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投稿コメント一覧 (11467コメント)

  • >邪馬壹国の位置は「魏志・倭人伝」に記されている行程記事に明確に記されています。コノ行程記事を正しく、解析スルには行程記事解析の”心得”が必要です。<

    nas*_8*42*02 はアホだ!
    間違った行程を述べておる。(嗤)

  • 見渡せば花【君臨者】も紅葉【統治者】も無かりけり
    浦の苫屋【ウラルトゥ王国→ 投馬国(とまや ←逆さまから読む倒語)】の
    秋【●蘇我大王家(秋)】の夕暮【没落】
    、、藤原定家(に仮託・『小倉百人一首』)
    『君が代』の鍾乳洞は宝島(トカラ列島) 謳われて居り「苔の結すまで」と
    、、銀河 秋彩
    『君が代』に2番があったという話ですが、
    明治14年、文部省音楽取調掛発行の音楽教科書『小學唱歌集初編』記載の『君が代』は
    1番:君が代は ち よにやちよに さざれいしの 巌となりて こけのむすまで
     うごきなく 常盤(ときは)かきはに かぎりもあらじ
    2番:君が代は 千尋(ちひろ)の底の さざれいしの 鵜のゐる磯と あらはるゝまで
     かぎりなき みよの栄を ほぎたてまつる

  • >>No. 184560

    上記は、間違っている。
    伊都国(いづら・佐賀県小城市牛津町)から
    水行二十日南下の、臺与(とよ)の「投馬國(とまや← 逆さまから読む倒語)」は、
    【トカラ列島の宝島】。

  • 【▲矛圏】君臨者・卑弥呼(▲物部氏)と統治者・司馬懿の「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」。
    都は北に位置する、不彌国(ふみま)吉野ヶ里。

    【●鏡圏】君臨者・臺与(●蘇我氏)の「邪馬臺(やまと)国・トカラ列島の宝島」。
      「君が代」の歌になった、臺与(●姫姓蘇我氏)の
      「投馬国(とまや ←逆さまから読む倒語)⇒ 邪馬臺(→ やまと)国」
      トカラ列島の宝島・観音堂大鍾乳洞

  • >>No. 5973

    見渡せば花【君臨者】も紅葉【統治者】もなかりけり
    浦の苫屋【投馬国】の秋【蘇我大王家】の夕暮【没落】 藤原定家

    【●鏡圏(蘇我氏)】君臨者・臺与(とよ)の
    「投馬国(とまや←)」は、(逆様から読む)倒語の
    「邪馬臺(→やまと)国・トカラ列島の宝島」である。
    【西暦248年9月の日の出時の日食(天照大神=臺与→豊の出現)】
    「君が代」の鍾乳洞は、
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%BE%E4%B9%B3%E7%9F%B3
    ⇒ 斉明太上天皇(宝皇女)の御所ケ浦島(比良の宮)
    ⇒ 推古太上天皇(額田王)の京都郡香春。

  • 和歌を知らぬ糞馬鹿虫は、無知よのう。(嗤)

    (奸臣・藤原南家仲麻呂謀反に依り)柿本朝臣人麻呂【聖武太上天皇】、
    石見の国に在りて死に臨む時に、自ら傷みて作る歌一首
    鴨山【隠岐の島加茂歌木】の岩根し枕ける【倭根子(やまとねこ)の皇統を枕に】
    我をかも
    知らにと妹【(桜児)持統太上天皇】が待ちつつあるらむ (巻2・223)

    柿本朝臣人麻呂が死にし時に、
    妻依羅娘子【伊良虞娘・桜児(持統太上天皇)】が作る歌二首
    今日今日と我が待つ君は石川の峡(貝)に 一には「★谷に」といふ
     交りてありといはずやも (巻2・224)
    直に逢はば逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ (巻2・225)

    注)石川の峡(貝)に 一には「★谷に」とは、
    京都郡香春の【石川陵(河内王陵)】の事。

  • 共通語句【降る雪の】を使用した、
    次代の藤原北家王朝(雪)の祖・房前を寿ぐ歌(冬相聞)
    (天平宝字)三年の春の正月の一日に、因幡の国の国庁にして、
    饗を国郡の司等に賜ふ宴の歌
    新しき年の始めの初春の今日【降る雪の】いやしけ寿詞(よごと) 『万葉集』最終歌 
       右の一首は、守大伴宿禰家持【(借名の)聖武太上天皇】作る。
       藤皇后、(聖武太上)天皇に奉る御歌一首
      【裏意(真意)訳】
    【聖武太上天皇、貴方と二人で、次代の藤原(北家)王朝を寿ぐ事が出来れば良かったのに……】

