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No.42931
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/21 21:27
>>No. 42926
六道輪廻の解脱なくして輪廻転生はないでしょう、釈迦が法華経説いたのではなくて釈迦牟尼世尊が説いたのが法華経だよ、そして死ぬまで受事し離さないのが条件だよ。一時一句間違えずにだよ。
だから日蓮は変えました、南無如・・・とね。日蓮マントラだよ。
**********
六道輪廻の解脱なくして輪廻転生はないでしょうとはどういうことかわかりませんが? 解脱できない者は六道輪廻を繰り返す。 六道輪廻からの脱を求めるのが仏教だよね。
諸仏救世者 大神通に住して 衆生を悦ばしめんが為の故に 無量の神力を現じたもう 舌 相梵天に至り 身より無数の光を放って ... 無量の菩薩をして 畢竟して一乗に住せしめん 是の故に智あらん者 此の功徳の利を聞いて 我が滅度の後に於て 斯の経を受持すべし
一字一句間違えないでとは、どこから出てきた文なの?
日蓮が変えたではないよ。 日蓮以前でも南無妙法蓮華経は唱えられていたが、末法の修行法として自分だけでなく他にも益がある題目を唱えた。妙法蓮華経を信じる題目は釈迦牟尼世尊の正悟の法でもある。
善哉善哉、釈迦牟尼世尊、 能(よ)く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法蓮華経を以って大衆の為に説きたもう。 是の如し、是の如し。釈迦牟尼世尊所説の如きは皆是れ真実なり
過去仏の象徴である多宝塔の中にあって多宝如来の上座に座し二仏並座の釈迦牟尼世尊とは、自身が単独の存在でなくて過去仏の伝統を負う仏であり、過去仏の救済の働きが、現在の時点において釈尊の身に生かされるということを示している。 -
No.42932
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/21 22:56
>>No. 42923
大慈悲を頂けていると感じれるのも共有ですが、その先の共有、つまり共鳴になっていきます。
仏教というのは、飢えた虎に我が身を差し出しても輪廻転生するとの事。
解脱ではないらしい。
他人も自分も仏も一体。全てを共有していけば菩薩界を自由に動ける身なのでしょう。
お経は菩薩道をする身として読む習慣があるのですが、法華経は菩薩道を行く人間にとって最も良き手本なのではないでしょうか?
**********
共鳴ですか、なるほどという感じですね。 仏様とのサイクルの振動が一致 仏様の働きを信じきって、全てをお任せする、南無にはそのものになるとか対象と一つになるという意味もあるようです。全てをお任せするという事は仏様との融合同体となる。 これが仏と衆生との互具の一念三千の法門です。 法の為に命をかける人は少ないですが、日蓮以来、法華の行者には在家の者であっても、命を取られてもかまわないという者がでてきます。経典に、そのように説かれているからなのでしょう。 解脱とは生死にとらわれない自由な境地に到る事かな。
万物の生命は一瞬たりとも静止しているものはなく絶えず変化し、生死生死生死生死を繰り返しながら常住している。人間の生命も例外なく生死、生死、生死を繰り返しながら、宇宙と共に常住しているのが諸法実相なのでしょう。 -
No.42934
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/22 04:19
>>No. 42933
土曜日に石巻等の被災地に25名で行きます、題目で犠牲者の冥福と復興への祈願をし、お寺や仮設住宅等に慰問する予定です。 日曜日には松島の観光と瑞巌寺に参拝予定。 3度程松島には行った事があるが、今回は複雑な心境ですが、今は多くの人が来てくれるのが、早い復興につながるとの事のようなので、頑張ってきます。 瑞巌寺は宗派は違いますが、題目で参拝します。
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No.42936
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/22 06:27
>>No. 42935
臨済宗妙心寺派も脱原発です。
「知足」として、節電、節水、節油を掲げています。
日蓮宗のお題目そのままでの参拝は最も適切かと思います。拠り所となる経典もご本尊様も決めてない宗派ですから、日蓮宗のお寺さんで参拝するのと全て同じでいいはずです。
東北にある日蓮宗のお寺さんは100kgのお米をいつも備蓄されていたそうですね?。
釜戸も現役だったそうで、お寺に辿り着いた人達は皆っちゃんとご飯が食べれたとのこと。
皆さん自然にお寺へ救いを求めるのですよね。
お坊様だけでなく、信者の人間が皆で一緒に顔を出しに行かれる事こそ、本当に心強いかと思います。
頑張って来て下さいネ。
***********
はい、宗は違っても気持ちは同じ エンヤトット エンヤトット ♪ -
No.42939
Re: ハトさんへ
2012/11/22 08:33
>>No. 42937
>人間の欲で退化しつづけているのが仏法なんでしょう。
"仏法が退化する?
