IDでもっと便利に新規取得

ログイン


ここから本文です

>>141

>小早川秀秋は元々心理的には東軍だったのでは、と思います。
というのは朝鮮戦役で処分(減封・転封)が下った後、
>それを元に戻したのは家康なので。で処分には三成が関わってるはずです。
ただ毛利本家が西軍なので、当初はやむを得ず西軍についていた、
ということだと思います。

すいません。
「関ケ原」は歴史は勝者が書くものなので東軍側の資料が多いので真偽はわかりません。

私が書いたのはあくまで司馬さんと松本清張の対談の件に対してです。

秀秋が最初から寝返ることを目的として西軍についていたのは当然のことなのか?
東軍の意志が有るなら最初から加藤清正のように東軍に付いているべきと言う視点で書きました。

一国一城の主なら勝つ方に賭けるのは当然。
なら最初から東軍に付け。
裏切る目的でいた人物を擁護するなら松本清張も裏切りを容認する人物だということです。


秀秋はねねの甥なので気持ち的には最初から東軍でしょうね。

その心理はわかります。

ただ司馬さんの「豊臣家の人々」の中での秀秋像がめちゃくちゃ。

秀秋は小さい時から知恵の回らない人物で叔母のねねも持て余していたという書き方ですね。

そういう辺りが「武士道はかくありき」から人物像を見ている司馬さんの癖ですね。