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「表現の不自由展」に端を発して、表現の自由論争がツイッターなどでも盛んになっているが、人生を金額換算されてきた身としては、表現や論争についても金額で測定したくなってしまう。
ツイッターで自由闊達に議論が行われているのは、金銭的にはその表現がタダだからだろう。
これが有料になると自由な議論が行われなくなるはずである。
つまり、お金が規制となり「表現の不自由」が起こる。
そのせいもあってか、この件の論争でお金に関連した話はほとんど目にしない。
おそらくだが、各々に目の前に札束を積んで黙ってほしいと頼めば、彼らは公に表現しなくなるのではないか。少なくともツイッターにいるような表現の素人は。
自分も表現の素人なので、お金を積まれれば黙る。
具体的に金額換算すると、100万円ほどで自分が実名で公に主張したいことは無くなる(匿名での主張は全く意味合いが異なる)。
これは現在の資産状況も加味されてるので、世間一般的には10万円ほどだろう。
この自由に表現する金額換算を上げていくことが今後の人生の目標になっていくのかもしれない。
自由はお金で買うことが可能だし、不自由をお金で売ることも可能なはずだ(倫理を無視すれば)。
そして自由とは無限の可能性を秘めている。
即ちお金も無限の可能性を秘めている。
だからお金は素晴らしい。