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オンキヨーの衰退、“経営陣だけ”を責められないワケ 特異すぎる日本のオーディオ市場

4月末に大阪の大手音響機器メーカー・オンキヨーの経営危機とホームAV(オーディオ&ビジュアル)事業譲渡への動きが伝えられると、翌月にはシャープと米ヴォックスインターナショナルへの事業譲渡が発表された。7月には新しい体制でのスタートが切られる。

 ご存じの方も多いだろうが、オンキヨーは2015年、同じく音響機器を主軸として成長したパイオニアのAV事業を取得していた。今回、パイオニアの事業もまとめて手放すことになる。

 そもそもの話でいえば、パイオニアの映像ディスクプレーヤーはシャープがパイオニアを支援する形で合弁で共同開発・生産を行っていたので、シャープにとってはそうした事業の継続、さらには関西という地域の中でオンキヨーを支援する意味合いもあるのかもしれない。

 5月の報道以来、オジサンたちには懐かしくも、かつては憧れの対象でもあったブランドの落日に、ややセンチメンタルなコラムも見られた。オーディオ&ビジュアル業界で長年仕事をしてきた筆者の立場で書かせていただくならば、この衰退を招いたのは近視眼的で戦略性のない経営がもたらしたものだ。

 しかし、経営陣だけを責める気にならないのは、日本の伝統的なオーディオ市場が極めて特異な環境にあるからだろうか。

オンキヨーの自主性が失われた、2012年の転換点
 オーディオブーム時代のオンキヨーは東芝グループ入りをきっかけに売り上げを大きく伸ばしたが、バブル崩壊とともに赤字化。自社ブランドのオーディオ事業からすでに撤退していた東芝が、オーディオ事業からさらに距離を置こうとするタイミングで、別の事業で成功した大朏直人氏が個人で買収した。これが1993年のことだ。

 従って、多くの人の心に残っているオンキヨーは大朏家が経営していた頃と重なっている。現在、名誉会長の大朏直人氏とは、同社がインテルからの出資を受けた頃に何度か話をしたことがある。極めて合理的かつ効率を重視した経営をする方で、伝統的なオーディオ業界の慣習に対して疑問を投げかけていたのが印象的だった。

 その大朏氏は経営の一線から退く時期に、いくつかの投資を行った後、同氏の息子世代へとオンキヨーを引き継いでいくが、ホームオーディオやAVアンプ、スピーカーなどの事業環境が厳しくなる中で、新しい技術トレンドへの動きは敏感だった。

 将来はインターネットとデジタルオーディオにあると考え、05年にはロスレスハイレゾオーディオのダウンロードサービスを開始した他、08年に経営危機にあったパソコンメーカーのソーテックを買収。オーディオ機能を重視したパソコンを開発したり、当時はまだ注目されてもいなかったハイレゾ音源のダウンロード販売サービス「e-Onkyo」をいち早く開始したりするなど、他のオーディオ専業メーカーにはない動きをしていた。

 しかし12年、楽器メーカーとして知られるギブソンの傘下へと入ってから、メーカーとしてのオンキヨーの様子は変化した。

 後に資金がショートして計画は破綻するが、当時のギブソンは世界中のさまざまなオーディオブランドを買収。楽器や音楽制作に関わるブランドから、オンキヨーのような一般消費者向けブランドまでをグループ内に多数抱えながら、音楽カルチャーと密接に結び付けることで事業価値を高めようとした。

 音楽カルチャーとの結び付きを強く保ちながら、アーティストや音楽ファンたちに良い音を届けるというコンセプトそのものは、アップルが買収したBeatsをはじめ成功事例にあるやり方だったが、オンキヨーの自主性は失われていたと思う。

 当時、ギブソンはコンシューマー向けオーディオ製品の中心的なブランドの一つとしてオンキヨーを位置付けていたが、同時にそれまでとは製品開発の方向性がやや変化していたように感じていた。

 その後、プラズマディスプレイの生産開発投資の失敗などからAV製品事業が弱体化してしまっていたパイオニアが、収益性が高かったカーナビ部門(カーオーディオも厳しかったがカーナビと一体化されていたため分離はされなかった)やDJ向け機材の部門を除き、ポータブルオーディオや家庭向けオーディオ、AV機器の部門をオンキヨーに売却。この買収を進めたのもギブソンだった。

 しかし積極的すぎる投資が裏目となって資金ショートしたギブソンは、連邦破産法第11条の適用対象となり、グループの資産を整理していく中でオンキヨー株も売却。17年11月にはギブソンとの資本関係はなくなっていたが、それ以前からオンキヨー、パイオニアともに人材流出が進んでおり、筆者が知るエンジニアや商品企画担当者などもほとんどいなくなっていた。

時代の流れを“読んでいた”オンキヨー
 オンキヨーとの思い出話をしてしまったが、伝えたかったのはオンキヨーの物語がオーディオ業界の趨勢(すうせい)の歴史を投影しているかといえば、そうではないということだ。

