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FX 猫板  猫好き集まれ~(*^^*)の掲示板

風立ちぬ      堀辰雄

 原へも行ってみてまだその根元だけ雪が残っている、白樺の木に懐かしそうに声をかけながら、その指先が凍えそうになるまで立っていた、然し私にはそのころのお前の姿がほとんど蘇ってこなかった、とうとうそこも立ち去って何とも云うに言われぬ寂しい気持ちで枯れ木の間を抜けながら一気に谷を上って小屋に戻った、
 二サンチしてハアハアと息を切らしながら思わずベランダの床板に腰を下ろしていると不思議とそんなむしゃくしゃしてる私に寄り添ってくれるおまえが感じられた、が、私はそれにも知らん顔してぼんやりと頬杖をついていた、そのくせそういうお前をこれまでになく生き生きとまるでお前に触っていはしまいかと思われるくらい生き生きと感じられた、
 もうおしょくじができておりますが」
 小屋の中からもうさっきから私の帰りを待っていたらしい村の娘がそういってきた、ふっとふりかえり現実に帰りながらこのままもう少しそっとしておいてくれたらよかりそうなものをといつになく浮かない顔つきで小屋の中へ入っていった、そうして娘には一言も口を利かずにいつものように一人きりの食事に向かった、
 夕方近く私はなんだかまだイライラしたような気分のままその娘を返してしまったがそれからしばらくするとそのことを幾分後悔しながら再び何という事もなしにベランダへ出て行った、