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>>111

Haydéeさん、こんにちは^^

「薩長同盟」の内容がわかる一次史料は、
龍馬が裏書した木戸の手紙しかありません。

ウィキペディアはその内容を以下の通りまとめています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記の各条の具体的な内容は、主に第二次長州征伐に際し、
薩摩が長州に対し物心両面の援助を約するものである。
第一条では長州で戦争が始まった場合に薩摩が京都・大坂に出兵して
幕府に圧力を加えること、第二条~第四条で戦争の帰趨如何に関わらず
薩摩が長州の政治的復権のために朝廷工作を行うことを、それぞれ約束している。
第五条では、薩摩が第一条により畿内に出兵して圧力を加えた上でも、
橋会桑(一会桑政権)が朝廷を牛耳ったうえで薩摩側の要求を拒むようであれば、
彼らとの軍事的対決に至る覚悟があることを長州に対し表明する内容
となっている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「政治的・軍事的同盟」と言えると思いますが、
この時点ではまだ、「両藩連合して討幕するぞ!」という内容ではありませんね。
それは幕末ギリギリの段階のことです。

でこの手紙ですが、その後テレビ見た高知・龍馬記念館の映像では
「レプリカ」という文字が展示スペースにありました(笑)
オリジナルは宮内庁書陵部が持ってます。
宮内庁所蔵品でなければ「国宝」や「重要文化財」になってたと思います。

京都観光を兼ねて三条・文化博物館の龍馬展を見に行きましたが、
そこで見た物は本物だったと思います。

写真はネットで一番鮮明な画像です。

株式と投信の両方で生き残る Haydéeさん、こんにちは^^  「薩長同盟」の内容がわかる一次史料は、 龍馬が裏書

  • >>119

    遼さん こんにちわ

    >「政治的・軍事的同盟」と言えると思いますが、
    >この時点ではまだ、「両藩連合して討幕するぞ!」という内容ではありませんね。
    >それは幕末ギリギリの段階のことです。

    私もそう思います。
    薩摩だって本気でこぶしを上げるには資金のこともあるし、
    徳川とも縁続きでしたから・・・篤姫が徳川に輿入れしていますし。

    そんなに簡単には討幕の決断は出来なかったでしょうね。

    このレプリカは本物ですもんね。

    私は長州巡りをして、萩から長州藩の参勤交代の宿場町の防府も行きましたし、
    下関の砲台も見てきました。

    なので下関砲撃事件の時はイギリス,フランス,アメリカ,オランダの4国連合艦隊が下関の砲台を攻撃し、結果長州は圧倒的な列国の火力の前に壊滅するんですが、
    それでも討幕の意志は曲げなかった。

    この意志の強さと薩摩の討幕の意志の強さには全くの温度差が有りますよね。

    だから討幕は長州側から出た。で木戸孝允から薩摩への仲介役は必要だったんでしょうね。

    仲介役は必須だったと思います。それは中立と言う意味で土佐藩士だったでしょうね。

    薩長同盟を考案したのは土佐脱藩志士の中岡慎太郎、土方久元だったという意見も有る。

    でも龍馬も加わっていたというのは事実でしょうね。

  • >>119

    >三条・文化博物館の龍馬展

    私も関西出身ですし、京都にも住んでいました。
    しかも伏見区!

    寺田屋のすぐ近くに住んでいました。
    月桂冠や黄桜の酒造会社も近くに有って、観月橋も近くに有りました。

    なんと壬生屯所も行きました(笑

    関西出身なので西軍贔屓→討幕の味方と思われるかもしれませんが
    司馬遼太郎さんの「新選組血風録」も「燃えよ剣」も読んでいますし。

    「新選組血風録」はDVDも持っています。

    ただ単に土方役の栗塚旭さんがめっちゃハンサムってだけの理由でもないけど
    どっちかっつうと。佐幕でも勤皇でも無い。
    でも、外国の脅威から日本は守らないといけなかったしなあ?
    って感覚ですね。

    あまり偏った見方をすることが出来ない性分なんですね。