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ヘリコプターマネーも現実に 新型コロナで変わる政策

1週間前には大胆にみえた経済対策、数年ぶりの規模の財政出動も、発表のほんの数日後には事足りないと思われてしまう。

英国の財政規律を監視する英予算責任局(OBR)のチョート局長は先週、英政府は、短期的な財政赤字を恐れている場合ではないと指摘した。
英議会で「今は一時的に公的債務が増えることに神経質になるべき時ではない」と明言した。

■かつてない危機
経済学の教授で欧州の経済シンクタンク、経済政策研究センター所長をつとめるベアトリス・ヴェダー・ディ・マウロ氏は「今回のショックはこれまでの危機とは全く異なると認識している」「事態の展開が非常に速く、考え方も同様に急速に変化している」と指摘する。

その結果、かつては机上の空論にすぎなかった少数の異端の論理の数々が政策案として注目を集めている。

こうした非伝統的な策のうち最も重要なのが、紙幣を増刷し、全ての人に無条件で給付する「ヘリコプタードロップ」だ。

経済政策専門家の論調をみると、「新型コロナのせいで仕事や収入を失う人が出ない」ようにするのが最良の政策だとする考え方が急速に主流になってきているという。

かつては想像もつかなかった政策で、今この手法の支持者も費用が高く付く政策であることを認める。アデア・ターナー元英金融サービス機構長官は「(金融危機後の)2009年に匹敵する規模の財政赤字を覚悟しなくてはならない」と話す。

中央銀行が経済対策に伴う財政赤字を穴埋めするべきという議論が高まっている

同氏はさらに、ヘリコプターマネーは巨額の財政赤字を伴うため、政策の観点から二つの大きな問題が出てくるという。1つは財源をどうするかだ。中央銀行が財政施策として金融政策を発動する、つまり紙幣を増刷して負担すべきか、それとも政府が通常の方法で借金をするべきか、という問題だ。2つ目は資金の分配方法だ。給付金として直接配るか、それとも他の政府支出を通じた形をとるのか。

実際、エコノミストと政策立案者はこの2つの問いに対して、大胆な答えに傾きつつある。

各国中銀はまだ露骨な財政赤字の穴埋めに乗り出してはいないものの、政府が近く発行するであろう大量の国債を買い入れる「大規模資産購入」という方途を用意している。ユーロ圏では、共同での「コロナ債」の発行や、欧州中央銀行(ECB)が借り入れコストを低水準に保ってくれると期待し、域内の金融支援基金である欧州安定メカニズム(ESM)の与信枠の引き上げについて議論が交わされている。

今や一部のエコノミストは中央銀行が財政赤字を直接穴埋めすることになるあからさまな「ヘリコプターマネー」を公然と求めている。ターナー氏は「今こそマネタリーファイナンス(財政ファイナンス)の出番だ。資金に限りはないことを国民に明らかに示すことができる」と話す。

■バーナンキ元FRB議長が提起
中銀が財政赤字を穴埋めする財政ファイナンスの論理的可能性を説き広めたのはバーナンキ元米連邦準備理事会(FRB)議長だ。バーナンキ氏はFRB議長を退任後、「極端な状況下」において財政赤字の穴を埋める金融政策は「最良の代替策になる可能性がある」と公言している。

これは長い間、エコノミストの間ではタブーとされてきた考え方だ。景気悪化と物価上昇が同時に進んだ1970年代のスタグフレーションのトラウマがあるうえ、2つの世界大戦の間の欧州各国や、近年の発展途上国で、猛威を振るったハイパーインフレが再燃することも恐れていたためだ。だが、世界金融危機で各国中銀がインフレを招くことなく多額の貨幣の増発をやってのけたことで、エコノミストの見方は変わった。

現金の直接給付は既に実施段階にある。香港政府は2月、新型コロナのアウトブレイク(感染拡大)で金銭的にダメージを被った全市民に1万香港ドルの給付を決めた。シンガポールの最新予算にも、少額ながら全成人市民に対する現金給付が盛り込まれている。

米国では、全ての国民に直接小切手を送る策への支持がまとまりつつある。オバマ政権やジョージ・W・ブッシュ政権の元経済顧問もこの案を支持している。トランプ米大統領とムニューシン米財務長官が提案したこの案は現在上院で審議中の景気刺激法案に盛り込まれている

支持を集めている背景には、金融危機や格差の拡大、そして技術革新による自動化が失業を引き起こすことへの懸念から、斬新な政策を求める声が高まっていたことがある。ヴェダー・ディ・マウロ氏は「『こんな政策を待っていた』という面も少なからずある」と認める。

