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投稿コメント一覧 (1267コメント)

  • 前略

    人の差が何でつくのかであるが、答えは自分勝手の度合いである。

    当たり前の話であるが、誰でも取り敢えずは先ずは自分の都合を判断基準とするものである。

    勿論、その人の置かれた環境や立場などからの判断では有ろうが、一般社会で言うやはり明らかに自分勝手の言動の皆様は、社会から疎外されて行くのである。

    疎外されている本人は、其れを誹謗中傷などと語るはともかく、やっかみだの羨ましいだとの、大きな妄想錯覚に陥っている者もいる。

    まあ、其れがその本人に与えられた人生なのかも知れないが、気の毒な話となる。

    もっとも、本人が其れで満足しているのだから目出度いのである。

    悔しくも無かろうが、悔しかったから、その実力を証明すれば良い。

    実績を作れば、世間も納得するであろう。

    今の程度では、どう転んでもただただ馬鹿にされる存在で有ろう。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館

    世界

    つづく。

  • 前略

    我が家は、このところ孫3人と暮らす生活であるが、誠に楽しい日々を過ごしている。

    昔から、男として孫が出来て一丁前と言って来たが、まさにその孫が4人出来た訳で、こんなに嬉しい事はない。

    振り返るに、勝っただの負けただの、儲けたの損したのとガチャガチャ騒いで来たが、孫の存在はそのすべを水に流す偉大な存在である。

    此れは経験しなくては分からない事であるが、投稿欄を観ても、明らかにその差が観えて来る。

    妻だけでは、たまに寂しい。
    其処に子供がいても、何となく寂しい。
    孫がいて、初めて満たされた幸福となる。

    人の幸福とは、正にそんなもので有ろう。

    まあ、孫がいる老夫婦には分かるで有ろう。

    後は、どっち転んでも余分なのである。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館

    世界


    つづく。

  • 前略

    年甲斐もなく、女性に執着する者がいる。

    気持ちは分からなくもないが、同世代から観ればやれやれである。

    その女性にも、多少の問題は存在するかとも思うが、
    この辺りの投稿欄で明らかに粘着ストーカー行為をしている者もいる。

    その本人の趣旨は知らねど、やはりただのスケベ爺以下との評価も的確となる。

    まあ、魂の継続なのか、育ちの悪さかはともかく、育った環境と本人の思想に何らかの大きな問題があるので有ろう。

    もっとも、並みの育ちではそうはなるまいが、その歳になってもその言動。
    今まで、何を学んで来たので有ろうか。

    今日も、その愉快犯は話題にのぼり、満足しているので有ろうか。

    其れでも、その貧しき荒んだ心は、少なくも株売買で儲けたお金では救われないので有ろう。
    本人も、その淋しき姿は鏡に写し分かってはいよう。


    誠に、その誤った努力と感謝に同情するところではある。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館


    世界

    つづく。

  • 前略

    今年に入り、漸くまともな積雪である。

    こんな日は、渋滞や事故に巻き込まれる恐れがある。
    外には出ず、休養が良かろう。

    このところ、暇に任せ歴史書から宗教書まで読書三昧である。

    暫く振りに、大川隆法の「伝道の法」など読んでみたが、なかなか素人向けに良く書かれている。

    特に、幸福の科学に興味がある訳でもないが、新興宗教の中では、まともな方で有ろう。

    信者も世界に、何百万人もいるそうである。

    信者が1万人もいれば、そこそこの教祖となる。

    この辺りの投稿欄には、その様な者はいない。

    居ても、ダラケた寺坊主ぐらいの者である。

    概ね、思い込み一人歩きの様である。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館

    世界


    つづく。

  • 前略

    朝も早よから深夜までとは言うが、確かに社会から孤立している退職・年金者や無職者などにとっては、この投稿欄こそ自分の存在を誇示する場なので有ろう。

    いつ寝ようが、何処へ出かけ様が世間様には関係なくとも、その都度報告するなど、その自己存在の確認なので有ろう。

    個に生きるならば、わざわざ世間話に加わる事も無かろう。

    やはり、個を主張しながらも、その揺れる心と社会的に薄い存在が、その確立出来ない個に負けているのである。

    所詮が、コピペ程度の軽薄短小人生と例えられても、しょうがない訳である。

    才あれど徳なしではないが、実はその才も余り無いのである。

    結局は、今日の姿がその答えなのである。
    もっとも、その姿の基準が違うので有ろうか。

    まあ、しっかりと勉強すべきで有ろう。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館・モネ作


    世界

    つづく。

  • 前略

    考えれば、僅かな年金や収入源の少ない者達にとって、例え1000円でも多くの収入が欲しいのは当たり前の話である。

    今日も、投稿欄と必死に投資利益追求に励んでいるので有ろう。

    明日の事など分からずではあるが、幸いにも問題なく資産管理さえしていれば、我が人生は資金的にはなんら問題無い訳で、置かれている立場がその違いを生むので有ろう。

    其れでも、ミクロは見えてもマクロは見えないので有ろうか。

    マクロが見えていたならば、その道30年以上のその生活も、もう少し豊かにに過ごせたで有ろう。

    育ちなのか性格なのか、その貧相な性格も改善されたのかも知れない。

    まあ、何事にもガチャガチャ語っても、その薄さと説得力の無さは、その辺りが起因しているので有ろう。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館にて。

