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岐路に立つ「食・健康プロフェッショナル」~明治HDのROESG経営と競争環境の刷新戦略

■岐路に立つ「食と健康のプロフェッショナル」
ヨーグルト、チョコレート、牛乳といった日々の食卓から、人々の命を支える医薬品まで、明治ホールディングス(明治HD)は「食と健康のプロフェッショナル」として生活の基盤に深く根を張ってきた。2025年3月期には売上高1兆1,540億円(前期比+4.4%)、営業利益847億円(+0.5%)を記録したが、利益の伸びが限定的であったことは、原材料高騰などの外部環境の厳しさと同時に、収益構造改革の必要性に同社が直面していることを端的に示している。2026年3月期には増収増益を目指し、売上高1兆1,950億円、営業利益910億円(+7.4%)という見通しを掲げているものの、第1四半期決算では売上高が前年同期比−1.8%、営業利益が−13.4%という厳しい出足となっており、通期見通しとの間に隔たりがある。明治HDは、この逆風下で持続的な成長軌道への復帰を目指し、新たな経営の羅針盤として「ROESG経営」を打ち出した。その現在地と未来への挑戦を「ROESG」を軸に解き明かすとともに、競合他社との比較を通じて同社の戦略的立ち位置を評価してみる。


■成長への羅針盤~ROESG経営の本質
明治グループの中期経営計画(2024~2026年度)は「Meiji ROESG®マネジメント」を中核に据えている。ここで掲げる独自指標「ROESG」は、ROE(自己資本利益率)にESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組み達成度を掛け合わせたものだ。
ROEに0.8倍から1.2倍のESGスコアを乗じ、その成果を経営陣評価や業績連動報酬に直結させるという構成は、単なる社会貢献のプロモーションには終わらない。これは、環境配慮や健康への貢献、高付加価値化といった社会的な価値と、企業としての収益性の両立を目指す高度な戦略であり、まさに「トレードオン(両立)」の信念を具現化した指標である。また、軽量化容器の導入によってプラスチック排出削減(社会価値)と輸送コスト低減(経済価値)という二重の成果を創出する事例など、ROESGの意図が具体的施策に結びついていることは明白である。成熟しつつある国内市場において、背景にある企業姿勢やストーリーが消費者に評価される現在、「ROESG」は差異化と成長を牽引する強力な柱となり得る。


■二つの成長エンジン~食品と医薬品
明治HDの構成セグメントは「食品」と「医薬品」である。その戦略もセグメントの特性に応じて設計されている。食品部門では、海外展開が最大の成長ドライバーである。中国では高品質乳幼児用粉ミルク、米国では独自のチョコレート、さらにプロバイオティクス素材のB2B展開など、多様なアプローチを通じてグローバルな基盤構築を図る。一方、国内市場ではROESGを活用した高付加価値商品の展開によって、成熟市場においても安定した収益を確保しようとしている。医薬品部門では「革新」と「安定」の二軸を確立しており、新薬開発では感染症や中枢神経領域でのパイプライン拡充を進める一方、ジェネリック事業には供給責任という社会的使命を前提に効率的な体制構築を目指す。新薬が高いリターンを狙う一方、安定的な収益を支えるのがジェネリックという、巧みなポートフォリオ設計が医薬品セグメントの強みである。


■競合比較~収益性で優位に立つ明治HD、足踏みする森永乳業
明治ホールディングスの業績を相対的に評価する上で、同業他社との比較は重要である。特に食品・乳製品領域で事業構造が近い森永乳業との比較を通じて、明治HDの現在地がより明確になる。
2025年3月期の森永乳業は、売上高5,611億円、営業利益296億円と堅調に推移したものの、純利益は前年から9割以上減少し、54億円にとどまった。これにより、営業利益率は約5.3%、純利益率はわずか0.97%にまで低下した。原材料価格の高騰やコスト吸収の難しさ、また一時的な特別損失などが重なったことが要因とされる。
一方、明治HDは売上高1兆1,540億円に対し、営業利益847億円、純利益は508億円を確保。営業利益率は7.3%、純利益率も約4.4%と、収益性の面で依然として明確な優位性を維持している。
売上規模や利益額においても明治HDが大きく上回るほか、医薬品事業による事業ポートフォリオの多様性も、収益安定性の面で強みとして働いている。森永乳業が国内食品・乳製品に集中するモデルであるのに対し、明治HDは医薬・海外展開・BtoB事業の複層化が進んでおり、今後の経営環境変化にも対応しやすい体制が整いつつある。
このように、最新の業績指標をもとにした比較からは、明治HDの収益性・事業耐性の強さが際立つ結果となっている。競合に対する優位性を維持・拡大できるかどうかが、今後の株主価値向上の鍵となる。


■株主との約束と資本効率へのプレッシャー
明治HDは、ROIC(投下資本利益率)で8.5%以上を目標とし、資本効率の厳格な追求を経営の基盤に据えている。その一環として、2025年3月期に年間100円配当、2026年3月期に105円へ増配、さらには総還元性向50%以上を掲げて株主への積極的還元を明文化している。利益の半分以上を株主に還元することを宣言することで、経営陣に残る資金は制限され、資金投下の優先順位付けやコスト意識の鋭い社内議論の促進という機能も内包している。つまり、高い還元は投資魅力を高めるだけでなく、経営に強い自己規律を与えるメカニズムでもある。


■未来への挑戦~期待と越えるべき壁
明治HDの掲げる未来図は挑戦に満ちている。ROESGを中心に据えつつ、海外食品事業と新薬による成長、資本効率と株主還元の両立という“航路”を描いている。2026年度には野心的に売上高1兆1,950億円、ROIC8.5%という目標を掲げ、その象徴としてROESGが照らす“新たな海図”に乗り出そうとしている。しかし、第1四半期の減益は依然として原材料高や消費の不安定さという逆風が強いことを示しており、加えて中国事業には地政学的なリスクや政策的不確実性が影を落とす。為替や原価、金利変動といった外部変数の管理と、地道な価格転嫁・効率性改善策、さらには海外現地でのブランド構築やパイプライン実現というダイナミックな挑戦の両輪を現場にまで浸透させ、着実に実行できるかが問われる3年間である。


■ROESGが導く未来の灯台
明治HDが描いた「ROESG」という羅針盤は、厳しい市場環境を乗り越え、新たな成長海域へと企業を導く灯台となる可能性を秘めている。競合と比較した資本効率の改善余地を克服しつつ、ブランド力と社会価値を融合させる姿勢は、多くの日本企業にとっての示唆となる。いかにこの戦略が成果を伴って具現化するか、その航跡に今後も注目が集まるであろう。

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