  • No.15790

    揶揄

    2013/05/25 15:45

    「犬」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】
    「亀」の揶揄⇒【◆藤原氏(冬)】……浦島太郎(人麻呂公の揶揄)を助けた藤原氏
    「猪」の揶揄⇒【▲鳩派物部氏孝徳系(夏)】
    「猿」の揶揄⇒【▼鷹派物部氏天武系(夏)】
    夕(ゆふ)されば、小倉(をぐら)の山に、伏(ふ)す鹿(しか・藤原鎌足)の、
    今夜(こよひ)は鳴かず、寐(い)ねにけらしも
    もちろん、鳥獣戯画の動物も、揶揄されている。

    樹木や草花の揶揄
    「松」の揶揄⇒【▲鳩派&▼鷹派、物部氏(夏)】
    「竹」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】
    「梅」の揶揄⇒【◆藤原氏(冬)】
    「菊」の揶揄⇒【■天智系大伴氏(春)】

    花札も、揶揄されている。
    この世をばわが世とぞ思ふ望月【統治者(左大臣・道長の権勢)】の
    欠けたることのなしと思へば 道長

  • ええかげんに、知ったかぶりは止めなさい!(嗤)

  • 「犬」の揶揄⇒【●蘇我氏(秋)】

    ●「犬も食わない」の揶揄は、【蘇我氏(秋)も相手にしない】程の意味である。(笑)
    こんな事もわからないアホめ!
    大笑いじゃ!

  • 【裏意(真意)】を伴った、和歌(文学)から俳諧(文学)が生まれているが、
    短歌(文芸)や俳句(文芸)には、【裏意(真意)】が無い。

    それが、(文学の)和歌や俳諧と、
    (文芸の)短歌や俳句との、【最も大きな差】である。
    寓意の無い文芸である明治以降の短歌や俳句と、
    江戸時代までの文学である和歌や俳諧は、
    比べるべくも無いのである。

    それらが判らずに、糞理屈、屁理屈を述べる奴は、アホである。(嗤)

  • 上記の【素春 応ふ 句 発ず・・・。】は、俳諧では無い!
    単なる言葉にしか過ぎぬ。(笑)

  • 明治になると、例えば、「春の小川♪」は、
    巻三・三三ニ 天智系(春)大伴旅人【象の小川】を揶揄したものだし、
    「夏は来ぬ♪」も、【天皇家は、物部系(夏)になった】揶揄だし、
    夏目漱石も、『我輩は猫である』の冒頭も、
    「我輩(わがはい)は猫である。名前【漢風諡号】はまだ無い。
    どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。~」の
    「猫」=【(倭根子・やまとねこの)(明治)天皇】だと気づけば、面白い。
    嘘か本当かは知らないが、一説に依ると、
    奸臣・伊藤博文の担いだ明治天皇は、高杉晋作の奇兵隊の隊員・大室寅之祐(南朝)だとか。

    また、漱石はこうも言っている。
    「世の中には実態とかけ離れた皮肉な名前があるもので、新聞紙面で最近よく見かける」

  • 雄略天皇は、大津皇子(聖徳太子&人麻呂公)、その姉は太伯(明日香)皇女。
    二人とも、【推古太上天皇と弘文天皇の子】である。
    依って、雄略と太伯(明日香)皇女は、対峙しない。
    雄略(摂政太政大臣)が、太伯(明日香)皇女に即位を進めたが、
    雄略在位中は、首を縦に振らなかったのである。

  • 【▲矛圏】「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」は、
    周(→ 斉)の古公亶父・太公望の(傍流)太伯後の、
    また、呉王夫差の後裔の、卑弥呼を共立した国。
    「分裂した姫氏の片方の阿毎(→ 安倍)氏」が中心の▲物部氏(夏)。
    不彌国(ふみま)・吉野ヶ里に、
    (ガラス管と剣が副葬の)1002号墳」径百歩の卑弥呼の墓がある。
    「殉葬する者百余人」の殉葬者が甕棺に葬られている。

    箸墓古墳には、 ある筈の兵用矛の出土が無い。
    即ち、卑弥呼の径百歩の墓ではない。大きすぎる
    前方後円墳の形状は、卑弥呼の墓では無い。
    「殉葬する者百余人」の殉葬者が居ない。

