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No.156
アホな邪馬臺国江津狂(嗤)
2013/04/09 06:27
見渡せば花【君臨者】も紅葉【統治者】も無かりけり
浦の苫屋【ウラルトゥ王国→ 投馬国(とまや ←逆さまから読む倒語)】の
秋【●蘇我大王家(秋)】の夕暮【没落】
、、藤原定家(に仮託・『小倉百人一首』)
『君が代』の鍾乳洞は宝島(トカラ列島) 謳われて居り「苔の結すまで」と
、、銀河 秋彩
『君が代』に2番があったという話ですが、
明治14年、文部省音楽取調掛発行の音楽教科書『小學唱歌集初編』記載の『君が代』は
1番:君が代は ち よにやちよに さざれいしの 巌となりて こけのむすまで
うごきなく 常盤(ときは)かきはに かぎりもあらじ
2番:君が代は 千尋(ちひろ)の底の さざれいしの 鵜のゐる磯と あらはるゝまで
かぎりなき みよの栄を ほぎたてまつる -
No.184565
Re: 投馬国は妻地域の可能性が高い
2013/04/10 09:38
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No.5973
「邪馬壹(やまい)国」と、臺与の「邪馬臺(やまと)国」
2013/05/25 05:38
【▲矛圏】君臨者・卑弥呼(▲物部氏)と統治者・司馬懿の「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」。
都は北に位置する、不彌国(ふみま)吉野ヶ里。
【●鏡圏】君臨者・臺与(●蘇我氏)の「邪馬臺(やまと)国・トカラ列島の宝島」。
「君が代」の歌になった、臺与(●姫姓蘇我氏)の
「投馬国(とまや ←逆さまから読む倒語)⇒ 邪馬臺(→ やまと)国」
トカラ列島の宝島・観音堂大鍾乳洞 -
No.5974
Re: 「邪馬壹(やまい)国」と、臺与の「邪馬臺(やまと)国」
2013/05/25 05:55
>>No. 5973
見渡せば花【君臨者】も紅葉【統治者】もなかりけり
浦の苫屋【投馬国】の秋【蘇我大王家】の夕暮【没落】 藤原定家
【●鏡圏(蘇我氏)】君臨者・臺与(とよ)の
「投馬国(とまや←)」は、(逆様から読む)倒語の
「邪馬臺(→やまと)国・トカラ列島の宝島」である。
【西暦248年9月の日の出時の日食(天照大神=臺与→豊の出現)】
「君が代」の鍾乳洞は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%BE%E4%B9%B3%E7%9F%B3
⇒ 斉明太上天皇(宝皇女)の御所ケ浦島(比良の宮)
⇒ 推古太上天皇(額田王)の京都郡香春。 -
No.15788
人麻呂公、時世の歌「鴨山の岩根し枕ける我をかも~」
2013/05/25 14:42
和歌を知らぬ糞馬鹿虫は、無知よのう。(嗤)
(奸臣・藤原南家仲麻呂謀反に依り)柿本朝臣人麻呂【聖武太上天皇】、
石見の国に在りて死に臨む時に、自ら傷みて作る歌一首
鴨山【隠岐の島加茂歌木】の岩根し枕ける【倭根子(やまとねこ)の皇統を枕に】
我をかも
知らにと妹【(桜児)持統太上天皇】が待ちつつあるらむ (巻2・223)
柿本朝臣人麻呂が死にし時に、
妻依羅娘子【伊良虞娘・桜児(持統太上天皇)】が作る歌二首
今日今日と我が待つ君は石川の峡(貝)に 一には「★谷に」といふ
交りてありといはずやも (巻2・224)
直に逢はば逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ (巻2・225)
注)石川の峡(貝)に 一には「★谷に」とは、
京都郡香春の【石川陵(河内王陵)】の事。 -
No.15789
【降る雪の】
2013/05/25 14:56
共通語句【降る雪の】を使用した、
次代の藤原北家王朝(雪)の祖・房前を寿ぐ歌(冬相聞)
(天平宝字)三年の春の正月の一日に、因幡の国の国庁にして、
饗を国郡の司等に賜ふ宴の歌
新しき年の始めの初春の今日【降る雪の】いやしけ寿詞(よごと) 『万葉集』最終歌
右の一首は、守大伴宿禰家持【(借名の)聖武太上天皇】作る。
藤皇后、(聖武太上)天皇に奉る御歌一首
【裏意(真意)訳】
【聖武太上天皇、貴方と二人で、次代の藤原(北家)王朝を寿ぐ事が出来れば良かったのに……】 -
No.15790
揶揄
2013/05/25 15:45
「犬」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】
「亀」の揶揄⇒【◆藤原氏(冬)】……浦島太郎(人麻呂公の揶揄)を助けた藤原氏
「猪」の揶揄⇒【▲鳩派物部氏孝徳系(夏)】
「猿」の揶揄⇒【▼鷹派物部氏天武系(夏)】
夕(ゆふ)されば、小倉(をぐら)の山に、伏(ふ)す鹿(しか・藤原鎌足)の、
今夜(こよひ)は鳴かず、寐(い)ねにけらしも
もちろん、鳥獣戯画の動物も、揶揄されている。
樹木や草花の揶揄
「松」の揶揄⇒【▲鳩派&▼鷹派、物部氏(夏)】
「竹」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】
「梅」の揶揄⇒【◆藤原氏(冬)】
「菊」の揶揄⇒【■天智系大伴氏(春)】
花札も、揶揄されている。
この世をばわが世とぞ思ふ望月【統治者(左大臣・道長の権勢)】の
欠けたることのなしと思へば 道長 -
No.15792
●「犬も食わない」
2013/05/26 11:13
「犬」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】
●「犬も食わない」の揶揄は、【蘇我氏(秋)も相手にしない】程の意味である。(笑)
こんな事もわからないアホめ!
