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投稿コメント一覧 (926コメント)

  • この国は、変に女性を持ち上げすぎですね。
    真面目にやっている女性に失礼だと思います。

    小保方氏の主張が正しいなそれはそれで結構。
    こと科学なのだから、答えは科学的に証明すればよいのです。
    STAP細胞があるのであれば、彼女自身が、第三者機関に属して、粛々と実証すればよいのです。
    それを、科学的な問題からいつのまにか、法的な問題にすり替え、捏造とはなんぞや、悪意とはなんぞや?果てには「しがらみ」「大きな力が働いている」???


    一体彼女は科学者なのだろうか?その点からしてすでに疑問。

    数年にわたる研究でノートは2冊。ありえないことです。
    少し長けたビジネスマンでさえ、プロジェクトなどを経験すれば、それこそ数年で膨大な履歴を
    残します。変更履歴などをね。

    画像を「きれいに」見せようとして加工した。ありえないことです。エステのCMと勘違いしているのでしょうか??理解不能。

    さらには若山氏に渡した細胞も、株が違うもの・・・なぜ?そんなケアレスミス
    ばかりするの?常識では考えられない。

    理化学研究所がどうだとか、そんなことどうでもいい付属物に過ぎない。
    STAP細胞がきちんと存在していれば、小保方氏の言い分はパーフェクトです。

    ただ、残念ながら、そんなことはありえないと思いますね。知見のある科学者であれば
    だれもそう思っているはずです。

  • STAP細胞は存在するか否か?それこそがこの問題の本質です。

    しかし、小保方氏のとっている行動って理解できないですね。

    弁護士団を作り、「捏造とは何か?」「悪意とは何か?」
    彼女はもはや科学者ではないですね。

    普通に考えれば、おそらくこの問題の結末を彼女や弁護士団は考えているということ。
    それは、研究に「悪意」はなかった。ただ、STAP細胞と思っていたものは別のものだった。
    という結末です。

    これなら、小保方氏も傷つかない。もはや劇場型論争。
    まともな研究者はどんどん彼女から離れていくだろう。

    純粋に研究をしている人間であれば、その研究成果に疑いをもたれたのであれば、何が何でも
    自らの研究が正しいと証明することを第一に考えるはずです。

    しかし、画像の取り違えは悪意ではない、遺伝子画像は「きれいに見せたかった」などなど
    まったくSTAP細胞の存在を立証することと別問題を騒ぎ立て主張しているだけ。

    「しがらに」だの「とかげのしっぽ切り」だの・・・・・。
    そんなこと、社会人として世を渡っていくならだれでも経験すること。恐ろしく幼稚な思考
    で、愕然とする。

    STAP細胞が本当に存在すれば、いまどんなことがあろうと、彼女の名誉は回復するどころか
    世界中から称賛される。これが自然の成り行きですね。

    本当に自らの研究に情熱と自信があるのであれば、病院に入院するどころか、それこそ
    海外にわたってでも研究の正当性を主張すればよい。それが科学者だと思う。

    だれが常識的に考えても「おかしい」ということに、法律を盾にとって理屈をこねる。
    それ自体で、もう安物政治家と同類です。

    本当にどうしてこの国には、こういう劇場型人間が増えているのだろうか不思議で仕方
    ない。

    語るに落ちるとはこのことですね。

  • 小保方氏の記者会見を見て、ああやはりな。と納得ですね。

    記者会見は弁護士のシナリオに基づいた寸劇
    重要な質問が飛ぶと、弁護士が遮る。

    だいたい、科学的な成否の判断になぜ、法律家がこれほど深くかかわるのか、決して好印象は
    もたれませんね。

    筆問された方の中に、医療ジャーナリストの女性の方が、的を得た質問をされていました。
    法律を云々言う前に、科学的な証拠で立証するべきでは?
    まさにその通りですね。悪意があったとか、捏造がどうだとか、そんな枝葉の話は二次的に
    するもので、STAP細胞が存在するのか、どうすればそれを第三者立証できるのか?この問題
    さえクリアになれば、小保方氏の疑いは晴れます。本当に単純なロジックです。
    なぜ、こうもあーでもない、こーでもないとだらだらと説明が多いのか?研究者でなくとも
    理解不能ですね。

    さらに若山氏に渡したマウスの細胞についても、「それについては。若山先生と話していない。」というコメント。こんな重大なことを「まだ話していない」?ありえないですね。
    おそらく、話していないのではなく、「話ができない」のでしょう。若山氏が「信用できなくなった」と以前コメントしていました。小保方氏の本当の不幸はここにあるのだと思います。