    【●鏡圏】「邪馬臺(やまと)国」は、魏の曹芳(斉王芳)が支持した、
    周の古公亶父・太公望の(本流)姫氏が再び合流して
    「紀(→ 蘇我)氏(秋)臺与」を称した蘇我氏(秋)の国。
    トカラ列島の宝島が、臺与の邪馬臺(やまと)国。
    君が代は千代に八千代に細石の磐をと成りて苔の結すまで・「君が代」の、
    《トカラ列島の宝島・会稽東冶之東》には、「観音堂大鍾乳洞」がある。
    http://www.youtube.com/watch?v=vgMGzziMQ8Q

  • 明治時代に、奸臣・伊藤博文が、偽明治天皇・大室寅之祐を担いだのだ。

    邪馬壹(やまい)国▲物部氏
    &邪馬臺(やまと)国●蘇我氏も、女王君臨国。
    花鳥風月の、
    「花」=【太上天皇(女王)】、
    花【君臨者】の色はうつりにけりないたづらに
    わが★御代にふるながめせし間に 小野小町(太上天皇)
    「鳥」=【統治者(天皇・男性)】、
    鳥【統治者(有間皇子)】となりて(鳥翔成)あり通ひつつ見らめども
    人こそ知らめ松【物部氏】は知るらむ (巻2・145)
    「風」=【太上天皇(女王)】、
    君待つと吾が恋ひ居れば吾がやどの簾動かし秋【蘇我大王家】の風【君臨者】吹く
    、、額田王【娘・大田(十市)皇女】(巻4・491)
    「月」=【天皇(男性)】。
    この世をばわが世とぞ思ふ望月【統治者(の権勢)】の欠けたることのなしと思へば
     左大臣・道長

  • 【▲矛圏】卑弥呼▲物部氏の「邪馬壹(やまい)国・筑紫平野」は、
    周(→ 斉)の古公亶父・太公望の(傍流)太伯後の、
    また、呉王夫差の後裔の、卑弥呼を共立した国。
    「分裂した姫氏の片方の阿毎(→ 安倍)氏」が中心の▲物部氏(夏)。
    不彌国(ふみま)・吉野ヶ里に、
    (ガラス管と剣が副葬の)1002号墳」径百歩の卑弥呼の墓がある。
    「殉葬する者百余人」の殉葬者が甕棺に葬られている。

    箸墓古墳には、 ある筈の兵用矛の出土が無い。
    即ち、卑弥呼の径百歩の墓ではない。大きすぎる
    前方後円墳の形状は、卑弥呼の墓では無い。
    「殉葬する者百余人」の殉葬者が居ない。

    【●鏡圏】臺与●蘇我氏の「邪馬臺(やまと)国」は、
    魏の曹芳(斉王芳)が支持した、
    周の古公亶父・太公望の(本流)姫氏が再び合流して
    「紀(→ 蘇我)氏(秋)臺与」を称した蘇我氏(秋)の国。
    「トカラ列島の宝島」が、【臺与の邪馬臺(やまと)国】。
    君が代は千代に八千代に細石の磐をと成りて苔の結すまで・「君が代」の、
    《トカラ列島の宝島・会稽東冶之東》には、「観音堂大鍾乳洞」がある。
    http://www.youtube.com/watch?v=vgMGzziMQ8Q

  • 和歌を知らない糞馬鹿虫の迷言!(嗤)

  • 大分の京都郡香春に居た聖武太上天皇は、
    百官の希望通り、畿内奈良へ東遷した。

  • 天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ
      右の一首は、柿本朝臣人麻呂【筆名の雄略&聖武天皇】が歌集に出づ

    【寓喩】天の海=大海人皇子(天武・倭王多利思比孤)、雲=【藤原系】、
        月の舟=【(天武の)棺】、星=【豪族】、林(速日=ニギハヤヒ)
    【寓意】大海人皇子(物部系)が藤原系と蘇我系に波を立て、遂にあの世へ行ってしまったが、
    豪族・ニギハヤヒ(星の林・石上布留=物部氏)の中に隠れて解らなくなってしまった。
    【高松塚古墳の被葬者は「天武(崇峻)」、葬者は「大津皇子(聖徳太子)」である。】

    崇峻(天武)天皇を弑逆した聖徳太子は、即位して雄略天皇(人麻呂公)。

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