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私と経済の掲示板

習氏の歴史決議に箔付け 利用されたバイデン会談

米大統領のバイデンは習近平(シー・ジンピン)長期政権に道を開く歴史決議に花を添える役割を巧妙な形で担わされた――。中国政治に詳しいある関係者は、11月16日の米中首脳オンライン協議について「全ては中国側が仕組んだ日程に従って動いた。満点だ」とまで言い切る。

バイデンが歴史決議の箔付けに利用されたというのは、あくまで中国の内政の観点からみた一方的な評価ではある。しかし8~11日の日程で開かれた共産党中央委員会第6回全体会議(6中全会)の開幕直前と閉幕後の米中の駆け引き、発言、発表手法をつぶさに観察すると、あながち的外れではないことに気付く。

まずは閉幕後から説明したい。雰囲気をよく表しているのが、米中オンライン協議があった翌日付の共産党機関紙、人民日報1面のつくりだ。国家主席の習近平が、就任から10カ月近くたつバイデンと、初めて広範な課題について長時間話せた重要な場だったのに、扱いが余りに小さい。

  • >>25294

    中国当局は、11日閉幕の6中全会で採択済みだった第3の歴史決議の長大な全文を、わざわざ米中協議が終わった同じ日の夕刻に公表させた。意図を持って米中協議にぶつけたのは明らかだった。新聞1面の大半は歴史決議で埋まり、下段で地味に米中協議を扱った。写真内で習と並ぶバイデンがまるで決議を祝賀しているかのようだ。

    歴史決議で「鄧小平超え」を演出した習が、2022年の共産党大会でトップ3期目を狙う際、最大の弱点が極度の緊張が続く対米関係だった。中国外交にとって最も重要な米国の大統領と顔を合わせて話さえできない人物に、今後の中国の長期的なかじ取りを任せられるのか。しかもそれが鄧小平以来の穏健な外交方針を捨て、いわゆる「戦狼外交」に走った副作用だとすれば問題は重大だ。

  • >>25294

    中国の体制保証は6中全会開幕直前

    対米関係の緊張と付随する欧州連合(EU)など自由主義陣営との関係悪化は、共産党員ばかりではなく、一般国民にとっても大きな不安だった。これはサプライチェーン(供給網)分断の恐れなど様々な形で経済に影響しており、企業人も裏で不満を口にするようになっていた。

    対米外交に関する成果の欠落は、習に重くのしかかっていた。歴史決議に547カ所もの修正を加えたのも、危うい雰囲気を感じ取った長老らの強い懸念と無関係ではない。習にとって対米関係の微調整は、内政上から考えても21年後半の最大の課題だった。

    圧力を感じた習は、自らの体面も保ちつつ、国民の自尊心を満足させる方法を考える必要があった。これが交渉を担う外交トップ、楊潔篪(ヤン・ジエチー)らに課された宿題だ。そこで中国側が最もこだわったのが、バイデンから中国の現体制を壊すつもりはないという確約を取り付けることだ。

    対中政策の目標は中国に根本的な変革を求めることではない。そうだとすれば事実上、バイデン政権によって中国独自の社会主義体制が保証されたことを意味する。8日開幕の6中全会で、鄧小平以来の慣例を踏み越える権力集中を打ち出す習へのこれ以上ないプレゼントになったのは間違いない。

    中国の求めに応じたサリバン発言で習は安堵し、初めての米中首脳オンライン協議の実現が最終的に固まった。これで「鄧小平超え」を意味する歴史決議の中身公表と、米大統領と互角にわたり合える姿をともに共産党内と国民に誇示できる準備が整った。

    とはいえ、中国が体制保証を求めるのは相当な違和感がある。それは国際的に孤立し、実力も不足している北朝鮮が米国に必死で要求してきた内容だ。米国に追い付こうとする実力ある中国が今、口にするとすれば、強気の態度とは裏腹に、かなりの危機感があるとみてよい。

  • >>25294

    歴史決議全文の外交部分は当然ながら対米外交の成果に乏しい。習が就任直後から繰り返し提起した対米関係のキーワード「新型大国関係」は既に死語である。重要な国際課題を米中2大国で仕切る「G2」色がにじむ言葉は、オバマ政権時代に拒否された。「大国外交」の挫折である。