    現在のような状況に小保方氏が置かれている。この事実を見て、同じユニットで研究していた
    人たちが、誰一人として声を上げない。この状況をみても彼女の研究の稚拙さ、悪く言えば
    おそろしくだらしない研究とその管理手法というものが、周囲に知れ渡っているのだと思いますね。

    世界中で、小保方氏の実験手法でSTAP細胞の再現が行われているにも拘わらず、誰一人として成功していないという事実、それを看過している小保方氏。

    もうこれ以上は真実は出てこないと思いますね。関係していた誰かが口を開かない限り。

    理研の管理責任も大きいですが、逆に理研もある意味、小保方氏の研究成果を信用していたこともまた事実で、普通では考えられないミステイクでこれが否定されてしまう事態に立っている当事者だと思います。

    おそらく結末は、STAPは存在しなかった。IPSやその類の細胞と勘違いしていました。
    で着地するのでしょう。彼女もそれをわかっていると思いますよ。

    今日の会見で、小保方氏は「STAP細胞に到達、たどり着いたと思いたい」という発言をしていました。これは、重大は発言ですね。「思い込み」で研究をされたのであれば、それは明らかに研究ではない。ただ「悪意」はなかった。そう言って済ませるのでしょう。

    弁護士などに力をかりうこと自体、本末転倒ですね。

    日本の恥だ。

  • STAP細胞は存在します。と小保方氏は訴えたが、その根拠となるものは何も出てこなかった。
    「STAP細胞の生成に200回以上成功している。」①
    「第三者がSTAP細胞の生成に成功している。」②

    ①について、今日の小保方氏の記者会見で、小保方氏は「研究ノートは2冊ではない、4、5冊はある」と答えています。4、5冊?それでも少ないのでは??
    200回実験しているのであれば、200回分の研究ノートが存在するはずです。少なくとも
    科学者として、きちんと研究していれば。それはこの記者会年では何も示されず。

    ②について、第三者がSTAPの生成に成功してるのなら、理研も当然それを把握しているはず。
    万日にも把握していないのであったなら、小保方氏が理研に申告していて当然。

    もう、支離滅裂ですね。弁護士を含め、彼女のロジックは完全に破綻していますね。

    小保方氏がSTAPのメカニズムや、生成に関する新たな発見をすることに対して、だれも
    阻害するものはなかったはずです。彼女自身「研究とは関係ないところばかりに論点が集中してしまって」といった趣旨のことを述べていました。なぜ、そうなったのか?すべては自身の
    いい加減な研究姿勢に他ならないのでしょう。反省しているようで、全く反省していないというか。気が付いていないのだと思いますね。

    沈着冷静に聞いていると、自分が悪いと言いながら、「しかし~」からはじまりすべて周囲が
    こうだったから~に終始。

    科学者であるなら、科学的な論拠に基づいて粛々とふるまえばよい。それだけ。
    海外の論調を見ても、だれもSTAPの生成に成功していない事実もある。
    精製の「コツ」???
    全く非科学的な「言葉遊び」としか思えない。
    TVを直すのには「ここをこう叩く!」と言っているのと同じ。しかもその「コツ」も
    明らかにしない。

    メディアの論調には理化学研究所の管理責任や、今回の彼女への過度な「叩き」が、他の研究者の研究意欲をそぐといったものがあります。
    私は、全く逆だと思います。このようないい加減な研究の手法で、世界にその結果を発信して
    しまい、おそらく後戻りできなくなって右往左往している。自らの過ちを認めようとしない
    姿勢。それこそ、真摯に科学と向き合っている方に対する冒涜だと思いますね。
    今の小保方氏は「自己保身」に徹しているとしか思えないですね。
    それでまた理研で研究をする?どういう精神構造をしているのか?理解不能ですね。
    少なくとも国費で研究するのはやえていただきたい。こういう人には。

    彼女が善人か、悪人かは関係ないと思います。科学者であると同時に、仕事と向き合う
    一人の大人、人間として彼女自身がどう考えるのか?それだけですね。

    1月のTVにニコニコ笑って登場していた小保方氏を見たとき、違和感を覚えたのは
    私だけではないと思います。このTVもきっと「他人」のせいなのでしょうね。

  • 昨日の会見から一夜明けて、様々な専門家からコメントがあがっている。

    そんんあなか、昨日の会見のみならず、それ以前でも弁護士がおっしゃっていた「捏造」という
    文言に関するある種の定義がありました。弁護士の三木氏は「捏造とは、全くないものから
    あるものを造作する行為」といった趣旨のことを仰っていた。なので、小保方氏は、もともと
    研究成果があるのであって、捏造する所以はないとするロジックだった。

