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元祖柿の種は、
今井與三郎(現・浪花屋製菓株式会社の創業者で、柿の種の創製者)は、1919年(大正8年)[9][* 4]、新潟県古志郡四郎丸村(1921年〈大正10年〉以降、現在の長岡市四郎丸[* 1][* 5])にて煎餅の個人商店を営み始めた[9]。創業当初はうるち米で煎餅を作っていたが、大阪のあられ作りを関西出身の青年に教わってからはもち米を使った小判型あられを作るようになった[9]。製造工程についても当初は全てを手作業でこなしていたが、一部に金型を使うようになっていた[9]。そうしたなか、1923年(大正12年)のこと[9]、妻が金型をうっかり踏み潰して変形させてしまう[9][10]。今井は形の歪んだ金型を成形し直すことができず、そのままで使ってみたところが、歪んだ小判型をしたあられができ[9][10]、これが“柿の種子に似た形のあられ”を考案するきっかけとなった[9][10]。試行錯誤を繰り返し、商品化に漕ぎ着けたのは翌々年の1925年(大正14年)[9]。大阪のあられ作りを指南してくれた青年に敬意を払って屋号を「浪花屋」に改めた今井が「柿の種」を発売すると[9]、たちまち爆発的ヒット商品となった。「柿の種」という商品名は、とある取引先の主人の「こんな歪んだ小判型はない。形は柿の種に似ている」という一言をヒントに名付けられたものである[9]。