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専門家が指摘した「宝永噴火」。今から300年余り前の江戸時代中期に起きました。当時の江戸のまちにも火山灰が降ってくるような、大噴火でした。

古文書によると、最も被害が大きかったとされるのが火口から10キロほど離れた須走村。富士山への登山道の入り口にある「冨士浅間神社」とその門前に広がる村です。

古文書では高温の噴出物による火災で37棟の家屋が焼け、焼けなかった家屋も噴出物の重みやたび重なる地震で、すべて倒壊したとされています。

村は3メートルほどの厚さまで火山灰に覆われ埋没。いち早い復興を優先した当時の幕府は、火山灰を取り除くのではなく、その上に新たな町を作ることにしました。それが現在の須走地区です。 NHK

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