    しかし、「捏造」とは、本当にそれだけだろうか?時々ニュースなどで報じられTV局を
    はじめとしたメディアのやらせ、「捏造」を考えれば、よくわかる。「捏造」とは、何も全く
    何もないところから、あたかもあったがごとく物事を作り上げるだけではなく、ある結果が
    導かれるという当然の流れの中で、より、「周囲の」「期待」を「満足させる」ために、事実
    とは異なる結果を発信する、意図的な行為も含まれるはずで、どちらかといえば、一般の人から
    見て、この行為のほうが僧都に難くないものだと思う。

    何度も書いたが、小保方氏が、科学という普遍の節理、普遍の真を追及、実証
    するという根本から逸して、法の理論に自ら頼っているところに破たんがある。

    言葉の重みという観点においても、弁護士の方々も「え?」という程度だと思う。
    上記一つとってもそうだ。こんな些細ないわば言葉遊びに終始すること自体、本質をぼやけさせ
    る以外何も得るものはない。

    STApは200回作成に成功している。一つの実験の結果を得るのに数日、数週間かかること
    を考えれば、まず「あり得ない。」このことは、外部の専門家も述べている。

    「第三者が、STAPの再現に成功している。」
    これは、小保方氏の本件の問題を解決する突破口になることは、一般の人にもわかること。
    また、小保方氏が昨日の会見で「公の場では名前は公表できない。」と述べたこと。これも
    ある意味常識的なこと。しかしながら、理化学研究所のみならず、小保方氏のいわば戦友とも
    いうべき若山先生も「成功したというは人は知らない。聞いたことがない。」とはっきりと
    述べている。

    なぜ、こうも簡単に否定されることを安易に口にするのか?小保方氏の研究者としての倫理
    以前の問題だ。

    論文においても一度取り下げ、最初から検証しないす。そして、きちんとしたデータに基づく
    結果を得て、国際的に再び発表する。その道はだれも阻害していない。万一ネイチャー誌に
    掲載できなかったとしても、今日のメディアの発達からしも、小保方氏は自らの名用を
    挽回する機会はあるはずだ。

    しかし、それをしようとしない。
    小保方氏が、いったい何も重んじ、何を求めて進もうとしているのか、全くわからない。

    今は、彼女のいうことには全くと言っていいほど信憑性はない。

  • >>No. 4

    本当にそう思いますか?
    論文を書こうおする者が、写真を見栄えよくするために
    加工する。PPTの部品を間違えて以前使った画像を張り付けてしまった?
    これらは、小保方さん自身の弁明です。こんな初歩的なミステイクが
    重なって発生するでしょうか?しかも、研究記録も殆ど無きにひとしいという。
    更に、小保方さんが提示したキメラマウスは、全く別物しかもES細胞のもの。
    研究者としてあり得ないですね。
    何度も成功したと言ったどころか「どこへでも行って細胞を作成する。」
    と自ら言ったが、やはり出来なかった。
    多くの人が「やはりね」と思ったはず。
    何よりも、自らことの顛末を説明しない姿勢からも研究者として
    ではなく人間としての「なんだかね~」です。
    メディアも「リケジョ」と祭り上げただけに、真相究明には及び腰。
    有能な科学者がこの事案で自殺にまで追い込まれたことは
    重大ですね。
    小保方さんを非難したところで、なにも得るところはないのも事実。
    しかし、仕事をする社会人として最低限の責任はとるべきことは
    間違えない。
    私は、個人的には、STAPはすべて「ウソ」だと確信してます。

  • メディアに洗脳されてますね。

    「いじめ」は、絶対になくなりません。
    理由は簡単です。大人の社会でも「いじめ」はあるからです。
    大人自身が解決できない問題を、なぜ子供の世界について解決できる?
    まずそこから考えなければならないことです。
    民族差別なども「いじめ」の類と言うことができます。
    殊に大人の社会では、例えば職場で必ずと言ってよいほど大多数の考え方と違う
    方が「やり玉」に上がります。実際にこれが原因で、離職したり場合によっては
    人生そのものが変貌してしまう方がたくさんいます。

    この事案についても、いつもと同じ「責任論」のぶち上げですね。
    ロクに見識もない、敬白なコメンテータがメディアで学校を吊し上げ、綺麗ごとの
    オンパレード。

