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投稿コメント一覧 (671コメント)

  • 『おかしなトレーニング 2』


     きょうはボールを使ってのトレーニングをした。身体全体を使ってのリフティングだ。100回のリフティングに猛ダッシュを一回入れる。それを十回やるのだ。連動して上半身を左右交互にねじりながらの腹筋運動を三十回。汗がほとばしる。

     ちびっこ軍団が現れた。カナちゃんが姉とその友だちを連れてきたのだ。わたしのサッカーボ-ルで遊んでいる。見事なキックをしている。小学二年生だという。
    「大きくなったら、サッカ-選手になるの?」と、聞いてみた。
    「ううん、チハナはケ-キ屋さんになるの」
    「レナはお花屋さんになるの」
     と、寸法の大きな体操着を着たおんなの子もおハナシに入ってきた。

     ピンク色のちいさな自転車に補助輪がついていなかった。幼稚園の年長組のときに母親が補助輪をはずしたらしい。二人ともが恐怖心もなく一度で乗りこなせたよ、と自慢げに語っていた。ワタシに興味関心をもち、
    「お名前はなんていうの?どこに住んでるの?」
     と、尋ねた。
    「はるか幾億光年のかなた、青い星に住んでいる青い王子、パラポロピレパと申す」
     と、ふざけて答えるや、
    「そんなことウソでしょ。パラポロピレパて名前ておかしいもん」

     小学校二年生ともなると漢字が書けるようだ。二人は草の上に<知花><玲菜>と指で書いてくれた。お花を愛する優しい人になるようにと、母親が名づけたらしい。母親は四十三歳だと言っていた。
    「おじさんはいくつ?ちがった、パラポロピレハ?」
    「いくつにみえるの?あててごらん」
    「三十五!」との知花ちゃんの推測。
    「う~んとね、三十八」と答える玲菜ちゃん。
    「キミのお母さんよりも若くみえるの」
     と、ちょっぴりうれしかった。

     六月の七日に運動会があるという。かけっこに自信をもっている知花がダンスもあるという。どんなダンスなのか知りたいし見てみたいとのワタシの要望に躊躇しながらもDISNEYの主題歌と思われる「光となんとかという」歌をうたいながら踊ってくれた。とても愛らしく、とても可愛く、思わず拍手をしていた。ダンスが好きなのかアンコ-ルを披露してくれた。<ビビディバビィディブ>という。ダンスの終わりになると、左手を腰にあて、前かがみになって、右の人差し指でワタシにむかって、
    「ちいさくな~れ、ビビディバビィディブ」という。

     二人は、鬼ごっこをしましょ、とせがんでいたが、公園の時計は六時を示しているので暗くなる前に帰りなさい、とバイバイをした。
    「ほんとうの名前じゃないパラポロピレハさん、バイバイ」
     と、ちいさな自転車に乗って手を振っていた。


     んじゃ
    (*^-^*)ノ~~ぶあい ぶあ~~~い

    ☆彡=====☆彡=====☆彡

    どうしてんのかナ~?

    西のお空からは
    ポツリポツリと雨が降ってきたよ。
    東のお空は<真夏日>だと云ってましたよ。
    どのようにおすごしなんじゃらほい?

    ここへ投稿する楽しみの一つに、チミの投稿に触れる
    ことなんだけど、アンマシ見かけないんで、チト、チトだぜ。

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • 『bibidibabidiboo』


     日本酒は熱燗で飲むのがいい。ひとり手酌なれど、喉越しはやわらかくお刺身が、すこぶるにうまい。日本酒を飲む時は薩摩切子のグラスを使う。薄茶色の文様で江戸の風味がどっしりとした重厚をもって唇にあたる。

     今宵は冷酒にした。燗にするため、立ったり座ったりが、面倒くさいからである。その点、洋酒は手間暇がかからない。タンブラーとジンジャーがあればいいのだ。あまり飲まない冷酒なのだがすでに半分は空けている。ほろ酔いである。心地良きほろ酔いである。

     このようなほろ酔いで過ぎ去りし日々を振り返るときがある。赤面するほどに恥ずかしいことや失敗事をクスッと笑い飛ばすことができる。それらをここに書き込めば、それなりの面白き小説が書けるかもしれない。