 大朏名誉会長はオーディオ以外の業界でいくつかの企業を立て直してきた経営者で、その視線はグローバル市場や消費者目線に向いていたと思う。“効率よりも音質”といった音質至上主義ではなく、市場ニーズや経営効率を見据えながら、事業継続を何よりも優先していたというのが、現在、振り返って感じることだ。

 メディアのデジタル化が進む中で、インテルとの資本関係を結んでパソコンメーカーを買収、伝統的なオーディオ技術とパソコンの融合を図り、ハイレゾ音源のダウンロードサービスを展開した動きは、そうした姿勢が良い面で表れた部分だった。

 自社だけでは縮小均衡的な経営を続けるのがやっとという厳しい経営環境の中、ギブソン傘下に入ったことも、世の中全体のトレンドからすれば方向は間違っていなかったと思う。

 結果としては、2期連続の債務超過で東証一部の上場が廃止され、シャープとヴォックスインターナショナルに買収されることにはなったが、時代の流れを見ていたことは間違いない。

 むしろ問題なのは、閉鎖的な日本のオーディオ市場に特化した縮小均衡の中で、日本のメーカーがガラパゴスの外には決して足を踏み入れようとしないことだ。

 例えばグローバルのオーディオ市場を見ると、アナログディスク(いわゆるレコード)への回帰が一部にある一方で、ワイヤレス伝送技術やストリーミングサービスへの対応といった流れがある。

 前者に関しては伝統的な日本のオーディオブランドも得意とする領域だが、後者に関して対応できているメーカーは少ない。

“コロナ特需”が過ぎても、日本メーカーは成長できるのか
 コロナ禍の中でオーディオ製品の売り上げが伸びているという話は、各メーカーとも実感としてあるようで、メーカーからも販売店からも話を聞く。しかし、いずれコロナ禍も落ち着くため、大きく市場動向が変化することはないだろう。

 また、ブランド力のある規模の小さなオーディオメーカーの収益も高くなっているが、それも一時的なものと考えるべきだろう。コロナ禍で海外での展示会などが減り、試聴会などマーケティング施策の費用や出張費などの経費が削減される一方、自宅で音楽を楽しむ人が増えているからだ。

 しかしコロナ禍が落ち着き、世の中が正常化し始めたときに成長できるかどうか、ライバルに対する競争力を持つかどうかはまた別の話になる。

 アナログディスクを起点とする趣味としてのオーディオ市場拡大は日本のメーカー、例えばアキュフェーズ、ラックスマン、デノン、マランツなどのメーカーにも好影響を及ぼしているが、安定した売り上げや成長を望むならば音楽コンテンツの楽しみ方の変化への対応は不可欠になるだろう。

 アナログディスクとは対極の存在ではあるが、音楽配信サービスの定着は確実に音楽を聴くための道具を変えている。加えて一部の配信サービスが追加料金を伴うプレミアムサービスとして提供してきたハイレゾかつロスレス、すなわちマスター品質の音楽配信をApple Musicが追加料金なしで提供し始め、米国ではアマゾンもAmazon Music HDを追加料金なしで提供するようになった。

 Apple Musicの場合、全7500万曲がロスレスでの配信だが、今後は配信サービスに納品されるマスターそのものを選択的に配信することがスタンダードになっていくだろう。すると、高級オーディオに求められる機能やコンポーネントへのニーズも一変することになる。

 今後は高級オーディオでもストリーミングサービスへの対応が求められるようになっていくだろうが、日本のオーディオメーカーの多くはそのための準備ができていない。

  • >>41

    似たような状況は、過去にもあった
     実は似たような状況の変化は過去にもあった。

     オンキヨーが2005年にe-Onkyoを開始したと書いたが、グローバルではそれ以前からハイレゾ音源のダウンロード販売が始まり、英LINN ProductsのKlimax DSが登場するとさまざまな形でダウンロード、あるいはディスクからリッピングした音楽データを家庭内LANで共有して再生するネットワークオーディオ市場が拡大した。

     CDなど物理メディアのフォーマットに左右されないこともあり、多様な形式のデジタルファイルが流通可能になったこともオーディオファンをひきつけた理由だったが、このときはまず音楽プレーヤーがネットワーク対応となり、次にコントロールアンプやAVアンプに再生機能が内蔵されるようになった。

     そして音楽ストリーミングサービスが隆盛し始め、ハイレゾ音源もストリーミングされるようになると、さらに製品トレンドは変化し始める。すでにカジュアルなスピーカー市場は大きく変化し、ほぼ全てがパワーアンプを内蔵するアクティブスピーカーとなった。

     加えてワイヤレススピーカーが単なるBluetoothなどを通じた無線というだけではなく、それ自身が音楽再生を行う能力を持つスマートスピーカーへと進化。日本では音声操作が主に注目されるが、海外では後述するが高音質を狙ったスマートスピーカーも数多くある。