    世界

    つづく。

  • >>No. 1833

    前略

    > 前略
    >
    > 資本主義経済において、お金がすべてではないが、おおよそ9割の問題は解決できる。
    >
    > 逆に、そのお金が無いと其処から9割の問題が発生する訳で、やはりお金が必要となる。
    >
    > 悔しさに口では、お金で幸福は買えないなどと言いつつ、その9割が足りなくて、不幸な人生を歩む者が多い。
    > また、そんな者程、お金が大好きであるが、生きる姿勢が悪いのかお金には余りモテない。
    >
    > 故に、皆様そのお金の為に働いているのである。
    >
    > 観れば、サラリーマンに毛が生えたか生えない程度の者が、金融が如何の斯うのを偉そうに語っている者もいる。(自由な投稿欄)
    >
    > 誠に、恥ずかしい。
    >
    > 身の程知らずとは言え、自分の低能力を暴露しているだけである。
    >
    > もっとも、自分でもその低能力は理解はしているでは有ろう。
    >
    > やっと食いつないで来た自分の人生を努力と感謝で、褒めてやっているので有ろうか。
    >
    > 其れは大変良い事であるが、所詮自分は自分。
    >
    > 娑婆の価値観の違いが、未だ分からぬ愚か者である。
    >
    > 2017年7月6日撮影:シカゴ美術館・ポール シニャック作。
    >
    > 世界
    >
    > つづく。

  • 前略

    資本主義経済において、お金がすべてではないが、おおよそ9割の問題は解決できる。

    逆に、そのお金が無いと其処から9割の問題が発生する訳で、やはりお金が必要となる。

    悔しさに口では、お金で幸福は買えないなどと言いつつ、その9割が足りなくて、不幸な人生を歩む者が多い。
    また、そんな者程、お金が大好きであるが、生きる姿勢が悪いのかお金には余りモテない。

    故に、皆様そのお金の為に働いているのである。

    観れば、サラリーマンに毛が生えたか生えない程度の者が、金融が如何の斯うのを偉そうに語っている者もいる。(自由な投稿欄)

    誠に、恥ずかしい。

    身の程知らずとは言え、自分の低能力を暴露しているだけである。

    もっとも、自分でもその低能力は理解はしているでは有ろう。

    やっと食いつないで来た自分の人生を努力と感謝で、褒めてやっているので有ろうか。

    其れは大変良い事であるが、所詮自分は自分。

    娑婆の価値観の違いが、未だ分からぬ愚か者である。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館・ポール シニャック作。

    世界

    つづく。

  • 前略

    共に喜びを分かち合うとは言うが、此れはあくまで同じ喜びを価値とした人間同士の話である。

    今更語る事もないが、成功者同士はその成功を共に分かち合えるが、失敗者にとっては、とんでも無い話である。

    まして、この辺りの投稿欄を観れば、そんな成功者など余り見受けられない。

    日々、投資で儲けたと言う者もいない。

    それよりも、この辺りでは共に不幸のお話の方が分かち合えるのである。

    病気、離婚、倒産、多重債務、塀の向こうなどの訳あり人生が、共に不幸がわかち合える。
    そして、今日この世に存在する喜びを分かち合う事が出来様。


    何事も卒業でなくして、落第・休学・退学、が良い。
    努力と感謝では、どうにもならぬが良い。
    人生そのものが、大失敗であったが良い。

    自己慰めのつまらない悟り擬きより、駄目だった我が人生を素直に振り返り、共に喜びを分かち合えるで有ろう。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館・tea time。

    世界

    つづく。

  • 前略

    今年になって、妙に金運に恵まれている。

    特に、この時期余分なお金も必要無いのであるが、何故か入って来るのである。

    勿論、投資利益はなく、実労利益である。

    投資利益など、元々生活勘定に入れていない。
    幾ら儲けようが、幾ら損をしようが、所詮はマネーゲームである。
    株式口座残高の変化に過ぎない訳である。
    儲けても、ああ儲かったかで有ろう。
    気分が良かったか、悪かったかぐらいの差で有ろう。
    まあ、結構楽しまして頂いている事も事実。

