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投稿コメント一覧 (677コメント)

  • >>No. 3386

    >以前このトピで言いましたが「歴史とはなにか」という本で筆者の岡田英弘氏は、そもそも「民族」と訳された欧米の言葉は「国民」という意味しかなく、日本人が勝手に作った概念だそうです。

    私もよくわからないのですが、そもそも「ネイション」と「エスニックグループ」には概念としてどういう差があるのでしょうか?岡田氏の言う「民族」または「国民」というのは「ネイション」の方でしょう。「エスニックグループ」は、欧米の文化人類学や民族学にもよく出てくる言葉で、日本独特の概念だとは言えません。

    >>はなはだ非科学的です。
    >信仰は科学ではないから矛盾してないですが。

    それはどうでしょう。確かに、あらゆる宗教にはほぼ非合理性があると言えばあります。「キリストは死後復活した」と信じるキリスト教徒に、「一度死んだ人が復活することなどあり得ない」と言っても、それで信仰を捨てる人はほとんどいないでしょう。しかし、なぜキリスト教、仏教、イスラム教などが「普遍宗教」と言われるのに、オウム真理教は「普遍宗教」とは言われないのでしょうか?おそらく、前者には何がしか普遍的要素が含まれている、後者には普遍的要素がほとんど無い、という違いだと思います。
    信仰は個人の自由ですから、キリストを信じるのもオウムを信じるのもその人の自由ではあります。しかし、あなたの「信仰」はキリスト教や仏教並みに普遍的要素を含んでいますか?それとも、普遍的要素の無い、オウムレベルの「信仰」ですか?

  • No.28812

    論理の話

    2013/01/24 21:32

    >>No. 28805

    >>全然 違う。君の言ってることが意味がわからんと言うことだよ。
    >つまり「資料を提示しろ」と言うことが分からないのですか?

    なに言っている。このボケが。
    元々の話は
    >>>>>
    >「旧日本軍も日本政府も無謬のものではなくあまたの誤りを犯さないまたは誤りを犯さないほど能力がある」だろ。

    どういう意味だ?無謬のものでないならば「あまたの誤りを犯さないまたは誤りを犯さないような能力は無い」となるだろ。君の言ってることは論理矛盾だよ。
    >>>>>
    という話だぞ。それがなぜ資料云々の話にすりかわるのだ。自分の投稿内容を把握してないのは君の方じゃないか。

    >>私は、旧日本軍や帝国政府が「無謬のものでないならば『あまたの誤りを犯さないまたは誤りを犯さないような能力は無い』となるだろ」と指摘してるんだ。
    >で、私はその前に討論内容にそう資料を提示しろ、と指摘しているのだが。

    だから、なぜ資料云々の話になる。これは論理の話だ。資料は関係無い。

    >>それで、私がいつ「完璧に」なんて表現を使ったのかね?
    >あなたが身をもって表現しておりますな

    君が勝手に曲解してるだけだ。私はそんなことを考えてはいない。

    >日本軍がお前さんにとって都合がいい資料などを「完璧」に処分したから散々要求したのに資料を出せないのでしょ。

    そうとは限らない。人的ミスなんかは有り得る。そういう類のことは有り得るという前提で私は物を言っているのだ。無謬などあり得ないと私は再三いっただろう。こういう点でも君は狂信的だね。

    >>仕方無いよ。証拠が概ね隠滅されてしまったのは事実だ。
    >私は貴方と違って資料を提示しておりますよ。あなたら曰く処分したらしいもの込みで。

    君は史料と資料を混同してないか。私が言う証拠とは、史料の方だ。資料(例えば研究論文等)が無いなどと私は言ってないよ。研究者の著作物(資料)には再三言及している。

    >>もし証拠となる文書が残っていたら、「なぜ当事者がわざわざ証拠を残したのか」がむしろ問題になるだろうね。
    >古今東西限らず文字を使用している文化圏で真っ当な国家であれば都合がよかろうと悪かろうと公文書やそれに相当するものを残すのが当たり前ですが。

    その通りだ。つまり戦中の日本など真っ当な国家ではなかった。

    >>文献として残っている証拠がほとんど無いのだから、証言に頼って史実を調べるしか無いんだよ。
    >残念。文献として残っている証拠がほとんど無いものは「あなたが主張する」ものであってそうでないものは腐るほどありますし、現に私はちゃんと提示しております。

    誤解してないか?史料というものは、それは役所の記録とか公文書の形で残っているものもあるが、かなりのものは当事者の証言の集積だぞ。つまり、証言そのものが史料足り得る。

  • >>No. 28806

    >つまり資料や文献をちゃんと提示している相手の主張を「曖昧な」なもので「ないない」とダダこねていると。

    君は意味不明なことを再三書くな。「アイマイナモノデナイナイ」とはどういう意味だ。普通の日本語でレスは書いてくれ。

    >自分の意見とは反対の資料を出して威張っている

    私は、自分の意見とは異なる史資料でも「こういうものもあります」という感じで出すことはあるよ。それが公平な態度だと思っている。

    >>だいたい君は専門研究者の研究を参照するな、あるいは一切信用するなと言いたいのか。
    >hideki0114さんクラスだったら通りですな

    hideki0114さんに失礼だぞ。君がそんなことを言えた義理か?

    >>君の投稿を読む限り、君はかなり幼稚だ。これは私一人の見解では無い。
    >あとはhideki0114さんぐらいですか。

    君の幼稚さを指摘していた人はもっとたくさんいただろう。よく憶えていないが。

    >>それから、君が天皇も旧軍も無謬の存在だと考えていないことは承知したが、今でも君は充分狂信者だよ。
    >文献として残っている証拠がほとんど無い(そしてその反対は山ほど残っているのに)事例を妄信できる人に言われるとは光栄の至りですかな。

    何度も言ってるだろう。役所や軍か不都合な書類を残す筈は無いと。おそらく、不都合な事柄の大部分は初めから書類にしていないだろうね。

    >>前のレスに書いたが「天皇が神の子孫かもしれない」なんて発想がどこから出て来るんだ。
    >自然人類学と政治・文化の類をごちゃまぜにしている時点でお前さんの論は破綻しているのだが。

    ごちゃまぜにはしてないよ。生物学・自然人類学的に、と私は明言したぞ。今時「天皇が神の子孫かもしれない」なんてほざいてる君がおかしいんだよ。

    >例えば「日本軍が資料を処分したから出せない」とかですか?

