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「セカンドライフ」の二の舞は避けられるのか
メタバース沸騰が「過去のブーム」とまるで違う点
長瀧 菜摘:東洋経済 記者 /武山 隼大:東洋経済 記者
2022.01.13

あっという間に衰退してしまったセカンドライフの時代と現在とでは、いったい何が違うのか。技術や価値観など、さまざまな面から考察した。

メタバースプラットフォーム「クラスター」では、ユーザー自ら制作したバーチャルのカフェなどでアバターを介したコミュニケーションが日々行われている(画像:クラスター)

にわかに沸騰するメタバース市場。VRデバイスやスマートフォンを通じ、人々が気軽に交流できるようになった仮想世界で今、世界中の種々雑多な企業が新規事業立ち上げや巨額投資に勤しんでいる(詳細は前回記事:熱狂メタバースに突き進む企業それぞれの皮算用)。

もっとも、メタバースブームは今回が初めてではない。

過去のブームの象徴的な存在が、アメリカのリンデンラボが2003年から運営する「セカンドライフ」だ。日本でも一般の個人はもちろん、サントリー、ソフトバンクモバイル(当時)、電通、三越などの大手企業が続々参画。セカンドライフ内に仮想店舗を出したり、マーケティング活動を行ったりと、2000年代初頭から一大ブームとなった。

リンデンラボは自社サービスを指すものとして、当時から「メタバース」という言葉も用いている。さらに空間内ではリンデンドル(空間内の通貨)での取引や、リンデンスクリプト(空間内で創造物を作るための簡易プログラミング言語)を使ったクリエーターの呼び込み・空間の拡張も行っていた。

ところが2007年をピークに、アクティブユーザー数は減少に転じる。セカンドライフ自体は現在も稼働しているものの、企業は相次いで撤退。あっという間に”オワコン”と化した。

今回のメタバースブームも、一時的なものにすぎないのではないか。セカンドライフの時代と現在とでは、何が違うのか。取材を重ねる中で見えてきたのは、当時から大きく事情が変化した3つの点だ。

デバイスの発展で「大衆化」
1つ目は、デバイスやネットワークの劇的な進化だ。当時はまだ初代iPhone(2007年発売)の普及前で、メタバースに参加できたのはハイスペックなパソコンなどを所有する一部の消費者のみだった。その状況が、スマホやそれに対応するアプリの普及で一変。若年層も含め、誰もが簡単にメタバースにアクセスできるようになった。

さらに、2020年10月にメタ(当時の社名はフェイスブック)が発売したヘッドセット型のVRデバイス「オキュラス・クエスト2」も、市場拡大の下地をつくるのに一役買っていそうだ。販売実数は公表していないが、「売れ行きも非常に好調」(フェイスブックジャパンの味澤将宏代表)だという。

先代機に比べ処理速度・操作性を改良した一方、価格は下げた(先代機は4万9800円~、新型機は3万3800円~)。「メタバースは没入感のある仮想世界を実際に体験してもらわないと(面白さや利便性が)わからない。オキュラス・クエスト2はそのミッションの達成に向けて、非常にいいスタートを切れている」(味澤氏)。

2つ目の変化は、スマホの普及にも後押しされる形で醸成されたデジタル文化だ。SNSが一般化したことで、人々がリアルと必ずしも同一でないバーチャルのアイデンティティを持つことが当たり前化した。

「女子高生にインタビューすると、学歴よりもインスタグラムのフォロワーがほしいという声をよく聞く。彼女たちにとっては、デジタル世界のアイデンティティがリアル世界のそれより勝るということ。この価値観はアバター(自身の分身となるキャラクター)を介して仮想空間で他人と交流するメタバースと非常に相性がいい」

ブロックチェーン技術を用いたコミュニティサービスなどを展開するベンチャー・ガウディの石川裕也CEOはそう分析する。

「技術やサービスがより洗練されていくことで、あくまでリアルが主でバーチャルが従だったこれまでの価値観が薄れ、バーチャル上の個性や生活が主という時代が来るかもしれない」