米ミシガン大学の教授で、オバマ政権で経済顧問を務めたベッツィー・スティーブンソン氏は、現金給付を支持する層の幅広さを指摘する。「左派は素晴らしい策だと称え、右派は中間層の支援策として受け入れる。手続きの単純さを支持する層があれば、迅速さが肝心と認識する層もいる」と話す。

前例がなきにしもあらずということも異例の施策に関心が高まっているもう一つの背景だ。各国中銀はリーマンショックの金融危機とその後の混乱のなかで、財政ファイナンスに近い政策対応を余儀なくされた。

ヘリコプターマネーは「中銀が民間部門に資金を譲渡する」という意味では既に実施されている、とマクロファンドマネジャーのエリック・ロナーガン氏は話す。ECBは今や銀行に対し、条件付きで市場金利よりも低い金利で融資を提供している。その利ざやは現金譲渡による財政ファイナンスに相当する。ロナーガン氏はこうした策が拡充され、(政府から)実質的に個人に助成金を提供することつながっていく可能性があると主張する。

■日本が先例
ターナー氏は、財政ファイナンスで中銀が直接資金を提供することと中銀による国債買い入れ策との間に厳密な違いはないという。「日銀は毎年、財政赤字に匹敵する額の日本国債を買い入れている。このため、民間部門の国債保有残高は増えていない。これは恒常的な財政ファイナンスだ」と主張する。

政府も全ての国民を対象に無条件で小切手を送ったことがある。スティーブンソン氏は「(ジョージ・W)ブッシュ氏も現金給付を実施した」と指摘する。01年と08年の不況時の現金給付は需要を喚起するためだったが、今回は「失業する人々に資金を提供し、景気が滝のように急降下する」を防ぐのが狙いだ。

前例はともかく、財政ファイナンスや現金給付策といった形のヘリコプタードロップへの関心が高まっている最大の理由は、すさまじい規模の経済的な試練が見込まれることだ。

ヴェダー・ディ・マウロ氏は「去年のクリスマスに、来年は数カ月以上にわたって国内総生産(GDP)の約5割に相当する損失をもたらすすさまじいショックが全ての先進国を一様に襲う――まさに戦時のような状況――と予測する人がいれば、誰もが正気の沙汰ではないと言っただろう」と述べた。「こんな事態が起ころうとは想像すらできなかった」と話した。

■臨戦態勢
各国政府は今や通常をはるかに上回る規模の財政出動をより速やかに実施する必要があると認識している。スティーブンソン氏は「私たちはこのパンデミックと戦争状態にあり、戦いに勝つという姿勢で臨むべきで、けた外れの財政赤字は必要な代償だ」と話す。「この戦争に勝てば、投入した資金は取り戻せる」と強調する。

ヴェダー・ディ・マウロ氏は「私たちの制度はこうした政策向けに設計されていない」と話す。政府が支援が最も必要な人に資金を振り向け、公的支援を受ける個人や企業が望ましくない行動で利益を得る「モラルハザード」が起きることを防ぐ仕組みになっているのには理由があると指摘する。

だが今回の危機においては、こうした規律は正しい政策を追及する足かせになる。現金を直接給付する理由の一つは、既存の社会保障制度よりも多くの人に速やかに届くからだ。スティーブンソン氏は米各州が運営する失業保険制度は、失業保険の申請の殺到に苦しむだろうとの見方を示す。

スティーブンソン氏は「週100万件の申請処理を迫られる可能性が高いが、対応できる人員が間に合っていない」と話す。「誰が本当に支援を必要としているのかを把握するのは無理だ。とりあえず全員に現金を給付して、問題があれば対応はその後だ」

より洗練された手厚い社会保障制度が整っているため、現金給付をそれほど重視していない国もある。ドイツなどでは、一時的にシフトから外れた従業員にも企業が給与を支払い、その負担分を政府から補助金として受け取る短時間労働制度(クアツアルバイト)で成功を収めている。だがノルウェーのように制度が充実した国でさえ、複雑な受給資格調査を避けるために一律の現金給付を求めるエコノミストもいる。

■崩れる線引き
各国の政府や中銀はまだヘリコプターマネーの実施には至っていない。仮に直接資金を提供する財政ファイナンスが現実味を帯びる状況になっても、ユーロ圏のタカ派の首脳らは「ユーロ共通債」による共同債務の方を支持するだろう。これまでは共同での債券発行に反対してきたが、この方がましだと考える可能性がある。いずれにしても、これまでのタブーはにわかに消えつつある。

ヴェダー・ディ・マウロ氏は、危機が長引けば「財政と金融の線引きが壊れる可能性がある」と話す。「戦時には、ありとあらゆる線引きが崩れるからだ」という。

一方で「それでもなお、(非伝統的な)政策は問題の深刻度に応じて調整する必要がある。手を尽くすというのは、手持ちの弾を手あたり次第に撃つという意味ではない」とくぎを刺した。

2020年3月21日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版