    不都合なことは、書類になっていないか、処分されたか、どちらかだろうね。旧軍が自己に不都合な書類をわざわざ残すわけない。

    >>君が、YesかNoかで簡単に答えられる筈の質問に、言を左右して3年近くも答えなかったのは事実だ。私の責任ではない。
    >違います。「資料や根拠を出せ」と言う要求に対して言を左右して現在進行形でいまだに出してないあなたの責任です。

    違わない。君は3年も私を待たせた。私は提示できる文献は3年前に提示したよ。君が忘れているだけだ。

    >それでは2015年位だか知りませんが次の投稿までには頑張って証拠や資料を集めてきてくださいね。「完璧」に処分したのではない以上絶対に見つかりますので。

    君は「絶対」なんて語をやけに気軽に使うな。どこに行けば絶対見つかるのかね。どこぞの個人が密かに所蔵してる、なんてことはあるかもしれないが、私は泥棒をしてまで文献を探す気は無いぞ。

  • >>No. 3388

    こんにちは。

    >今の日本では「ネイション」の意味でも「エスニックグループ」の意味でも使われていて曖昧になっているそうです。

    中学・高校で習った基礎的な「民族」の定義を憶えていますか?「民族とは、文化を同じくする人間の集団である」というものです。
    ところが、この「文化」というものがよくわからない。文化についての確定的定義はありません。過去に「文化」の定義づけを試みた人は多くいます。そのために「文化」の定義はたくさんあります。たくさんある定義の内、どの定義が妥当なのかわからない、という状態です。文化人類学の世界では、一応文化を「人間が環境に適応するシステムである」と定義していますが、これとて確定的なものではなく、(とにかく文化を定義しないことには文化人類学というものが成り立たなくなってしまうから定義した、みたいな)暫定的定義とされています。
    「文化」が何なのかはっきりしないから、「民族」というものが曖昧で恣意的な概念になってしまう、その上、日本語の「民族」は「ネイション」の意味と「エスニックグループ」の意味が包吟されているため、余計曖昧になる、というところでしょう。

    >これは日本人が民族と国民を同じように考えてる証左だと思います。

    昔はそうだったと思います。日本は日本民族だけの単一民族国家だと考えていた人はたくさんいました。しかし今は、それが誤謬だったこともまたはっきりしています。

    >現実の世界にある国家は、言葉や風習が違う人を苦労して一まとめしているところばかりで、その手間が極小の日本では訳がわかってないという事です。

    日本はマイノリティの人口比がかなり低い国ですからね。世界の多くの国は、複数の公用語を持っていたりしますし、州境を超えるたびに言葉が変わる、なんて国もあります。

    >我らは太古の昔から日本人であるという信仰がある人は少なくとも1億2000万人はいる。

    1億2000万人はいないでしょう。ちなみに、これは別カテのトピに以前書いたことがある話ですが、私の祖先は戦国時代に朝鮮半島から渡来してきた技術者だったそうです。(これは口伝程度のことで、確かな証拠はありません。)我が家にはそういう口伝があるので、私は自分の先祖が太古の昔からの日本人だとは思っていませんよ。実際、旧石器時代から近世前半(鎖国の前まで)、実に長い期間のわたって日本列島には五月雨的に人が大陸や南方からやってきています。そういうことを思うと、ニューカマーとオールドカマーの間に本質的な差異など無いと思います。
    あなたは「太古の昔から日本人」と思っておられると言っても、事実はあなたの祖先も大陸出身者でしょう。

    >あなたも自分の国籍に疑問を抱いたり

    私は、普段国籍を意識することはほとんどありません。

    >明日全く違う世の中になる恐れがあるとか思ってないはずです。

    明日急に変わるなんてことは確かにほとんどありません。しかし世の中は時々刻々と変化するものです。中・長期的にはどんどん違う世の中になっていきます。

    >変な新興宗教レベルのマイナーな信仰でない事は確かです。

    事実ではないことをあえて信じ込むという行為に、普遍性や合理性があるでしょうか?

  • 新しくなって初めての投稿です。
    慣れないといまひとつやりにくいですね。

  • >>No. 28801

    リニューアルされてから使いにくいね。不慣れのせいかもしれないが。

    >自分の投稿内容を管理も把握もできない方で相手と討論しようとしているほうがよほど手抜きを通り越して単なる無礼千万な輩ですが。

    仕方ないね~。君は、そういう奴にいちゃもんつけちゃったことを悔やむんだね。お気の毒。

    >>誰が関連のレスを保存しているなんて言ったのかね?
    >お前さんですよ。hideki0114氏との討論の最中に横からわって入った挙句「私はこれらを記録している」とか言う気持ち悪いこと言っていたのは。

    済まんがその私のレスをリンクしてくれ。なにせ遠い昔のことだ。私は全然憶えていない。

    >>残念ながら君の今の態度では解決不可能だ。
    >初めから言っていればその通りかも知れませんね。

    だから私はお人好しに過ぎるんだよ。そういうお人好しににいちゃもんつけちゃったことを君は悔やむんだね。

    >>私は何も難しいことを要求してはいない。
    >難しいですな。

    私が君のレスをROMした限りでは、あくまでも私のフィーリングだが、君は私よりもよほどPCの扱いには慣れていると感じる。その君から「難しい」と言われても、いいやご謙遜、としか思わないね。

    >>極端な省略の無い普通のレスをくれと言ってるだけだ。
    >何度も言いますがだったら討論を開始した直後から言いましょうね。

    だから何度も言うように私は人が良すぎるのだ。

    >そもそもからして自分で投稿した内容や討論の流れぐらい把握しろと言う返信における最低限のことをやっていれば省略されようが何されようが日本語読解能力があれば理解できるはずですが

