    >>その教主釈尊を本尊の脇士にするという教えは日蓮聖人の教えにはないでしょうね。

    実際に曼荼羅本尊で釈迦牟尼仏は題目の脇に座っているじゃないですか。 上行等の四菩薩はさらにその脇に立っています。 本門の釈尊でさえ脇士にする未曾有の曼荼羅本尊が観心の本尊と言う極めてシンプルな主張ですよ。

    「地涌の菩薩が出現して、脇士が釈迦・多宝になっている本尊を建立した」と考えれば、釈迦・多宝の二仏が上行菩薩の脇士になっていると読む必要はないです。 四菩薩を脇士にとった釈迦多宝が題目の脇士になっていると曼荼羅御本尊の相貌どおりに述べているのですが、わかりにくいですか?


    一体仏については、観心本尊抄を引いて、小乗の小釈迦でさえ脇士を取ることが遺文にあるのだから、一体仏は信仰の対境として在り得ないだろうといいました。 仏は例外としてとも私は述べました。


    「法華経の題目を以て本尊とすべし」の文のままだと思いますけどね。

    「此れは法華経の教主を本尊とす法華経の正意にはあらず」ともありますよね。

    私の言いたいことは、まさに宗祖がこの本尊問答抄の一節で言ってくださってる気がしますよ。

    「上に挙ぐるところの経釈を見給へ私の義にはあらず釈尊と天台とは法華経を本尊と定め給へり、末代今の日蓮も仏と天台との如く法華経を以て本尊とするなり、其の故は法華経は釈尊の父母・諸仏の眼目なり釈迦・大日総じて十方の諸仏は法華経より出生し給へり故に今能生を以て本尊とするなり」

    それから、撰時抄に、

    「久遠実成は百歳の臾・二十五の子となれるかとうたがふ、一念三千は九界即仏界・仏界即九界と談ず」

    とあきらかに、「久遠実成」と「一念三千」が対比されています。 

    「宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし」については、

    宝塔の内の釈迦多宝
    (宝塔の)外の諸仏
    並びに、上行等の四菩薩

    が(題目の)脇士となるべし

    ではないですか。  どこに、宝塔の内の釈迦多宝と、外の諸仏、の間に区別があるんですか? 全部、並べて「脇士になるべし」と書いてあるだけですよ。  「所謂宝塔のうちの釈迦多宝なり」と終わっているわけではないですので注意してくださいね。

    なにしろ、論説としては極めて明確に冒頭で、

    「問うて云く末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや、答えて云く法華経の題目を以て本尊とすべし」と論旨を宗祖は述べていますからね。

    その上で、「釈迦多宝も諸仏も地涌の四菩薩も本尊の脇士である」と言う旨が述べられていますから、間違えようがありません。

    繰り返しいいますが、本門の教主釈尊の見かたに文上と文底があるだけで、釈迦如来には違いないですよ。 久遠元初の釈迦如来が文上の釈迦多宝を脇士にしていると言えばわかりやすいですか。

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