    学校に責任があるのは当然のことだが、同時に親にも子供を守るという大きな責務があります。

    現在のような薄っぺらいインチキ評論家さんの自己アピールが続く
    かぎり、何も解決しないでしょう。

    何か起きるたびに、全く無関係な人たちが「責任論」を振りかざして騒ぎ立てる。
    これ自体が、「隠ぺい」を生んでいるいることになぜ気づかないのか理解できまぜん。

    綺麗ごと、迎合的議論はうんざりだ。

  • 責任者をはっきりさせることと、ロクに関係もない人たちが大騒ぎするのとは全く別問題。何かことが
    起こるたびに「辞めろ!」の大合唱。これが責任追及だろうか?こんなこといつまでもやっておたら、本当に有能な方などは、「誰も」「何も」やらなくなってしまうでしょうね。
    日本人が無責任体質だと言ってますが、責任はとっていますよ。。「辞める。」ということでね。それで漫然とたってきているのは政治家でもお役人でもなく、国民そのものですね。
    今般の競技場問題にしてそおうです。コストが重要なのは当然ですが、ロクに提案者のザハ氏に確認もすることなく「キールアーチ」が槍玉に上がりm日本の建築家が無責任ンは批評。白紙撤回になったら途端にmコスト増の理由がいつのまにかキールアーチ以外に各競技団体からの100件以上の要望を取り込んだ結果~と今更のように言い出すいい加減さ。メディアは一体何の目的でmこの競技場問題を報じていいるのか?ばか騒ぎしていつもの「国民迎合」をぶち上げて携わった人たちを「批評」ではなく「非難」しているだけだ。
    2500億の競技場が異常なのは至極当然。なら、400億かかるボート競技場は?これも全くもって異常ですね。
    コストを語るうえで、都合のよいものと比較して「高い!」とばか騒ぎし、白紙撤回になって騒ぐネタがなくなったら、お次は~と他の競技場のことをボソボソ言い出すメディアの愚かさ。
    いっそ、オリンピックなどやえてしまえば?と思いますね。
    そして、他人のやることなすことに、文句を言い続けていればよいのでは?日本人は。

  • >>No. 390

    デリケートな問題ですから軽率なことは言えないが、常識的に考えて
    あまりにも佐野氏の周りに類似問題が多すぎなのも現実。
    この方が、「一流」とされていたのかと思うと、その評価の正当性に疑問を感じる。
    デザインのプロフェッショナルが、他人の作品を盗作する行為を「記者会見」という
    公の場で、「パクる」などという言葉で説明するのか?この方の見識を疑ってしまう。

    今夏のエンブレム問題、去年の「小保方」問題の再現だと思えてならない。
    そもそも、東京五輪には既に立派なシンボルマークがあります。
    エンブレムなんて不要だと思う。

    どうせ、商業目的なのだろうから、止めてしまえばよい。
    それでもエンブレムなら、1964年のものを使うというのも
    よいのでは?

    とにかく「金」と「利権」のオリンピックなら
    それ自体止めてもらいたいものだ。

  • やはり、わかりにくくなってしっていますね。

    エンブレムが盗作なのか否かは、究極的には佐野氏ご本人のみが判っていることで
    佐野氏が、「盗作ではない」と言う以上それはオリジナルであると判断するのが筋だろう。
    万一にも真にオリジナルであるものに、「盗作」のレッテルが張られてしまう危険性
    また制作するアーティストの自由な発想を阻害しないという観点から重要であろう。

    それとは別に、佐野氏のHP上のドキュメントは....,。
    甚だ疑問だ。

    結論的には。エンブレムは断じてオリジナル、これはよいのだが
    その他があまりにも身勝手。

    ・マスメディアが連日朝夕構わず押しかける!
    ・ネットで家族の写真が晒される!
    ・メールアカウントが流出、悪用されている。

    よって「自分は被害者」

    確かにここで書かれていることは、大げさがあったとしても
    それに類することはあと想像できるが、佐野氏は重要なことを忘れている。

    1日の記者会見で明らかになった空港画像、渋谷駅前画像の流用に関するコメント
    が何一つ掲載されていないですね。

    誰が読んでもご自身の「被害」は語るがご自身の引き起こしちゃ事柄については
    語らないという姿勢は理解されない。

    このトピで私は。今般の問題が「小保方」さんの問題を連想させる
    と書いたが、やはり昨日のHPのセンテンスを見ると図星でした。

    ご自身のことばかり主張する。
    都合悪くなると出てこなくなる。

    少なくとも私はこういう「タイプ」の考え方
    は全く理解できないですね。

  • 確かに被害額と言え異常ですね。
    昔からおかしな理屈があり、詐欺は、騙される方にも落ち度がありという
    理解不能な理屈ですね。そもそも己の利益のために人を騙すことをsじなければ
    騙される人も出ないわけですからね。