    普通の人が相手ならばその通りだ。しかし君が相手の場合は、それは違うね。君に付き合うには日本語読解能力プラス暇が必要だ。なにせ君は3年も人を待たせた人だからね。私にはその暇がなかなか無いのだ。

    >それも出来ない、人任せならば当方としては「義務教育を受けなおしてから出直せ」とか

    自分の学歴をひけらかす趣味など私は無いが、少なくとも高校は卒業しているよ。つまり、君の言い分は嘘だ。

    >「さっさとその手の医者に言って完治するまで来るな」としか言いようがございませんね。

    また知ったかぶりを君はするな。私はほんの少しだけ精神分析学と精神保健学をかじったことがある。精神神経系の疾患は完治するものとそうでないものがある。君はその方面の知識はほとんど無しにいいかげんなこと書いてるだけだろ。ちょっとかじっただけでもその程度のことはわかる。ああ、この人は何もわかってないな、とね。そういう態度はよろしくないぞ。

  • >>No. 3389

    君のあちこちのトピに顔を出す暇人だね。ま、いいけど。

    >お前さん、別のところでは「天皇は神ではない」とかいって散々あおっておいてどの口が言っているんでしょうな。

    私はキリスト教徒ではない。イエスキリストが神の子だ、なんて話も信じてないよ。史実としては、キリストという人はナザレの街の靴屋の息子だったそうだ。その靴屋の奥さんがマリアという女性だ。処女懐胎なんていうのは無論嘘で、キリストは靴屋とマリアの夫婦の営みによって生まれた子供だ。

    私は「キリスト教を信じる人に、死者は復活することなどあり得ない、と言っても無駄だろう」と思うだけで、私自身がキリスト教を信じているわけではない。誤解しないでくれ。私は、天皇が神の子孫だ、なんていう戯言も、キリストが神の子だ、なんて話もどちらも信じてないよ。

    ちなみに、史実としてはキリストが靴屋の息子だ、と言っていたのはれっきとしたプロテスタントの牧師さんだ。今時、牧師でさえキリストは神の子だ、なんて思ってないわけだ。

    >>前者には何がしか普遍的要素が含まれている、
    >つまり日本の政治的文化的要素にとって天皇制は普遍的要素が含まれているから自称2700年、歴史的に見ても4,5世紀ごろから現在進行形で続いているわけだが。

    そもそも天皇制は一つの制度であって宗教ではない。戦前の天皇制が国家神道と結びついたのは事実だが、歴代天皇の中には仏教徒もいた。つまり、世界3大宗教(仏教・キリスト教・イスラム教)と日本の天皇制を単純に比較することが間違いだ。
    天皇制そのものは単なる一国の制度だから、汎人類的な普遍性など無い。それから、4,5世紀ごろから続いているわけでもない。天皇号の成立が6C以降であったことも、6C以降に王朝・王系の交替があったことも常識だ。さらに言うと、4C~5Cは古代専制国家の確立期だぞ。君は、天皇が専制的独裁者だった、と言うと顔をしかめる類のひとではなかったのかね?

    >で、それをなんら根拠も必要性もなく否定、排斥しようとすることがお前さん曰くのオウムレベルの「信仰」となりますが。

    根拠や必要はあるよ。このトピで過去にさんざん書いたことだから詳しくは繰り返さないが、天皇制は少なくとも不合理な制度で、皇族にとってはあまりにも過酷すぎる制度だ。これも度々書いてきたことだが、私の天皇制廃止論には皇族解放論の意味あいもある。
    君はおそらく、皇族個人の人生のことなんか考えない人だろう。皇族に生まれついた人にも、一人一人にかけがえのない人生がある。君はそういうかけがえのないものを、おのれのエゴで、土足で踏みにじっているのだよ。

  • >>No. 3390

    >「一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体」、という概念で言えば北海道や沖縄を除けば平安時代のころ、区切り的に言えば文化的には遣唐使をやめたころから日本人という民族が誕生したことになりますがね。

    「一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体」とはまた曖昧な定義だね。「一定の」とはどの程度なのかはっきりしない。「文化的特徴」の「文化」には確定的定義がない。「共同体」というのも定義に幅がある。
    再三言っているように、民族とは曖昧で恣意的、場合によっては政治的な概念だ。それを承知で言えば、成員の多くが帰属意識や一体感を持っていなければこれはやはり民族とは言えない。しかし、帰属意識、一体感といったものは個人の主観だ。個人の主観という要素が入るから、民族の概念は余計曖昧になる。だから君も上記のような曖昧な定義しかできないのだろう。

    こんな話を知っているか?
    1181年(平安~鎌倉の過渡期のころだ)、奥州藤原氏の棟梁、藤原秀衡が陸奥守になった。国司というのは都の貴族から選ばれるのが普通だから、地方豪族である奥州藤原氏の陸奥守任官は異例だ。これについて、九条兼実は「天下の恥、何事か之に如かんや」と嘆いたという。
    このエピソードは、古代末期になっても、都の貴族と東北の豪族(この両者は当時の支配階級という点で共通性がある)との間にすら、一体感など無かったことを示している。ましてそれより以前、古代後期の段階で、九州から東北にまで及ぶ広い範囲に、成員の多数が一体感や帰属意識を共有する単一の共同体の存在なんてとても想定できない。そんなの無理だよ。

    >ちなみにお前さんの言う民族とは国家の帰属どうこうと言う意味であって文化的どうこうとかは実はあまり関係はない。

    文意がわからん。標準語で書いてくれ。

    >つまり科学や学問の力が及ばないほど大昔から続いている民族あり

    少なくとも日本列島にはそんな民族集団は無い。
    江戸時代、徳川幕藩体制の時代には、「国」と言えばそれは大名の領国のことであり、「国のため」と言えばそれは事実上「その領国を領有する大名のため」という意味だった。そのような状況では、領国の中での領民としての一体感や帰属意識は生ずることもあったかもしれないが、複数の(まして全国300余の)藩の領域に及ぶような帰属意識や一体感は生まれようが無い。列島のマジョリティーたる日本民族は明治維新以降、近代になってから成立した。それも自然にできたというより近代国民国家形成の必要性から明治政府によって政治的に創られた、という面が強い。