    其れでも、よく考えれば人生みな同じ。

    瞬間の出来事であり、次の瞬間に其れが続くものでもない。

    ただ、その瞬間の出来事の結晶が今日の姿で有ろう。

    また、明日その姿も変わる事も有ろう。

    2017年7月6日撮影:シカゴ美術館・Otis Kaye 作。

    世界

    つづく。

  • >>No. 1829

    前略

    冬だと言うのに、雪では無く雨の一日である。

    この季節は、かえって雪の一日の方がのんびりしていて良い。

    今日は、特に用もなく電話の2〜3通であっが、そろそろ役員人事の季節である。

    あれやこれやと、話題は豊富である。

    皆様、来期の行方を気にするところで有ろう。

    地元にいる限り投稿欄の様な勝手な嘘やホラは吹けない訳で、まさに現実である。

    もっともよくしたもので、幾ら其れらしい嘘やホラを吹いたところで、その道に精通したのもから観れば直ぐにその可笑しさが分かって仕舞うものである。

    まあ、娑婆を甘くみてはいけない訳である。

    その底の浅さには同情はしないが、ご苦労様である。

    2017年7月5日撮影:シカゴ美術館(ジョージ・バロウズ作)

    世界


    つづく。

  • 前略

    昨年はこの季節、雪で覆われていたが、今年はその雪の姿はまったく無い。

    やはり、雪が無いと生活は楽である。

    今日は、小正月と言う事であるが、ひと昔前の様な優雅な雰囲気はまったく無い。

    成人式が15日から前倒しとなっている事も、起因いているので有ろう。

    これから2月初旬の節分あたりまでが、一番寒い時期である。

    子供の頃は、スキーにスケートと盛り上がったものである。
    特に、2月はスケート大会があり、この季節日夜練習に励んでいた。


    夏は水泳部、冬はスケート部、一年通して剣道部。
    それなりに楽しい時代であった。

    2017年1月撮影: 昨年の雪の中の別邸の庭。

    世界

    つづく。

  • 前略

    備蓄はあるにせよ、もしもこの寒空に中東からの石油がストップしたならば、まさに日本はパニックになるで有ろう。

    対策としては、先ずは自己ソーラーシステムの設置であるが、此れも諸事情により簡単には行くまい。

    ならば、リスクの高い原発に依存するのか、従来の水力や風力に依存するのか、その選択は如何にである。

    其れでも、次なるエネルギーシステムの開発は日々進行して訳で、そのうちに石油の時代も終わる日も来よう。

    その日まで、世界の平和を願うところであるが、明日の事など未定なのである。

    何事も、理想と現実のバランスである。

    無知な者程、理想を語るものであるが、単純な愚か者にならぬ様、しっかりと現実を捉えなければならない。

    昨日は、急にビーフシチューが食べたくなり、久々に洋食屋さんでの一時であった。

    古典的なビーフシチューであるが、此れがまた美味い訳で、誠に満足であった。

    2018年1月13日撮影:ビーフシチュー

    世界

    つづく。

  • 前略

    今日は、昨年ケニア・ドバイに誘った茨城の友人から電話があり、旅の思い出に大いに話が盛り上がった。

    なかなか、アフリカ・ケニアなど行けるところでもなく、誠にラッキーであったとの話であった。

    彼も、一部上場企業の社長ではあるが、流石にアフリカは初めてだった様で、既に来年は家族と共にアフリカへ行くなどと計画をたてているとの事である。

    また、明日からは米国へ出張の様である。
    今年の米国も、冬の寒波で荒れているそうである。

    本来ならば、トルコより旅行話でも投稿の予定であっ
    たが、此方は春まで静かに地元待機である。

    まあ、たまにはしっかりと休養も良かろう。

    2016年1月8日:NY・タイムズスクエアにて。

    世界

    つづく。

  • 前略

    日本列島西高東低の気圧配置とは言え、日本海側は降り続く雪に大変で有ろう。

    世界的には、サハラ砂漠にも雪が降った様で、地球的規模から申せば、何が基準になるのか定かではない。

    たかだか5千年から1万年程度の人類の歴史など、知れたものであり、その都合で創られた人類の基準も、浅はかなもので有ろう。

    一億年未来から、人類のなりを観るならば、如何なる姿にうつるので有ろうか。

    地球の地層から観れば、何ミリ何センチの世界であり、少なくも地球の歴史のほんの一部である。

    何となく、近年の人類の思い上がりに違和感を感じるところである。

    未だリセットを感じる事態でも無かろうが、その瞬間は簡単なもので有ろう。

    其れにしても、今日も楽しい一日であった。