何を言うか、馬鹿たれが。苦笑
全ての物は変化し続ける。 もの事は時代にそって進化していくのが普通だが、仏が真理を語ってから、後代になると素直に見ようともしないものが、増えてしまった為、垢で真理がみえづらくなり退化し続けているのが仏教だと思うね。 かわのせせらぎの声を聞いて仏の説法と思えるような人がどれくらいいるのだろうか? -
No.42941
Re: ハトさんへ
2012/11/22 14:20
>>No. 42940
>全ての物は変化し続ける。 もの事は時代にそって進化していくのが普通だが、仏が真理を語ってから、後代になると素直に見ようともしないものが、増えてしまった為、垢で真理がみえづらくなり退化し続けているのが仏教だと思うね。 かわのせせらぎの声を聞いて仏の説法と思えるような人がどれくらいいるのだろうか?
”馬鹿たれ、それはお前の日蓮教だろ。
苦笑
○○クラ教は法華経と日蓮が大嫌いだから、 馬鹿たれと言われても、しかたがないか ♪
衆生のこころ けがるれば土(ど)もけがれ、心清ければ土も清しとして、浄土といい穢土(えど)というも 土に二つの隔てなし。ただ我等が心の善悪によると見えたり
この世界は苦ばかりだとしか見れない者には、かわのせせらぎの声もお釈迦様の常住の浄土がわからない。
心が柔和で素直な者は、私(お釈迦様)がいつでもこの世に居て、教えを説いていることがわかるのである。私は、時にはこういう者の為に仏の生命は限りないということを説くのである。
しかし、久しい時を経てやっと仏にまみえることができた人に対しては、仏に逢って仏の教えを聴くということはいかに難しいかを説く。私(お釈迦様)の智慧はこのように自由自在である。私の智慧の光が無限に照り輝き、
私の寿命が無数劫の永きにわたるのは、私が久しいあいだ善業を積んで得た結果にほかならない。真に智慧のある者はこれを疑ってはならない。
霊山とは、お釈迦様が永遠にお住まいになられている浄土。そこでは常に法華経が説かれ、諸佛諸菩薩諸天善神が集まられるところです。
日蓮は佐渡から許され、寺を与えると言われても、それをけって、雪深い深山の身延山に入り九か年妙法を唱えられた霊山の山。 今も昔もかわらず 風の音も揺れる草木の音も、川の流れの音もすべて妙法の声が流れる。 -
No.1446
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/22 16:15
>>No. 1444
>だから 日興公家に奏し武家に訴えて云く。
日蓮聖人は忝くも上行菩薩の再誕にして本門弘経の大権なり 宗祖を上行菩薩としか見ていないのが、日興なんだよ。♪
”君の愚かさは、大聖人の法門の甚深の義を説かれた御書と、時の権力者への公式文書である奏状とが分別できないところ。
ははは、大聖人の法門の甚深の義を説いた御書って、インチキ相伝書だけ日興は公家に奏し武家に訴えて門弟達にも嘘を教えた、間抜けな弟子だとするのが、日寛池田教(笑う -
No.1447
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/22 16:45
>>No. 1445
>>「日興が身に宛て給わる」とは、この御本尊を日興上人が相伝されたということだよ。だから、次は日目上人に相伝されたのだよ ”
>宗祖から日興に相伝されたのなら、日興の名が無ければおかしい。
”日興上人個人に与えられた本尊でなく、末法万年にわたる、世界の衆生の為の一閻浮提総在の戒壇の大御本尊を付属されたということだよ。
日興が身に宛て給わった本尊っていうのだろ、誰が身に宛て給わった頂いた本尊なのだ。 後世の日有あたりがまねて板に彫ったんだろうね。そのようないい加減な板きれで騒ぐのはカルト狂信者だろうね。♪