    >あなた曰くの民族的にはそれが精神的支柱となり、政治的には象徴的意味合いとなしますけど。

    精神的支柱というのは個人的なものだからどうでもよいが、こんな曖昧な概念を政治的象徴操作の道具として利用するのは大変危険だ。もってのほかだよ。

    >また実利問題としては世界史では珍しくもない国家どころか文明・民族崩壊レベルの大惨事が起こっていない証明でもあります。

    文明(これまた曖昧な概念だ)はともかく、民族が形成されたのが日本列島では近代以降である以上、前近代に民族崩壊などおこりようがない。さらに言うと、民族が曖昧な概念だから「民族崩壊」というのも何を指すのかよくわからない曖昧な言葉だな。

    >つまり民族的に長く続いているということは長期にわたり統治者が全うで民衆はそれを覆すようなほど困窮もせずにそれなりに幸せに生活できた証でもありますが

    原始国家成立以来長く続く庶民、とりわけ農民の貧苦を知らないのか?「貧窮問答歌」は教科書で習っただろう。いつの時代も、その時代の支配階級は庶民にたいして過酷な搾取と収奪を行ってきた。律令制の重税から江戸時代の年貢までそうだ。近代以降、ようやく過酷の程度がましになってきただけだ。私は経済学は不得手だが、現代でも、ホームレスの人までも含む被支配階級は総体として、かなり過酷な収奪を受けているのは事実だと思うぞ。

  • >>No. 3392

    こんにちは。

    >prw氏が望む社会ではお互いの差異を強調するのではなく、同じ仲間だ人間だ、と感じて協調しあうのが理想のはずですが

    ちょっと違いますね。差異は差異としてお互いに認めながら「同じ仲間だ人間だ」として協調するのが良いと思っています。差異があることを認めないというのでは、あらゆるマイノリティー(民族だけではなく、性的マイノリティーとか宗教的マイノリティーとかいろいろあります。多様化した現代の社会にでは、ほとんど誰もが何らかの意味でマイノリティーだと言っていいです。)に対する抑圧になる危険が大きいと思います。

    >話は変わりますが、社民党が本部移転で旧本部が取り壊しだそうですが、これがトドメになると予想します。

    それは関係無いですよ。社会文化会館の取り壊しは老朽化と耐震設備の不備が理由です。政党の事務所など、足の便利が良い場所ならどこでもいいです。
    旧社会・現社民党の窮状はそんな問題ではなく、組織活動の不備が一番大きいです。私の住む土地(東京多摩地区の市ですが)では、社民党は組織力で、市民の党や生活者ネットワークにも後れをとってしまっています。労組に頼り切って、党の組織力の整備を怠って来たツケが、今まわってきていますね。

    共産主義とは一線を画す強勢な社会主義政党(社会民主主義でも、21Cの社会主義でもいいです)がぜひとも必要だと私は思っていますが、その願いを社民党に託せるのかどうか、あるいは、緑の党のような新興政党に託すべきなのか(日本の緑の党はまだよくわかりませんが、外国では緑の党が「環境左翼」と呼ばれる社会主義陣営の一角を担っている例があります)迷いますね。
    ちなみに、私は社民党員でも党友でもありませんから、浮気をするときはしますよ。選挙でいつも社民党に入れてるわけではありません。

  • >>No. 3394

    こんにちは。

    >prw氏は皇室にそういう価値が無いと断固として主張されてますが

    そういう価値ってどういう価値ですか?私はいくつかのトピでいろいろ主張していますが、私のどの主張を指しているのかわかりません。

    >日本人にとってそれがある事はとっくに証明済みといって良いでしょう。

    それがある事って、何があることですか?
    誰かの投稿へのレスの形でもなく、また前置きもなく、いきなり「そういう」とか「それが」とかいう語を使われては意味が読み取れませんよ。

    >長い歴史の中では戦国期においては皇室・公家などの荘園が戦国大名に完全に取られ、勢力減退し貧窮を極めて大喪の礼も伊勢神宮の遷宮も行えないという事態になり、そこまでなっても誰も滅ぼしたり、取って代わろうとはしませんでした。日本史の大きな謎になっているらしいのですが、私に言わせれば皆「日本人」だったからと思います。

    多分違いますね。そんな甘っちょろい考えで戦国乱世を生き延びられたとは思えません。皇室が存続できたのは、恐らく、有力な戦国大名達にとって、皇室が利用価値があったから。それだけです。
    当時の天皇や皇族、公家達もそのことは理解していたのでしょう。戦国大名達のツールになる、言うがままに利用させる、それが天皇や公家達の生き残り作戦だった、そしてその作戦は成功したのです。

    >中国では易姓革命が何度も起きてますが、信仰が違う異民族が何度も制覇したりしたから、旧王朝などポイ捨てにできたのではないかと思います。

    それは本当ですか?中国古代の政治思想(それは日本にも大きな影響を与えました)、天の観念や天命、天職といった概念は、その時々の主要な民族の宗教と関係があるのでしょうか?関係があるとすれば、宗教(信仰)どういう関係があるのですか?私にはよくわかりません。

    >方や我が国の皇室の存在は「日本人ばかり居る」から科学とか合理性とか超越して成り立っています。

    前近代においては、観念(あくまでも客観的事実ではなく観念です)の上ではそういう面はあったでしょう。しかし現代においては、皇室を含むほとんどの事物は、科学や合理性から超越することなどできません。「科学とか合理性とか超越して」というのは詭弁だと思います。

  • >>No. 3397

    こんにちは。不慣れのためか、リニューアル後の掲示板は本当に使いずらいですね。

    >>共産主義とは一線を画す強勢な社会主義政党(社会民主主義でも、21Cの社会主義でもいいです)がぜひとも必要だと私は思っていますが
    >その割には下のほうで原始国家成立以来~農民の貧苦が~とかマルキシズム丸出しですよ。

