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「日本一長く服役した男」

 昨日テレビでやっていた。昭和33年(1958)から「無期懲役」で61年も収監されていたのでビックリした。罪名は「強盗殺人」だけど、いくら犯罪者でも61年は長すぎる。人権蹂躙ではないかと思う。2019年9月にやっと釈放されたらしいが21歳で服役して83歳になっていた。歯は全部抜けている。これでもまだ仮釈放で日本最長の服役だった。民間の介護施設に入所した。いきなり出ても浦島太郎状態でしょ。今まで長年、命令系統で来たので、施設の人が聞いても答えられなかった。刑務所では決まった仕事があったので、急に何も無いと「何をしていいのか分からん」と言っていた。

 男は昭和11年に大阪で生まれ、3歳で母と兄弟と生き別れ。6歳の時に戦争で父親を失った。その後、広島の離島「似島(にのしま)」の戦争孤児の施設に入った。10代の終わり岡山のキャバレーに勤務。その頃は、戦後復興に湧き生演奏のジャズがはやった。男の荷物の中にジャズの楽譜が入っていたのはその時の物か。昭和31年に男は強盗殺人を起こし、塀の中に送られたのは21歳の時だった。

 男は模範囚として見られていた。無期懲役でも昭和の終わりまでは、20年以下で仮釈放されてもおかしくはなかったが、仮釈放が認められるには刑務所が受刑者の「改悛(かいしゅん)の状」を認めた上で申請し、国の委員会が判断する。今まで5回申請したが、男の受け入れ先が無いため、すべて棄却された。

 その後は地下鉄サリン事件をきっかけに厳罰化が加速。無期懲役の服役が30年を超えるようになった。男が仮釈放できたのは、10年ほど前に始まった「特別調整」という制度。高齢や障害のある受刑者を、福祉施設などにつなぐ仕組みが出来、男は施設に入った。入所から3か月、男は入浴はしない、食事はとらない、職員の言う事は聞かない」という態度が出た。

 施設の代表が当初「刑の事は言わない、ここでゆっくり過ごしてもらう」と言いながら、男がわがままを言いだすと「今、自分がどういう立場か分かっとる?理解しとる?まだまだ今から懺悔せないかん」と言い始めた。男は「刑務所に連れてもらってもいい、腹をくくっとる、何のために引き取ったのか、戻る手続きお願いします」と言った。刑務所内での日々の厳しい緊張が解け、急に環境が変わり男は戸惑っていた。男は2020年9月9日死去。