一、上の如く一同に此の本尊を忽緒し奉るの間・或は曼荼羅なりと云つて死人を覆うて葬る輩も有り。或は又沽却する族も有り。此くの如く軽賤する間・多分は失せ畢んぬ。
日興が云く、此の御本尊は是れ一閻浮提に未だ流布せず。正像末に未だ弘通せざる本尊なり。然れば則ち日興門徒の所持の輩に於ては左右無く子孫にも譲り、弟子等にも付嘱すべからず。同一所に安置し奉り、六人一同に守護し奉るべし。是れ偏に広宣流布の時・本化国主御尋ね有らん期まで深く敬重し奉るべし。
これを読むと宗祖は特別な本尊なんて書いてはいないという事がわかる。
日興門徒の所持の輩に於ては左右無くなんだがね。 とうぜん富士門流以外に書かれた本尊も特別扱いなんてしていない。 インチキ板きれで騒ぐがニセ教祖大作君(笑う
隠すもなにも、大聖人の居られた身延久遠寺にあったのだろう。
”日興上人が身延を離山された時に持ち出されたのだろう。
文禄、慶長年間に身延派の坊さんが書いたものとされる「当家諸門流継図の事」に「日興上人が板本尊と御影像を盗んで身延から逃げ出した」と悪口をいっているよ。 ”
おかしいね。 原殿御返事からは、身延にはそのような本尊はない、 鎌倉時代の富士門流の書にも皆無♪ お前馬鹿だね。 日興は泥棒をしたのかい、だいたい当時は身延には御影像なんて無いよ。
一、聖人御影像の事。
或は五人と云い、或は在家と云い、絵像・木像に図し奉る事、在在所所に其の数を知らず。而るに面面不同なり。
爰に日興が云く、御影を図する所詮は後代に知らしめん為なり。是に付け、非に付け、有りの儘に図し奉るべきなり。之に依つて日興門徒の在家出家の輩・聖人を見奉る仁等・一同に評議して其の年月図し奉る所なり。全体異らずと雖も大概麁相に之を図す。仍つて裏に書き付けを成すなり。但し彼の面面の図像一も相似ざる中に去る正和二年日順図絵の本有り。相似の分なけれども自余の像よりも少し面影有り。而る間・後輩に是非を弁ぜしめんが為裏書に不似と之を付け置く。
富士門流の日興の弟子の日順が正和二年図絵したのが、富士門流では最初ではないのけ(嗤う
>>「日蓮聖人御出世の本懐」が「南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来」とは、具体的にどういうことなんだ?
>日興の書からだよ。(笑う
”そうでなく、どういう意味だと聞いているのだよ。訳の分からない言い分だから答えようがないのだろう(笑)
日興が 日蓮聖人御出世の本懐は南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来といわれているのだから、どういう意味もなにもないよ。このような簡単な文も読めないとはね。 ♪
文字曼陀羅で顕そうと、絵図だろうと彫刻の仏像だろうと、南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来を本師、本仏としているのだよ。 -
No.42946
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/22 20:09
>>No. 42943
万物の生命は一瞬たりとも静止しているものはなく絶えず変化し、生死生死生死生死を繰り返しながら常住している。人間の生命も例外なく生死、生死、生死を繰り返しながら、宇宙と共に常住しているのが諸法実相なのでしょう。
↑
これは人から見た諸法実相で仏の眼で見た場合どうかな?
これだと輪廻解脱必要無しで六道輪廻繰り返せばいいとなります。
法華経はそう説いてないでしょう?
