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以前「関ヶ原」についてもコメントされましたが
今晩9時からNHKBSで「ドキュメンタリー・ドラマ」をやるようですね。
以前やってた「鳥羽伏見の戦い」の路線だと思いますが楽しみです。

小早川秀秋は元々心理的には東軍だったのでは、と思います。
というのは朝鮮戦役で処分(減封・転封)が下った後、
それを元に戻したのは家康なので。で処分には三成が関わってるはずです。
ただ毛利本家が西軍なので、当初はやむを得ず西軍についていた、
ということだと思います。

秀秋が布陣してた松尾山というのは、元々別の西軍部隊が居ました。
それを「押しのけて」陣を布いたので、この時点でもはや裏切りの気配が濃厚、
ですね。この想定外の行動の結果、三成は戦略の変更を迫られたようです。

「秀秋は開戦早々西軍を裏切り、関ヶ原は午前中に決着がついた。」
という説を唱えてる人が居ますね。(別府大学、白峰旬氏)
この人の本は買いました。従来の定説というのは、
時間が経ってから書かれた「創作混じりの史料」による所が大きい、
とのことです。

  • >>141

    >小早川秀秋は元々心理的には東軍だったのでは、と思います。
    というのは朝鮮戦役で処分(減封・転封)が下った後、
    >それを元に戻したのは家康なので。で処分には三成が関わってるはずです。
    ただ毛利本家が西軍なので、当初はやむを得ず西軍についていた、
    ということだと思います。

    すいません。
    「関ケ原」は歴史は勝者が書くものなので東軍側の資料が多いので真偽はわかりません。

    私が書いたのはあくまで司馬さんと松本清張の対談の件に対してです。

    秀秋が最初から寝返ることを目的として西軍についていたのは当然のことなのか?
    東軍の意志が有るなら最初から加藤清正のように東軍に付いているべきと言う視点で書きました。

    一国一城の主なら勝つ方に賭けるのは当然。
    なら最初から東軍に付け。
    裏切る目的でいた人物を擁護するなら松本清張も裏切りを容認する人物だということです。


    秀秋はねねの甥なので気持ち的には最初から東軍でしょうね。

    その心理はわかります。

    ただ司馬さんの「豊臣家の人々」の中での秀秋像がめちゃくちゃ。

    秀秋は小さい時から知恵の回らない人物で叔母のねねも持て余していたという書き方ですね。

    そういう辺りが「武士道はかくありき」から人物像を見ている司馬さんの癖ですね。