    代わりに編み出したのが、中国台頭による多極化世界を受け入れるように迫る「新型国際関係」だった。こちらは究極的には米国の同意なしに実現可能であり、それを阻もうとする自由主義、民主主義各国に強硬姿勢をとる「戦狼外交」の伏線にもなっている。

    答えは6中全会開幕の直前にようやく出た。スイスでの協議など対中交渉を仕切ってきた米大統領補佐官のサリバンが、11月7日放送の米CNNテレビのインタビューで驚きの発言に踏み切った。従来の対中政策を巡る誤りの一つは「米国の政策によって中国のシステムを根本的に変革させる」という考え方だった、というのだ。

  • >>25294

    8年前の「太平洋」から「地球」へ

    これに絡み、習はオンライン協議でオバマ政権時代に阻まれた新型大国関係のリベンジを思わせるひと言をバイデンにぶつけた。「地球は十分広く、中国と米国がそれぞれ、そして共同で発展してゆける余地がある」。一見、何でもない発言だが、米国に伍(ご)する大国を意識し始めた中国の人々の自尊心をくすぐる巧みな表現である。バイデンはニュアンスに気付いただろうか。

    「米中のつばぜり合いと協力の舞台は、かつての太平洋から地球全体に広がった。バイデンは我々の実力を認めるしかなかった。本当に素晴らしい」「いやいや、簡単にバイデンの口車に乗ってはいけない。台湾ではこんなにも押し込まれているではないか。経済での圧力も続いている」

    習・バイデン協議の後、中国の人々の間で交わされる議論を理解するには、8年前の米中首脳会談を思い起こす必要がある。中国のトップに立った習は13年6月、初めて訪米し、当時の米大統領、オバマと会談した。オバマを支えていたのは副大統領だったバイデンである。

    カリフォルニア州での米中首脳会談の現場取材で強い印象があるのは、習の冒頭発言だ。「広く大きな太平洋は、中国と米国という大国を受け入れることができるほど十分な空間がある」。柔らかい言い回しで挑戦状を突き付けたのだ。行間に透けるのは「米国は太平洋に関する利益を独り占めするな」という意味だった。

    もう一歩踏み込めば、ハワイ以西の太平洋は中国の勢力範囲になりうることまで示唆していた。太平洋への野心はいったん阻まれるが、今年、米国不在の環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟申請という形で復活している。

    今回、バイデンを前にした習が、かつての太平洋ではなく、地球という一段、大きなスケールを口にしたことは注目すべきだ。オバマ政権で教訓を得たバイデンは「権威主義体制との激しい競争」も強調しており、いわゆる「G2」論に再び流れることはありえない。

    だが、一定の範囲で世界政治・経済での有力なプレーヤーとして中国を認めるのはいとわなくなった。代わりに地球温暖化問題などで協力を引き出し、「戦略的安定」という名の軍備管理、衝突回避のガードレールづくりを探ろうとしている。名を捨てて実を取る戦略である。裏には同盟国との関係強化によって中国から譲歩を引き出す枠組みが整ったこともあるだろう。

  • >>25294

    台湾問題では攻勢

    一方、オンライン協議で双方がぶつかり合った台湾問題では、その後もバイデン政権側の思った以上の攻めが目立つ。12月9、10日にオンライン形式で開く「民主主義サミット」には台湾も招待しており、デジタル担当相のオードリー・タン(唐鳳)の出席が発表された。

    その前には海兵隊など米軍人が台湾に駐在し、中国から圧力を受ける台湾の将兵を訓練していることも明らかになった。これは公然の秘密だったが、台湾総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)が自ら公表したのが目を引く。最近も米議員団が複数回、訪台している。

    かつての中国の言動からすれば激烈な対応もありうる事態だ。中国の戦闘機が相次いで台湾側の防空識別圏に侵入したが、今のところすれすれのところで自制が利いているようにもみえる。習にとっても22年後半に長期政権を固める共産党大会を控えている以上、米国と激突し続けるわけにはいかない。米中間の偶発的な衝突を回避するガードレールづくりは中国にとっても必要なのだ。

    習とバイデンは今後1年、それぞれの内政上の制約を受けながらギリギリの駆け引きを続けることになる。まずは年内実施で調整している米中国防トップの対話を注視したい。