*************
法華経の生命感を日蓮宗の先生を参考にしてみてください。
http://homepage3.nifty.com/juhoukai/hidakashounin/jigagetex/zuisou05.html
生死は妙有という不可思議な法なのでしょう。生は形を顕しているから有相で死は目に見えないが無相の状態 形のある肉体は滅するが、無相の状態
有相→無相→有相→無相という始まりも無ければ、終わりも無い生死の永遠の変化も、永遠の生命を覚知した仏眼で見れば、本有の生死、本有の有無すなわち永遠に常住と観るようになるのでしょう。 -
No.42948
Re: ハトさんへ
2012/11/22 21:53
>>No. 42945
毎日明日が解らない人と仕事接してみてると老死の苦は、家庭崩壊に繋がる苦だよ。
苦を貴方言うとおり観ると疑問ですね。毎日くたばるほど頑張ってねとしか言えないのが現実だけどね、自分と供に働いた人達が重い病気になったりしてるの現実に見るときに今の自分の立ち居地に有り難さ感じてますよ。
確り苦の苦るしみ伝えて来てくださいね。
南無阿弥陀仏
*********
老病死はお金を持っていようが、善人だとかに関係なく誰にでもおきる事。
それを頭の中では誰でも分かってはいるが、健康なときには深く考え観る人が少ない。 臨終を考え、それまでに何を成し遂げるかを考え生きる事は後悔しない生き方になるでしょう。 まさにアミさんは苦しみの世界を見せられているのですから、大変ですね。 明日も分からない人ならば、覚悟は少しはできているかも知れない、ならば 阿弥陀の世界の話をしてあげたら安心するかもしれないですね。
南無妙法蓮華経 -
No.42958
Re: ハトさんへ
2012/11/26 00:33
>>No. 42951
これも以前提示しましたね。
ハトさんの意見の通りお互いの為に発展しましょうという関係なら、フェアトレードという運動がなぜ起こっているのですか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%AD%A3%E5%8F%96%E5%BC%95
立場の弱い途上国の生産者・労働者により良い取引状況を提供するとわざわざ提案されるということは、
そこに先進国が発展途上国から搾取するという「事実」があるからです。
**********
オッチェリさん 資本主義の世界経済社会ですよ。 利益を求めるのが会社です。 日本の会社に勤め途上国との貿易の中で途上国の弱い人たちから、日本の会社は途上国から搾取という泥棒まがいの事ばかりしているのですか? こんな事を聞いたら日本の子供は素直に育ちませんね。 有利不利はあっても、ギブアンドテークです。 中国だって、発展途上国だったが、今は日本を抜きGNPは世界二位になっている。 搾取ばかりされていたら成らないですよね。
” 平生業成だから、今やる。後世に残すなら本気で残す。
だから、原発が駄目なら太陽発電と安易に進まない。
仏教の考え方は、臭いを香りでごまかすのではなく、臭いの元を断つということ。
原発も、火力発電では大気汚染をするから、空気を汚さない。
化石燃料をつかわないので資源の無駄使いもないとのふれこみでしたね。
火力発電という臭いを原発という香りでごまかしたのです。
その原発が臭いとなったから、今度は他の発電を香りにして誤魔化すつもり。
結局何の解決にもなっていない。
この世の現象は行為の産物です。
だから人間の行為を改めればいい。これこそが後世に資源を残すということにつながる。
原発とか次世代の発電という現象後ではなく、現象の元となる人の心を変える。
仏様に縁することによって、迷妄が晴れすこやかになる。
事後処理に重点を置いているハトさんから見ればわしは何もしていないように見えるかもしれんが、
仏教徒のできることは苦の原因を取り除く手助けということです。
苦の原因は心ですので、事後処理のように形には見えないのです。
決して諦め何もしていないのではないのです。”
なにをいっているのか、理解ができないですね。
原発の安全性の疑問、そして放射性物質の管理の難しさを露呈されているのです。 現象の元となる人の心を変える。といくら、理想をいっても、人は簡単には変わりませんね。 猛毒をもって、処理ができない危険なものは、廃炉を含めて動き出す事が、今求められているのです。 -
No.42959
Re: 煩悩を滅する。
2012/11/26 08:55
>>No. 42950
今回の地震による原発による被害は、原子力発電装置とともに、ウランであると認定しての悪者に国民もマスコミも、更には、国際世界の全人類がこぞって悪者扱いしているが、神や仏を含む自然の恵みの一つである叡智の結集である核物質。人間の智慧不足であり、知識不足がもたらした、、福島原発のトラブルの際、(米国のクリントン長官は放射能汚染による危機を感じ、空港まで運んでいた救援物資と器具の提供を)菅直人が拒否したことによる暴発であるのに!・・
被災者から見れば、この事実は許しがたい悲劇であり菅直人の責任であるのに、責任転嫁されかわいそうなのはウランであり原発である。
排斥するより叡智の結集であり、自然お恵みの核物質を追跡研究史味方につけることこそ、日本の責任であり、人類の勝利ではないだろうか?