    なぜです?律令制が農民にえらい過大な重税をかけたことは周知の事実です。
    あなたは、マルクス主義(マルキシズム)とマルクス理論を混同していませんか?確かに、世の中にはマルクス主義とマルクス理論を統一的に把握すべきだと主張する人もいます。(思想と科学の弁証法的統一という正統派マルクス主義のテーゼです。)しかし私はそんなことはどだい無理だと思っています。マルクス主義というのは一群の主義主張です。そして主義主張は個人の主観です。一方、理論(科学)はあくまでも客観性を求められるものであり、個人の主観ではありません。この両者を統一するなど不可能です。
    私はマルクス主義者ではありませんが、人文・社会科学におけるマルクスの業績は高く評価します。特に、階級概念は社会や歴史を考える際の視座として有益です。私が農民の貧苦云々と書いた時、マルクスの階級概念が念頭にありました。しかしそれはマルクス主義(マルキシズム)とは無関係です。

    >昔の歴史教科書とかピラミッドとか大仏建設で庶民が苦しんでと訴えて、大勢の奴隷を鞭打って働かせるなんてステレオタイプの価値観を植えつけてきましたが、エジプト古文書解読したら、二日酔いで休みますとか書いてあったらしくて今までのは嘘臭くなってしまいました

    「昔の歴史教科書」というのがいつ頃のものかよくわかりませんが、ギゼーの3大ピラミッドを造ったファラオ達を、重税と労役で民衆を押しつぶしていた僭主的存在とする見方は相当昔からあります。しかしそれを疑問視する見方も、今急に出てきたものではなくかなり昔からありましたよ。
    第一ピラミッドを造ったクフ王の一代前(二代前という説もある)のスネフル王は、3つもピラミッドを造っています。(ただ、そのうち一つはスネフルの前のホウニ王のものだという説もあるようですが。)ピラミッドは言うまでも無く王の墓です。なぜ一人の王が3つも墓を造る必要があったのか?ピラミッドを一度造り出したらやめられなくなってしまったのだ、という研究者がいます。スネフル王が初めてピラミッドを造った時、何人の労働者が使役されたのか、具体的には知りませんが、相当の多人数だったことは確かです。で、ピラミッドが完成して、それで労働者達を解雇してしまうと、社会不安を呼びかねないほどの失業者が一度に生まれることになる、だからスネフルはピラミッド造りを止められなくなってしまったというのです。ピラミッド造立が一種の「失業対策事業」であったとする説です。で、そうしたスネフル王を知っていたクフ王は、小さなピラミッドをいくつも造るよりは大きなピラミッドを一つだけ造ろうと考えて大ピラミッドを造った。こんな説もあるのです。
    古代エジプトの王権が古代専制王権だったことは確かですが、ファラオをたたずらに僭主視すべきではない、とは昔から言われていることです。
    ちなみに、脱線になりますが、ビールというものが古代エジプト発祥のお酒だったことをご存じですか?ピラミッド建設に携わる労働者には、その日の作業が終わると、ビールが振舞われたそうです。夏の暑い日には、仕事が終わるとビールを飲む人が多い、という現代の光景と何か似ています。

    >日本の場合は地方から出てきた武士と皇室・公家の鼎立が続いて一方的に強い権力は育ちにくかったし

    そうとは必ずしも言えません。古代専制王権の時代の大王は強い権力を持っていましたし、武士の王権が確立した後の将軍も強大な権力者でした。ただ、公武二重王権の時代と言われる鎌倉時代は、武士の王権と貴族の王権が牽制しあう面もあったかもしれません。

    差異についての話はまた後ほど。

  • >>No. 18802

    こんにちは。
    ようやく、新しいPCがもう少しで届きます。今使っている古いPCは不具合だらけで、基本的にはこの不具合はメモリ容量の不足が原因らしいのですが、不具合によるイライラからは解放されそうです。

    >比例代表区の一部統合案と言い、一部の議席を得票率2位以下の政党に配分する案と言い、今度の自民党の選挙制度改革案には姑息ささえ感じられます。

    そうですね。かつて民主党が提示した、比例区の一部にだけ連用制を行うという案も変てこなものでしたが、自民党案もそれに劣らず変てこな案ですね。

    >少数政党に配慮するのなら、名簿(政党)への議席配分は全国単位で行い、政党内の議席配分を選挙区ごとに行う方法(ドイツの現行制度や我が国の細川護煕内閣提出の衆議院選挙制度改革案の原案など)を採るべきです。なぜ名簿(政党)への議席配分について選挙区単位にこだわるのか、私には理解できません。

    ドント式比例配分方は基本的には合理的な方法ですが、定数が少ない場合、大政党に有利に働く特徴があります。今の自民党は、公明党の支援なしでは選挙に多分勝てません。それで、小政党に配慮したふりをしながら、自民党に有利な制度を温存したいのでしょうね。

    >第2党以下への議席の優先配分もやはり理解できません。第1党と第2党の差が僅かな場合、この制度では、比例代表制度にも関わらず、得票数の少ない政党が得票数の多い政党より多くの議席を獲得することになります。

    そういう得票状況になった場合、第一党と第二党の間で得票と議席の逆転が起こらないような例外規定を設けるつもりのようですが、要するに、自民党の本音は、民主党だけ納得させれば後はどうでもいい、ということでしょうか?選挙の理論も理念もあったものではありません。

    >私はこの自民党案に賛成しかねます。衆議院の定数削減は、現行制度なら小選挙区の0増5減が限度であると思います。それ以上の削減をするのなら、小選挙区比例代表並立制を終わらせるしかないと思います。

    同感です。私は、議会の選挙は地方議会を含め比例代表制(単純拘束名簿式、無所属立候補・優先投票可)とするべきだ、というのが昔からの持論なのですが、どうしても小選挙区にこだわらないと気が済まないのならば、せめて完全連用制か併用制のどちらかにすべきです。両立制ならなおいいですが。

  • >>No. 18807

    こんにちは。

    >PRWさん、新しいパソコンが届くということですか。楽しみですね。

    はい。今の私のPCの不具合の根本的原因は、どうもメモリ容量の不足にあるようです。現在売りに出ているPCの標準のメモリ容量は4GB位だそうですが、私が使っている古いPCは、メモリ容量が約0.5GBで、標準の8分の1しかないのです。業者の相談センターの人がうまいことを言っていましたが、例えれば「部屋が狭すぎて自由に動けない」ような状態で、いろいろな不具合が起きているようです。

