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呼吸困難の掲示板

「恐れ・不確実・疑い」にバツ印。株高に熱狂する人たち共通の特徴

「熱狂」は忘れがたい「初体験」のようなもの
熱狂は楽しげに踊るシャンパンの泡のようなものだ。仕事でも遊びでも、私たちをやる気にさせる。危険な賭けをする勇気をくれる。ふだんならば絶対にできないと思っていることをやってみようという気にさせる。

たとえばスピーチ。一生懸命に準備をして、大事な講演をしたとしよう。伝えたいことを話し終えると、聴衆が立ちあがって心からの盛大な拍手を送ってくれる。講演を終えて会場から去るとき、ある人は「言いたいことをわかってもらえてうれしい。役目を果たせてうれしい。これで解放される」と思うかもしれない。ところが、熱狂に敏感な人は、「すばらしい体験だった! あの喝采が聞こえるかい? 話を聴いていた人たちの表情を見たか? 本当にすばらしい!」と思うのだろう。

だが、熱狂には否定的な面もある。「肯定的な感情を強調するのはいいことだと誰もが考えるけれど、必ずしもそうではない」心理学教授のリチャード・ハワードは、サッカーの勝利に興奮した観客が暴れて損害が生じる例をあげて指摘した。「人々が肯定的な感情を増幅させた結果、反社会的で自滅的な行動を引き起こすのだ」と。

熱狂のもうひとつの欠点は、リスクにつながることだろう。それがきわめて大きなリスクである場合もある。熱狂は私たちに用心しなさいという警告信号を無視させる。テッド・ターナー(彼は極端な外向型のようだ)が、AOLとタイム・ワーナーとの合併を初体験になぞらえた本当の意味は、自分はガールフレンドとはじめて夜を過ごすことに興奮して、それがどんな結果をもたらすか考えもしない思春期の青年と同じような熱狂状態だった、ということだったのかもしれない。

そんな具合に危険を無視しがちなことは、外向型が内向型よりも、交通事故死や事故による入院、危険なセックス、危険なスポーツ、不倫、再婚などの確率が高い理由を説明してくれる。さらには、なぜ外向型が自信過剰に陥りやすいかを説明する助けにもなる――自信過剰とは能力につり合わない自信を持つことだ。

不正行為ぎっしりの書類なのに気にもせず
一九九〇年代、私はウォール街の法律事務所に勤めていた。他行が貸し出したサブプライムローンの一括購入を考えている銀行の代理人をつとめるチームの一員だったのだ。私の仕事は調査活動全般で、関連文書に目を通して各ローンの事務処理がきちんと行われているかを調べるのが仕事だった。借り手は支払い予定の利率を知らされているか、利率が漸次上昇すると周知されているか、そうした点を確認していた。

書類には不正行為がぎっしり詰まっていた。もし、私が銀行家だったら、徹底的に調査するところだ。だが、私たち法律家チームが会議でリスクを指摘したところ、銀行側はまったく問題を感じていないようだった。彼らは安い価格でローンを買い取って得られる利益ばかり見て、契約を進めることを望んだ。このような目先の利益を追求しようとした誤算が、二〇〇八年の大暴落のときに数多くの銀行の破滅を助長したのだろう。

ちょうど同じ頃、いくつかの投資銀行が大きなビジネスを獲得しようと競合しているという噂がウォール街に流れた。それぞれの銀行が選任チームをつくって、顧客に売り込みをかけた。どのチームも、スプレッドシートや提案用資料を呈示し、パワーポイントでプレゼンをした。だが、勝利を得たチームはそこに演出をひと味加えた。野球帽をかぶり、胸にFUDと書かれたTシャツを着て、会議室に登場したのだ。FUDは、恐れ(fear)、不確実(uncertainty)、疑い(doubt)の頭文字で、その三文字が太い×印で消されていた。FUDは世俗の三位一体の象徴だった。そのチームはFUDを克服し、競争に勝った。