*******
東電は今まで事故は天災によるものだったという見解を二十四年10月12日に一転させ、対応は可能だった、経営陣の油断が有ったなど人災という見解に到ってきたようだ。 問題点として、津波に対応する必要な対策はとれた。 外国の対策をとりいれて事故の影響の緩和がとれた。 事故対応を想定した訓練が出来ていなかった等である。
東電自らの事故原因
?津波評価をする時に必要な対策を取る事ができた
?想定を超える津波への防護が弱かった
?津波リスクの検討を公表すると運転停止に繋がる恐れがあった。
?経営層に過酷事故は極めて起こりにくいという油断が有った。
?過去事故対策をすると安全性に問題があるとの懸念が広がり反対運動が勢いづく事を心配した。
?過酷事故対策をする間プラントを停止しなければならないとの恐れが有った。
? 訓練が不十分で精通した技術者が不足していた
hakase392 さんは菅直人当時の総理の責任と決めつけて居られるようだが、果してそうなのかは、そうとうな疑問は有りますね。
総理大臣がアメリカ始め諸外国の支援を頭から断るとは考えづらいです。現場の者から爆発は大丈夫との見解が有って、それを受けての事だったと思いますね。 それを裏切って現実には爆発が起こってしまった。 総理大臣のパホーマンスというより、東電に対して怒って当然だったろうと思う。その後原発の情報公開や諸外国の叡智をとりいれた政策をみても、 菅直人の責任としてしまうのは、あまりにも単純で、事故の責任転嫁でしょう。
今でも一号機の原発の内部調査は困難であり、事故の徹底検証は不可能な状態です。二号機三号機でも何が起きているかも不明、四号機の使用済み核燃料プールにある燃料棒を取り除く前に再び大地震が起これば、大惨事になる危険があるのです。
廃棄物の処理が出来ないで猛毒が溜まり続けている。 カプセルに詰めて地中に埋めてもやがては流れ出す。 10万年人が安全に管理できるとも思えないですね。 この国は地震の巣みたいなところです。 どこの場所が安全なのかもわかっていない。 未だに事故の補償も出来ないまま、うやむやにしようとしている。 そこには、原発がつぶれては、投資したお金が回収できない、とかの意識が陰で動いている。 誰が書いたのかもわからないが、封じ込めようとした文書の解明もしようとはしない。 マスコミだって、どこまで正義かはわからないですね。 -
No.1456
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/26 11:43
>>No. 1448
>ははは、大聖人の法門の甚深の義を説いた御書って、インチキ相伝書だけ
”天台沙門の末流の身延に相伝がない、という事だろうね。
日興の書や鎌倉時代の富士門流の書からも、日興一人は嘘ダヨ〜ン ♪
>日興は公家に奏し武家に訴えて門弟達にも嘘を教えた、間抜けな弟子だとするのが、日寛池田教(笑う
”その趣旨も分からず、トンチンカンに迷釈するハトちゃん。大聖人は御書で明確に釈迦仏法と日蓮仏法の違を、月の光と太陽の光に例えて仰せだよ。
「天竺国をば月氏国と申すは仏の出現し給うべき名なり、扶桑国をば日本国と申すあに聖人の出で給わざらむ、月は西より東へ向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかえるべき瑞相なり、月は光あきらかならず在世は但八年なり、日は光明・月に勝れり五五百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり」 とね。
ははは、このような事を日興は知っていて、宗祖を上行菩薩としか見ていないのよ。 仏法は釈迦の教え、日蓮の教えは有っても、法華経に基づく教え、アホ丸出しだし。 -
No.1457
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/26 12:32
>>No. 1450
>日興が身に宛て給わった本尊っていうのだろ、誰が身に宛て給わった頂いた本尊なのだ。
”君は付属の意味も知らないのかい?
どうしたニセよ聞いているのだよどうなの?