そう展望するのは、VRゲームを皮切りにメタバース事業の拡大を志向するベンチャー・サードバースのCEOで、業界を長年眺めてきたgumi創業者の國光宏尚氏。このような価値観の変化も、メタバースの発展に影響しそうだ。

個人が「稼げる」新しい仕組み
3点目で最も大きい変化が、ユーザーや企業が「稼げる」機会の拡大だ。セカンドライフの時代には、インターネット上で決済すること自体がまだ一般消費者層まで定着していなかった。が、EC(ネット通販)やサブスクリプションサービスの普及で、スマホやPCでデジタルにお金を払うことは日常化した。

加えて、メタバースを取り巻く経済圏をさらに強力にするのがNFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)だ。これまでは”コピー上等”だったネットの世界に、「本物・偽物」「所有」「資産化」といった、フィジカルなものの価値を保証するのと同じ概念が根付き始めている。

  • >>6

    実際、世界中の企業がメタバース上でのNFTビジネスに動き始めている。

    アメリカのナイキはブロックチェーン技術を用いるバーチャルスニーカー販売の企業を2021年12月に買収。またアメリカでメキシコ料理チェーンを展開するチポトレは、メタバースプラットフォーム「ロブロックス」内に出店。リアル店舗でブリトーと引き換えられる限定コードを配布するなど、リアル・バーチャル横断の取り組みを行っている。

    デジタル上の資産を個人でスムーズに売買できるシステムも整い始めた。例えば世界最大のNFTマーケットプレイス「オープンシー」では、ブロックチェーンゲームのアイテムやデジタルアートが、イーサリアムなどの暗号資産を用いて取引されている。

    ブロックチェーンを使ったゲームなら、ゲーム内で創造した成果物などに金銭的価値をつけられる。「数年内にはメタバース内で家などを建ててNFTとして販売し、親より稼ぐようになる子どもが続出するだろう。人々はメタバースを通じて、学歴や資格などで決まってきたリアル世界のヒエラルキーから解放されるかもしれない」(サードバースの國光氏)。

    リアル世界と遜色ないような稼ぎ口が発展すれば、そこで活躍したいと考える個人や企業がよりメタバースに集まりやすくなるだろう。

    参入各社の「同床異夢」
    セカンドライフ時代との技術や価値観の違いは、確かにありそうだ。ただ、メタバースがマスに定着するかを占ううえでは、拭えない懸念もある。

    その1つは、デバイスやVR制作の技術が、かつてより進化したとはいえ未熟だという点だ。またそれらを使う側の企業も、技術の特性や現時点での限界を深く理解しないまま踏み込んでいるケースが少なくない。

    法人向けにメタバース関連のコンサルティングや制作支援を行うSynamon(シナモン)の武井勇樹COO(最高執行責任者)は、「顧客企業のアイデアの中には、そのまま実装するとユーザーがVR内で酔ってしまうようなものもある」と話す。

    「そういう場合には軌道修正を提案している。細かな調整を怠ると、せっかく時間とお金をかけて行ったイベントなのにユーザー離れを起こしてしまったり、VRそのものに”がっかり感”を持たれてしまう危険もある」(武井氏)

    実はかつて、セカンドライフ内に支社を構えていた東洋経済。画像は2007年に行った、バーチャル支社のお披露目パーティーの様子(編集部撮影)

    もう1つの懸念は、業界内が決して”一枚岩”ではないという点だ。2021年12月には技術・サービスの普及などを目指す業界団体・日本メタバース協会が設立されたが、暗号資産系企業4社が音頭を取る組織構成に対し、業界内外から「当事者不在では」と疑問の声が上がった。

    「メタバース=NFTではない。声の大きい人が『これがメタバースの定義だ』と言うと、(一般の理解が)その通りになってしまう。それは業界の健全な発展にとっていいことなのか」(メタバース関連企業幹部)

    参入企業が急増しているだけに、メタバースで成し遂げたいビジネスがバラバラになるのはある程度仕方がない。互いの差異に折り合いをつけつつ協力関係を築けるかが、今後の業界発展のカギになるかもしれない。