    おとり捜査団といった対応以外に、根本的にやることがまだあります。
    それは、電話の公衆網の発信者番号通知サービスを基本サービスにすることです。
    電話の基本料金にこの発信者番号サービスの料金を含めることです。
    併せて、民生用の電話機すべてにナンバーディスプレ機能とその着信履歴
    保存機能の付加を義務付けることですね。

    一向に減らない詐欺件数とこれに関わる警察の人件費などを考えれば
    国が通信会社に一定の補助をすることも全く考えられないことではないはず。
    発信者番号通知の仕組み自体、回線交換機のソフトウェア制御の変更だけ
    であることを考えれば、最も現実的なしかも抜本的な対処だと思いますね。

  • >>No. 1

    私は母に似てしまったのか、周りからは「天然はいっている。」と
    お墨付きをいただいています。

    これまでの失敗は数知れず、見出し風に列挙しますと~
    ・「ピアノ発表会おじぎし忘れいきなり演奏事件」
    ・「社員食堂ラーメン浴び事件」
    ・「社員食堂カレー浴び事件」
    ・「ひよ鳥撃退ニャンコ事件」
    ・「レコーディング筒抜け事件」

    などなど枚挙にいとまがありません。~汗~
    上記の中から手始めに「ひよ鳥撃退ニャンコ事件」についてお話しします。

    私が大学生だったころ、自宅の私の部屋の戸袋にひよどりが巣を
    作ってしまいました。「いつも雨戸を閉めっぱなしにするから!」と
    母の逆鱗に触れ、何とか撃退しようと思いました。

    しかし、せっかく巣をつくったのを人手で破壊するのもしのびなく
    当時活動していたバンドのギタリストに相談。そうしたら
    「それ!猫を使って追い払うといいよ!」とアドバイス。
    近所の家に猫を借りに行き、試したけどニャンと鳴くどころか
    逃げていってしまいました。
    それを見ていた母が「猫の鳴き真似すれば!」と今思えば
    とんでもないアドバイスをくださった。

    私はやりました!猫の鳴き真似を。「ニャーオン!」と
    連呼し戸袋を爪でひっかいたりと・・・・・。
    翌日母が「鳥いなくなったかも!」と喜んだのもつかの間
    やはり戸袋の中で「ピーピー」鳴いている・・・・。

    ならば、もう一度、もう一度と数日間にわたり
    「ニャーオン!」と爪でガリガリを実行。

    ある日、「ニャーオン!」をやっていると
    背後で人の気配がする~
    振り向いたら、水道のメーターの検針に来たかわいいお姉さん
    呆然と立って私を見ていました。

    咄嗟に、「何か御用でしょうか?」というところを
    「ニャニカ御用ですか?」と言ってしまい・・・。
    そのかわいいお姉さんは「後ずさりして」
    退散!

    結局、ひよ鳥さんは、しっかり卵を生み子育てを
    して巣立っていきました↓

    しばらくたって、母に「実は・・・」と猫の鳴きまねを
    水道の検針お姉さんに見られたことを話した。

    母の言葉は
    「あなたって誰に似たのかなぁ?だいたい
    「いつかとんでもない粗相をするんじゃないかと心配だ!」
    だって・・・・。

    自分のことを棚に上げてよく言ったものだ。
    だいたい、「鳥いなくなった!」って喜んでいたのは
    誰だ!

    おわり

  • 例えば、CSのよう課金制度などですよね。
    私も基本的に現在の受信料制度は問題があると思いますが
    現実的には難しい問題ですね。NHKはもちろん、民放も含めて
    TV放送自体が「公共性」が濃いものです。知見のある方でもよく
    NHKが国営的存在で民放があたかも一般の民間企業と同様だと言った
    理屈を展開しています。しかし明らかにこれは間違え。
    NHKはもちろん、民放も「国の許認可」に基づく電波を使って
    日々の放送をしている。民放といっても一般企業のような競争原理が
    働くことはなく、視聴率という狭い観点、しかも競争相手が極端に増える
    こともなく、ある意味安閑とした環境であることだ。

    さらに民放は受信料こそ徴収しないものの、ニュース番組でも
    それがニュースか?コマーシャルか?と疑うほどCMが多い。
    言い換えれば、タダ同然のお上の許認可に基づく電波を垂れ流し
    浮世離れした広告宣伝料をとっていて、それが製品価格にも転嫁されて
    いる事実があります。
    NHKと民放で明らかに違うのが、国会中継などの放送をすること。
    また地震といった自然災害についても終夜放送をすることなど
    広告宣伝収入で行うにはなじまない放送をすることです。
    これらの報道は絶対に必要不可欠なのは間違いありません。