     そんなことよりも明日の天候が気になる。あしたはK小学校の運動会なのだ。雨ならば順延となるのだろうが、公園で出会った知花ちゃんと玲菜ちゃんの<ビビディバビディブ>のダンスがある。外交交渉をするほどの約束ではないが気になる。

     これを書く前に窓を開けてみたが雨はふっていなかった。父兄でもないのに天気が気になり空模様を見ていた。


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー
    bibidibabidiboo

  • チョットね、ワールドカップをTV観戦


     徹夜をしてでもワ-ルドカップブラジル大会は全試合を観るぞ、とテ-ブルにお酒とおつまみをおいて準備万端だったが、ブラジル対クロアチア戦を皮切りに始まった開幕ゲ-ムのKICK OFFも観ることができなかった。眠ってしまったのだ。お酒に弱くなっている。

     日本対コ-トジボアル戦は観ることができた。
     
     近代スポーツに要求される速さ(SPEED)と強靭なメンタル面の強さ(SPIRIT)、速さに対応できる個人の技術と判断能力の高さ、チームとしての戦術理解と個人の状況判断能力(STRATEGY)があり、質の高い芸術的な闘いが展開されていた。1対2であった。

     この間、著名な人士やサッカー関係の指導者たちがテレビやマスコミに登場する頻度が高く解説や予想を述べている。そのことを概略してみると、「日本のサッカーらしくなかった」「あれは日本のサッカーではなかった」と述べているし、そのように聞こえる。

     テレビというのは、放映前に大まかな依頼をしているのだろうか?出演者もカメラとカメラの向こう側の茶の間に出来るだけのおべっかとお世辞と期待を述べているような気がする。彼らの言葉通りであれば、「苦しい闘いになるでしょう、しかし、必ず勝ちます」、であらねばならないはずであった。そうではなかった。

     彼らがのべる「日本のサッカ-」とは、なにをもって云っているのだろう?
     コンパクトな速いパス回し、攻守の切り替えを速くし、前線からのDEFENNCEをアグレッシブに、と言うのなら、高校大学レベルのアマチュアでもやっていることではないのだろうか?


     社会生活を振り返ると、かつての社会に比して確かに物質的に満たされていることには間違いない。それに正比例して精神的な豊かさはどうであろうか?

     昨今を賑わせている<STAP細胞騒動>にしても、<美しきニッポン>を高らかに誇る政治経済の美しき報道を耳にしても、どこか信頼するものがない。
     
     なにをもって「独創的な日本のモノ」と言ってるのだろうか?


    ☆彡===ーー☆彡=====☆彡

    ショパンのピアノ曲を聴きながら、ねんねしはるんかナ~?

    Anyway,
    Time to say good-night

    んじゃ
    Good-night kiss どすえ。
    (*´・з・`*)チュッ♪

    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • 『六月の東のお空』


    梅雨の雲の晴れ間に
    東のお空が
    はじらい てれながら
    白き鳩に
    ささやいている


    文を託されし白き鳩も
    愛の使者たらんと
    喜び ほほえみ 勇ましく
    六月の大空を舞っている


    茜色に染まりし東のお空
    恋をしてるの



    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • 『遅い歩みなれど』


    ワタシの歩みが遅いのでしょうか
    ワタシは疲れているのでしょうか

    宇宙の時間の大河の流れは停まってくれない
    赤き血潮の鼓動は生を知り
    胸の痛みを停まらせない

    ワタシを苦しめるヴィ-ナスよ
    ワタシの心のなかに生きる君よ

    同じ時間に
    同じものを観て
    同じ感動の喜びに心酔いしれたい
    同じ悲しみに涙してみたい

    ワタシは君となり
    君はワタシとなり
    二人して力を合わせ
    荒れに荒れる大海原の暴風怒濤を
    渡ってみたい

    歩みの遅いワタシなれども
    君となら
    この荒れた冷たい暴風雨に耐え
    闘い打ち克ち
    喜びと勇気をもって
    渡れるだろう

  • 『西から昇りし陽』



    早朝の西の太陽は
    白い花を咲かせるモクレンをつつみ
    枝のうえで休息を楽しむ小鳥たちに
    ひとときのおしゃべりとのど自慢をさせている
    おはようさん!