>これを読むと宗祖は特別な本尊なんて書いてはいないという事がわかる。
日興門徒の所持の輩に於ては左右無くなんだがね。 とうぜん富士門流以外に書かれた本尊も特別扱いなんてしていない。 インチキ板きれで騒ぐがニセ教祖大作君(笑う
”相変わらず、文章が読めない君らしい愚かさを晒しているね。
その上記の文は、日昭・日朗等に連なるものが、大聖人が顕わされた御本尊を軽賤したことを日興上人が非難されているのだよ。
その上で、日興上人は大聖人が弟子檀那に与えられた御本尊については、「日興門徒の所持の輩に於ては左右無く子孫にも譲り、弟子等にも付嘱すべからず。同一所に安置し奉り、六人一同に守護し奉るべし。是れ偏に広宣流布の時・本化国主御尋ね有らん期まで深く敬重し奉るべし」と述べられているのだよ。君の愚かさは、この意味も分からないところ。”
どうしたニセよ、一閻浮提総在の戒壇本尊なんてまるっきり知らない出てこない(笑う
>おかしいね。 原殿御返事からは、身延にはそのような本尊はない、
”これまた愚かしい言い分だね。原殿御返事は波木井氏の謗法によって、やむなく身延を離山する事になった日興上人の御心情をつづられたお手紙だよ。
君の愚かさは、このような事さえも分からないところ。”
ははは、この書からは日興は日朗が大聖人の釈迦立像を持って行ってしまい、実長は新たに一体の釈迦像を本尊として建立したが、其の仏は上行等の脇士がない為、子孫の中で余裕が出来るまでは宗祖が書かれた自筆の本尊を置きなさいと実長に教示している。 実長は宗祖から頂いた自筆の本尊を日興の教えで身延では掲げているのだよ。 戒壇の板きれ本尊なんて当時の身延からは何処にもでてこない、こんな事もわからないようではね ♪
>鎌倉時代の富士門流の書にも皆無♪
”「日興跡条条の事」にあるよ。
この書自体が嘘の可能性が高い、嘘偽書根本が創価学会だもんな ♪
”その文の意も君には分からないようだね。君は「正和二年図絵」という意味も分からないから、言うことがトンチンカンになるのだよ。
御影像には大聖人等身大の生御影と一体三寸の造初御影が存在するのだよ。大聖人在世の弟子日法が彫刻されたものだよ。”
ははは、池上の御影像を彫られたのが日法上人、現在国宝だよ。中老僧である日法は日春等と同じ門流。これ大事ダヨ〜ン ♪
一、御筆の本尊を以て形木に彫み、不信の輩に授与して軽賤する由、諸方に其の聞え有り。所謂日向・日頂・日春等なり。
日法の彫刻の名声に乗っかって、インチキ板きれ、インチキ御影像ね、ありえない、♪ -
No.1458
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/26 12:38
>>No. 1451
>文字曼陀羅で顕そうと、絵図だろうと彫刻の仏像だろうと、南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来を本師、本仏としているのだよ。
”これも嘘だね。御書には「法華経(南無妙法蓮華経)は釈尊の父母諸仏の眼目なり釈迦大日総じて十方の諸仏は法華経(南無妙法蓮華経)より出生し給へり故に今能生を以て本尊とするなり」とあるのだよ。
妙法蓮華経という法は久成の釈尊の正悟の法なんだよ。 仏と法は不二一体、法は仏によってのみ、説かれる。
無能のニセにはそれが理解できない。お前は日興の原殿御返事の書も嘘だと言っている、自分のマヌケな脳みそでしか判断できないようだ ♪ -
No.42963
Re: ハトさんへ
2012/11/26 15:03
>>No. 42962
”仏教徒は資本主義でも社会主義でもありません。どちらも支持しません。
それに資本主義はユダヤから始まったものですね。一神教の元で生まれたものです。
中国がGNP世界二位になったのは、やられっぱなしから攻撃に転じたからです。
だから今度は先進国が追いやられている。
食料輸出国の中国が、食料輸入国になったから、先進国に輸入される食糧が中国に輸入される。
先進国の食料の値段が跳ね上がり、先進国の庶民が苦しむ。
今の世界の大不況の原因のひとつも先進国と発展途上国のバランスが崩れ勝ち組だった先進国が今度は負け組みに転じたのです。
資本主義の理想はギブ&テイクでも現実は弱き者からの搾取です。
ハトさんは震災で苦しんでいる日本国民のためには、被災した県のものは買えても、
発展途上国で先進国から搾取され苦しんでいる国にはギブ&テイクと言い搾取していないと言う。
えらい自分勝手な菩薩さんなんやなぁ。 ”
話がオッチェリさんは、自分勝手に飛びますね。
弱肉強食が資本主義だが、必ずしも企業が弱い物いじめの搾取ばかりで無い、其の事を貴方は見ようとしないのですね。 心ある企業の方は、途上国の人が快適な生活ができるよう、自分達だけでなく他の為にも働いている人もたくさんいるのですね。 搾取という泥棒ばかりではないという事を貴方は見ないですね。 これは、国だけでなく、国内に置いても同じでしょう。親企業が中小企業に仕事を以来する、力関係の有無は否定できないが搾取だけではない、お互いのメリットを大切にするから、成り立つ原理のはずですね。
”中国がGNP世界二位になったのは、やられっぱなしから攻撃に転じたからです。
だから今度は先進国が追いやられている。