    >議員定数を削減して有権者の御機嫌を取りたい、しかし公明党に痛みを押し付けられない、この二つをどのように両立させるかが、自民党および民主党の本音でしょう。

    この点では、共産党の主張が理にかなっています。「身を切る改革」を言うのならば、なぜ政党交付金の廃止を言わないのか、と。私も、政党交付金を温存したままで「身を切る改革」なんてことを2大政党に言われても偽善としか感じません。

    >行政権の長が直接選挙で選ばれるいわゆる大統領制における地方議会選挙において、政党に属しない候補者の立候補を認める比例代表制を採用するべきであるというPRWさんの立場に賛同致します。

    選挙には「民意の反映」と「民意の統合」の2つの機能があります。どちらかと言うと民意の反映に重き置いた制度が比例代表制、民意の統合に重きを置いた制度が小選挙区制です。そして地方首長選挙は小選挙区でしかやりようがないのですから、地方議会選は民意の反映を重視する比例代表制が適しています。かなり昔、何かの本だったか新聞だったか忘れましたが「比例代表制では無所属立候補を認めることは不可能である」なんて書いてある記事がありました。これは明確に間違いです。比例代表制で無所属立候補を認めることは可能ですし、外国で、完全比例代表制で選挙をしている国で無所属立候補を認めている国はいくつもあります。名簿式比例代表制の場合、無所属候補は1人で1つの候補者リストを構成するものと扱えばよいのです。(小政党が1人しか候補者を立てないような場合も、事実上同じ扱いになります。)地方議会選から無所属候補を締め出すなんていうのは非現実的ですし、国政選挙を比例代表制でやる場合も無所属立候補は認めるべきだと私は思います。

    >問題は行政権の長が議会によって選ばれる議院内閣制です。この場合でも比例代表制を採用することはあり得ます。ただ、議院内閣制では議会の中に多数派を形成する必要があります。比例代表制で連立を組むことで多数派を形成することもできますが、必ずしもそうはならないでしょう。

    私は衆参両院選とも比例代表制にするのがよいと思いますが、ただ上記の「民意の反映」と「民意の統合」の機能を重視して、2院制議会の一方の院を比例代表制、他方の院を小選挙区制にすべきだ、という主張も理解はします。その場合、衆院を小選挙区、参院を比例代表とすべきだ、と言う人もいますが、私は衆院を比例代表制にすべきだと思います。首班指名選挙は衆参両院で行われますが、事実上は衆院の首班指名選挙で首相は決まります。つまり、衆院総選挙は「首相選挙人選挙」の意味合いも持ちます。そして、衆院の(参院もそうですが)首班指名選挙は、民意の集約機能のよりよくはたらく「小選挙区2回投票制」です。つまり、衆院総選挙を小選挙区制にしてしまうと、2重に民意の統合機能がはたらくことになり、民意の反映機能がおろそかになりすぎます。
    ルートさんは、少数単独政権みよる不安定を危惧しておられるのだと思いますが、私は、仮に少数単独政権で政策ごとに部分連合のような形をとらなければならない状況が生じたとしても(そういう状況で閣僚や議員を勤める人は大変でしょうが)それはそれでよいと思っています。また連立政権の恒常化を悪いことでもあるかのように言う人もいるようですが、選挙で第1党が過半数の得票を得られなかった場合、連立政権がその時の民意だと思います。過半数の得票の無い政党(あるいは政党連合)が過半数の議席を占めてしまう制度の方が、よほど悪い、問題のある制度です。

    >しかしここで強調しなければならないのは、多数代表制を導入するのなら、有効投票の過半数を得ることを当選の条件とする、絶対的多数代表制にしなければならないということです。現行の相対的多数代表制を残した改革を、私は認めることができません。

    同感です。いわゆるコンドルセのパラドクスの問題もありますし、国政選、地方首長選を含め、定数1人の小選挙区選挙は2回投票厳正絶対多数決制をとるべきだと思います。(絶対的多数代表制には2回投票制以外に、優先順位付き移譲投票制というやり方もありますが、このやり方は技術的に難があるので、ここでは置きます。)

  • >>No. 28808

    >つまり自分の記憶力だか管理能力だか以上に手を広げすぎていったい何をやっているか理解できんくなった。

    正確に言うと違うな。そこまでならないように気をつけている。時々エンタメ系カテや世界史カテなんかに無性にトピ(スレと言うばきかな)を立てたくなるのだが、いまある自分のトピも管理しきれていない、ということで我慢しているよ。

    >自分の記憶力だか管理能力だか以上に手を広げすぎていったい何をやっているか理解できんくなった

    だから、そこまでは行っていよ。

    >>それも憶えてない。お手数だが、そのレスをリンクして提示してくれ。それから、私が「完璧に」云々と書いたというレスも速くリンクして提示してくれ。
    >自分で探したらいかがですかな。脳の活性化につながるかもしれませんよ。

    君こそ適当な話をデッチ上げてるんじゃないのか?そうでないなら、君が言い出したことだから君がリンクを張るべきだ。

    >いつから「自分の記憶力だか管理能力だか以上に手を広げすぎていったい何をやっているか理解できんくなった。けどそれを認めるのがいやだから討論相手にいちゃもんつけて誤魔化そうとしている」人を「お人好し」というようになったのでしょうね。

    そういう意味じゃない。君のように、極端な省略手抜きレスでわかりにくい書き手、そして異常に幼稚で狂信的な書き手にも、私は親切に対応しようとした。そこのところがお人好し過ぎたのだ、

  • >>No. 28811

    >お前さんの言うアフリカ人がどうこうとか言う自然科学と天皇が神の子孫であると言う宗教や文化や文明の話は全く持って関係ない別分野の話であり

    私は客観的事実関係を問題にしたのだ。宗教はともかく、文化的・文明的にも(まあ、君が「文化」と「文明」を各々どう定義しているのかわからないが)天皇が神の子孫だなんて今時時代錯誤の狂信もいいところだ。自然科学を含む学問・科学も常識的には文化・文明の一部分だぞ。