    今後NHKでも考えなければいけないことは、例えば
    双方向放送の仕組みや、ビッグデータの活用、具体的には
    放送コンテンツと視聴者数のリンケージから視聴者数の多い
    コンテンツに広く薄く課金をする仕組み等を考えなければ
    いけないのでしょうね。
    一律にTVあるから受信料というのは、やはり怠慢だと
    言われても説得力のある回答をNHKもできない時期に
    来ていることは間違いないでしょうね。

  • >>No. 683

    そうですね。食べ物番組ばかりじゃなく、朝、夕方のニュースでも必ず
    食べ物レポートものが登場しますね。
    とくに朝などダラダラと食べ物レポートされると
    TV消してしまいます。笑

    まぁ、食べ物番組って一番「金がかからない」から多いというのが
    正解でしょうね。特に民放局はひどいものですね。
    インターネット、スマホなどがこれだけ普及している昨今
    TVの役割を考え直し時期に来ているのにも関わらず、あいも変わらず
    「エンタメ!」と「デパチカ限定!」等など~
    どのチャネルも同じ時間に同じような放送してますね。

    私は、ここ最近、本当にTVを見なくなりました。
    元来TV大好き人間でしたが、最近は辟易としています。

    朝は、なぜかどのチャネルも女性が「たちんぼ」で並んで
    ニュース~、内容は、芸能情報と食べ物情報ばかり
    薄汚い商業主義コンテンツのオンパレードですね。
    これに触発されて、世間も「おらが町」的な「町おこし」を
    履き違えた「町の押し売り」的な競争になってますね。
    「ユルキャラ」「B級グルメ」も決して悪いものではないけれど
    度を超すと結局は人が離れていくだけだと思いますね。

    このままでは、TVからどんどん人が離れていくこと
    間違いないと思いますよ。

  • >>No. 686

    > 全く同感です。
    > 自分もテレビ(民放)をみなくなりました。
    > 山場や結果発表の直前には執拗にCMが入るのにもうんざりです。

    山場、結果発表のぶちきりCM、本当にそうですね。
    以前どこかのコラムで読んだことあるのですが、何よりも許し難い
    報道姿勢というものの例として、ニュース報道などで新聞の
    見出しのような短いさも意味ありげなフレーズを言ってから
    内容を伝える手法が挙げられていました。
    例えば「完全否定をしました!」とアナウンスしてから
    「今日午後、○○で起こった事件について○○容疑者は~」
    といった本文をアナウンスするような報道形態です。

    視聴者の注意喚起をするといった観点から、見出し的な
    報道をすることは有用かもしれないが、「誰が」といった
    主語すら省くような見出しはTV局のひとりよがりに過ぎない。
    ましてや、人の生命や災害などの事案でこのような報道を
    すること自体、全く無意味、無責任なだけで、センセーショナル
    とウケ狙い以外の何物でもないと断じていました。

    TV報道の即時性は新聞とは全く違う性格をもっています。
    報道する側の傲慢さがなせるわざですね。

  • >>No. 1

    こんばんわ
    問題とされていらっしゃる、大学受験ありきの歴史教育で考えると、過去から現代へ
    現代から過去へ遡る方法は、人それぞれの志向によって決まりそうですね。

    ただ、仰る通り、歴史を学ぶことは受験のためではないことは言うまでも
    ありません。私は大学受験時代最初は嫌々やっていた世界史がいつの間にか面白くて
    仕方なくなり、人物伝を読んだり勉強というより最後は趣味になっていました。
    そのときも今も同じことを感じるのですが、日本史であれ、世界史であれ歴史はおよそ
    「覚える」ものではなく、調べて、考える。一つの歴史的出来事について史実以外のいくつかの
    仮説を立てて、その後の影響を考えてみる。これが重要だということです。
    日本史において近現代史が疎かになっているのも仰せの通りですね。
    縄文からやっていくと、時間切れで疎かになっているのに他なりません。
    同時に近現代史は史実を理解すること自体非常に困難な場合が多いものです。
    それは、史実においていくつもの学説、検証結果が現時点でも議論の対象となっているからです。