    小さな植木鉢に
    大きな宇宙の生の営みをみせる
    てんとう虫さん だんご虫さん アリさん
    白い花から赤い花へ
    赤い花からパ-プルの花へと
    愛の内緒ハナシを伝えている
    黄色い制服に身をつつんだ蜂さん
    (*^・ェ・)ノ コンチャ♪


    青いお空では太陽が燃えている
    公園では
    疲れを知らない子供たちが
    大きな声で友の名をさけび
    走り 追いかけ 笑っている
    無限の可能性と無限の時間を秘めた
    子供たちも
    いつしか現れた夕陽に母親を見るのか
    一人去り 二人去り ・・・ ・・・
    いつしか誰もいなくなる
    お花にかこまれた
    公園のベンチの若いカップルも
    夕陽が沈むのを待っている


    早朝に昇りし西からの陽が
    君を抱きしめんと
    東へ旅立とうとしている

  • チョットね、「俺たちのサッカ-」て、な~に?


     熱戦が繰り広げられているワ-ルドカップブラジル大会をテレビ観戦している。開幕戦のブラジル対クロアチア戦は眠ってしまい見損ねたが、それを除けば、眠い目をこすりながら全試合をTV観戦している。
     
     ビデオ録画は止めている。数えたことはないが数百本の録画テ-プがあると思う。お気に入りのマッチゲ-ムは戦術分析をしながら観ていた。今ワ-ルドカップは録画はしていない。感動と興奮が半減してしまうからである。

     どのチ-ムが優勝をしてもおかしくはない質の高い世界最高峰のプレ-が展開されている。残念なことであるがアジア勢四カ国は全て予選敗退であった。アジア各国のサッカー協会は、その分析と責任論が渦巻いていることであろう。

     サッカ-と無縁のようであるが、ワタシは福澤諭吉の『脱亜論』をかんがえていた。この『脱亜論』は今持って専門家や研究者、学者間に賛否両論がある。アジアの停滞から脱するために西欧に追いつけ追い越せという論旨である。福澤諭吉がアジアをどう見ていたのか、アジアの停滞というものをどのように分析し、どこまで解していたのかが問われるからである。

     明治以後の日本は西欧に追いつこうとなりふり構わず走りに走り続けてきた。その功罪を論じるつもりはないが、地理的にアジアに属し、人種的にアジア人とはいうものの、はたして「アジア的」であったろうか、との疑問がある。

     結果が全てである、という一流のプロスポ-ツ選手ほど基本の忠実性と結果に至るプロセスの重大性を身をもって知っているものだ。うぬぼれた自己管理は決してしない。スウエデンのラウドルップ選手はそのことをよく体得された紳士であり、国民の英雄としてスポ-ツ大臣にまでなっている。

    「オレたちのサッカ-ができなかった」「あれは日本のサッカ-ではなかった」というハナシを耳にするが抽象的すぎてワタシには理解できないでいる。意地悪な解釈をすれば、いくら頑張っても「オレたちのサッカ-」「日本のサッカ-」は世界に通じないことを認め実証してきた、と解釈することもできる。

     個性的で独自的な日本のサッカ-というものがあるとすれば、彼らは、なにをもって「オレたちのサッカ-」「日本のサッカ-」と云っているのだろうか。いつも疑問だ。

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • 夢のようなSTAP細胞は<夢>なの?


     割烹着姿の魔法使い小保方女史が脚光を浴びたのは「STAP細胞グリム童話」をおハナシしようとした時からだった。社会から先生と呼ばれる博士たちは、このかわゆい魔法使いに悩殺されてしまったのだろうか。

    「は~い、みなさん、理研鏡の国の部屋へようこそ!今からヽ〔゚Д゚〕丿スゴイものをみせてあげるからね、ちょっとまってね、ブラジャーの肩紐がずれたからなおしま~す。ついでにスカートもちょっとだけたくしあげま~す。そこのアンタ、下からのぞかないで。それじゃ、ちちんぷいぷい! ちちんぷいぷい! ちちんぷいぷい!┐(´∀`)┌ハイ、これがアタシのSTAP細胞で~す。STAP細胞はありま~す。アタシにしかできない魔法の言葉でつくれま~す」
     と、言っているのだろうか。