    >>日本古代の王朝・王系の交替は「同姓の一族による一連の世襲」ではない。
    >一時期は戦前の反動もあってかそのような意見もはやっておりましたがここ最近の研究では単に首都を移動した程度であって日本の皇族は「同姓の一族による一連の世襲」と言う説が極めて有力です。

    まともな古代史家でそんなこと言ってる人はいないよ。水野祐氏に始まる3王朝交替説は常識だが、実際は4つ以上の王朝・王系の交替が繰り返された可能性が極めて高い。佐紀王朝説、倭の5王の2系統説、欽明朝の内乱の問題、推古朝の謎の問題等々。これらを全部含めたら3王朝どころではない、7王朝交替説(三輪・佐紀・前期河内・後期河内・継体・欽明・推古朝の謎の男王の7つ)になる。まあ、私は少なくとも佐紀王朝説には懐疑的だが。それから、イワレヒコ(神武)と欠史8代が実在しない架空の存在なのも常識だ。ミマキイリヒコ(崇神)が実在の最初の大王である可能性が強い(ただし、ミマキイリヒコを架空の人物とする説もある)が、崇神以降の大王全員が実在するわけでもない。
    世の中には、奇説珍説を唱える人もいる。君は多分平泉史学にもとずいて王朝交替を否定しようとしているのだろうが、まともな学会(例えば歴研や歴科協あたり)でそんな説を相手にしている人はほとんどいないよ。ちなみに、君は平泉系の学者以外のまともな古代史家で、王朝交替を否定し、万世一系を唱える人を一人でも知っているのかね?知っているのなら教えてくれ。もし本当にそんな人がいるのならば、その人の著作(本が論文)を読んでみたい。
    ただ、一つ誤解しないでくれ。古代史における王朝交替は、現代の象徴天皇制とは関係無い。現代天皇制は1947年施行の現憲法に規定された制度であり、それ以前のことは、無関係だ。

    >>君はそこまで突っ込んで議論する気があるのかね?
    >するまでもなくここでのあなたの意見とそれに対するものを見れば十分ですよ

    君はヒメヒコ制論にまで突っ込んだ議論をする気があるのか、と私は聞いたんだよ。混ぜっ返さないで、あるのかないのかはっきりしてくれ。

    >言ってますね「日本には天皇と言う国家元首で権力や権限が憲法によって規定されている国」立憲君主制である、という”国体”の話ですけど。

    君は今初めて言い出したんじゃないか。まず
    >>話を整理しよう。まず、日本の基礎的な政治の原則は議会制民主主義、より詳しく言えば平和主義・民主主義・基本的人権尊重の憲法3大原理である、という点は君も認めるのだね。<<
    この点を君は認めるのかね。はっきりしてくれ。
    それから、天皇が元首ではなく、天皇に国政権能は無い、というのが憲法解釈の通説だ。小林氏の本を読んでくれ。ちなみに、読めばわかるが、小林氏は天皇は君主・元首である、とする少数説があることもちゃんと紹介しているよ。この本がスタンダードな憲法の教科書だという所以だ。

    >新旧の四条とも意味的には「天皇は憲法により規定された権限により国政に関与する」=「国家の最高の機関」「国家の行政首長」として役割を果たしていると言うことですが。

    急憲法にはそれらしきことが書いてあるが、現憲法のどこにも最高機関だとも行政首長だとも書いてない。さらに言うと、国会を最高機関とする規定、行政権は内閣にあるとする規定と君の論は決定的に矛盾してるぞ。(「国権の最高機関」と「国家の最高機関」とは別だ、なんて言葉遊びはナシだぞ。「国権の最高機関」=「国家の最高機関」だ。)

    >と言うか行政と司法の長である内閣総理大臣や最高裁判所長官の任命やら憲法改正、法律、政令及び条約を公布などが国政でなくていったい何なのでしょうね。

    国事行為に決まってるだろ。そして、国事行為は権力作用ではない。国事行為を権力作用だと解釈すると、「国政に関する権能を有しない」という規定と矛盾する。

    >>それから、私の挙げた「新・憲法通論」は読んだかね。入手が難しいような本ではないぞ。
    >四条を理解できないような人間が量産されるようものを読む必要を全く持って認めませんね。

    「読め」と強要する気はないが、読む気が無いなら私の論に納得してもらおう。私は少なくともスタンダードな教科書に準拠して書いているのだからね。

  • >>No. 26

    当然ですね。
    被後見人には政治的判断力が無い、なんて差別丸出しの発想がどこから出てきたのでしょうね。

  • >>No. 3397

    こんにちは。差異についてです。

    私の友達(その友人は女性です)に、同性愛者(レスビアン)で、そのことを堂々とカミングアウトしている人がいます。その人と、あと何人かの友人たちとで、ゲイ・レスビアン・パレードなんていう一種のお祭りに行ったことがあります。昼間から行ったのですが、夜は新宿2丁目(意味わかりますよね)のディスコに行ったりして、楽しかったですよ。
    ちなみに、私はヘテロセクシャリティです。しかし、ゲイ・レスビアン・パレードで参加を拒否されることなどありませんでした。そこで出会った人達は、一緒に行った友人数人を除けば、名前も知らない一期一会の人達です。そういう人達の仲間に入って、ヘテロセクシャリティの私がなぜ拒絶されなかったのかわかりますか?お互いが差異を認識し、差異があることを認めていたからです。

    そのパレードよりも前に、私は上記の同性愛者(レスビアン)の女性に「自分は以前は同性愛者を気持ち悪い奴らだ、と思っていた、しかし今はそう思ってはいない」と正直に話したこともあります。私がもし今でも同性愛者を気持ち悪いと思っていたら、そんなパレードには行かなかったし、そこで出会った一期一会の人達と仲間になることも無かったでしょう。同性愛やバイセクシャルというのも、その人の個性といえば個性、生き方といえば生き方であり、それは多数派のヘテロセクシャリティと同様に、認められるべきだと思っています。あなたは過激な考えだと感じるかもしれませんが、私は民法を改正して同姓婚も認めるべきだと思っていますよ。