食料輸出国の中国が、食料輸入国になったから、先進国に輸入される食糧が中国に輸入される。
先進国の食料の値段が跳ね上がり、先進国の庶民が苦しむ。”
先進国からの恩恵があり、自国でも世界に対して売れる物が作れるようになり力がついたから、出来た事ですね。それを貴方は見ようともしない。
>なにをいっているのか、理解ができないですね。
>原発の安全性の疑問、そして放射性物質の管理の難しさを露呈されているのです。 現象の元となる人の心を変える。といくら、理想をいっても、人は簡単には変わりませんね。 猛毒をもって、処理ができない危険なものは、廃炉を含めて動き出す事が、今求められているのです。<
”仏教というのは、間違った価値感、間違った考え方だったと知り真理に目覚める宗教です。
人類がもっと楽にもっと快適にと進んでも、苦はちっとも減らない。
まずそれを知ることか始めないと、臭いを香りでごまかす結果になり、未来の人々が困ることになる。
ハトさんのような事後処理を行う人は一見華やかで人のために働いていると思もわれるでしょうが、
実際は華やかさはないが、地道に根本から変えようとすることが、人々を救えるのです。
戦後から時間をかけて快楽を求め原発まで進んだので、同じ時間をかけて快楽を求めても幸せは来ないと知る方向に持って行き、
危険なものはその危険性を知り有効に使っていくしかない。
今は原発の分を火力発電で補っていますが、その火力発電の危険性も忘れずに有効に使っていきたいものですね。
今富士山が膨張しているそうで、もし富士山が爆発すれば、火山灰が千葉県にある火力発電所に降るそうです。
そうなると、火力発電所の炉に火山灰が入りとても危険な状態になるので、火力発電所を停止しなければならないそうです。
そうなれば首都圏は電力不足になる。
この対策を考えながら、よりよい方向に進んでほしいものですね。 ”
オッチェリさんは、原発は必要悪だから仕方がないというあきらめの意見のようですね。原発の利権の為の利益に群がる者達はきっと貴方の話は喜ぶでしょうね。
現在原発の為に、家や家族友人を失い、不安な負の利益に悩まされ、料金は東電に投資をしたものが、つぶれては元もないから、電力不足で停電になると、一般の人達を脅し、必要だと言って、値上げするわけです。
そこには悲しく辛い思いをしている人の事は、貴方には見えないようですね。 -
No.51243
Re: 輪廻転生 主体がないからこそ
2012/11/26 23:08
>>No. 51240
ハトです。
”主体が無いにもかかわらず、なんらかが流転するというのは、個人的には理解できません。
当然ですね。
生死は永遠の生命が常住していく上での存在形態の変化であり生命そのものは新たに生ずるものでもなければ消滅するものでもない本有常住でしょう。
法華経、涅槃経通りの常住です。 釈迦は無我はいわれたが、変化しない物という意味であり、業の存続を説明しておけば、生命は本有である事は理解できるとしてあえて無記とし説明しなかったのでしょう。
生死の二つの現象に対して新たに生まれたとか消滅と思うのは妄想そのもの。 本有常住だといういうのが生命の本質であるから当然覚りの上からは
生ずべき始めも無いから死すべき終りもない無始無終の永遠の生命体なのでしょう。 -
No.42969
Re: ハトさんへ
2012/11/27 21:15
>>No. 42968
”必要悪だからしかたないとは考えたことはないですよ。
原発が危険だからといって、新しい発電方法を生み出してもそれも弊害がある。
だから原発で良いということではなく、改善したつもりになっても全然解決になっていないということを言っているのです。
だから本当の改善とは、根本を変えなければだめだということ。”
どのように根本を変えたらいいの? -
No.1463
Re: ハトちゃんのトンチンカンな妄想
2012/11/27 22:06
>>No. 1459
> 妙法蓮華経という法は久成の釈尊の正悟の法なんだよ。
”だから、釈尊はこの法によって成道したのだろう。その事を仰せられているのが、「法華経(南無妙法蓮華経)は釈尊の父母、諸仏の眼目なり釈迦大日総じて十方の諸仏は法華経(南無妙法蓮華経)より出生し給へり故に今能生を以て本尊とするなり」と言うことなんだよ。 君にこの文意が理解できないのだよ。
つまり、「釈迦多宝の二仏と云うも用の仏なり、妙法蓮華経こそ本仏にては御座候へ」ということだよ。 ”
久成の釈尊は本来は妙法を自ら覚った妙法蓮華経如来だからね当然本仏だよ。その如来が一大事の因縁により、人の姿でインドに出現し、そして姿を隠した。
いかにも今度信心をいたして法華経の行者にてとをり、日蓮が一門となりとをし給うべし、日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや、経に云く「我久遠より来かた是等の衆を教化す」とは是なり、末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり、日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし
日蓮聖人は地涌の菩薩の上首だが、あくまで釈尊久遠の弟子なんだね。門弟たちの 嘘をついているのかい、どうなの?
