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年齢に応じて価値を失うこともある。
減価は1357に限らない。これが悲しくも厳然たる現実。
市場価値(時価)は人にも適用される。
どうしたら価値を維持できるのか。そもそも維持できるのか?

男性 ※3千万円ずつ減価
22~30歳 3.0億円  
31~35歳 2.7億円
36~38歳 2.4億円
39~42歳 2.1億円
43~45歳 1.8億円
46~49歳 1.5億円
50~55歳 1.0億円
56~60歳 7千万円
61~75歳  -

女性 減価はある年度を境に急激に
18~24歳 3.0億円
25~30歳 2.7億円
31~35歳 2.0億円
36~37歳 1.7億円
38~42歳 1.4億円
43~45歳 1.3億円
 ・・・

  • >>640

    人間も歳を取れば60定年を前提とすれば、
    60歳で減価償却。

    しかしスタートトゥデイのおっさん社長は
    資産3000億に女が群がる。イケメンではないのに。
    ワイン3000本、豪邸にどんないい女でも落とせるんだろね。特に幼少期お金で苦労した家庭で育った女は。
    ただ、
    サラリーマンの減価償却の説明は説得力がある。

  • >>640

     何事も疑ってかかるよりほかないですね。本当に人間に価値評価できるのか。幻想のなかで自分の好きなように考えるのが普通なのですが・・・

    我思う、ゆえに我あり wiki
     我思う、故に我在り」(われおもう、ゆえにわれあり、仏: Je pense, donc je suis、羅: Cogito ergo sum)は、デカルトが仏語の自著『方法序説』(Discours de la méthode)の中で提唱した有名な命題である。

     全てについて疑うべし(De omnibus dubitandum)という方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。「自分は本当に存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明である(我思う、ゆえに我あり)、とする命題である。・・・

    コギトエルゴ スム [6] 【ラテン cogito, ergo sum】
    〘哲〙「我思う,故に我あり」の意。デカルトが一切のものを懐疑した末に至った第一の真理。一般に知識と呼ばれているものを疑っても,疑い考える我が存在することは疑いえず,意識する自我の明晰・判明な確実性がすべての認識の確実性の始点となるとした。・・・

    コギト [ cogito ] = 思う(わたしは)
    エルゴ [ ergo ] = だから
    スム [ sum ] = 在る(わたしは)

    1357 - (NEXT FUNDS) 日経ダブルインバース上場投信  何事も疑ってかかるよりほかないですね。本当に人間に価値評価できるのか。幻想のなかで自分の好きなよう