    このように考えると、歴史は「自分で調べ」「自分で理解し」「自分なりの歴史観」をもつ
    必要があると言えそうですね。

    昨日NHKスペシャルで新しい「映像の世紀」が放送されていました。
    興味深かったのは、第一次世界大戦に絡んでイギリスの二重、三重外交という
    欺瞞について、それが現在までヨーロッパにふぃの遺産を残し、世界の不安定要素の
    原因を醸成した歴史の流れをかなり詳細に伝えていたことです。

    スレッドが日本史についてなので、少し的はずれになってしまいましたね。

    日本史を学ぶには世界を知らなければならないのは当然で、仰っている近現代史においては
    特に、日本と列強、列強の植民地政策と日本の運命等を併せて考える
    必要があります。

    歴史は偶然と必然の積み重ねだと思います。
    今現在起きている事柄が「なぜ起きているのか」を考えるとき、それはそのまま
    歴史を遡って考えるということなのでしょうね。

  • >>No. 35415

    > 私は中国が日本を見習って核兵器廃絶に協力してくれる事を願っています。

    同感です。しかし、核廃絶は中国一国ではできません。
    ここに核問題の難しさがあると思います。
    核兵器はアメリカのマンハッタン計画に基づき
    1945年に実験→広島、長崎に投下されました。
    またご存じだと思いますが、広島に投下された原子爆弾と
    長崎に投下された爆弾は、異なる種類のものです。
    核分裂の瞬間に生み出される膨大なエネルギーを利用する
    ことは同じですが、広島には「ウラン型」長崎には
    「プルトニウム型」が投下され、その後短期間に核分裂
    ではなく、核融合のエネルギーを利用した重水、トリチウム等を
    利用した「水爆」が登場します。

    人類は、ここに至り、自らの手で自らを抹殺する手段を
    手に入れることになりました。

    当然、アメリカのみに核兵器が存在することなどあり得なく
    ソビエト連邦、イギリス、フランス、中国、インド等が
    核兵器を保有することとなります。これはある意味
    宿命的と言わざるを得ないもので、「核のバランス」で
    世界は安定を図ろうとしたわけです。

    日本は、当然世界唯一の被爆国として、非核三原則等のもとに
    核兵器を持たない国となりました。ただ、この日本でさえ
    アメリカの「核の傘」の下で国の防衛を図ってきたのもまた事実です。
    加えて、アメリカの統制下にあった返還前の沖縄には各が存在
    していました。

    当然、本当に当然各はあってはならないものです。
    これを使うことは、即刻人類、地球の破滅を意味することです。
    しかし、現実に核兵器は存在します。この矛盾を解決できないで
    いるのが、現実です。
    1.各派すべての保有国が捨てない限りなくならない。
    2.核保有国は、新たに核を持とうとする国を抑止することにおいrw
    決して説得力はないということを思い知るべきこと。
    3.現在の各のバンスの状況下で、核兵器を使うことがあれば、それは
    核の報復につながり、最初に核を使った国も壊滅的な損害を受けること。
    したがって、核を持つことは無意味だということ。

    この3つの現実を国際社会が旧友することから始めないといけないと
    思います。

  • >>No. 1504

    仰ること、よく理解できます。
    しかし、「社会のせい」にしている限り、いじめ問題は前には進まない
    のもまた事実だと思います。

    多かれ少なかれ、競争社会である以上、歪は生じること。
    そもそも、いじめ自体は絶対に根絶できないこと。
    このことを大人が正直に認める、向き合うこと以外道はないように
    思います。なぜなら、子供のいじめと同様に、大人の社会でも歴然としていじめが存在するからです。

    大人が自分たちの現実を解決できないまま、子供に「理想郷」を叫んでも奇妙奇天烈としか言いようがありません。

    それこそ社会風潮が異様で、いじめは絶対になくさなければならない!いじめが起きるのは。○○が悪い!学校は加害者だ!などと声高にぶち上げる識者(私は識者だなどと思っていませんが)と自認する輩が多いですね。

    しかし、これはどんなに頑張っても犯罪はなくならないという現実を全く無視して、あるいは見なかったこととして蓋をして綺麗ごとを並べているにすぎないように思えます。

    子供の命が奪われるという最悪の事態を何としても回避したいという思いは
    皆同じはずです。

    もし、子供の頃だけ「心のケア」だ、保護者への説明だと手を尽くし、その子供たちが大人になったら・・。職場に行けば熾烈な競争、職場にそぐわない者は、何となく「つまはじき」になる。こういった大人の社会の現実に対処できるとは到底思えません。

    需要なのは、「生きる知恵」「生き抜く知恵」だと思います。
    具体的には「人が何と言おうが構わない」といったある種「開き直り」という考え方です。私は社会が変質したのだと言われれば、それは皆「嫌われ者になりたくない」という非常に強迫観念的な志向の蔓延そのものではないかと思います。