二〇〇八年の大暴落を目のあたりにした投資会社〈イーグル・キャピタル〉社長のボイキン・カリーは、FUDに対する軽蔑――そして、FUDを感じる傾向がある人々に対する軽蔑が、大暴落の発生をうながしたのだと表現した。攻撃的なリスクテイカーたちにあまりにもパワーが集中しすぎていたのだ。

エンロンに取りついた悪魔
「二〇年にわたって、ほぼすべての金融機関のDNAが……危険なものへと変化した」と、当時カリーは『ニューズウィーク』誌に語っている。「誰かがレバレッジ比率を上げて、もっとリスクをとろうと強く主張するたびに、つぎの数年間でその意見が『正しい』と立証された。そう主張した人々は賞賛され、昇進し、発言権を増した。逆に、強気に出ることを躊躇し、警告を発した人は『間違っている』と立証された。彼らは糾弾され、無視されるようになり、発言権を失った。どの金融機関でも、そんなことが日々くりかえされ、ついには、先頭に立つのは特殊な種類の人ばかりになった」

カリーはハーバード・ビジネススクール卒で、パームビーチ生まれのデザイナーである妻のセレリー・ケンブルとともに、ニューヨークの政界と社交界の有名人だ。いうなれば、彼こそ「とても積極的な」人々の一員のはずだが、思いがけないことに、内向型の重要性を訴えるひとりでもあった。世界的な金融危機をもたらしたのは押しの強い外向型だというのが、彼の持論だ。

「特定の性格を持つ人々が資本や組織や権力を握った。そして、生まれつき用心深く内向的で物事を統計的に考える人々は正しく評価されず、片隅に追いやられたのだ」と彼は語った。

不正経理や粉飾決算を重ねたあげく、二〇〇一年に倒産した悪名高い〈エンロン〉のリスク管理担当役員をつとめていた、ライス大学ビジネススクールのヴィンセント・カミンスキー教授も、『ワシントン・ポスト』紙にアグレッシブなリスクテイカーたちが用心深い内向型よりもはるかに高い地位にいた企業内風土について、似たような話を語った。穏やかな口調で言葉を選んで語るカミンスキーは、エンロン・スキャンダルに登場する数少ないヒーローのひとりだ。彼は、会社が存続の危機にさらされるような危険な状態にあると上層部にくりかえし警告を試みた。上層部が聞く耳を持たないとわかると、カミンスキーは危険な業務処理を決裁するのを拒み、自分のチームにも働かないように指示した。すると会社は彼の権限を奪った。

「ヴィンス、きみが書類を決裁してくれないとあちこちから苦情が来ているぞ。まるで警官みたいなことをしているそうじゃないか。うちには警察なんかいらないぞ」エンロンのスキャンダルを描いたカート・アイヘンワルドの『愚か者の陰謀』(Conspiracy of Fools)によれば、社長がカミンスキーにそう言った。

だが、彼らは警察を必要としていたし、それは現在も同じだ。二〇〇七年に信用危機がウォール街の大銀行を存亡の危機にさらしたとき、あちこちで同じようなことが起きたのをカミンスキーは見た。「エンロンに取りついた悪魔たちはまだ追い払われていない」と、彼はその年の一一月に『ワシントン・ポスト』紙に語った。多くの人々が銀行の抱えているリスクを理解していないことだけが問題なのではない、と彼は説明した。現実を理解している人々がそれを無視しつづけていることもまた問題なのだ――その理由のひとつは間違った性格タイプを持っているからだ。

「私は何度となくトレーダーに面と向かって、これこれこうなったら、あなたのポートフォリオは崩壊すると指摘した。すると彼は、そんなことがあるわけがないと怒り、私を罵倒した。問題なのは、会社にとって向こうは雨を降らせてくれる呪い師のようなもので、こちらは内向的な愚か者ということだ。となれば、どちらが勝つかは明白だろ?」