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過去の備忘録から派生したテキストを作成したよ。

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私はもともと、母親が晩御飯のおかずを買いに行く間に、お店を見てくれと頼まれて一人でお店版をしたのが小学校1年生の時である古いおもちゃ屋で育った。
プラモデルは中学生から親の手伝いで発注書類を作成していた流れで、高校生の時にはファミコンの仕入れをしていた。
当時のファミコン流通は初心会という内容が実質的な金融マフィアで、私はそのマフィアの上位の親分から知恵袋として重宝された。
流通用マフィアである初心会のほかにゲームソフトメーカーに出資する別の金融マフィアを存在した模様で、初心会の兄貴から話を聞いたのであろう情報交換の申し出があった。
その中で実績を上げたのが、ドラクエグッズという名前で売り出された商品群の立て直しで、文具メーカーの商品に比べて独自発売の文具は競争力が乏しいから、販路であるおもちゃ業界に合わせて、おもちゃの要素を取り入れる必要がある。
具体的な引用として、ドラクエのコマンド選択式バトルというのが認知されているから、コマンド相当を鉛筆にプリントしてさいころのように使うという提案をした。
そのまま発売されえたドラクエバトル鉛筆は当時のヒット商品になった。
その後に話を聞いたであろう他のゲームメーカーが複数打診してきた。
その中には任天堂も含まれる。
ポケットモンスターは1996年発売で、もともとはサードが弱小下請けに開発を任せて、完成目前でキャンセルされて世に出ることがなかったであろうゲームだ。
任天堂との交渉で私はこのゲームソフトを売り出すことを1995年に提案した。
トレーディングカードゲームの始まりは1994年で、特異な「つくよみ」という手法で因果関係を交えて了解していた私は、ポケモンの発売にあたり関連してポケモンカードも発売することを提案した。
当時の日本製アニメは、鉄腕アトムがモノクロテレビ時代に注目されたことを始まりに、セーラームーンやドラゴンボールが少数派に注目されるだけだったので、ポケモンのアニメ化を提案した。
その時にポケモンの資料から偶発的にたとえ話として指定したピカチュウが実現する際に実際にそのまま看板になった。
こうした骨格からポケモンは世に出て、私が話したのは、ポケモンは良いゲームだという話だけではなくて、メディアミックスと後に言われるようになった営業手法の話が主体だった。
この大きな個人的な成功は、のちに私の人生を悲惨なものにする。
任天堂は私を社会的に抹殺して、成果を社内で保留しようと寡作した。
私は雑談でポケモン構想をしたので、報酬として申し出たのは「セレビィ」というポケモンの採用だ。
セレビィは2001年に映画に登場して、抹殺された私は2001年8月に統合失調症を発病して7年間は寝たきり同然の状態になった。
セレビィというのは翻訳書籍にある「インナーチャイルド」「エンジェルセラピー」という紹介される概念に近い私の人格の一部だ。
セレビィを任天堂が所有したので、私は障碍者申請書に「2001年にセレビィを見て、自分がセレビィだと自覚した」という証言で「ああ、まさに病気ですね」と認定されたんだ。
そして、病気を克服するためには、セレビィを取り戻すという挑戦が含まれるから、任天堂に攻撃的なテキストを流布するんだ。
当時私には入社したての今の古川社長が担当者として面会していた。
古川の事はおたがいに見習い仕事をしている時代に親しく言葉を交わした私の後輩だからどうにも憎み切れないが、古川が社長に上り詰めることが出来たのは、私と接触する担当者になったことで、社内の重要な会議に顔を出したからだろうよ。
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これは発病後繰り返し述べてきた私の葛藤の原点だ。
インナーチャイルドについて補足しておくよ、日本で見かけるといかがわしい民間療法でしかない印象だろう。
私は発案者が執筆した書籍の日本語翻訳も読んだから、原型は大まじめだったことを承知している。
保険が弱いアメリカの医療では、受けがよさそうな治療法は儲かるから、奇抜な手法を整えてもまともな医療行為だった。
エンジェルセラピーはその系統でオカルト要素が強いやつで、発祥年代が変わらない。
キリスト教の牧師になる勉強に挫折した経験で統合失調症に発病した発案者が、自己の闘病の経験則から精神科医になるまで努力して成功し、成立させたのがインナーチャイルドで、私がうまく統合失調症を乗り切ってまともになった経緯と多くの一致項がある。
インナチャイルドの発案者は、自己の病気を緩和するために内面の童心と対面して対話する時間を持つことを習慣としていた。
こうした対峙は、内心を分割しなければ成立しなくて、心労が多いから私と世麗美は採用していない。
お互いが本来は一つだと自覚して、私は現実を見て、世麗美は観念を見て、お互いに背中合わせで自分のなすことを守り、鼻歌や書置きで背中合わせのお互いを確認するんだ。
そこが違うところだ。
この私の世麗美は「妖精さんでチュ~」とおどけることが好きだ。
自己の精神と自己の精霊性を分化して特に精霊性を純化させた世麗美は、一言で言って天使と対話できる。
インナーチャイルドやエンジェルセラピーを私が指摘するのはそこだ。
私は2001年に全世界映画公開という巨大な呪術装置で世麗美が殺害されたために統合失調症に転落したが、世麗美の霊言自体は1995年の記憶だ。
「つくよみ」が自覚する形質で近いが、「口寄せ」でもあり、エドガーケーシーと類似項がある「リーディング」でもある。
自己の意識を保ったまま、口寄せに近い手法で霊言を行ったのは世麗美と黒き明星だ。
記録の一部は、依頼した任天堂が録音テープで保存していて、録音を採集したのは今の任天堂の古川社長だ。