     敬意をこめた驚きと賞賛の声が割烹着姿のちちんぷいぷい嬢に集まり、集まらねばならなかった。しかし、現実はそのようになっていない。現実社会は疑惑をもっている。理研という組織が壮大な虚構の世界を演じていると思われている。今年度の生物学界のノ-ベル賞とアカデミ-演技賞を欲したのか、と思われている。

     宣伝効果があると思って投稿したのであろうか、英国の科学雑誌『NATURE』は科学的疑惑があると、割烹着嬢の論文を撤回してしまった。不完全不備であると云えば、まだ聞こえはよいのだが、「嘘をついたらあきまへんで!」と評されたのだ。論文は白紙となりSTAP細胞は存在しないことになったのだ。

     にもかかわらず、日本国内の理研組織と文科省は、魔法の言葉を信じ、理研内に鏡の研究室を設け魔法使いの割烹着嬢を招待している。病を装っていた割烹着クンはルンルン気分で「がんばりま~す」と言っている。

     期限付きではあるが、この招待状を出したのは、世界的にも著名な学者で理研内部の上級幹部である。このオッサン、テレビに向かって日進月歩で進歩する科学のおハナシとSTAP細胞の意義をそれらしく述べ、個人的な関心をもってSTAP細胞検証を当事者にやってもらうのが良いと考えたと述べていた。STAP細胞グリム童話が忘れられないのだ。

     このおっさんが個人的な関心で私費を投じてやるのならばなんら非難されることもない。我が身を削り生活を削り生物学に寄与する姿に賞賛されこそすれど誰が批判しようか。しかし、このオッサンにそんな度胸も覚悟もないということを映像から読み取れた。税金であれば、痛くも痒くもないんで~す、と言っているようだ。

     世界的にも権威があり理研組織を統べる幹部という人たちは、世で俗に云う<科学オタク>で社会性に乏しいアホじゃないのと思った。理研は解体したほうが良いと思った。

     「STAP細胞」に夢と希望と未来がもてると思っていた。しかし、現況の客観的な事実関係から見えてきたのは「STAP細胞」というものは存在せず、理研組織内の社会性に乏しい愚かしげな人間模様しか見えてこなかった。はっきりと見えてきたのは、このオッサン、オバはんたちは私たちの未来を傷つけ破壊しているということを垣間見せてくれた。

    「STAP細胞疑義」について考えまい書くまいと思っていたが、暗雲を取り除くような晴れやかで勇気ある記事に出会った。その記事を紹介する。七月四日の時事通信の記事である。

     
    STAP検証実験、凍結を=不正実態解明まで―学会理事長
     理化学研究所が小保方晴子研究ユニットリーダーによるSTAP細胞の検証実験を認めたことについて、日本分子生物学会の大隅典子理事長(東北大教授)は4日、STAP細胞論文をめぐる研究不正の実態を解明するまで検証実験を凍結するよう求める声明を発表した。 大隅理事長がSTAP細胞論文問題で声明を発表するのは3回目。理研の対応に対し「科学の健全性を大きく損なう」「次世代の研究者育成の観点から非常に憂慮すべき問題」「税金という形で間接的に生命科学研究を支える国民に対する背信行為」と厳しく批判した。(時事通信)

     大隈典子さんの勇ある声明に勇をいただき、この拙文を書いてみた。
     お会いしたいと思った。

  • ねむた~いけどもTV観戦

     ブラジル対ドイツ戦は7:1でドイツの圧勝であった。どちらもW杯常連国であり世界一になった優勝国でもある。この経験値は大きい。
     試合前のワタシの予想は、2:1でドイツの勝利とみていた。 テレビ画面にブラジルサポ-タの少年が映し出されていた。泣いていた。むせび泣いていた。目の前で行われている現実を受け入れられないのだろう。無残なブラジルチ-ムを受け入れねばならない事実に泣いているのだ。

     今夜というか早朝の五時に、もう一つの準決勝がある。アルゼンチン対オランダ。いかなるスポ-ツであれ、そこに国民性というのがにじみ出てくる。おもしろいものだ。
     五時まで起きていられるだろうか?


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー


    ☆彡=====☆彡=====☆彡

    おでんわ

    「式部ちゃ~ん、おげんき?」
    「げんきだべ、きょうはどーしたんだべ?」
    「ううん、なんにもおまへんけど、おでんわしてみたかったの。サッカ-みてはる?」
    「んだ、みちょるべ」
    「ブラジルまけちゃったね」
    「んだ、んだ」


    てな、おしゃべりしてみたいと思いませんか?