大笑いじゃ! -
No.15794
和歌と短歌、俳諧と俳句の違い
2013/05/26 11:26
【裏意(真意)】を伴った、和歌(文学)から俳諧(文学)が生まれているが、
短歌(文芸)や俳句(文芸)には、【裏意(真意)】が無い。
それが、(文学の)和歌や俳諧と、
(文芸の)短歌や俳句との、【最も大きな差】である。
寓意の無い文芸である明治以降の短歌や俳句と、
江戸時代までの文学である和歌や俳諧は、
比べるべくも無いのである。
それらが判らずに、糞理屈、屁理屈を述べる奴は、アホである。(嗤) -
No.15795
【素春 応ふ 句 発ず・・・。】
2013/05/26 11:31
上記の【素春 応ふ 句 発ず・・・。】は、俳諧では無い!
単なる言葉にしか過ぎぬ。(笑) -
No.15796
「我輩は猫である」・夏目漱石
2013/05/26 11:38
明治になると、例えば、「春の小川♪」は、
巻三・三三ニ 天智系(春)大伴旅人【象の小川】を揶揄したものだし、
「夏は来ぬ♪」も、【天皇家は、物部系(夏)になった】揶揄だし、
夏目漱石も、『我輩は猫である』の冒頭も、
「我輩(わがはい)は猫である。名前【漢風諡号】はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。~」の
「猫」=【(倭根子・やまとねこの)(明治)天皇】だと気づけば、面白い。
嘘か本当かは知らないが、一説に依ると、
奸臣・伊藤博文の担いだ明治天皇は、高杉晋作の奇兵隊の隊員・大室寅之祐(南朝)だとか。
また、漱石はこうも言っている。
「世の中には実態とかけ離れた皮肉な名前があるもので、新聞紙面で最近よく見かける」 -
No.820
味噌糞一緒の朝倉源太郎(嗤)
2013/05/26 12:04
雄略天皇は、大津皇子(聖徳太子&人麻呂公)、その姉は太伯(明日香)皇女。
二人とも、【推古太上天皇と弘文天皇の子】である。
依って、雄略と太伯(明日香)皇女は、対峙しない。
雄略(摂政太政大臣)が、太伯(明日香)皇女に即位を進めたが、
雄略在位中は、首を縦に振らなかったのである。 -
2013/05/26 13:33
【▲矛圏】「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」は、
周(→ 斉)の古公亶父・太公望の(傍流)太伯後の、
また、呉王夫差の後裔の、卑弥呼を共立した国。
「分裂した姫氏の片方の阿毎(→ 安倍)氏」が中心の▲物部氏(夏)。
不彌国(ふみま)・吉野ヶ里に、
(ガラス管と剣が副葬の)1002号墳」径百歩の卑弥呼の墓がある。
「殉葬する者百余人」の殉葬者が甕棺に葬られている。
箸墓古墳には、 ある筈の兵用矛の出土が無い。
即ち、卑弥呼の径百歩の墓ではない。大きすぎる
前方後円墳の形状は、卑弥呼の墓では無い。
「殉葬する者百余人」の殉葬者が居ない。
【●鏡圏】「邪馬臺(やまと)国」は、魏の曹芳(斉王芳)が支持した、
周の古公亶父・太公望の(本流)姫氏が再び合流して
「紀(→ 蘇我)氏(秋)臺与」を称した蘇我氏(秋)の国。
トカラ列島の宝島が、臺与の邪馬臺(やまと)国。
君が代は千代に八千代に細石の磐をと成りて苔の結すまで・「君が代」の、
《トカラ列島の宝島・会稽東冶之東》には、「観音堂大鍾乳洞」がある。
http://www.youtube.com/watch?v=vgMGzziMQ8Q -
No.654
我が国は本来、【女王君臨国】
2013/05/26 14:45
