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>>995

具具ったら、こんな理由でした…………(笑)
1552には、関係ありませんが。。。


此のジュースを作っていた会社は、「武田食品工業」と云います。武田食品は「プラッシー」の他にも、もうひとつのブランド「C1000タケダ」や、
うま味調味料の「いの一番」、ビタミン強化米の「新玄」等を、製造・販売していたメーカーでもあります。
源流をたどると、何と製薬会社の「武田薬品工業」に行き着きます。食品部門が1957年に独立して、「武田食品工業」になりました。

「プラッシー」は、「米穀店で販売」と云う販売手法を採っていた事でも、良く知られた存在です。
後発メーカーだったためか、飲料水の販売ルートを持てなかったので、「街中に1軒はあり、どの町にもある」事から、米穀の流通ルートにのせて、
販売されるようになった、とされています。

なので、CMを打つと「お届けします、プラッシー」の文言が必ずありました。