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1867年11月、徳川慶喜は大政奉還を建白。新政府から帰国を命じられ、1868年12月に帰国。静岡に謹慎していた慶喜と面会し、慶喜より「これからはお前の道を行きなさい」との言葉を拝受。

明治2年(1869年)、フランスで学んだ株式会社制度を実践するため、静岡に商法会所を設立。しかし、大隈重信に説得され、同年大蔵省に入省する。

大蔵官僚として、度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わる。しかし予算編成を巡って、大久保利通や大隈重信と対立し、1873年に井上馨と共に退官。

退官後、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(第一銀行、第一勧業銀行を経て、みずほ銀行)の頭取に就任する。

[人は死ぬまで同じ事をするものではない。理想にしたがって生きるのが素晴らしいのだ.] 渋沢 栄一の名言です。