    そういう私の経験から言うと、あなたの仰ることはさかさまですね。差異があることをお互いに認める(ここでいう「認める」には、認識する、という意味と許容・容認する、つまり差異があってもよしとする、という意味の2重の意味があります)からこそ、一人一人は皆違う人達が「同じ仲間だ人間だ」と思えるようになるのです。

    あなたは、多分そういう経験がとぼしい、それで「日本国民の離反」なんていうほとんど関係の無い語が出てくるのではないですか?私から見ると、あなたは単に「差異を認める」経験が不足しているように思います。

  • No.18841

    市議選

    2013/03/20 22:31

    こんにちは。

    私の住む街では、今、市議選が行われています。
    今年は市議選、東京都議選、参院選があり、私の住む処では選挙が重なる年です。

    その市議選ですが、定数24議席に35人も候補者が立っています。これほど候補者の多い市議選は最近では珍しいと思えるほどです。
    候補者が多い理由は、自民党、民主党、生活者ネットワークの3党派が各々現職プラス新人1名を立てて強気の選挙をやっていることもありますが、無所属の新人がたくさん立ち、また元職が3人もいるからでもあります。無所属候補の中には、左派的立場をとりながらみんなの党の推薦を受ける人とか、立ち位置がわかりにくい候補者もいます。また夏の都議選(定数1)で民主党現職が改選となるからだと思いますが、民主党は、公認候補以外に、「保守中道」を名乗る無所属現職を支援したり、社民党現職を支援したり、無原則とも言えるほど支援(公式の「推薦」とは違うよぷですが)を乱発しています。

    私は、4年前の前回市議選では、社民党元職(当選)に投票しました。しかし、今はその社民党市議が自公与党にあまりに妥協し過ぎることに不満を感じています。市長は自民党系で自公推薦で当選した人ですが、選挙では連合の支援も受けました。そのため、連合を支持基盤とする民主・社民両党は市議会で野党カラーを鮮明にできずに、中間派的立場を取っているように見えます。

    さっきもある候補者の事務所から電話があって、投票するよう頼まれました。まだはっきりとは決めていませんが、今回は、新興の緑の党系の候補者にしようかな、などと考えています。
    緑系は現職と新人の2名が立っており、どうも新人の方が候補者乱立のあおりで苦戦しているようです。4日後が投票日です。さて、どうしますか?少し悩んでいます。

  • >>No. 3400

    こんにちは。

    >>>prw氏は皇室にそういう価値が無いと断固として主張されてますが
    >>そういう価値ってどういう価値ですか?
    >prw氏の主張の中にではなく、私の主張にある話です。そしてそれは大分前からあれこれ言ってきたので、今更です。

    あなたも色々な主張をしているでしょう。いきなり「そういう」とか「それが」じゃ、やはりわかりません。

    >私が強大な戦国大名いえど自分が皇室の代わりに成れるとは思わなかったと言い、あなたは利用価値があったと言い、そしてそれは「成り代われない」からで説明できますね。

    そうですね。戦国時代の直前の時期は鎌倉時代ですが、国衙領(律令制の許での公領)は各地にありました。よほど強勢な戦国大名でない限り、皇室にとって代わるには力不足でした。

    >自分では成るのは無理な尊い存在だと思っていたから利用しようとしたでつながる話です。

    それはちょっと短絡ではないですか?本当に皇室・公家勢力を「尊い存在」と思っていたかどうかは戦国大名本人に聞かなければわかりませんが、利用価値がなかったら、例え戦国大名本人が尊い存在だと思っていても、その戦国大名は皇室や公家を蹂躙してでしょうね。戦国時代とは、それ位の度胸が大名になければ、生き残れない厳しい時代です。つまり、利用価値の有無と、戦国大名個人の主観とは関係無いと思います。

  • >>No. 18842

    こんにちは。

    >私の住む神奈川県鎌倉市でも、4月21日に市議会議員選挙が行われます。今度の鎌倉市議会議員選挙は、定数26議席に40人前後の候補者が立つ予定です。

    鎌倉市議選も激戦模様ですね。

    >>連合を支持基盤とする民主・社民両党
    >社民党は国政では連合の支援を受けていないようですが、地方議会議員選挙では連合の支援を受けている社民党の候補者もいるようですね。

    社民党現職は、一度落選経験もある人ですが、旧社会党時代から7回当選して、8期目を目指すベテランです。全電通出身ということもあると思いますが、連合の支援を受けています。それでも、護憲、人権擁護、脱原発といった社民党らしさはかなり出しています。

    >>左派的立場をとりながらみんなの党の推薦を受ける人
    >国政でいえば、みどりの風からみんなの党に移った行田邦子参議院議員(埼玉選挙区選出、元民主党)のような人でしょうか?

    行田氏のことはよくわかりませんが、この人は初当選は旧社民連、その後民主党に所属したこともあるものの、離党して無所属になったという人です。この候補者は「出所主義」というものを強く批判している人で、よい提案ならば自民党提出の案でも共産党提出の案でも賛成する、としています。「出所主義」批判は理解できますが、その結果、自民党と共同歩調を取ったり、共産党と共同歩調を取ったり、他の市議が全員反対した議案に一人で賛成したり、立ち位置がよくわかりません。ただこの市議は市内ではとても人気のある人で、前回4年前の市議選では断トツのトップ当選でした。

    >みんなの党は「脱原発」を旗印に左派をも取り込もうとしています。みんなの党と左派は、本来なら相容れない関係のはずなので、私にはこの動きを理解できません。

    みんなの党はよくわからないところがありますね。川田龍平参院議員(東京選挙区)も、選挙の時はどちらかというと左派寄り、昔の言葉を使えば革新系無所属のような雰囲気がありましたがみんなの党に入党しました。

    >私はPRWさんの地元の事情をほとんど存じませんが、

    今回は、自分の住む街で選挙が行われているというのに、私にもよくわからない候補者もいます。

    ちなみに、私がずっと「次の市議選では入れよう」と思っていた意中の人が、今回立候補せずに引退してしまい(その市議はまだ若いのですが、30代の新人にあっさり地盤を譲って引退してしまうようです)、誰にしようか悩んでいます。

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