  • やっほー

     今朝、起きたのは十一時半頃。とても気だるくて起きたくなかった。しんどい。W杯のテレビ観戦も疲れるばい。ブラジル対オランダ戦を観ていた。予想であったが、2:0でオランダが勝つと思っていた。それよりも一点多い3:0であった。ナゼにオランダの勝利を予想したのか、という論理を書き込まねばならないが、またの機会にさせていただくことにしますのでヨロチコ、あんどチョンマゲでござる。

     さっきシャワーを浴びて、おヒゲを剃って、下着も肌着も着替えて、大きなTシャツにパンツいっちょうの姿で、アイスコ-ヒを飲みながらタイピングしておりやすだ。髪が乾いたらお買い物に行くんだべ。

     今夜も徹夜でごわす。ファイナルゲ-ム、ワールドチャンピオンが決まる一戦がAM四時にキックオフだ。ドイツ対アルゼンチン。どちらも優勝という貴重な経験値をもっている。細やかなおハナシは左のポケットに入れておくので堪忍しておくれやすえ。

     総合力においてドイツ有利という一般評価があります。ワタシもそうだとおもっているのでごわす。2:1でドイツの勝利、としておくだべ。



    「もしもし、テレビみてはんの?」
    「うん、みてるよ」
    「チミはどちらが優勝すると思ってはんの?」
    「アタイはね、アルゼンチンだと思ってるのでごわす」
    「そいじゃ何かかけてみよっか」
    「なにを?」
    「えへッ!(´∀`*) ヒ・ミ・ツ」


     てな、電話をしてみたいナ~


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • 美酒は彼らに似合う



    三十二日間、六十四試合の熱戦が繰り広げられた
    W杯ブラジル大会の熱き闘いは幕を閉じた
    美しかった 素晴らしかった 感動をありがとう


    鍛えぬかれてきた肉体と肉体がゴ-ルを目指し
    一つのボ-ルを追い 運び ぶつかり合い 
    転び 起き上がり また走る
    <個>と<組織>の調和が
    緑のピッチ上に美しい線を描いていた


    選手たちの笑顔が美しかった
    選手たちの涙が美しかった
    選手たちの汗がキラキラと輝いていた
    彼らは勝利に喜び
    勝利の涙を流す
    彼らのみが知り得るのだろうか
    彼らは好敵手に感謝している
    自己の技術を磨き能力を高め
    自己の存在をあらしめてくれた好敵手を愛している


    彼らは
    愛することと尊崇の念を勝ち得、知っている
    ヴァッカスの美酒は彼ら一流人に似合う



    んじゃ
    おやすみなさい
    (*´・з・`*)チュッ♪

  • パンツのおハナシ 1


     お願いも頼みもしていないのにワンサカとメ-ルが入ってくる。そのほとんどが商売用の宣伝のためのものである。そのなかに「特別セ-ル」や「バ-ゲンセ-ル」と銘うち格安の割引で女性の下着類が写真入で掲載されているものがある。若くて愛くるしいモデルがブラジャ-とパンツ姿で映っている。セットで980円とある。
     
    モデルさんは若くて美しい。商品のブラジャ-やパンツにあまり関心はなく、モデルさんのバスト、ウエスト、急所部を見てしまう。営業用の笑顔といえど、モデルさんはとても愛くるしい。

    ところが、高級なブラジャ-やショ-ツになるとモデルが外人さんになっている。女体としての肉体的機能も構造も同じであろうと思うと、企画や編集に文句を言いたくなる。

     日本の女性が西洋の服飾を纏い始めたのは明治のはじめのことであったろう。<鹿鳴館時代>と思われる。女子高等学校の女生徒に着させた、と書物にあるが、下着などについての記述はない。服飾史を調べ研究してみようとまでに興味関心は高くない。