>仏と法は不二一体、法は仏によってのみ、説かれる。
無能のニセにはそれが理解できない。
”理解できないのは君だよ。久遠元初の自受用身と南無妙法蓮華経が体一というのだよ。だから、大聖人の御図顕の御本尊を人法一箇というのだよ。
伝教大師は「一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり」と述べているよ。君に、この意味が分からないのだよ。”
ははは、大聖人の御図顕の御本尊を人法一箇って誰がいっているのかい、日興だっていわれていない、伝教大師は法華経を信じて釈尊の娑婆即寂光土に生きる者を自受用身としているのだね。 だから四条金後さんも自受用身としているよね。だけど、本仏ではないよ(笑う

Re: ハトさんへ
2012/11/21 20:52
”これは過去にわしがハトさんに話したことやろ?
社会で日常生活を送っているだけで悪徳を積むということ。
日本人は何もしなくても発展途上国の方々から搾取しているのですからね。
この生活しているだけで悪徳を積むというのは出家でもしない限り解消できません。”
ここでも少し食い違いがありましたね。 日本人は発展途上国の人から搾取という言葉をオッチェリさん は使いましたが、私はお互いに無いものを求めギブアンドテークの関係である。 もちろんそこには、買うほうの人間の力が強い場合が有るというだけで、子供たちの為にも日本人は泥棒をしているなどと教えるのは間違っているとしました。 悪徳の商法をする者もいるでしょうが、お互いの為に発展しましょうという関係のはずです。
>便利だからといって、猛毒がわかっていて、その為に罪もない多くの人達や動植物が犠牲になっている、それをさらに推し進めて、私達にどれほどの利益が有るのですか、マイナスの方が計りしれないのでは? <
”原発が良いとは決して思いませんし、他に良い発電方法あればそちらに移行してもらいたいとは考えています。
でもこの世にあるものは全て苦なのですから、新しい発電方法に代わったところでまた新たな苦がある。
水力発電ではダムを作る。このダムを作るのに村を沈めたり、山の自然を破壊する。生態系を崩し希少な動植物を絶滅させましたね。
火力発電は、大気汚染をしますね。それによりさまざまな弊害がある。
原発は、放射能漏れにより人が住めなくなったりしますね。
原発がなぜ駄目と思うのかは、原発の周辺に住んでいる方々や、都会に住んでいる大勢の日本人に直接害が及ぶ可能性があるからです。
火力発電では、大気汚染が進んでも害の範囲が広範囲で直接自分の町に住めなくなるというものではない。
水力発電も、山々の自然に害が及び、都会に住んでいる大勢の日本人に直接害が及ばないから文句が少ないだけです。
結局は自分の身に降りかかるから文句を言っているということ。
水力発電により山の動植物が絶滅しても自分の生活にはかからないので文句が出ないだけなんですな。
そこにあるのは、自分自分なのです。”
自然に反する行為は多かれ少なかれ必ず報いがある、だから同じダムを作るのにも、コンクリートの壁でふさいでしまうようなダムでがなく自然を利用したダムにするべきだという意見が多くなっていますね。 原発は今年だって運転しないつもりならばできたはずですね。 事が起こってからでは遅い、すでに福島で、安全管理のずさん、津波に対する安全の声も大丈夫と言う声で消されてきた。反省しない、学習していないという事でしょうね。
人間の欲で退化しつづけているのが仏法なんでしょう。 平生業成ならば、現在私たちが住むこの社会が人間の欲で汚れさび付いてしまった垢を、少しは磨いて後世に渡したいとする考えが起きないのが私には理解出来ないところなんですがね。