明治時代に、奸臣・伊藤博文が、偽明治天皇・大室寅之祐を担いだのだ。
邪馬壹(やまい)国▲物部氏
&邪馬臺(やまと)国●蘇我氏も、女王君臨国。
花鳥風月の、
「花」=【太上天皇(女王)】、
花【君臨者】の色はうつりにけりないたづらに
わが★御代にふるながめせし間に 小野小町(太上天皇)
「鳥」=【統治者(天皇・男性)】、
鳥【統治者(有間皇子)】となりて(鳥翔成)あり通ひつつ見らめども
人こそ知らめ松【物部氏】は知るらむ (巻2・145)
「風」=【太上天皇(女王)】、
君待つと吾が恋ひ居れば吾がやどの簾動かし秋【蘇我大王家】の風【君臨者】吹く
、、額田王【娘・大田(十市)皇女】(巻4・491)
「月」=【天皇(男性)】。
この世をばわが世とぞ思ふ望月【統治者(の権勢)】の欠けたることのなしと思へば
左大臣・道長 -
No.15798
邪馬壹(やまい)国と邪馬臺(やまと)国
2013/05/27 01:25
【▲矛圏】卑弥呼▲物部氏の「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」は、
周(→ 斉)の古公亶父・太公望の(傍流)太伯後の、
また、呉王夫差の後裔の、卑弥呼を共立した国。
「分裂した姫氏の片方の阿毎(→ 安倍)氏」が中心の▲物部氏(夏)。
不彌国(ふみま)・吉野ヶ里に、
(ガラス管と剣が副葬の)1002号墳」径百歩の卑弥呼の墓がある。
「殉葬する者百余人」の殉葬者が甕棺に葬られている。
箸墓古墳には、 ある筈の兵用矛の出土が無い。
即ち、卑弥呼の径百歩の墓ではない。大きすぎる
前方後円墳の形状は、卑弥呼の墓では無い。
「殉葬する者百余人」の殉葬者が居ない。
【●鏡圏】臺与●蘇我氏の「邪馬臺(やまと)国」は、
魏の曹芳(斉王芳)が支持した、
周の古公亶父・太公望の(本流)姫氏が再び合流して
「紀(→ 蘇我)氏(秋)臺与」を称した蘇我氏(秋)の国。
「トカラ列島の宝島」が、【臺与の邪馬臺(やまと)国】。
君が代は千代に八千代に細石の磐をと成りて苔の結すまで・「君が代」の、
《トカラ列島の宝島・会稽東冶之東》には、「観音堂大鍾乳洞」がある。
http://www.youtube.com/watch?v=vgMGzziMQ8Q -
No.243
始祖天皇・神武東征は、皇統の始祖・聖武太上天皇東遷の事
2013/05/27 12:33
大分の京都郡香春に居た聖武太上天皇は、
百官の希望通り、畿内奈良へ東遷した。 -
2013/05/27 12:42
天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ
右の一首は、柿本朝臣人麻呂【筆名の雄略&聖武天皇】が歌集に出づ
【寓喩】天の海=大海人皇子(天武・倭王多利思比孤)、雲=【藤原系】、
月の舟=【(天武の)棺】、星=【豪族】、林(速日=ニギハヤヒ)
【寓意】大海人皇子(物部系)が藤原系と蘇我系に波を立て、遂にあの世へ行ってしまったが、
豪族・ニギハヤヒ(星の林・石上布留=物部氏)の中に隠れて解らなくなってしまった。
【高松塚古墳の被葬者は「天武(崇峻)」、葬者は「大津皇子(聖徳太子)」である。】
崇峻(天武)天皇を弑逆した聖徳太子は、即位して雄略天皇(人麻呂公)。

>邪馬壹国の位置は「魏志・倭人…
2013/02/21 13:19
>邪馬壹国の位置は「魏志・倭人伝」に記されている行程記事に明確に記されています。コノ行程記事を正しく、解析スルには行程記事解析の”心得”が必要です。<
nas*_8*42*02 はアホだ!
間違った行程を述べておる。(嗤)