     テレビや映画などの時代劇で下町のおかみさんが赤い<腰巻>を干している場面から江戸時代の女性が風呂敷のような腰巻を下着として着用していると知る程度である。ワタシの頭のなかの日本的な文化というものは室町時代を境にしている。学術的学問的というよりも感覚的で視覚的なものなので何らの根拠があって論じてみようとしているのではない。書物などで散見する聖徳太子像、源頼朝像、歴代将軍の衣冠帯装束図、宮廷内の女官たちの衣装を見ると、高松塚古墳からの高句麗文化と結びついてしまうのだ。また隣国の百済、新羅の文化影響が色濃くあったと思われる。

     それらのものが何故に室町期から色あせたのかを論じている書物に触れてみたいと思い始めている。

  • パンツのおハナシ 2


    『万葉集』は国家の意思で編まれているが、歴史的には、このあたりから文明の華であるお隣の中国や韓国と多少のズレが生じ始めているように思えるのだが、どうであろう。

    『万葉集』には国を代表する当代の超インテリたちが豊かな感性を数多くの歌にのせている。その詩情は別離と望郷の悲しみを陳べるときに一種独特なものを放っているようだ。あえて言うのならば、悲しみの中に華やいだ美しい生命感があるように思える。時にはショパンのセレナ-デを奏でているかのようでもあるし――。

     遣新羅使というのがある。あまり知られていないと思う。テストやお受験に出題されそうもないからであろうか。天平の八年(736年)に遣新羅使が三韓を統一した新羅へ向かっている。武庫の浦から四十名の遣新羅使が乗り込んだとある。『万葉集』155巻に彼らの詩情が陳べられている。

     この遣新羅使をのべる前に当時の国際政治状況を述べねばならないが省略させてもらう。唐・新羅の連合軍と四度の海戦に国家的敗北をした<白村江の戦>というのを語らねば『万葉集』が寂しい思いをするかもしれないが省略する。

     少しおハナシを脱線させるが、この生命を賭して遣新羅使の誰かさんに贈った恋文一首が『万葉集』にあったと思い、ここ三日ほど探してみたが、探しきれずにいる。
     
     内容は、

     「紅き紐をわれと思ひて肌身つけたもれ」

     というものであったと思う。<紐>という語しか記憶に残っていないが、ワタシが勝手にいじってつくってみた。少々風味が落ちてしまうが堪忍してたもれ。この<紐>というのは下着に相違あるまい。つまり今で言うパンツのことだ。遠くへ旅たつ大丈夫におんなは自分のパンツをはかせているのだ。

     今回のおハナシは脱線したままで終えたい。その余韻をのこしたい。



     いつもふざけて書いているが<いちごのパンツをはいた紫式部くん>に問うてみる。
     チミなら、どうする?



    ☆彡=====☆彡=====☆彡


      お口直しに

      「武庫の浦の入江の渚鳥羽ぐくもる君を離れて恋に死すべし」


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • パンツのおハナシではないが 3 


     古墳の出土品のなかに<剣>がある。古錆びている。千数百年ぶりの新鮮な空気を拒否しているのか人の手に触れると脆く壊れてしまいそうだ。最新式のレ-ザ光線を使い刻まれた文字の幾つかが読みとられている。考古学に携わるおじさんたちのシンドさも読みとれる。

     <佩剣>するというのは、かなり身分の高い人物であったろうと推測されるし、その時代の卓越した指導者でもあった、と思われている。その人物がいかなる人物で、その出自が明瞭になれば、日本の古代史にも夜明けがくる。考古学者の更なる奮闘を乞い願い奉り候でごわす。

     福岡県春日町という古墳からの出土品の佩剣の装飾として用いられたろうと思われる欠片があったという。後に薄い環状のかけらでガラスであることがわかったらしい。

     奈良時代までの公家や官人は<佩刀>していた。<唐風>のものと記述されている。あまりにもザックリとした記述で考古学の信ぴょう性まで疑われるのではないかと心配だ。三世紀から六前後おいても鉄というものを百済から輸入していた経路がある、仏教や文字も百済国からもたされたものであると『古事記』や『日本書紀』ものべている。(ワタシには百済、新羅、高句麗からのものとおもえるのだが――)

     奈良朝では、瑠璃(るり)、玻瑠璃(はるり)を<玉>(ぎょく)と呼んでいた。身分の高い貴族たちの装飾品として用いられていた。様々な色合いのガラスを使っていたようだ。『正倉院御物』のなかに白瑠璃碗、碧瑠璃杯がある。写真からでも、その気品さと美しさが伝わってくる。