    いじめ問題を考えるとき、大人が子供に変な理想郷を見せるだけで、現実の世界、言い換えれば人間の性ですね。これをひた隠しにして、子供社会と大人の社会の現実の乖離をどんどん広げてしまっているのではないかと不安になります。

  • 靖国参拝問題は難しい問題。

    実際に戦争を体験した先輩に聞いても賛否両論に分かれます。
    私の母親も2012年に永眠しましたが、戦争体験者でした。
    当時の指導者が戦争という惨禍をもたらしたことは当然のことだが、それをいつまでも恨む気はしない。だけど靖国に行く気はしないと言っていました。学生時代の自分は「何て曖昧な考え方だろう!」と思っていましたが。年齢を重ねるにつれて、この母親の思いが解ってきました。極めて日本人的な考え方ですね。
    父親も既に他界していますが、父親は天皇に戦争責任がないとは言い切れない。終戦直前の御前会議で早く戦争終結の英断を下していれば、広島、長崎に原爆が投下されていなかったかもしれない。しかしだからといって、天皇にのみ戦争責任がと言うよりは、国民全体が責任を負わなければならないと言っていました。

    これらの考えに立って改めて考えると、やはり時の政治家が靖国を参拝することはあまり好ましくないのではと考えます。
    この国は政教分離で成り立っています。「神社」という特定な信仰の場に赴くということは、国民の代表者としてふさわしくないという簡単な理屈です。国のために命を落とした方々に哀悼の誠を捧げるのには、神社にいかなればならないという訳ではありません。

    また、残念で仕方がないのは。この靖国参拝が、中国、韓国等の対日外交のカードに利用されていることです。日本人の多くが、殊に戦争を体験された先輩方の多くが、靖国に拘っているわけではないという事実を時をかけて理解してもらう他はないのだとも思います。

    宗教色のない、「戦没者公園」的なものを作るのも一つの案だと思いますね。当然靖国は今のまま残存して構わず、政治家などはこの公園を訪れて戦没者を慰霊し、平和を誓う。この方が理にかなっていると思います。

    よく考えなければならにのは、先の戦争で一番辛酸を嘗めたのは名もない一般の市民であったということです。
    中国、韓国等が靖国に拘っていることが「おかしい」と感じるなら、我々日本人も靖国に拘ることを中国、韓国等が理解し得ないのではないだろうか?

  • LEDで注意しなくてはならにのは。製品のバラツキが非常に多いということです。
    僕の家は、2年ほど前から家中の照明をLED化して来ました。
    理由は簡単で、両親が「蛍光灯は工場みたいでいやだ!」と言ってリビングやキッチン、寝室などほぼ全て白熱照明にしていたからです。また天井にはダウンライトを多用したため電気代が物凄く、僕がせっせとスイッチを調光器型に切り替えてきました。
    そして白熱電球が切れる度にLED型に取りかえたのですが取り付けて数日たつと突然暗くしか点かなくなる初期不良品が驚くほど多いのです。
    ネットの性格上どのメーカーとは書きませんが、所謂有名メーカーではなく少し「安い」ブランドのものの初期不良が本当に多いです。

    調光器対応、ダウンライト対応といったものを注意して買ってもダメでした。有名ブランドは、その点信頼性が高いです。

    そもそも論ですが、確かにLED化→省エネは納得できますが。阿部さんがこれを国の方針?としてアナウンスすることに違和感がありますね。
    基本的に、照明は使う人の嗜好性が強いものです。どのような器具を選ぼうと個人の自由であってよいですね。

    省エネは重要なので、照明以外の家電製品等で省エネを図っている方もいるはずです。僕の友人は「ネオンサイン」が好きでこの間、とうとう部屋に特注で制作してもらったネオン管を取り付けて、毎晩灯して楽しんでいます。
    時代が進んだのだから、こういう楽しみがあってもいいと思いまsね。

    最近、オリンピックスタジアム問題やその他で、「コスト!」という殺し文句がぶち上げられますが、もっと先にコストを意識すべきものなど掃いて捨てる程ありますね。国会運営に一日億単位のコストがかかっていることなどなどがまず一番に頭に浮かびます。
    コンビニの物流も利便性追求の陰で大変なエネルギーの無駄をしています。省エネに公も民間も集団や個人の区別はないはずです。みな同じエネルギーリソースを消費しているわけですから。

    どうもブーム的になっているように思えてならないですね。

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