     Futuresourse Consultingが20年に調査した数字によると、米国では音楽ストリーミングサービスの加入者数が7600万人に対し、スマートスピーカーは6090万台が稼働しているという。ところが日本では1900万人の音楽ストリーミングサービス加入者がいるのに対し、スマートスピーカーの稼働台数はわずか50万台にすぎない。

     欧州を見ても、英国、ドイツ、フランスなどは一様にストリーミングサービス加入者に対するスマートスピーカーの数という面で米国に近い状況にある。

     言い換えればそれだけ、Wi-Fiを通じて音楽ストリーミングサービスに接続可能なスピーカー市場の伸び代があるということだ。日本は音楽ストリーミングサービスの普及が比較的遅かった(CD市場が粘り強く残っていた)国ではあるが、それも過去の話。音楽の楽しみ方が変われば、音楽を聴く装置にも変化が求められる。

     もちろん、こうした調査結果は日本の住宅事情などから、スマートフォンなどを通じて個人的にイヤフォンやヘッドフォンで楽しむ人たちが多いからという説明もできる。しかし、海外では高級オーディオの世界にもこの流れが広がってきている。

    本当の意味でのガラパゴス化が進む
     ハイエンドオーディオの世界にネットワーク機能を持ち込み成功させたLINNの事例を紹介したが、彼らはダウンロードやリッピングのファイルを高音質に再生する「DS」機能に順次、ストリーミング音楽の再生機能を追加してきた。

     現在はコントロールアンプ機能なども内蔵する「DSM」というタイプのモジュールが主力だが、スピーカーにDSM機能とパワーアンプを統合した製品も投入しており、他コンポーネントを必要とせず、スピーカー単独で再生できるシステムも提案している。

     同様のアプローチは英KEFの製品にも見られる。

     小型で手頃な価格のKEF LSXは音楽再生機能を持つインテリジェントな高品位スピーカーとしてお手本のような仕上がりだ。KEFはこのシステムをグレードアップし、LS50 Wireless IIという製品に組み込んでいるが、現時点でApple Musicを除く大抵のストリーミングサービスに対応し、家庭内LANを通じた音楽再生でもほとんど再生できないフォーマットがない。

     それでいてスピーカーシステムとしての実力は極めて高い。実はこうした製品は特に欧州で増加している。しかし急に増えたわけではない。

     日本以外では、そもそもの状況としてアンプを内蔵するアクティブスピーカーが高級オーディオの世界でも増加していた。理由や背景については省略するが、そうした流れの中でLINNのDSシステムのようなネットワーク対応機能を内蔵させることでシステムをシンプルにする動きがありと、少しずつ製品の形が変化してきていたのだ。

     音楽を楽しむ手段は、物理メディアからダウンロードファイルへと少しずつ変化し、さらにストリーミングになっていく中で、いよいよ物理メディアを使う機会がなくなり、大多数はストリーミングで音楽を聴いているのが現在。ならば、機能がスピーカーへと収斂(しゅうれん)してくるのは自然な流れだ。

     日本のメーカーがこの動きに応答できていない理由は、日本の高級オーディオ販売店がコンポーネントの組み合わせ提案が行えないアクティブスピーカーや、複数機能が統合される傾向の強いネットワークオーディオ製品の販売に積極的ではないからだろう。

     実際、LINNやKEFのようなアプローチは多くのメーカーが採用しているが、日本市場向けにはWi-Fi機能を搭載したモデルがラインアップされないことがほとんどだ。

     例えばDaliが販売している本格的Wi-FiオーディオシステムのCALLISTOシリーズは、日本での展示が行われたものの最終的にはローンチしなかった。大きな理由は販売店が好まないからで、他の多くの欧州ブランドを扱う代理店はWi-Fiシステムあるいはアクティブスピーカーを持ち込まない。

     販売店が積極的に扱わなければ、高級オーディオは売れないからだ。

     そうした海外市場との乖離(かいり)が少しずつ進んだ結果、日本のオーディオ市場の特殊性が高まり、日本を主戦場とするオーディオメーカーは変化するチャンスを失ってきた。このままでは、従来のプレーヤー、コントロールアンプ、パワーアンプ、スピーカーと、それぞれのモジュールを接続するケーブルなどで構成されてきたオーディオ製品の枠組みとは異なる方向に動いている市場トレンドから置いていかれてしまうだろう。

     日本の高級オーディオメーカーは、部品選別や設計、音質チューニング、チューニング通りの音を出せるだけの丁寧な組み立て工程などで良い製品を作ってきたが、業界全体が変化しなければ、ストリーミング音楽配信サービスを中心に、いま一度、市場が変化しようとしている中、本当の意味でのガラパゴス化が進むだろう。

    著者紹介:本田雅一