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富士フイルムホールディングス(株)【4901】の掲示板 2020/04/26〜2020/04/27

自見)武見先生は1995年、43歳のときに参議院選挙に出馬されました。出馬をされた理由をお聞かせください。

武見)私の父親(武見太郎さん)が日本医師会の会長を長年やっていまして、我が家によく政治家のみなさんがいらっしゃいました。田中角栄さんや渡辺美智雄さん。橋本龍太郎さんは厚生大臣のときに、週に2度ぐらい来られていました。大事な話が終わると、親父は私たちに「先生に挨拶しろ」と言って、先生方にいろいろ面白いお話を聞かせていただくのです。そのうちに政治に関心を持つようになりました。

自見)そうそうたる政治家のお名前。子供時代のご経験が凄いですね。

武見)田中角栄先生に「お前、将来何になりたいんだ?」と聞かれて「政治家になりたいです!」と、安易に答えていました(笑)。

自見)田中角栄先生とは、お父上が亡くなった後もお付き合いがあったそうですね。

武見)田中角栄先生は、親父が生きているときも死んだ後も、私に対する接し方は変わりませんでした。いろいろなことに協力していただきました。ハーバードの武見プログラムで日本セミナーを行うときに、厚生労働大臣に来ていただきたいとお願いしに行ったら、電話1本でした。当時の厚生労働大臣、渡部恒三先生に電話をかけて「恒三! 武見先生の会に行って話して来い。じゃあな!」。じゃあなって、言われた方も困るよね(笑)。

・・・

2019年3月のインタビューです。
関係の深いはずの日本医師会がなんで今日になって
ケンカ売ってきたのかなあと疑問だったんだけど、
よく考えてみたら横倉さんの下には全国16万8500人もの会員の
医者のうち、何らかの形で親の時代から世代を越えて故・武見太郎に直接・間接の恨みを抱いてる人も相当数、居る可能性があるわけか・・・
これだけの大物の怪物なら影で実に色々とあっただろう事が
容易に推測できますね。

今日の特例承認発表とかをきっかけに
容易にマグマが噴出しちゃう状態に常に在ったのかもしれない。武見家に対してずっと愛想笑いしてきてた無数の医師たちが。