    2018年1月10日撮影:大糸線

    世界


    つづく。

  • 前略

    何事も年が変われば初何とかになるが、取り敢えず二ヶ月ぶりにゴルフ練習場へ初打ちに行ってみた。

    入院していたので筋力低下で、打ち込みが出来るかとやや心配していたが、大きな問題もなく練習出来た。

    もっとも、全体的には距離は1割減である。
    この寒さも有ろうが、流石にドライバーは距離が落ちている。

    其れでも7番以上は、さして問題はない。
    まあ、今年も問題なくゴルフも出来るで有ろう。

    このゴルフも、元々興味のない方々には無縁で有ろうが、この辺りは出来るならば趣味程度は良かろう。

    少なくも、健康(ゴルフ運動身体上問題なし)であり、多少の余裕がないとその方向に向かない訳で、ビジネス業界では寧ろ必達で有ろう。

    其れで、投稿人生に生きている様な方々には余り必要も無かろう。

    パソコンに自転車の一台も有れば、十分で有ろう。

    入院していると、その自転車も無い訳で、究極の持ち物は、お金に携帯電話(iPad)其れにパスポートで良かろう。

    2018年1月4日撮影:ゴルフ練習場にて。、

    世界

    つづく。

  • 前略

    今年も、元旦は山梨の武田神社への初詣となった。

    つい最近までは、毎年明治神宮参拝であったが、ここ数年は武田神社となっている。

    此処に参拝すると、何故か金運が良い訳で、その縁起を大切にしている。

    今年も、新年早々株式市場は大盛り上がりで、早速5日後場売り抜けである。

    まあ、そろそろ調整も有ろう。

    もっとも、投資残高が増加しただけで、少し気分が良いだけの事である。

    お金は、使ってなんぼの世界である。

    暖かくなったら、海外も良かろう。

    2018年1月1日撮影:武田神社にて。

    世界

    つづく。

  • 前略

    昨年の写真一覧を見ていたが、1月7日は三女と孫連れで午前中は詩仙堂、下鴨神社などを散策していた。

    天候も晴天に恵まれ、割と暖かな一日であった。
    昼食は、桂の天壇で焼肉であった。

    午後は、龍安寺、金閣寺辺りに行っている。
    夕食は、四条の中華料理屋さんであった。

    夫婦二人の旅行も楽しいが、やはり孫づれの旅もまた格別で良い。

    確かに、部屋の掃除はなし、食事の準備片付けもなし。

    やはり、旅は気楽で良い。

    2017年1月7日撮影:下鴨神社にて。

    世界

    つづく。

  • >>No. 1813

    前略

    昨年の正月は、孫連れで京都であったが、今年は別邸にて静かに休養である。

    昨日は、流石に年末年始の疲れが出たせいか、寝たり起きたりの一日であった。

    当初の予定では、10日より久々のトルコ周遊の旅の予定であったが、残念ながら緊急入院にてキャンセル。

    幸いにも、キャンセル料等には問題は無かったが、やはり楽しみが一つ無くなったのは、心残りではある。

    前回は、イズミールの辺りで風邪を引き、多少体調を崩したが、誠に楽しいトルコであった。

    ギリシャ・イタリア・エジプト・トルコとその辺りを旅してみたが、やはりトルコは深い。

    現在の世界歴史からは、多少外されている様なところはあるが、やはりその栄光の歴史は世界一で有ろう。

    特に、カッパドキア辺りに行けば、キリスト教派の迫害された苦悩の歴史があり、歴史は勝者によって書かれたとの事が、よく理解出来るものである。

    とかく現代は、西側(米国)よりの情報での世界。

    ある意味、騙されていると言えば、騙されているところも大いに有ろう。

    古きを訪ね、新しきを知る。

    まあ、そんなところで有ろう。

    5日の午後は、所用で信州高遠まで行ってきたが、南アルプスが綺麗であった。

    2018年1月5日撮影:信州高遠城址より。

    世界

    つづく。

  • 前略

    昨日から久し振りに別邸の方にいるが、自宅も良いが此方もまた良い。

    生活感のないところが良い訳で、近所の温泉などに行き、これまたゆっくりと過ごしている。

    今日は、客人がみえると言う事で、茶の用意などで多少朝から忙しい。

    正月なので、多少は正月らしく歓迎である。

    家に帰ると日常話題が豊富なのか、投稿欄への興味もやや薄れる訳で、やはり病院生活の様にあまり楽しみが無いと、投稿欄生活になるので有ろうか。

    まあ、此れも人の心で有ろう。

    2017年1月4日撮影:今日の茶菓子。

    世界

    つづく。

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