     戦国期の日本はガラスを<ビ-ドロ>(ポルトガル語)と呼び、江戸期に入ると<ギヤマン>(オランダ語)と呼んでいた。ガラスの輸入だけではなくガラスの製法までをオランダから学んだようだ。江戸の後期になると卓越した職人たちにより独自的なカットグラスの細工と技法が産まれている。

     平安朝になると、公家官人の装束に変化が見られる。佩刀もなければ玉もない。 


    ☆彡=====☆彡=====☆彡

    色鮮やかな十二単を纏いし我が愛しの<いちごのパンツをはいた紫式部くん>、
    今宵はチミと薩摩切子で飲酒してみたき候、でごわす。
    いかがなるものかご返信をいただければ幸いでごわす。
                                                                         
    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • チョットねの日記



     ブログや掲示板を読んでいて、とても気になることがある、時には、とても不愉快になる。言葉は生き物のように進化発展するというが、なにかしら社会の閉塞感が生んでる現象のように思えてしまう。この現象に対しての科学的究明をするほどの言語学知識はワタシにはない。

     セ-ラ服を着用した幼子が乱れたあられもない姿態をブログや動画で見ることができる。これらのことが本当なのかウソなのか判別できないでいる。親が子を、子が親を、教師が生徒を、生徒が教師を、警察検事が犯す犯罪が毎日のように報じられているが、その真偽のほども本当なのかどうかもわからない。

     女子高生たちは、自分たちだけがわかる自分たちだけの言葉をつかい始めている。言葉を短縮したり、略字と単語の頭だけをとった単純なものから秘密語まであるという。自分たちだけがわかる言葉というのは、自分たちの世界だけで生きたいということなのだろう。他者との関わりを拒絶しているともいえる。拒絶した人、組織、社会、団体、国家から肯定的なモノは生まれてこない。歴史と人、その人の移動と文化の発展過程が教えてくれるものがある。


     ささいなことかも知れないが、ブログや掲示板を開けると必ずとして文末に(笑)とつけているものにぶつかる。そのような文のほとんどが、おんなは男を誘い、男はおんなを誘っている。そして決まって<お気軽に><お手軽に><お気楽に>との語を用いて旅行に誘いドライブに誘いカラオケに誘っている。自由というものがお手軽に満喫できるかのようなことを書いている。巧みに書いている。おんなも商品であり男も商品のように書いている。人間を商品のように扱っている文をみる。それを和らげるために言葉として(笑)が使われているような気がしてならない。


     ほんとうなの?

     お手軽に捨てることができるから、お手軽なハナシでお手軽に勧誘し、そのお手軽さを示すための(笑)表記ではなのか、と考えてしまうことがある。書かれている内容からして品性を疑ってしまうこともある。ワタシが間違っているのだろうか?


    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  •  もう八月なんだね


     台風十一号による雨の被害が報じられている。空も海も陸も乱れている。自然界をも征服せんとする偉大な文明人を嘲笑しているのか阻止する術はないようだ。

     八月になると恒例の<民族大移動>の報道がこれまた姦しくなる。新聞やテレビの映像が高速道路の渋滞を競って報じ始める。テレビ映像を見ているこちとらもうんざりするが、渋滞にはまっているドライバーたちは尚の事であろう。お盆休みを利用してご家族で旅を満喫しようとする気持ちも察するが、日を替えることはできないのだろうか、と要らぬ事を考えてしまう。

     甲子園で開かれる高校野球の開会式も延期となった。八月の甲子園の空は青く白い雲が浮かぶ。球場が熱くなる。炎天下のもと、球児たちが繰り広げる熱闘が展開される。勝っても泣き、負けても泣いている、美しい涙を流す。

     今年こそは、甲子園へ出かけてみよう、と何度も思ったのに一度も生で観戦したことがない。阪急阪神電車に乗れば三十分か四十分ほどではないだろうか。準決勝あたりから質の高い好ゲ-ムが期待されるというハナシだ。(誰かさん、連れてってくれ)

     
     今年のお盆休みもおウチのなかで過ごしそうだ。
     ちなみに、ワタシは八月生まれのアンポンタンどす。くそ暑い夏に生まれているのに暑さに弱い。寒さにも弱いけどね。今ンところ取り柄ナシ。


    ☆彡=====☆彡=====☆彡

    朝から雨だった。
    雨音がいつもより強かった。

    どうしてんのかナ~

    ショパン トリステ-ゼを聴いてんだ。

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • パンツのおハナシ 4


     遣新羅船の発着地であった「武庫の津」と「難波の津」という船着場がどこにあったのか、という興味をもって地図を開いてみたが、やはり載っていなかった。古地図がないと探せないのかもしれない。持ってないので自動車道路マップで調べてみた。

     阪神甲子園球場近くに武庫川女子大薬学部がある。少し指を下方へ移すと鳴尾浜がある。その目先に西宮港がある。断定はできないが、この辺りではないのだろうか、と思っている。国道2号線が走っている。その道路標識が西宮港へ連れていってはくれる。

     もうひとつの「難波の津」というものも探してみたがわからなかった。WIKIPEDIAで調べてみたが関連する内容は何もなかった。難波という旧駅名が湊町とあったので何やら潮の香りがしないでもないが、この一行では何もわからない。

     難波といえば大阪の二大繁華街のひとつである。神戸とはちがった賑わいがある。やや乱暴な言い方を許してもらえば、雑多なほどに何でもある、という印象だ。この印象を広げて書くのには小さな勇気がいる。
    「なにいうてまんねん、こんな住みよい街おまへんで、たこ焼きでも食べまっか」
     と、コテコテのおばちゃんがやんわりとした反論をしてきそうな気がする。
     千三百年前の船着場の情景など思い浮かばない。


    『万葉集』(三五八七)に、こんなのがある。


       多久夫須麻新羅へいます君が目を今日か明日かいなびて待たむ


     ――新羅へ行かれるあなたにふたたびお目にかかれる日を今日か明日か身を潔めて待っていましょう

      と、言っているのだ。


     前回、「紅い紐」が当時のおんなの下着であろう、というおハナシをしたが、その一首はまだ探し出せないでいる。見送るおんなが自分の下着(パンツ)を相手に着させて、ふたたび直接あうまで着続けてください、とのおんなのあふれる心情が愛おしくまたうらめしくもあり理解できるのでござります。


     ――式部よ、チミが下着にせよと着させし紅い紐はチミと逢うまで解きませぬ
     
     てなことを書いてみたかったのでする。



    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー


  • 投稿ができないとの表示が出ます。
    『古代へのおさんぽ』というおハナシで、卑弥呼さんの時代へ遊びに行くのです。
    記事内容は利用規約に反することはありません。

    どうして?

    こちらは雨が降ってる。
    甲子園球場も雨が降ってる。

  • 古代へお散歩するには現役バリバリの女子高生と同伴するのが良いのかもしれない。大阪や東京で見かけるパンツが見えそうな短なスカートをはき電車内で大きな声で携帯電話をかけている娘さんがバッチシかもしれない。
    「アよ、キでチャして、ズンドコよ」
    (アタシよ、喫茶店でお茶を飲んでから遊びまくるのよ)
    「ウは、イして、プ-よ」
    (ウチはね、イモ食って屁をこいてプップップ~よ)
     という聞き慣れぬ言葉を発する新語造語の天才にしてアホな女子高生がよい。古代の倭人もバリバリの女子高生も短母音を巧みに使いこなしていると思うからだ。彼女たちの名は後ほどに紹介することにしましよう。


    (*^-^*)ノ~~マタネー

  • おちゃんぽ 2

     数十回にわたり投稿しているが、その都度、
    「投稿に失敗しました」「投稿は削除されたか移動されました」
     との表示が出ている。

     どうしてなんだろう?
     書いていたのは『古代へのおちゃんぽ』というおハナシで、謎の二世紀から三世紀の散策なんですよ。きわめて学術的にまとめて数回の連載にしようと思ったのに投稿ができまへん!

    『魏志倭人伝』や卑弥呼は掲示板には馴染みませんのんやろうか?
     史実はゆがめず、現役の女子高生も登場させ、おもしろく書いていたのに、消えちゃったよ。なんで~???

     これはテストを兼ね投稿してるんどすえ。


    ☆彡=====☆彡=====☆彡
    暑中お見舞い
      申しあげまする

    おげんきにしてはりますか?

    んじゃ
    (*^-^*)ノ~~マタネー

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